2017年6月19日

真っ白な無地のノート

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トラベラーズノートのスターターキットには、
罫線がいっさい印刷されていない真っ白の無地の
リフィルがセットされている。

トラベラーズノートを最初に企画した時、
一番悩んだのは、ノートとしてはかなり高類に
なってしまう、その価格だった。
だから、少しでもコストを削減したかったけど、
革の質を落とすようなことだけはやりたくなかった。
そんな中、ノートを無地にするというのは、最初は
コストを落とす方法のひとつとして思い付いた。
中紙の印刷代分安くできると思ったのだ。
計算してみると、それで実際に下がるコストは
微々たるもので、販売価格に影響を及ぼすレベル
ではなかった。
それでも、当時は、少しでも販売価格を下げたい
という必死の想いがあった。

今ではそれほど珍しくはないけど、その頃は
無地のノートはあまりなかったような気がする。
僕自身も罫線が印刷されていない無地のノートは、
トラベラーズノートの試作品として使ったのが
はじめてだった。
最初はちょっとした違和感があったけど、
使ううちに自由でラフにざくざく書ける感じが、
トラベラーズノートの佇まいとも合っていたのか、
すっかり気に入り、無地の虜になってしまった。

まず思ったのは、自分の字の下手さが気にならず
むしろ味のある字のように思えたことだった。
さらにざくざく描いていくと、真っ白の紙が
子供の頃のらくがき帳を思い出させてくれた。
あの頃は上手いとか下手とか、そんなことを考えず、
自由に無心にただ描くことを楽しんでいたんだ。
そんな子供の頃の気分が蘇ったような気がした。
さらに、絵を添えたり、チケットを貼ったり、
スタンプを押したり、無地ならでは新しい使い方
を発想させてくれた。
その後、方眼や横罫のリフィルも使ってみたけど、
やっぱりなにも印刷されていない無地が、僕には
一番しっくりきた。

こうなると、もうトラベラーズノートに無地の
リフィルがセットされるのは、必然になった。
営業からは無地のノートは売れないんだよね、
なんて声もあったけど、トラベラーズノートは、
まず半強制的にでも無地のノートを使って
もらってほしいと思うようになった。

僕がそうだったように使い慣れない人にとっては、
最初は違和感があるかもしれないけど、
あの真っ白な紙面がもたらしてくれる自由な
紙面の楽しさを体感してもらいたいと思った。

それで気に入らなかったり、他の用途に使いたい
場合には、横罫や方眼も用意してあるので、
それでいいのでは思った。

トラベラーズノートには、その後さまざまな
リフィルが加わっているけど、ダイアリー以外に
無地が多いのは、それがやっぱり一番トラベラーズ
らしいからだと考えている。
ちょっと大げさに言えば、ルールや枠にとらわれず、
好きなように自由に描くのがトラベラーズノートの
醍醐味だと思っている。

僕はそれ以来ずっと無地のノートしか使っていない。
仕事で使うトラベラーズノートには月間ダイアリーと
あわせて軽量紙がセットされている。
軽量紙には、打ち合わせの記録からやることリスト
などが時系列で書き連ねている。
プライベート用には、画用紙と今はステーション
エディションがセットされている。

ステーションの方には、読んだ本の一節や行きたい
お店や場所、ふと思いついたアイデアなどが
とりとめなく書き連ねている。
去年からほぼ毎週1枚なんらかの絵を描いている
画用紙リフィルは、3冊目になった。
僕の机の上には、描き終えたたくさんのノートと、
次を控えているたくさんの未使用のノートが混沌と
した状態で並んでいる。
使い終えたノートは、表紙にステッカーやチケット
などが貼られ、厚みも増して、すでに役割を果たした
誇りと自信に満ちているように見える。
逆に新しいノートは、まだ汚れもなくてきれいで、
ちょっと所在なさげ。

ちなみに、ペンは、最近はブラス万年筆とブラス
ペンシルをそれぞれのペンホルダーに挿している。
どちらもカートリッジを差し込んだり、削ったり、
ちょっとした面倒な一手間があるんだけど、
かしこまらずにざくざく書けるのがいい。
どちらも真っ白なノートにぴったりの筆記具なの
かもしれない。

今でもトラベラーズノートのリフィルを差し替えて、
あたらしいノートの最初の真っ白のページを開く時は、
新鮮な気持ちになる。
こんにちは、しばらくお世話になるけどよろしくね、
なんて心に思いながら、また何かを書き留める。
すると、やっと出番が来たかと、ノートが喜んでいる
ように見えるのはやっぱり気のせいなんだろうな。


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2017年6月12日

Hello again, Charlie Brown

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視界がほとんどない深い霧の中で
ぼんやり浮かび上がってくるような幼少時の記憶。
遥か昔に眺めたシーンが断片的にフラッシュバックし、
その時の心の動きがおぼろげに浮かんでくる。
皆さんにもそんなことってありませんか。

古本屋で、スヌーピーが登場する漫画『ピーナッツ』
を見つけた時、ふと、母親と2人でそのアニメ映画を
見に行った幼い頃の記憶がよみがってきた。

どんな内容だったかはまったく覚えていないけど、
ひとつのシーンだけが記憶に残っている。
クイズ大会のようなイベントに参加している
チャーリー・ブラウンが、最後の最後で問題を
間違ってしまい、負けてしまう。
しかも、それは犬に関する問題で、スヌーピーの
飼い主であるチャーリーにとってラッキーな質問
だったのに間違ってしまった。
それを見た時に心に沸き起こってきた、
孤独や喪失感のいりまじった哀しみの記憶。
あの時、どうしてあんなに切ない気持ちになった
のだろう。

そういえば、映画が終わり帰る時、
手持ちのお金が足りなくてタクシーに乗れず、
母親と二人で長い距離を歩いて家に帰ったことも
思い出した。
夏休みの宿題の絵日記でそのことを書いたら、
恥ずかしいからそんなこと書かないでよ、
と家族で笑ったんだ。
そんな、まるで二流のホームドラマで幸せな家庭を
演出する時に使われそうなシーンも記憶の底から
よみがえってきた。

今までもこのことを思い出すことがあったけど、
いつも自然と心の引き出しの奥に戻されていた。
だけど今回は、なぜか見終わった時に幼いなりに
感じた哀しみの意味を突き止めてみたくなり、
調べてみようと思った。
そこで、グーグルで検索していくつかのサイトを
見たら、あっさりそのタイトルが判明。
見つけるまでにちょっとした苦労があった方が、
感動も深かったのだろうけど、便利すぎるのが
インターネットの功罪だ。

映画のタイトルは、『スヌーピーとチャーリー』。
日本の初公開は1972年。それだと3歳なので
絵日記を書くには早すぎる。だけど、1976年にも
再上映されている。その時は、7歳だから夏休みの
絵日記の記憶とも一致する。

ウィキによると、記憶のシーンはクイズ大会では
なくて、アメリカではよく開催される英単語の
スペリング大会で、最後の問題はスヌーピーの犬種、
ビーグルの綴りを答えるというもので、そのスペルを
間違えてしまったとのこと。

そこまで調べたらもう見ないわけにはいられない。
41年ぶりに映画『スヌーピーとチャーリー
(原題 A Boy Named Charlie Brown) 』を見た。
(一応ここからネタバレありです)

チャーリー・ブラウンは、なにをやっても
うまくいかない不器用な少年で、映画の前半では
そのダメさがかなりクローズアップされている。
女友達のルーシーには、ダメなポイントを
スライド写真とともにとくとくと説明されるし、
女の子3人からミュージカル風の歌と踊りで
「ダメ人間」と連呼される始末。
そして、ため息をついて、毎日は苦難の連続だ、
なんて呟いている。
ちなみに飼い犬のスヌーピーは、チャーリーが
失敗したこともそつなくこなしてしまう、
器用で要領の良いスーパードッグ。

で、そんなチャーリーが一念発起して学校の
スペリング大会に出場すると次々勝ち進み、
ついにクラス代表として出場した全校大会で
優勝してしまう。
その後、みんなの期待を一身に受けて、
テレビ放映もされる全国大会に出場。
寝る間も惜しんでスペルを覚えたおかげで
決勝まで勝ち残るも、最後には負けてしまう。
それだけでも十分な気もするけど、テレビで
結果を見たルーシーは、
「チャーリーなんかに期待した私がバカだったわ」
なんて言い放ち、スイッチを消してしまう。
本人の気分もまさに敗者で、悲しげなBGMが
流れる中で、暗い気持ちで家に帰る。

ダメな主人公も最後には栄光を勝ち取る
ドラえもんなどの日本のアニメ映画とは違って、
努力は報われないし、つかの間のヒーロー気分なんて
簡単に失って、また哀しみや憂鬱がやってくる。
そんなシニカルで厭世的な映画だった。

『ピーナッツ』は、新聞の四コマ漫画として
はじまったもので、本来は子供ではなく大人向けに
描かれている作品だ。
『スヌーピーとチャーリー』は、初期の映画だった
こともあって、子供に迎合することなくその世界が
原作に忠実に描かれている。

日々の憂鬱や叶わない夢、報われない努力に、
仲間同士で欠点を傷つけあった記憶。
そんな多くの大人たちが持っている痛みや哀しみを
アメリカの小さな田舎町の子供だけの世界を通じて、
優しく温かな視点で表現している。
だから、この漫画にはいっさい大人は登場せずに、
子供たちだけの世界として成立している。
7歳の子供には、ちょっと厳しすぎる世界だった
のかもしれない。
今思えば家族の記憶がセットで刻まれていたのも、
自分には守っていくれている存在がいることで
安心したかったからなのだろう。

だけど、大人になってあらためて見てみると
チャーリー・ブラウンが、なんとも愛おしい存在で、
不思議にシンパシーが湧いてくる。
彼を見ていると、いろいろ辛いこともあるし、
大変なこともあるけど、まあ人生ってそんなものだし、
がんばろうかなって思えてくる。チャーリーだって
がんばってるんだしね。

今更ながら、『ピーナッツ』をゆっくり読んで
みようと思った。


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2017年6月 5日

10th Anniversary Campaign

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予定より1ヶ月ほど遅れてしまいましたが、
5月末日、10周年記念キャンペーンの当選賞品を
お送りしました。

今回のキャンペーンの応募用紙には、お名前や
住所などの項目とあわせて、自由にメッセージを
書いていただくスペースを用意しました。
約4000通ほど届いた応募ハガキをすべて
一枚ずつ手に取り目を通すと、
4.5センチX8センチの小さなスペースにぎっしりと
文章が書き込まれていたり、素敵なイラストが
描かれていたり、コラージュだったり、たっぷり
とそれぞれの方の想いが表現されているハガキを
何枚も見つけることができました。
しかも日本だけでなく世界中からそんな想いが
届いています。

たくさんの方々にとって、
トラベラーズノートが単なるノート以上に、
それぞれの人生に深く密接に関わっている存在で
あることを知って、嬉しく感動するのと同時に
身の引き締まる想いがわいてくるのを感じました。
トラベラーズノートは、もう作り手である僕らだけ
のものではなく、使っているみんなの共有財産で、
僕らはその成長の一部を担っている管理人のような
存在なのかもしれません。

今だから言えることですが、10年前に
はじめてポストカードキャンペーンを行った時は、
入賞者数に対して応募数が満たず、自分たちで
何枚か書き足してなんとか体裁を整えたりして
いました。
何度か繰り返していくうちに応募数が増えてくると、
それらを見る楽しみは増えていくのですが、
同時に選ぶのが難しくなってきました。

たくさんのハガキには、多かれ少なかれすべてに
送り主の気持ちが込めらています。
自分たちが企画しておいて、こういうことを言うのは
なんですが、そのなかで、なんらかの基準をもとに
何枚かを選ぶというのは、まるで優劣をつけている
ようで、それはトラベラーズノートらしくないし、
なんだか傲慢な気がして、やっぱり辛い作業でした。

ただし、ポストカードから伝わる皆さんの声に
耳を傾けるのはとても嬉しいことで、その交流は
絶対になくしたくありません。
今年は、ポストカードキャンペーンはお休みして
いますが、いずれは、他にもっと何か別の形で
将来、再開したいとも思っています。

10周年記念キャンペーンの賞品ですが、
日本の方はもうすでにすべて届いているそうで、
今週から、海外の方にも届きはじめると思います。
台湾、中国、韓国をはじめアメリカ、カナダ、
イタリア、スペインなどに送っています。
日本各地、世界各地で、皆さんの手元に届いた時
の笑顔を想像すると、やっぱり嬉しくなりますね。

早いもので、トラベラーズノートも10周年記念を
昨年終えて、今は12年目に突入しています。
これからも楽しくトラベラーズらしくをモットーに
その世界を広げていきたいと思いますので
よろしくお願いします!


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2017年5月29日

One Day Train Trip

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休日の鈍行電車は、県庁所在地のある駅を
過ぎると急に人もまばらになった。
少し窮屈だった4人がけのボックスシートを
ひとりで独占できるようになると、
僕はしばらく没頭していた本から顔をあげて、
車窓を眺めた。

眩しく光る太陽の光が、まだ水が張られている
田んぼに反射してキラキラ輝いている。
青い空の向こうでは、トンビが上昇気流に乗って
舞い上がっていった。
梅雨が始まる直前の新緑の季節。
窓をあけて、緑の清々しい匂いに包まれた
少しひんやりした風を思いっきり吸い込んで、
また閉めた。
そして再び本に戻り、ページをめくると、
すぐにその世界へ入り込んだ。
やっぱり人の少ない田舎の各駅停車の電車は、
本を読むにはうってつけだ。

満員の通勤電車では、本を手にページを
めくるのもままならないし、運良く座れても
本の世界に入った頃にページを閉じなければ
ならなかったりで、ご多分にもれず僕もつい
スマホをいじってしまう。

何も予定がない休日の午後。
本を片手に行き先も決めずに電車に乗ってみた。
本を読みながら何時間か走ってやってきたのは、
名前すら聞いたことのなかった小さな駅。
駅前をしばらく歩いても、やっぱり特別なものは
なにもない。
お腹が空いたので、駅前の他に誰もお客がいない
小さなお蕎麦屋さんでざるそばを食べる。
どうしてここにいるのか話しかけられたら
面倒なのでお店の人と目を合わせないように
食べていると、ふと時効まであと少しの逃亡者の
ような気分になって、ちょっとワクワクする。
そんなことをしていると、そろそろ帰りの電車が
くることに気づいて、少しあわてて駅に戻った。
この電車を逃すと、次の電車まで1時間半も
待たなくてはならない。

帰りものんびり数時間の電車の旅を楽しむ。
半日の電車の旅で、少し薄めの小説と、
少し厚めの小説を1冊ずつ読み終えた。

1960年代の東京で暮らすドラムが得意な高校生の
甘酸っぱい生活と、1990年代のロンドンで
売れないレコード屋を営む冴えない30代の男の
生活を電車のなかで体験した。
そして、いつもの駅に着く頃には、すっかり
空も暗くなっていた。

特別充実感を得たわけじゃないし、
単なる暇つぶしって言うこともできるかも
しれない。
スポーツをしたり、何かのセミナーに参加したり
するように、健康に良かったり、勉強になったり、
新しい出会いが見つかったりするわけじゃない。
家族とのレクリエーションやデートの予定があれば、
絶対にそっちを優先すべきなのも間違いない。

だけど、車窓を眺めて季節の移ろいを感じたり、
いつもとは違う緑の匂いを含んだ空気を吸ったり、
特別なものはないけど未知の場所に足を踏み入れたり、
そんなささやかな楽しみを味わいながら、
同時に心地よい電車の揺れのなかでひとりで
好きな本を読む日帰り旅も、悪くないとも思った。
今度は、もうちょっとだけ事前に調べて、
着いた駅で温泉に入ったり、美味しいコーヒーを
飲んだりすることを計画に加えてみようと思った。
夏になったら青春18切符を使うのもいいかも
しれないな。


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2017年5月22日

紙マスター

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紙について1から教えてもらった紙マスターの
ような存在の会社の先輩、Sさんが還暦を迎え、
先日、そのお祝いをした。

ノート作りは、紙について知ることなしには
なにもはじまらない。
だけど、この紙が意外と面倒でやっかいなことを
知ったのは、ちょうど今から11年前の
トラベラーズノートを作ろうと思った時。
それ以前もものづくりの仕事は行っていたけれど
本格的に紙製品を作ろうと思ったのは、
それがはじめてのことだった。
そんなわけで、紙について会社で最も詳しい
Sさんに教えてもらうことになった。
でも、これがほんとうに難しい。

例えば、紙を数える単位にはいろいろあって、
1000枚を1連と呼ぶ。
紙の単価は、1キロ・70円のように、通常は
キロ単位で設定されていて、1000枚のキロ数を
もとに計算すると1枚あたりの単価がわかる。
でも1枚といっても紙には、四六判や菊判、
A倍判などサイズが何種類かあって、その中から
作る製品のサイズや数量によって適切な紙を
選ばなくてはいけない。
さら、紙には目というものがあって、これが
事態をさらに複雑にしている。

ノートの場合、折り目にそって紙の目の流れを
設定しないと、見た目にはわからないけど、
ページがめくりにくかったり、
形がゆがんでしまったり、どことなく質が悪い
ノートになってしまう。
これは逆目と言って、紙製品を長年作り続けて
いる人にとっては許しがたい事態なのだ。
面付けといって、ノートのページ数やサイズを
計算し、例えば四六判の縦目が1000枚必要だ
とわかった後に、この紙の四六判は横目しかない
ことに気づき、最初から面付けをやり直すなんて
いう事態はよくある。
さらに板紙は100枚を1連と呼んだり、
特殊紙は単価が1枚あたりだったり、例外も
たくさんある。

会社の書棚には、何十・何百枚もの紙の見本が
束になって綴じられている見本帳が何十冊もあって、
その中から、色や風合い、筆記性などを見ながら
最適な選ぶんだけど、紙によってサイズや厚みの
種類、さらに印刷適正や加工適正、価格、梱包単位
などが様々で、いちいち頭を悩ませる。
無事に印刷が終わっても、製本時にはシワや折れ、
背割れなどの思いがけないトラブルもよくある。

トラベラーズノートのリフィルに使われている
MD用紙だって、さまざまな試行錯誤やトラブルを
くぐり抜けて、あの品質を保っている。

正直に言えば、僕はSさんの教え子としては
あまり優秀でなかったようで、未だに紙のことを
きちんとわかっていない。
トラベラーズノート用のダウンロードサービス
「紙情報」を作ったのは、自分で使いたいからで、
毎年、ダイアリーの無地のページに貼っている。

ちなみにSさんは、僕とは誕生日が1日違いで、
ひとまわり違いの同じ酉年。
つまり僕もあとひとまわりで還暦になる。
なんだか実感はないけれど、意外とあっという間
のような気もする。
あいかわらず元気で紙マスターとしてみんなに
頼りにされているSさんを見ていると、それも
ひとつの区切りでしかないのかなと思ったりもする。
あと12年でなにができて、どこへ旅をするのか、
とにかく楽しい旅になるといいな。


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2017年5月15日

ハイタッチが苦手

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子供の頃から、スポーツが不得意だった。
特に、野球やサッカーなどのチーム競技が苦手で、
試合で仲間と勝利の喜びを本気で分かち合ったり、
負けた悔しさをみんなとともに嘆いたりした経験は
なかった。
体育の授業や体育祭では、勝利に貢献するなんて
考えるよりも、負けにつながるミスをしないように
気をつけるのが精一杯だった。

ただ唯一、走ることだけは得意で、
小学生の頃は、クラスで1位、2位を争っていた。
運動会では必ずリレーの選手に選ばれたし、
みんなの応援を受けながら走ったのは、
少年時代の数少ない栄光の記憶だ。
だから、中学生になると陸上部に入部にしたのに、
思春期を迎えるのにあわせて、足はみるみる遅く
なっていった。

身も蓋のないことだから、あまり大きな声では
言われないけど、中学生にとって運動能力は、
持って生まれた身体能力や才能がなにより重要で、
そういうものがある人が練習を積めば実力は
さらに伸びるけど、石ころをいくら磨いても
宝石にならないように、才能のない人の限界は
いともあっさり分かってしまう。
記録が個人ごとに数値化してしまう陸上競技は、
その点が実にシビアで分かりやすい。
そんなわけで、スポーツのなかで
唯一の拠り所だった「走ること」からも、
僕はあっさり振り落とされてしまった。

スポーツ、特にチームスポーツが苦手な少年は、
脚光浴びたり、仲間と感動を分かち合う経験が
少ない分、卑屈になったり、孤独を感じたりして、
その心の空白を埋めていくように、音楽や本などの
世界に没頭していくような気がする。いや違う。
一般論じゃなくて自分がそうだっただけの話なの
かもしれない。

とにかく、少年時代はなんといっても
チームスポーツが重要で、絵や歌がうまいとか、
料理や工作が得意とか、勉強ができるからと言って、
極端に卓越していない限りヒーローにはなれない。
少年にとってそれらは、孤独な自己満足の世界
だった。

そんな少年時代を過ごしてきたからか、
ボーリングで、ストライクやスペアを出した時に
するハイタッチが苦手で、本気で感動や喜びを
感じていないのに、笑顔で手をあわせるのが、
自分に嘘をついているようで、けっこう心苦しい。

僕がはじめてチームプレイの感動を
感じることができたのは、音楽だった。
仲間とともにバンドを組んで、人前で演奏したり、
オリジナルの曲を作るようになったのは、
大学生になってからだった。
ギターを鳴らしたり、歌ったり、詩を書いたり
することは、自分をさらけ出さないと成立しない。
それには、本や音楽に没頭した孤独な時間が
けっこう役に立った。

正直に言えば、残念ながら僕はリズム感に乏しく
音痴で、ギターもそれほど上手に弾けなかったけど、
そんな人でも強い想いと、すばらしい仲間がいれば、
人に感動を与えることができて、価値のある音を
鳴らすことができるのが、ロックの素晴らしさであり、
バンドの良さだっていうことに気付いた。

そうやって仲間と音楽を作り上げ、
息があった演奏ができた時のカタルシスは、
チームスポーツで勝利を勝ち取った時に得られる
ものに近いのかもしれない。
ハイタッチはしなかったけど、本気で感動を
分かちあう瞬間は何度もあった。
今では音楽を作ることで感動を得ることはないけど、
幸いすばらしい仲間に出会えたおかげで、
仕事で同じような感動を得る機会がたくさんある。
やっぱりハイタッチはしないけど。

歳を重ねるごとに知識や経験とともに幅が
増えていくことで、スポーツが得意じゃなくたって、
ずっと卑屈で孤独を感じている日陰者だって、
同じような感動を共有できるチャンスが生まれる。
それを知ると、大人になるって悪くないなと思うし
もっと知識や経験を増やしていきたいと思う。


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2017年5月 8日

Lust for Life

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ずっと行きたかったんだけど、ステーションの
オープンでバタバタしていて行けなかった映画、
『トレインスポッティング』の続編を
ゴールデンウィークに見に行くことができた。

『トレインスポッティング』は20年前に
公開されたスコットランドを舞台にした青春映画で、
ジャンキーの若者達がメチャクチャな生活のなかで
何かを掴もうと苦悩する姿を描いた作品だ。

スタイリッシュで幻想的な映像と、
イギー・ポップやブライアン・イーノなどをはじめ
としたロックの名曲群とのシンクロが素晴らしくて、
東北で営業の仕事をしていた20年前の僕は、
確かな何かを手にすることができない不安や、
日々のやりきれない気持ちを吹き飛ばすように
この映画のサウンドトラックを車の中で大音量で
かけながら、出張帰りの東北道を飛ばしていた。

続編は、当時と同じスタッフでその20年後を
描くということで、期待と不安が入り混じる複雑な
心持ちで映画館に向かったんだけど、
いや〜ほんとうに良かったなあ。

あれから20年。
髪の毛が寂しくなったり、少し太ったりして、
前作と同じ役者が演じる登場人物達は、確実に
おっさんになっていて、まるで20年間使い続けて、
傷がたっぷりついて、少しよれよれだけど
味わい深く変化した革のトラベラーズノート
みたいだった。だけど、相変わらずメチャクチャで、
何かを掴もうともがいている。
さらに映画を見ていたら、自分と彼らがほとんど
同じ年齢だということに気づいて、
それも感慨深かったな。

映画の最後、ユアン・マクレガー演じる主人公が、
失意のなかで実家に帰り、ひとり部屋に入ると
20年前と同じようにイギー・ポップのLust for Life
を聴きながら踊るシーンがあるんだけど、それが
彼らの精神が変わっていないことを象徴的に
伝えてくれる。

だけどここで流れるLust for Life は、前作と違い
プロディジーによるリミックスバージョン。
リミックスの必然として、マジンガーZや仮面ライダー
がリニューアルのたびに、過剰に装飾的になっていき、
本来の荒削りな魅力を削いでいくのと同じように、
パワーアップはしているけど、やっぱり原曲の方が
数倍かっこいい。
きっと作り手もそんなことは分かっているんだけど、
あえて変えているような気がして、その心意気すらも
かっこいいと思えた。

20年前の映画は、自分が変わらないことに対する
不安を切迫感とともに伝えていたけど、
続編は、変わらないことに不安を持ち続けることを
むしろ肯定的に捉えているようなところがある。
20年前の自分と今の自分を比べると、
10年前にトラベラーズノートを作ったことによって、
小さな何かを掴み、自分は少しは変わったような気
もする。
だけど、相変わらず思い通りにいかずに悶々とし、
世の中や周りの環境と、自分たちのやりたいこととを
どう折り合いをつけていけばいいのか悩んでばかりだ。
どうにもならないことにうろたえて、憤ったり
腹をたてることも多く、あの頃となにも変わって
いないような気もする。

結局、40代半ばを過ぎても、漠然とした不安に
耐えきれず、何かを掴もうと海外へ旅立とうとする
若者と気持ちはそれほど変わらないのかもしれない。
ただ違うのは、長く生き続けたことで、不安を
持ちながら生き続けることに耐性がついただけで、
そんな気持ちを失うことこそ最も恐れることだ。
進化や革新だけでなく、深化することでもいい。
とにかく常に変わろうとする意思は、不安や憤り、
痛みを伴うし、仮に一時的に何かを掴んだとしても
決して終わることがない。
その不安や憤りこそが、クリエイションの源であり、
なにかを推し進めていくパワーになっていく。

たくさんの音楽や映画、文学が、そのことを
教えてくれて、同時に不安や憤りをパワーに変える
転換装置のような役割を担ってくれた。
トラベラーズノートも使い手の毎日に寄り添い、
その意思を書き留めることで、ささやかながらも
同じような役割をはたしてもらえたら嬉しいな。

人生の旅路には、面倒なことや不安なことも
たくさんあるけど、それが旅というものです。
皆様、トラベラーズノートとともによい旅を。


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2017年5月 1日

TRAVELER'S FACTORY STATION open!

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トラベラーズファクトリー ステーション、
無事オープンを迎えることができました。
オープン日は、僕らもびっくりするくらい
たくさんの方々に足を運んでいただき、
涙が出るほど嬉しかったです。
ありがとうございました!

また当日は、急遽整理券をお配りしたり、
長時間お待たせしてしまったり、さらには
せっかく足を運んでいただいたのに入店
できなかったり、いろいろご迷惑を
おかけして大変申し訳ありませんでした。

そんな状況にもかかわらず、品出しをしたり、
棚を片付けたり、レジやら商品移動やらで
バタバタとしていた僕らに、お客様からは
たくさんの温かい言葉をいただき、
さらに、たくさんの方が笑顔で商品を手に
とったり、スタンプを押してたりしている
姿を見ることができて、それが何よりも
嬉しかったです。

何日かこの場所にいて、あらためて思ったのは、
東京駅は、遠くからやってきた旅人と、
日々の暮らしの場所として歩く人たちが、
交錯する場所であるということ。

自分が実際に旅をして、魅力的だと思う場所は、
まさにそういった場所で、例えば、
地元の人と旅人がほどよく入り混じる市場で、
地元の人が美味しそうに食べている料理を
指差してオーダーしたりするのが楽しい。
風光明媚な場所やお仕着せの観光地よりも、
現地の暮らしを感じる場所での、地元の文化や
歴史、人々との触れ合いに心が動く。
前にコラボレーションをしたスターフェリーも
そうだったし、東京に住む僕らにとって、
日本の地方や海外の鉄道駅は、そんな魅力に
満ち溢れている。
きっと東京駅は、遠くからやってきた人たちに
とって、同じ魅力を感じる場所のひとつかも
しれない。
日常の中継地として東京駅を利用する僕らは、
その魅力をつい忘れてしまって、足早に通り
過ぎてしまう。

そんな時、トラベラーズファクトリーステーション
に立ち寄ることで、この場所の魅力を思い出し、
つかの間の旅気分を味わってもらえたら嬉しいし、
遠くからやってきた旅人と交錯することで、
旅人にとっては、旅がもっと楽しくなってほしい。

ちょうどゴールデンウィークということで、
これから熊本に向かうという方が、手にいれた
ばかりのリフィルのパッケージを開けて、
ノートの表紙に、東京駅のスタンプとともに
熊本のスタンプを押して、旅立っていった。
会社帰りに立ち寄ってくれた方は、仕事が
楽しくなりそうだね、とはじめてトラベラーズ
ノートを手にれてくれた。
そして、たくさんの旅人たちが東京を訪れた
記念に、スタンプを押していた。

中目黒の路地裏でひっそりと佇む僕らの基地、
トラベラーズファクトリー、
世界に向けた玄関口成田空港にあるエアポート、
そして、東京駅にあたらしく生まれたステーション。
この3つの場所が、トラベラーズノートという
旅するように毎日を過ごすための道具を通じて、
日本各地や世界からやってくる旅人と僕らや
みんなと繋がっていく。

まだまだ至らない点もあって、ご不便や迷惑を
おかけしてしまうことあるかと思いますが、
もっと気軽に立ち寄っていただける、楽しくて
ワクワクする場所にしていくようスタッフ一同
がんばっています。
これからもよろしくお願いします!


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2017年4月24日

東京駅から武道館へ

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今週4月27日(木)は、いよいよ
トラベラーズファクトリーステーションのオープン。
ということで、先週は商品を並べたり、
プライスを付けたり、最後の仕上げを行った。
7坪の決して大きいとは言えない空間に、たくさん
のモノが並び、ひとつの世界が生まれていく。
まるでトラベラーズ版キオスクみたいだ。
トラベラーズファクトリーではおなじみの
スタンプコーナーももちろん設置。
東京駅ならではのスタンプや新しく導入した
スタンプマシンも並んだ。
僕らは、しみじみと完成間近の店内を眺めながら、
ここまでいろいろ大変だったけど、
トラベラーズらしい、いい空間になりそうだなと
思った。

そして金曜日の夕方、忙しい最中に開店準備を
抜けさせてもらい、東京駅を後にして武道館へ。
ストーン・ローゼズの来日公演を見に行ったのだ。
ローゼズのことは、ここに何度も書いているけど、
僕が一番好きなイギリスのバンド。
いよいよ生のローゼズが見れるということで
期待に胸を膨らませながら、少し浮き足立って
久しぶりの武道館へ向かった。

ぎっしり詰まった会場の客席に座り、
しばらくすると、会場の灯りが消える。
そして、I Wanna Be Adoredのイントロが鳴ると、
もうそれだけで涙が溢れてきて、それから最後の
I Am The Resurrectionまでの1時間半は、
感動しっぱなしだった。

解散から紆余曲折を経て、あの4人がまた同じ場で、
奇跡のようなグルーヴを奏でているのが、みんな
嬉しくてしょうがない。
会場全体がそんな温かさに包まれたライブだった。

彼らの音楽の一番の魅力は、やっぱりあの
4人でしか成立し得ない、バンドマジックだ。
キース・ムーンとジョン・ボーナムを足して
2で割ったようなスーパードラマーのレニに、
うねるようにループするベースのマニ、
ギターヒーローのジョン、そして、
音程を外しても、そんなの関係ないくらいの
異彩を放つ存在感でバンドとオーディエンスを
繋ぐヴォーカルのイアン。
そのすべてが同じレベルで欠かせない役割を担い、
混ざりあい化学変化を起こすことで生まれる
バンドマジックが今も機能し、さらに進化すら
していることに感動した。

20歳の時、彼らのデビューアルバムに出会って以来、
その圧倒的にポジティブで多幸感溢れる音楽から
何度も生きていくためのパワーやヒントをもらって、
救われてきた。
あれから27年経ち、僕ももうすっかり大人になって
しまったけど、彼らの音楽に向かう時の気持ちは、
あの頃と何一つ変わっていない。
ずっと念願だった彼らのライブに立ち会うことで、
僕はさらに大きなエネルギーをもらうことができた。
20年前に解散のニュースを聞いて喪失感を包まれた
時には、こんな日が来るとは思ってもいなかったけど、
やっぱり奇跡は起きるんだと思えた。

正直に言うと、3月のオリーブエディションや
ブラスの発売から、ステーションのオープンの準備で、
僕は勝手に追い詰められたような気分になって、
精神的に疲れ、心にも余裕がなくなっていたんだけど、
もう大丈夫。
この日のライブで、僕は充分すぎるパワーを充填した。

さて、繰り返しますが、今週4月27日は、
トラベラーズファクトリー ステーションのオープンです。
小さな空間に、トラベラーズの世界をぎゅっと
詰め込みました。
プロダクトはもちろん、ディスプレイやスタンプから
新しいショッピングバッグやショップカードまで、
チームトラベラーズの全スタッフ総力を結集して、
グルーヴを奏でることで、僕らにしかできない世界を
作り上げています。

僕がライブからたくさんのパワーをもらったように
この場所に作り上げられた空間、プロダクト、
そして、スタッフとのコミュニケーションによって、
誰かに感動やパワー、生きるヒントを与えることが
できたら、もうこの上ない幸せです。
場所は、東京駅の丸の内地下北口の改札を出てすぐ。
ぜひ、皆様のお越しをお待ちしています。


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2017年4月17日

東京駅からロバート・フランクへ

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トラベラーズファクトリー ステーションの
内装工事も佳境に入り、週末は最後の仕上げで、
先週作った看板やディスプレイボード、
昨年チェンマイの骨董市で手に入れたポンプや
トランクなどを設置。
少しずつトラベラーズらしい空間ができあがって
くるのが実感できる。

内装工事は、中目黒やエアポートでもお世話に
なっている大将に今回もお願いしている。
トラベラーズノートユーザーだから、お店作りを
一緒に楽しんでやってくれるのがなにより嬉しい。
ハシモトがお店にコンテナを持ち込みたいという
アイデアを出した時だって、大将たちは面白がり
ながら、その方法を模索し、実現してくれた。

あと少しで皆様にもご覧いただけると思うので
楽しみにしていただきたいのですが、中目黒や
エアポートとも違うけど、トラベラーズらしい
かっこいい空間ができそうで、僕らもわくわく
しながら最後の仕上げを楽しんでいる。

そして、金曜日の夜は、夜に東京駅を抜けて、
そのまま中目黒へ移動して、
『Don't Blink ロバート・フランクの写した時代』
の設営へ。

オープン以来、トラベラーズファクトリー2階に
置いてある写真集「The Americans」の作者、
ロバート・フランクのドキュメンタリー映画が
間も無く公開されるということで、ご縁があって
展示を行うことになった。

「The Americans」に出会ったのは2009年。
ジャック・ケルアックの序文が目に止まり、
手に取ってパラパラとページをめくってみたら、
50年代のアメリカの日常を切り取ったコントラスト
の効いたモノクロの写真に惹きつけられて、
それまで写真集なんて買ったことがなかったのに
衝動買いしてしまった。
今まで見慣れていた華やかで栄華に満ちたアメリカ
ではなく、その影の部分に光を当てた写真は、
不思議に悲壮感ではなく、美しさを感じさせてくれ、
それまで気がつかなかったアメリカの庶民の
日常生活の哀愁漂う美しさや、寂れたかっこよさ
みたいなものを教えてもらったような気がした。
今思うと、それ以降、トラベラーズノートの世界を
作っていくことに大きな影響を受けたような気がする。

そのため、映画の試写会に呼んでいただき、
さらに何か一緒にできませんかとお声がけをして
もらった時には、ステーションのオープン前で
バタバタしている時期だったけど、ぜひ!と返事を
させてもらった。

展示では、映画のシーンを切り取った写真と
あわせて、ニュースペーパーに印刷された写真や、
ロバート・フランクがジャケットを手がけた
ローリング・ストーンズの名盤「メインストリート
のならず者」のLPなどを展示。
さらに、Born To Be Blueの時に続き、今回も
LETTER 8さんが映画のタイトルを文字看板で
ディスプレイしてくれている。

この映画、サウンドトラックも素晴らしくて、
ストーンズをはじめ、トム・ウェイツに、
ジョニー・サンダース、パティ・スミス、キルズ、
ヨ・ラ・テンゴ、ホワイト・ストライプなどなど、
そうそうたるミュージシャンが楽曲を提供している。
これもロバート・フランクの影響力があってのこと
だと思うけど、彼の写真同様、ざらざらした触感の
荒削りでかっこいい音楽を聴くためだけでも映画を
観に行く価値があると思う。
トラベラーズファクトリーでの展示とあわせて
ぜひ。


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店長のプロフィール

(株)デザインフィルでトラベラーズノートの企画を担当している飯島です。