2019年4月15日

2回目の名入れ職人栗山さんのイベント

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昨年に続き、今年も名入れ職人の栗山さんに
トラベラーズファクトリーに来ていただき、
名入れの実演イベントを行った。

通常のオーダー名入れでは、
新しくお買い上げいただいたトラベラーズノート
にしか名入れをしていない。
これは、お客様が実際に使っているノートを
輸送中などにトラブルで紛失してしまったり、
名入れ文字を間違ってしまうと、取り返しが
つかないことになってしまうというのが理由。
だけどやっぱり長く使っているトラベラーズノート
に名入れをしたいという方はたくさんいるので、
2回目の名入れイベントを迎えるにあたり、
それを実現できないかと栗山さんに相談した。
栗山さんにとっては、失敗ができないから
より緊張感が伴って大変だと思うのだけれど、
「大丈夫だよ」と快諾してくれた。

間違いを防ぐために、一度こちらで用意した
革タグに名入れをして、それをお客様に確認して
もらってから、トラベラーズノートに名入れを
するということにした。さらにこの革タグは、
イベントでの特典として名入れをした方に
プレゼントするとみなさんとても喜んでくれた。

イベントにはたくさんの方が足を運んでくれて
バタバタしたり、しばらくお待たせしてしまったり
することもあったけれど、終始和気あいあいとした
温かな雰囲気に包まれていた。
ほとんどの方が使っているノートに名入れを
してくれたのだけど、その分僕らもたくさんの
方々の実際に使っているトラベラーズノートを
見ることができたのも嬉しかったことのひとつ。

裏の刻印が「MIDORI CO., LTD」となっている
もう10年以上お使いいただいているという
トラベラーズノートをはじめ、スターエディション、
ハイウェイエディション、限定として発売した時の
ブルーエディションなど、僕らも久しぶりに目にする
トラベラーズノートにも出会うことができた。
手入れの仕方や革の風合いの変化は様々だけど
どれも愛着を持って使ってくれているのが分かり、
「こんな風に使っているんです」とノートを見ながら
それぞれの使い方を聞く時間も楽しかったなあ。

名入れの時には、栗山さんが活字を組んで
版をぎゅっと革に押していくのを、みんな
興味深そうにまじまじと見つめ、最後に箔の
ホイルをピンセットで外して、ノートに刻印された
文字やマークが見えると、一瞬で笑顔になり思わず
「いいですねえ」とか「かっこいいなあ」と
つぶやいてくれた。

それに対し、気さくな人柄の栗山さんも
「はいできました。これで大丈夫ですか」と
ノートを手渡しながら話しかけると、皆さんとても
嬉しそうに「ありがとうございます」と答える。
そんなシーンを何度も見ることができた。

トラベラーズノートが他のノートと違う点が
あるとすれば、ノートに書かれたことだけでなく、
その表紙となるカバーにも使う人の歴史や思い入れが
たっぷり刻まれていることで、今回のイベントでは
そのことをあらためて実感できた。

栗山さんが名入れをしてくれたことで、
それぞれのトラベラーズノートにまた新しい歴史が
刻まれたようになり、
「今まで以上に愛着を持って大切に使いますね」
とたくさんの方が言ってくれた。

イベントに足を運んでいただいた皆さま、
栗山さん、ほんとうにありがとうございます。
今回のイベントは、トラベラーズノートをずっと
作り販売し続けてきた僕らにとってもほんとうに
楽しくて嬉しいイベントでした。
栗山さん、次もよろしくお願いしますね!


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2019年4月 8日

大きな財産

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今日までトラベラーズファクトリー中目黒の
2階でG.F.G.S.+大塚いちおオーダーボーダーを
開催している。
土曜日には、G.F.G.S.代表の小柳さんが新潟から
駆けつけてくれて、さらにG.F.G.S.との
コラボレーションのボーダーシャツをデザイン
してくれた大塚いちおさんも会場に来てくれた。

G.F.G.S.は、自分の好きな色や太さを選んで
オリジナルのボーダーシャツを作ることができる
ブランドで、生地の編み立てから縫製までを
すべて新潟加茂市にある工場で行なっている。

大塚いちおさんは、Eテレの「みいつけた」の
キャラクターデザインや川崎フロンターレの
アートディレクションなどを行なっている
イラストレーター・アートディレクター。
アアルトコーヒー庄野さんの本や山田稔明さんの
アルバムジャケットのイラストも描いていること
もあり、トラベラーズファクトリーのイベントなど
で既に何度かお会いしていて、そのたびに、
いつか一緒に何かをしたいですね、と話していた。
だから、今回のイベントでそれが形になったのも
嬉しかった。

G.F.G.S.の小柳さんとは、葉山で帆布バッグを作る
KO'DA STYLEのこうださんの紹介で一緒にイベント
を開催したことからお付き合いが始まった。
もう4年前のことだ。

トラベラーズファクトリーをやっていて楽しいのは
様々な場所でものづくりだったり、食べ物だったり、
音楽やイラストアートを制作する人たちとの繋がりが
広がっていくことで、それとともにトラベラーズの
世界も広がっていった。

この日は、イベントが終わると近くの居酒屋で
打ち上げを行った。
金髪の小柳さん、大塚いちおさんをはじめ
僕らもみんなユニフォームのようにG.F.G.Sの
ボーダーシャツを着ていて、さらに大塚さんが
デザインした新潟上越妙高駅のキャラクター、
ウェルモもテーブルに鎮座しておこなわれた
飲み会は、他の席から見ると怪しい集団に見えた
かもしれないけど、とても楽しかった。

音楽の話やそれぞれの仕事の話、それにたくさんの
くだらない意味の話をしながらも、最後には
今回のイベントをきっかけに次はもっと楽しいこと
をしたいですね、と次への期待にワクワクしながら
飲み会が終わった。

トラベラーズノートが世に出て13年。
トラベラーズファクトリーがはじまって7年と半年。
日々僕らなりに頑張ってきて得ることができた
何よりも大きな財産は、トラベラーズノートを
相棒のように愛情を持って日々使ってくれる方々と、
心から信頼できて志を共有できて、さらに楽しく
一緒に仕事ができる仲間たちなんだなあ。
トラベラーズファクトリーが、そんな皆さまが集い
繋がる場所に少しずつ育っているのが嬉しい。
そんなことを思いながら、だいぶ暖かくなった
夜の中目黒を歩いた。

イベントに足を運んでくれた皆さま、
大塚いちおさん、小柳さん、イベントを盛り上げて
くれたウェルモ、そして、あと1日ありますが、
期間中毎日トラベラーズファクトリーに通って
イベントをケアしてくれたG.F.G.S.恵美子さん、
ありがとうございます。
そして、これからもよろしくお願いします。


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2019年4月 1日

春の思い出

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今年高校を卒業し、4月から大学に入学する娘は、
YouTubeで見つけたのか最近なぜかラーメンズに
はまっていて、先週ひとりで静岡まで行き、
元ラーメンズの小林賢太郎氏の舞台を観ていた。

そんな姿を見て、自分も高校を卒業して
大学に入学するまでの休みに、ピンクフロイドと
ミック・ジャガーのライブに行ったのを思い出した。
どちらの会場でも周りは年上ばかりで、
当時18歳だった僕はちょっと浮いていた。

ピンクフロイドは、中心メンバーだった
ロジャー・ウォーターズが抜けて初めての来日で
武道館でのライブだった。
2部構成のライブで、1部はそれほど聴き込んで
いなかった新しいアルバムからの曲が中心だった
けれど、2部になると過去の名作からの曲ばかりで、
最後は「アニマルズ」のジャケットにある巨大な豚が
客席の上に出てきたりして盛り上がった。

ソロアルバムを出したばかりのミック・ジャガーは
初来日で、当時はまだローリングストーンズとしても
来日したことがなかった。
だから、完成して間もない東京ドームに集まる客は、
みんなソロアルバムの曲よりストーンズの曲を
聴くことを期待していた。
ミックもその期待に応え、ストーンズの曲を序盤から
たっぷり演奏してくれた。
中盤「ルービー・チューズデイ」が始まると、
ずっと涙を流しながらミックにあわせて歌っていた
隣のおじさんが興奮を抑えきれずに客席の前にある
バックネットによじ登りはじめた。
途中まで登ったところで、最後は警備員に抱きかかえ
られるよう降ろされ、どこかに連れていかれた。
その後もストーンズの曲を何曲も演奏していたから
そういうことをするのなら最後にやればいいのにと、
ちょっと冷静におじさんを憐れんだのが一番記憶に
残っている。
アンコールは、名曲「悪魔を憐れむ歌」だった
けれど、おじさんは聴くことができなかった。

その数年後、今度はローリングストーンズとして
来日をした。
当時大学生だった僕は友人と一緒にそのライブに
行き、終わると車で遠出をした。
夜の道路をカーステから流れるストーンズに
興奮しながら車を走らせる友人は、スピードを
出し過ぎてカーブで車がスピンした。
対向車線にはみ出して2、3回転してやっと車が
止まったけれど、偶然他の車が通らなかったので、
車も人も無事だった。
助手席に座っていた僕は、回転する車のなかで
一瞬死を意識した。
その時にカーステから流れていたのは、友人も
僕もストーンズで一番好きな「悪魔を憐れむ歌」
だった。

あれから30年近く時が過ぎて、
僕はバックネットを登ったおじさんの年齢を
とっくに過ぎてしまった。
今月はじめに、大学生になる息子が友達の運転する
車で事故にあって、小田原から電車で帰ってきた。
あの頃の僕と同じように一瞬死を意識したみたい
だけど、幸い身体は無事だった。

4月になり、トラベラーズファクトリーの
近所の目黒川の桜も満開に近くなってきた。
桜を眺める人たちはみんな笑顔で楽しそう。
だけど、桜の花びらの隙間からキラキラ輝く
太陽の光が差し込み、春の温かい風を体に受けると、
突然ぼんやりとした不安に包まれて、
沈鬱な気分に襲われることがある。

僕らは、音楽を聴いたり、本を読んだり、
コーヒーを飲んだり、ノートに向かい合うことで
ささやかな明るい兆しを見つけて、新しい季節に
一歩を踏み出していく。
大丈夫。今までだってなんとかやってきたし、
これからもきっとうまくいくはず。


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2019年3月25日

インフルエンザとものづくり

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風邪はめったにひかない方なんだけど、
生まれて初めてインフルエンザに罹ってしまった。
先週このブログにブラスクリップの工場を巡った
ことを書いたけど、まさにその日。みんなと別れて
電車に乗っているとだんだん調子が悪くなってきて、
家に着いて熱をはかったら39度。
その日はそのまま布団に入り翌日病院へ行った。

はじめて行った家の近くの病院は、
びっくりするぐらい混んでいて、診察を受けるまで
他の人にうつらないように丸椅子がぽつんと置いて
ある薄暗くて誰もいない階段の踊り場で1時間以上
待たなくてはならなかった。
やっと看護婦さんがやってくると、その場で
鼻の穴にこよりのような紙を入れて検査した。
それからまた1時間待たされて、椅子に座っている
のも苦しくなってきて、地べたに座り、椅子に顔を
うつ伏せにしていうんうん唸っていたら、
やっとお医者さんがやってきて、
「インフルエンザA型ですね」と言って処方箋を
くれた。インフルエンザだったということよりも
とにかくやっと家に帰れることにほっとした。

途中のコンビニでポカリスエットを買って
家に帰り、熱をはかると40度を超えていた。
テレビではずっとピエール瀧の逮捕の話題が
続いていたけど、熱で頭がぼーっとしていて
なんの感情も浮かんでこなかった。
この日はなにも食べる気にもならず、
結局ポカリスエットと薬しか口に入れなかった。

翌日は少しは楽になったけれどまだ熱はあって
具合も良くない。1日中寝て過ごす。
その次の日には熱も下がり体も楽になった。
1日中、カズオ・イシグロの小説を読んで
のんびり過ごした。そして久しぶりに仕事の
メールをチェックしていくつか返事を送った。
そして、その翌日は本の続きを読んだり、
絵を描いたりして過ごした。
一足はやく使わせてもらっている水彩紙は、
やっぱり絵具ののりもよくて、いい感じだ。
見開きいっぱいに描いてみた。
完成したらブラスクリップで壁に留めて
写真を撮った。
休みの後半は熱も下がって体力も回復してきた
から、おだやかな休日を過ごさせてもらった。

インフルエンザに罹ってしまったけれど
不幸中の幸いだったのが、熱が出た日に訪れた
工場の方々にうつらなかったことで、
僕が仕事を休んでいる間にも、無事それぞれの
作業が止まることもなく生産が進んでいった。
そして今週の出荷を前に、なんとか予定の数量が
納品された。

ものづくりは基本的にトラブルの連続だ。
ひとつのアイデアから設計やデザインを経て
試作を繰り返し最終形が決まり、生産ラインが
できあがって実際にものができあがるまでは、
予想外の事態や、解決が難しいトラブルが
何度も巻き起こってくる。

船の底に穴が空き、そこから入りこんでくる
水を必死で外に掻き出しながら、ずぶ濡になって
穴を塞ぐためにトンカチを叩く。
やっとふさがったと思ったら、今度は強い風に
煽られて折れそうになったマストをみんなで
支えて補強する。すると今度は別の場所から
水が漏れてまた外に掻き出していく......。
特にあたらしいものを作る時は、まるで荒波の中を
航海しているような気分になることもある。

それらに臨機応変かつ柔軟に向かいあいながら、
時にはスケジュールや価格、仕様やデザインを
修正したりすることもある。
その時に大事なのはほんとうに自分たちが
作りたいものの本質を見失わないこと、そして
それをお金を払って手に入れて使ってくれる人たち
のことを深く想像することだ。

新商品の発売を間近に控えた今、
あたらしい商品を積んだトラベラーズシップは、
やっと水平線の向こう側にぼんやりと港が見える
場所までたどり着いたところか。
永く厳しく、でもそれなりに楽しかった航海も
あと少し。
港に着いた時に、皆さんが温かく受け入れて
くれるといいな。

トラベラーズファクトリー各店でも3月28日より
発売しますのでよろしくお願いします。


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2019年3月18日

ブラスクリップができるまで

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トラベラーズノートは、開いたままの状態で
落ち着きにくい。手を離すと、自然にページが
持ち上がってパタンと閉じてしまうこともある。

例えばトラベラーズチームのミーティングの時は
やっぱりみんなトラベラーズノートを使っている
のだけれど、ノートの上にスマホを置いたり、
ペンを引っ掛けたり、クリップを留めたりして、
それぞれのやり方で開いた状態をキープしている。

それで10年以上使っているので、
もうすっかり慣れてしまって不便だと考えること
もないけれど、なんだかすっきりしないもやもや
したものがずっと胸の中にあった。

たまにトラベラーズノートを開いて写真を撮ろう
とする時はもうちょっと切実だ。
余計なものを画面に映したくない時は、
裏からマスキングテープで留めたり、さらに、
押さえていた指先を後から画像修正して消したり
することもあった。
でもそうやってできた写真は、嘘をついている
ようで、やっぱりもやもやした。

インスタグラムでは、トラベラーズノートを開き
イラストが描かれたり、コラージュされたページを
撮影した写真をたくさん見ることができるけど、
それらは様々なクリップで留められている。
でも僕らとしては、自分たちと関係性のない
他社が作ったクリップをつけるのも気が引けるし、
当然ぴったりしたモノも見つけられなかった。

ある日、橋本が「だったらトラベラーズノート
専用のクリップを作りましょうよ」と言いながら
そのイメージとして50年以上前にアメリカで
作られたノベルティのクリップを見せてくれた。
サイズこそトラベラーズノートに付けるには
大き過ぎたけど、真鍮の無骨な佇まいは
トラベラーズノートにぴったりだった。
それを見た時に僕らの作りたいクリップの
イメージが見えたような気がした。
メイド・イン・ジャパンでトラベラーズノート
の専用クリップを作ろう。
そうやってブラスクリップの企画が始まった。

僕らが作りたかったのは、真鍮の板を曲げただけ
のシンプルな作りに刻印を入れるという、
昔ながらのクリップなのだけど、これが意外と
大変だということは、進めてから気がついた。

そもそもクリップは、低単価の大量生産のものが
ほとんどで、それらは薄いスチールやステンレスを
材料とし、金型がいくつもセットされた大きな機械で
ほとんど人の手を介さず自動で作られている。

例えば、そうやって作られたクリップに
塗装をしたり、刻印を押したりして、オリジナルの
クリップ作る方法もあるけど、それでは自分たちが
作りたい形とはまったく違うものになってしまう。
もっと無骨なでシンプルな形を求めた時、
一から設計し金型を作り、様々な工程ごとに
いくつかの工場の協力を得なければならなかった。
そんな手探りなやり方ではあったけれど、まずは
職人と相談しながら、時間をかけて何度も試作を
繰り返していった。

真鍮の板の厚みを変え、大きさを微妙に変えて
ちょうど良いサイズ感や重さを追求し、
固過ぎず柔らか過ぎないトラベラーズノートに
挟むのにちょうどよい締め具合にするために、
バネのサイズや巻き数を変えながら付け替えたり、
刻印をより美しく出すために、プレスの職人の
知恵を借りながら最適なやり方を追求した。

最初に理想的なサンプルができあがった時は、
真鍮のほどよい重さを感じるゴロンとした形、
使うと味がでるのが想像できる美しい色合い、
トラベラーズノートに付けた時の佇まい、
まさに他にはないトラベラーズノートのための
クリップが具現化したことにとてもワクワクしたの
を覚えている。

先週、最終的な工程を確認するため各工場を巡り、
職人さんと話をしてきた。
まず最初の工場では、ロール状の平たい真鍮の板を
抜き、曲げるまでを行う。
そして、次は刻印を入れる工場へ行った。
今回刻印のデザインは2種類あるけれど、
それぞれのデザインにあわせて刻印のやり方も
職人さんの工夫で変えている。

どちらも70代の先代と2代目の息子さんのお二人で
運営されている下町の小さな工場で、油がたっぷり
ついた巨大な古いプレスマシンを器用に動かしながら
ガチャン、ガチャンとひとつずつプレスをしている。
僕らが目を輝かせながらそれを眺めていると、
普段は無口で難しそうな職人さんも気さくに
僕らの質問に答えてくれた。

そして、次に行ったのは下町のメッキ工場。
ブラスクリップは、無垢の状態で仕上げるので
メッキはかけないのだけど、通常はメッキの
前工程として行うバレル処理をここでは行う。
バレル処理は、石が入った寸胴の中にクリップを
入れて何時間も回転させることで、クリップの角
のバリを取り、軽くヤスリをかける。
ここでも、ブラスの質感や色合いを出すために
石を変えたり、バレルの時間を調整したりして
今まで何度も試作を行ってくれていた。
「これでいいんだよなあ、まったく大変だよなあ」
社長が自らバレルを回しながら笑顔でぐちっぽく
言うのを、僕らも笑顔で「ありがとうございます」
と返した。

そして、最後は組み立てだ。
ここでは納期に間に合わせるためにスタッフ総出
で組み立てから、墨入れ、パッケージを行う。

東京近郊に昔からあるようないわゆる町工場は、
たいてい家族経営で小規模で運営されているため
その分できる工程も限られている。
そして昨今そういった小規模の町工場がどんどん
減っていっているのも事実だ。
ただ、それを専門的に長い間続けてきたがゆえの
職人の経験や技が日本のものづくりを支えてきた
のもまた事実でもある。
僕らは作りたいものは、決してハイテクではないし
高級品ではないけれど、毎日心地よく使うことが
できて、使うほどに愛着がわいてくるような
上質で丁寧に作られたものでありたいと考えている。
ブラスクリップは、今回協力いただいた工場と
職人さんたちによってそれが実現できたと信じている。
ぜひ、ブラスクリップを手にとっていただき、
そんな彼らの技や心意気を感じてもらえると
僕らも嬉しいです。
発売まであと少しですが、ぜひ楽しみにしてください!


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2019年3月11日

グリーンブックと運び屋

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土曜日のこと。
いつもだったら用がなければ10時ごろまで
寝ているのだけれど、花粉症のせいで鼻水が
止まらず早めに目が覚めてしまった。
薬を飲んでしばらくボーッとしていると、
せっかくだから映画を見に行こうと思い立った。

見たい映画がふたつあってどちらにしようかと
悩んだけれど、別に他に特別やることがあった
わけでもないし、時間もたっぷりあったので
両方見ることにした。

ひとつは先日アカデミー賞の作品賞を受賞した
「グリーンブック」、もうひとつは久しぶりの
クリント・イーストウッドの監督兼主演による
映画「運び屋」、そのふたつをダブルヘッダーで
見に行った。
どちらも素晴らしい映画で満足したのだけれど、
印象的だったのは、両方の映画にアメリカの
広大な大地を車で走るシーンが多くあったこと
だった。

「グリーンブック」では、黒人の天才ピアニストと、
その運転手兼用心棒として雇われたがさつな
イタリア系の男がピカピカのキャデラックで、
アメリカの南部をコンサートツアーをしながら
旅をする。

「運び屋」では、クリント・イーストウッド
演じる頑固だけど愛嬌のある典型的なアメリカの
じいさんといった感じの男が、コカインの運び屋
としてメキシコ国境近くからデトロイトまで
ボロボロのフォードのピックアップトラックで
走って旅をする。
(お金が手に入ったせいで途中でリンカーンの
高級車に変わってしまったのは残念だったな)

アメリカ南部の荒涼とした美しい風景の中を
走りながら、1962年が舞台の「グリーンブック」
では、流行りの歌として、現代劇の「運び屋」では
年寄りが聴く懐メロとして、ラジオからはイカした
アメリカの古いポップソングが流れてくる。
クリント・イーストウッドは、ラジオにあわせて
声をあげて歌いながら、楽しそうにハンドルを握る。
今も昔も長距離ドライブには音楽がつきものだ。
余談だけど、長距離列車には本、飛行機の旅には
映画がいい。

途中車を止めて、例えば「グリーンブック」では、
ケンタッキーフライドチキンの1号店に立ち寄り、
「今まで食べたケンタッキーフライドチキンの中で
一番うまいよ」なんて言ったり、「運び屋」では、
「ここはアメリカで一番のポークサンドが食える」
と監視役として付いて来たメキシコ人のギャングと
一緒にサンドウィッチをほうばる。
どちらもその背景に人種差別があることを示唆する
のだけれど、それはそれとして本当に美味しそうだ。
ここに出てくるような飾らないローカルフードを
食べさせてくれるお店に立ち寄りながら、
アメリカを何日も車で旅したくなってくる。

見終わると、毎日のように車に乗って長距離を
移動していた、昔の営業時代を思い出した。
あの頃はクリント・イーストウッドと同じように、
車を運転しながら、ひとりラジカセから流れる
音楽にあわせて歌っていた。
10万キロ以上走っていたライトエースの営業車には
AMラジオしか付いてなかったから、ラジカセを
積んでいたのだ。

長距離トラックがたくさん止まっているような
お気に入りのドライブインでよく食べていた
モツ煮込み定食とかカツ丼も、アメリカで言えば
フライドチキンやポークサンドと似たようなもの
なのかもしれない。
グリーンブックのように、雪の中をビクビク
しながら運転したこともあったし、高速道路で
パンクしてしまい、ひとりスペアタイヤに
付け替えたこともあったな。その時はなんで
こんな目にあうのだと泣きたくなったけど、
それでも車の旅は嫌いではない。

車での旅は、電車や飛行機とも違った大変さも
あるけど、他にない味わいや楽しさがある。
そう言えばトラベラーズキャラバンイベントで
金沢、奈良、徳島、広島を車で回ったのはもう
5年も前のことだ。
あれはあれで大変だったけど、楽しかった。
そろそろまた国内を車でキャラバンしてみたいな。

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2019年3月 4日

トラベラーズノートの新しいリフィル

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もうご覧になった方も多いと思いますが、
先週トラベラーズカンパニーのサイトで
2つのニュースをアップしました。

ひとつは3月に発売するトラベラーズノートの
新しい定番ラインアップ

ここ数年、ブルーやオリーブ、キャメルなど
毎年トラベラーズノート本体を発売してきたけど、
今回はあえて新しい色のトラベラーズノートは
リリースをせずに、
基本に立ち返りトラベラーズノートをもっと
便利にしたり、新たな使い方のヒントになって
ほしいとの想いで、リフィルを充実させていく
ことにした。

サイトにも書いたけど、今回の新しいリフィール
の多くは、ここ数年、トラベラーズファクトリーや
イベントでお話をさせていただいた方からの声が
起点になって作っている。

13年前にトラベラーズノートを発売した時は、
自分たちがこんなノートを使いたいとの想いで
作ったのだけど、その後、たくさんの方から、
自分たちだけでは気づくことができなかった
新しい使い方を教えてもらうことで、その世界を
広げることができた。

例えば「連結バンド」は、もともとはイベントで
お会いした方から、手作りでゴムを結んでリフィル
を連結しているのを教えてもらい、専用のゴムが
あったらもっと簡単できると考えて発売した。
今ではトラベラーズノートのマストアイテムに
なっている。
「画用紙」は、トラベラーズノートに絵を描きたい
という方からご要望をいただき発売したのだけれど、
サンプルができあがり実際に使ってみようと、
何十年か振りに絵を描いて以来、自分自身が
その楽しさにすっかりはまってしまった。
今では、毎週ここに拙い絵をアップするように
なったのも、その声があったからだ。

もうすぐ発売して13年になるのだけれど、
その歴史の分だけたくさんの方が使ってくれて
そこからたくさんのヒントをいただくことで
トラベラーズノートの世界は広がっていった。

今回の企画は、トラベラーズノートの使い方に
対する皆さまの声にあたらめて耳を傾け、
同時に、試作をしながら温めていたアイデアを
整理することからはじまった。

「MDクリーム」「ドット方眼」「水彩紙」は
まさにそんな声をダイレクトに形にしたリフィルだ。

最も要望が多かった「ドット方眼」は、
自分で使ってみると、レイアウトのバランスを
考えて描くのにとても便利だし、
「水彩紙」は、画用紙よりも染み込みがゆっくりで
鮮やかに水彩の絵具がのって描きやすい。
自分にとっても新しいノートとの向かい合い方を
教えてくれそうでワクワクしながらサンプルを
使っている。

「カードファイル」には、例えばチェンマイや香港、
京都のように出張の行き先ごとにリフィルを分けて、
ホテル、レストランやショップのカードをまとめて
個人的なガイドブックのように使おうと思っている。
ショップカードはたいていのお店にあるし、
入れ替えも簡単だし、海外であればタクシーの
運転手に見せれば簡単に連れて行ってもらえるし
結構便利なのです。
いくつかの都市を一度の旅で訪問する際も、
リフィルを差し替えて持ち歩けるから
トラベラーズノートにもぴったり。

「三つ折りホルダー」も、いち早くサンプルを
使っているのだけれど便利です。
今まではクラフトファイルに三つ折りのA4の紙を
挟んでいたのだけど、どうしても先が少しはみ出て
しまうし、何枚か入れると取り出しにくい。
三つ折りホルダーならきれいに収納できるし、
何度も見返すような地図は開いて見るも簡単。
さらに普通のA4のクリアホルダーみたいに、
用途別に整理した三つ折りホルダーをいくつか
カバンに入れて持ち歩るくのもいい。
A4のファイルってリュックやトートバッグに
入れると意外と出しにくいんだけど、これなら
カバンからさっと取り出しやすい。

そして個人的には今回一番力が入っていて、
その分作るのに一番苦労しているのが
「ブラスクリップ」。だけどだいぶ長くなったし、
発売までもう少し時間があるので、ブラスクリップ
についてはまたあらためて語らせていただきます。

そして、もうひとつのニュースは、
先週、2月28日に中目黒にオープンした
「スターバックス リザーブ® ロースタリー東京」
とのコラボレーション。こちらについてもまた
あらためて。


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2019年2月25日

ひとりとチーム

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KO'DA STYLEのこうださんとの出会いは、
トラベラーズファクトリーができる前だったから、
たぶん10年近く前のことになる。

イベント会場に足を運ぶと、ずらりと並んでいる
シンプルなのに温かさとユーモアを感じさせて、
まさにこうだスタイルとした言いようがない
バッグにまずは惹きつけられた。
さらに、それらをすべて自分でデザインをし、
ひとりでひとつずつミシンで縫って作り上げ、
自分で自らお客さんに説明をしながら注文を取り
出荷もする、その仕事のやり方にも興味を抱いた。

トラベラーズノートを作るためには、
チェンマイの工房や流山工場などで働く
たくさんの人たちの協力を必要とする。
さらにできあがったトラベラーズノートが
お客さんの手に渡るまでには営業スタッフがいて、
その先には問屋さんや小売店さんの協力があり、
他にも在庫を管理したり、出荷したり、お金の
回収や支払いを管理したりするための人など
たくさんのたちが関わり、協力してくれている。
それらを効率的につつがなくこなしていくために
会社組織が作られている。

ずっとそのシステムの中でものづくりを続けて
きた僕らは、トラベラーズノートを作って以来、
その世界をさらに深めようとしていくにつれて、
システムの一部にちょっとした窮屈さを感じ
始めていた。

そんな中で、すべてのリスクを自分で背負いながら、
身一つで、自らの信念のもとに自由にものづくりを
しているこうださんの姿はとても眩しかった。

もちろん会社組織を否定するわけではなし、
チームの一体感が生み出すグルーブとか、
さまざまな得意分野を持つ仲間とのハーモニーは、
僕らが大切にしていることでもある。
だけど、会社である以上全体最適を考えないと
いけないし、そのためのルールとか業界の慣習が
足かせのように感じることもあった。

その後、トラベラーズファクトリーを作り、
そこでオリジナル商品を販売したり、
イベントを開催したりするようになったのは、
少しずつその足かせを外していく行為でもあった。

だから、トラベラーズファクトリーで
こうださんとはじめてイベントを開催できた時は
嬉しかったし、その後も毎年イベントを開催して
いただいている。

こうださんのバッグは、
安価なものではないかもしれないけど、
作家性とか作品としての付加価値が付けられた
高級品ではなく、普段使いできる日常の道具だ。
むしろ、きちんと作られたバッグとしては
買いやすい価格とも言える。
基本的にはオーダーを受けてから一人で作るので、
手に届くまで時間がかかるのだけれど、
その分生地の色やハンドルの長さを自分の好み
に変えてオーダーすることができる。
それにオーダーしてから時間が経って手に届くのは、
実際に経験してみると思っていた以上に嬉しい体験
だったりもする。
こうださんが葉山の工房で縫っている姿を想像し
ながら待つのも楽しいし、手に届いた時は感謝の
気持ちとともにこうださんの顔が目に浮かんでくる。
きっとこうださんも、そのお客さんのことを想像
しながら作っているはずで、そんな作り手と使い手の
心の交流があるものづくりは今ではとても贅沢な
ことだと思う。

トラベラーズノートは、ある程度の量の数を作り
販売するための仕組みの中で流通している。
だけど売上や効率性だけを追求するのではない、
人の温かさが感じられるプロダクトでありたいと
考えている。
こうださんのバッグのように使う人のことを
想像しながら作り、作り手のことを想像しながら
使ってもらうようなモノでありたいし、
トラベラーズファクトリーもイベントもSNSも
このブログだってそのためにあるのかもしれない。

週末からトラベラーズファクトリーでは、
KO'DA STYLEさんとshort fingerさんの
イベント、choice展を開催している。
short finger の渡部まみさんもこうださんと
同じように、自分でオーダーを受けて葉山で自ら
ニット帽を作っている。
イベントではちょっとでも手が空くと
常に編み棒を動かしながらニット帽を編んでいて、
話ながらでも正確にすばやく動く手さばきは、
まさにプロフェッショナルな職人技だ。

こうださんと渡部さんは、忙しい時間を割いて
今回のイベントのために特別にトロールバイキングと
タッセルバイキングという、手間のかかる企画を
用意してくれた。
これって、売上や効率性だけを考えて仕事を
していたら絶対にできない企画だし、皆さん
楽しそうに生地やタッセルを選ぶ姿を見て、
僕らもお二人に感謝するとともに嬉しい気持ちに
なった。
こうださん、渡部さん、いろいろ大変だとは
思いますが、ぜひまたやってくださいね!


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2019年2月18日

地図を描く

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昔、仙台で営業の仕事をしていた頃、
地図を描くのがとても上手な上司がいた。

例えば、「秋田の〇×書店さんの場所って
分かります?」と聞くと、手元のコピー用紙を
ひっくり返し、やおらまっすぐ線を引き、
「高速を降りて、国道13号線を市内に向かって
走って県庁を超えたこの辺りにセブンイレブンが
あるから、それを右に曲がって、しばらく細い道を
走ると、左側に古い酒屋さんがあるんだよ。
それを過ぎて2つ目の信号を左折すると、
すぐに見えるよ」と言いながらすらすらと地図を
描いていく。
そして最後に印をつけて、その横に独特のくせの
ある字で〇×書店と書くと、さっと手渡してくれた。

実際この上司の描く地図はとても分かりやすく
だいたい迷うことなくその場所にたどり着くことが
できた。
しかも、もう4、5年も行っていないという場所でも
ささっと正確な地図を描くことができる。
これはもう才能と言ってもいいくらいなんだけど、
残念ながら地図を描くのは、英語やパソコンみたい
に分かりやすく必要とされる技術でもないし
字や絵が上手なことに比べるとそれほど目立たない。
高いレベルにあるにもかかわらずその才能は、
同僚の得意先周りくらいにしか活かされなかった。
(それすら今はグーグルマップがあるから
必要とされないのかもしれないけど...)
将棋や囲碁みたいに地図を描く競技があれば
プロとまではいかなくてもアマチュア大会で
上位を狙えたレベルだったはずだ。

ちなみに僕は地図を描くのがあまり得意ではない。
いざ描いてみようとすると、距離感が適当だし、
目印にしてもセブンイレブンだったか、ローソン
記憶があいまいで、だからコンビニとだけ書くと
その辺りにはローソンもセブンイレブンもあって、
どっちを曲がるのか分からない、なんてこともある。

地図が得意な人は、方向感覚と記憶力に優れて、
A地点からB地点まで行くのに最短距離で迷うこと
なく行ける人が多い。
そんな人と一緒に車に乗っていたりすると、
すぐに大通りをショートカットして、細い道を
クネクネと曲がり近道を探して進んでいく。
で、その後ひとりで運転している時に僕も
同じ道を走ろうとすると、たいていどこかで
曲がり角を見逃して道に迷い、近道どころか
余計に時間がかかってしまう。

だけど、たまに偶然おもしろいお店を見つける
こともあるし、迷った末に知ってる場所に出た時
には感動するし、迷うことでいいこともある。
今ではカーナビとかグーグルマップとかあるから、
道に迷うことも少なくなったけど、
方向音痴ならではの楽しみも少なくなって
それはそれでどこか寂しかったりもする。

そんなわけで、地図を描くのは得意ではないし、
道に迷いがちなタイプの人間ではあるのだけど、
地図を眺めるのは昔から好きだった。

中学校の時に使っていた世界地図帳は、
暇な時はいつも眺めていたからボロボロだったし、
いつかそのルートを旅しようと妄想しながら
マーカーで引いた線がたくさんあった。
どこかの街を訪れて、観光マップとかロードマップ
の類いが置いてあると、つい手にとってしまう。
地図を眺めながら、ここはどんな場所なんだろうと
想像したり、逆に帰ってきてその場所を思い返したり
するのも楽しい。
そういえば、中学生の頃は、架空の街を妄想して、
その街の地図を描いたりしていたけれど、
あれはとても楽しかったな。
架空の街だから、方向感覚と記憶力は必要ないし。

地図自体は好きだから、下手の横好きで地図を
作るのはけっこう好きなのだ。
トラベラーズノートの月間ダイアリーに
印刷されている地図に記載する都市を選ぶのは
とても楽しい作業だったし、
トラベラーズファクトリーの中目黒マップも
楽しく作らせてもらった。

今ではグーグルマップがあるから、紙の地図を
見なくてもその場所に辿り着くことができるけど
地図を開いて、いろいろ妄想するのはやっぱり
楽しい。
次はどんな地図を作ろうかな。


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2019年2月12日

Rock 'n' Roll High School

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リチャード・ブローティガンに倣って
ふと頭に浮かんだ空想と遊んでみる。

アメリカのモンタナ州、ロッキー山脈の麓に
ロックンロール・ハイスクールという学校が
あったらしい。

校長も教頭も教師も生徒も用務員も
みんなロックンロールが大好きで、
ロックンロールを教育の指針としている。

国語はロックの歌詞を教材として学び、
歴史はロックの歴史、地理はワールドミュージック
とともに勉強する。
科学の授業は電子楽器の仕組みを学び、
音楽の授業はもちろんみんなでロックを演奏する。

「ブライアン・ジョーンズ、ジミ・ヘンドリックス、
ジャニス・ジョプリン、ジム・モリスンは、1969年
から1971年の間にみんな同じ年齢でこの世を去って
いるが、その年齢は?」

例えば歴史のテストにはこんな問題が出る。
だけど、テストの点数が良くても悪くても、
成績は変わらない。
一方的な評価基準で人に優劣をつけることを
良しとしないことが、この学校の教育方針だから、
そもそも通信簿もない。
ロックの歴史なんて、勉強したいと思えば
勉強すればいいし、そう思わなければ勉強を
しなくてもいい。それを知り探求していくこと
もロックだし、そんなの関係ないぜと、
やりたいようにやることもまたロックなのだ。

卒業生はみんなロックミュージシャンを目指す
わけではない。
僕のようにロックが好きだけど、音痴で音感も
リズム感もないなんて人はたくさんいるし、
そんな人がプロのミュージシャンになれるほど
世界は甘くはない。
だから、ロックな作家やロックな映画監督、
ロックな画家にロックな漫画家を目指す人もいる。
さらにロックなデザイナーに、ロックな先生、
ロックなコーヒーロースター、ロックなラーメン屋、
ロックなサラリーマンに、ロックなノート屋になる
人もいる。

この学校では、ロックは音楽のジャンルやスタイル
ではなく、生きていく姿勢だと定義している。
生きていくための指針となる価値観を作ることが
教育の一番大切なことだと考え、ロックをそのため
の教材と捉えている。

ジョン・レノンが歌うように愛と平和を本気で唱え、
文化や価値観の多様性を尊重し、オリジナルに敬意を
払い、美しくあることを身を削って追求し、
己の信念に忠実で、自由であることを大切にする。

そんな気高い理想を持って
ロックンロールハイスクールは運営されていたが
長くは続かなかった。

先生も生徒も、ロックな価値観を持つから
体制や権威に無意識のうちに反発したり、
メジャーよりインディーズなものに心惹かれたり、
みんなが右へ行こうすると、つい左へ向かって
しまう、あまのじゃく的な気質がある。
それに、ロックが好きになるような人たちは、
心に闇を抱え、冴えない青春を過ごしてきた人が
多いから、その分面倒なひねくれも者も多い。
学校の運営は多くのお金と人が必要なビジネスでも
あるけれど、そんな人たちばかりが集まって、
まともな運営が続けられるわけがない。

80年代を迎え、ロックが巨大ビジネスへと
取り込まれていくのとあわせて、いつしか
閉校となってしまったらしい。

僕は、墨田川高校という東京下町にある高校に
通っていたれど、心のなかではロックンロール
ハイスクールの卒業生だった。
だから自分の半分はロックで作られていると
思っているし、あまのじゃく的な気質もいまだに
消えずに残っている。
ロックから学んだことの多くは、今でも心の
根っこにあって、それは自分と世界との距離を
測るためのものさしのような存在になっている。
長く社会人をやってきたことで、別のものさしも
多少は手に入れたけれど、10代の頃に作られた
価値観は、体の中に染み込んだ気質みたいに
消え去ることなく残っている。

「学校で僕らが学ぶ最も重要なことは、
最も重要なことは学校では学べないということ」
と村上春樹氏がある本に書いていたけれど、
誰もがきっと、本当に大切なことを教えてくれる
僕にとってのロックンロールハイスクールのような
心の学校を持っているのかもしれないですね。
どんな学校なのか想像してみるものなかなか
楽しいですよ。

話は変わりますが、今週2月21日から25日まで
トラベラーズファクトリー中目黒にて、
KO'DA STYLEとshort finger による帆布バッグと
ニット帽の受注会「choice」を開催します。
トラベラーズノート用のバッグとして人気の
コラボトロールは、このイベント限定のすべての
パーツの色を自由に選べるバイキング形式で作る
ことができます。
自分もどんな色で作るか今から楽しみです。
ぜひ皆様遊びにきてください!


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店長のプロフィール

(株)デザインフィルでトラベラーズノートの企画を担当している飯島です。