2017年10月23日

新しいノートと『パターソン』

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雨の日曜日、
選挙の投票のために行った小学校から帰ると、
カバンの中から新しい画用紙リフィルを取り出した。
僕はトラベラーズノートの新しいノートリフィルの
封を開ける瞬間が好きだ。
パッケージから取り出されたばかりのノートは、
まるでクリーニングから戻ってきたYシャツみたいに
折り目正しくぴしっとしている。
最初のページを開くと、まずは真ん中を指で
馴染ませるようになぞって落ち着かせた。
毎週一枚描いている画用紙リフィルもこれで4冊目。
新鮮な気持ちで真っ白なページを眺めながら、
さて何を描こうかと考える。

どうしてノートに絵を描いたり、文章を書いたり
するのだろう。
仕事の備忘録だったり、打ち合わせの記録だったり、
さらに書くことでアイデアを視覚化したり、
頭の中を整理するためにノートを使うことも多い。
これらの使い方は、書くことによってトラブルを
未然に防いだり、何か問題を解決したり、効率的に
仕事をするために記しているからで、つまり書く
目的ははっきりしている。
だけど、ノートに絵を描いたり、文章を書いたり
することで、すぐに何かの役に立ったり、何かを
解決してくれる訳ではない。
それでも、これといった目的もなくノートに
絵を描いたり、コラージュする人は多いと思うし、
僕もまたちょっとワクワクしながら新しい画用紙
リフィルの封を開けて、何かを描こうとしている。

先日、トラベラーズファクトリーでライブを
開催してくれた山田稔明さんの薦めに従って、
ジム・ジャームッシュ監督の映画『パターソン』を
観に行った。

主人公は、
アメリカのパターソンという小さな街で生まれ、
そこでバスの運転手をしながら、判で押したような
日々を暮らすパターソンという名前の平凡な男。

彼には、常にノートを持ち歩き、そこに自作の詩を
書き留めるという習慣がある。
映画は、ノートに向かって、美しい言葉が連なる詩が
綴られるシーンが繰り返されながら進んいく。

その詩のことを知り、才能を認める唯一の存在である
彼の奥さんは、素晴らしい詩なんだからコピーをとって
出版社に持ち込むべきよ、なんて言うのだけど、
パターソンははにかんだ笑顔を見せるだけで、
コピーすらしようとしない。

なぜ彼は詩を書くのだろう。
有名になるため? 誰かを喜ばせるため?
そんな気持ちがまったくない訳ではないだろうけど
それが理由ではなさそうだ。
ジム・ジャームッシュの映画らしく、そこに明快な
答えが用意されている訳ではない。
その美しい詩を映画の画面の中で読む僕らは、
そんな理由はどうでもよくなり、普通の市井の人が、
目的も報酬もなく、ただ純粋に日々の生活のなかで
表現をし続けることの素晴らしさに感動をする。

詩人でもある主人公は、
仕事であるバスの運転をしていても、乗客のちょっと
した会話や、日常の風景のささいな変化にも敏感で、
そこからインスピレーションを得ながら、
日々を慈しむ心や周りの人たちへの深い愛を詩という
形で表現する。
彼の視点はまるで旅人のようで、映画のなかで
彼はいっさい旅をしていないのに、ロードムービーの
ような旅情を感じさせてくれる。

主人公は毎日ノートに詩を描くことで、
そして彼の奥さんは家の模様替えをしたり、
エキセントリックなパンケーキを発明したり、
カントリー女王を目指しギターを練習することで、
人生という旅の中で、ここではないどこかへ行こう
としている。

あまり面白くない開票速報のニュースをぼんやりと
眺めながら、新しいノートに、映画『パターソン』に
出てきた印象的な道具たちを描いてみた。
そして、訪れたことがないその土地の暮らしを想像し、
いつか旅してみたいなと思った。
何かを描くことは、僕に旅人の視点を思い出させて
くれる。

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2017年10月17日

6周年記念と『notebook song』

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始めた頃は3年後のことですら
想像もできなかったのに、
トラベラーズファクトリーがオープンして6年を
過ぎようとしている。
6年といえば、ランドセルが重そうな小学1年生が、
すっかり大きくなって声変わりなんかして小学校を
卒業する頃で、そう考えるとけっこうな年月、
続けてきたなあとも思う。
6年経ってあらためて周りを見渡してみると、
変わったこともけっこうあって、
例えば、駅前の高架下には新しいお店がいくつも
できたし、その分なくなったお店もいくつかある。
相変わらず静かであまり変わっていないように見える
トラベラーズファクトリーの近くの路地だって、
いくつかの古い建物が壊されて新築に変わっていった。
だけど、トラベラーズファクトリーの無骨な建物は、
変わらず路地裏に佇んでいる。

先週は、トラベラーズファクトリー6周年の
記念イベントということで、
山田稔明さんのライブと、アアルトコーヒー庄野さん
のカフェイベントを開催した。
これらのイベントもオープン当初から毎年欠かさず
ずっと続けてきたことで、山田さんはこの場所で
最も多くライブをしてくれたミュージシャンで、
庄野さんは最も多くイベントを開催してくれた方だ。
お二人に、またイベントに足を運んできれた皆様に
感謝します。

トラベラーズファクトリーがオープンする時、
そのお店の在り方を示すためのメッセージとして
HAVE A GOOD DAY, GOOD MUSIC,
GOOD COFFEE, AND A GOOD NOTEBOOK
というコピーを作ったけど、6年経ってもその思いは
ちっとも変わらない。
先週のイベントは、ノートと供に、素敵な音楽と
美味しいコーヒーがある場所でありたいと思っている
トラベラーズファクトリーにとってまさに6周年に
ふさわしいイベントとなった。

さらに、このイベントにあわせて、
6年間続けてきたご褒美のような作品が生まれた。
山田稔明さんのシングルCD『notebook song』だ。
その内容についてはこちらに書いたのでここでは
繰り返さないけど、音楽に救われ、音楽に憧れ、
音楽に勇気をもらい続けきた僕らにとっては
夢がまたひとつ実現したような気分だ。
山田さんがトラベラーズノートのことを歌った曲に、
ジャケットはトラベラーズのデザインをずっと
担ってきたハシモトが制作し、流山工場で活版で
印刷して作ったCDが生まれた。
僕らなりにがんばってノートを12年間作り続けて、
トラベラーズファクトリーを6年間続けてきたけど
一生懸命何かを続けていると神様からの
プレゼントって本当にあるんだなあ、なんて
昔ばなしの教訓のようなことを思った。
続けていくってことは楽しいことより辛いことの
方が多かったりするけど、本気で続けていかないと
見えない景色ってあるんだな。

ライブの打ち上げには、『notebook song』で
キーボードを演奏してくれた佐々木さんも参加して
くれて、山田さんと、CDが間に合って本当に
良かったね、と話していた。
その時にあらためて、厳しいスケジュールの中で
録音してくれたことや、マスタリングが佳境だった時、
山田さんが寝込むほどの病気で、まさに必死で
仕上げてくれたことを知った。
一方、ハシモトだって遅くまで残って最高の
デザインを仕上げたし、流山工場のスタッフも
厳しいスケジュールの中で面倒な活版印刷で
味のある風合いを活かしたジャケットを仕上げて
くれた。
正直に言えば僕は大したことはやっていないけど
みんながギリギリに追い込まれた中で、プロの仕事
で仕上げた僕らにとっては最高の作品で、そこに
少しでも関われたことも嬉しい。
ちゃっかりジャケットの裏のスペシャルサンクスに
掲載してもらった自分の名前が誇らしい。

山田さんはじめ、このCDの制作に関わってくれた
すべての方々に感謝の気持ちでいっぱいです。
そして、トラベラーズノートを使ってくれて、
トラベラーズファクトリーに足を運んでくれた
すべての方々に聴いてほしい名曲です。
現在中目黒で発売中で、10月19日より東京駅と
成田空港のトラベラーズファクトリーでも発売。
さらにその後オンラインショップでも発売します。

話は変わりますが、現在トラベラーズファクトリー
では、スタッフを募集しています。
こちらに仕事のことなどを掲載してもらっている
ので、興味のある方はぜひごらんください。
本気長く続けていきたい方と出会えるといいなと
思っています。


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2017年10月10日

チェンマイで学んだこと

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今、バンコクから日本へ帰る飛行機の中で
この日記を書いている。
バンコク発成田行きのタイ航空676便は、
朝6時50分にバンコク・スワンナプーム空港を
出発した。
そのためホテルを出たのは朝5時の夜明け前。
まだ外は真っ暗だった。
飛行機に乗るといつも楽しみにしている映画も
見ないでしばらく眠っていたけど、
だいぶ眠気も取れてきた。
飛行機は、今台湾上空を過ぎたところだ。

今回の旅の目的は、もちろんチェンマイにある
トラベラーズノートの革カバーを作る工場を
訪れること。最近は、いろいろなタイミングが
重なり、秋に訪れることが多い。

ちょうどこの時期のチェンマイは雨期にあたる。
雨なんてまったく降るように見えない青空が、
突如雲に覆われると、滝のような雨を降らせる。
ひどい時には道路が川のようになってしまうくらい
降るけど、それも長くても1時間程度で、
しばらくすると雨は上がり、さっきまでの雨は嘘
だったようにまた青空になる。
この季節には、ほぼ毎日こんな天気が続く。
雨は、ある人にとっては仕事を中断させる小休止
となり、ある人にとってはその日に片付けようと
思っていたちょっとした何かを諦める理由になる。
さらに、雨は一時的な冷却装置となって涼しさを
人々にもたらし、豊かな収穫の源にもなる。

激しいスコールを眺めながら、この雨もまた
チェンマイの人たちが持つ、温かく穏やかな人柄に
大きな影響を与えているんだろうなと思った。

今回もこのチェンマイで、工場のオーナー夫妻と
打ち合わせをしながら、新しいプロダクトをいくつか
作り上げていった。
出張前に依頼していたサンプルを確認し、
不具合がないか、より良いものにできないか、
お互いに意見を出しながらチェックしていく。
そして、いくつかの修正点を決めると工房で
作り直してもらい、再びチェック。
それを何度か繰り返しながら最終形へと仕上げていく。
もちろんメールと国際宅急便で同じことをすることも
多いけど、現地の方がスピードも速いし、
加工現場を確認しながらオーナー夫妻と話をしたり、
さらにチェンマイの空気を感じながら進めることで、
よりトラベラーズらしいプロダクトになるような
気がする。

僕らはプロダクトから滲み出るような空気感とか、
佇まいを大切にしている。
それは、デザインやコンセプトだけではなく、
生産現場となる場所の雰囲気やその土地の空気も
影響を与えながら、自然と形成されていくものだと
思っている。

トラベラーズノートが生まれたきっかけの一つは、
このチェンマイの人たちとその土地に魅了され、
その空気を感じられるプロダクトを作りたかった
からでもある。

チェンマイ最後の夜は、オーナー夫妻と食事を
しながら、トラベラーズノートが生まれた時の話で
盛り上がった。

それは彼らにとっても新しい試みだったから
大変なことも多かったけど、何年か続けることで
仕事を楽しむということが分かったような気がする、
と話してくれた。
それは僕らにとってもまったく同じことで、
彼らと仕事をすることで、チェンマイの自然や文化、
さらに彼らのパーソナリティーからも、様々なことを
学んだ。

仕事と暮らしにはっきりした境界線を引かず、
趣味や家族との遊びすらも仕事に結びつけて、
それぞれに喜びと楽しみを生み出していくこと。
自分たちの生まれた土地に愛情と誇りを持ち、
その土地だからできることを強みにすること。
思いついたらすぐに手を動かし形にすること。
そんなものづくりの考え方は、トラベラーズらしさへ
繋がっていった。

約15年前にタイで知り合い、それからお互いの
仕事や人生に大きな影響を与えながら関係性を深め、
今もまたこれからのお互いの夢についてワクワク
しながら話をしている。
チェンマイに来ると、僕らはいつも初心を思い出し、
同時に未来への夢が浮かんでくる。
チェンマイには僕らにとって大切なことがたくさん
詰まっている。

アナウンスによると、そろそろ飛行機は
着陸態勢になるそうだ。
CAがテーブルをたたむよう声をかけてきた。

さて、チェンマイから戻り、今週末には、
トラベラーズファクトリー6周年記念のイベント。
10月14日んは山田さんのライブ、15日にはアアルト
コーヒー庄野さんのカフェイベントにコーヒー教室が
開催されます。
コーヒーの淹れ方から、豆や深さによる味の違いなど
わかりやすくお話ししてくれます。
さらに庄野さんの新刊『コーヒーと随筆』のことも
お話ししてくれます。
そういえば、庄野さんもコーヒーを通じて、
チェンマイの工房オーナーのように僕らに仕事に
対する向かい方からものづくり、お店造りに大きな
影響を与えてくれた仲間の一人。まだ席に余裕が
あるので皆様の参加をお待ちしています。
詳細はこちらをご覧ください。>>>


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2017年10月 2日

『いまモリッシーを聴くということ』

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10月がはじまった。
今年の10月は、今週はチェンマイ出張があり、
14日、15日にはトラベラーズファクトリー6周年
イベントとして、山田稔明さんのライブと
アアルトコーヒー庄野さんのカフェイベントが
あったり、月末にもファクトリーで別のイベント
があったりで、盛りだくさんの1ヶ月になりそう。
ライブとカフェについては近日中にサイトに
アップする予定なのでもう少々お待ちください。

さらにトラベラーズファクトリー恒例となっている
6周年記念缶ももちろん登場する予定で、こちらも
まもなくアップします。
ちなみに毎年、周年の数字にちなんで作っている
トラベラーズファクトリー6周年のテーマは、
「You can play any melody on the six string」。
six stringとはギターのことで、例えば、1985年の
ブライアン・アダムスのヒット曲「Summer of '69」
では、こんな感じで歌われている。

I got my first real six-string
Bought it at the five-and-dime
Played it 'til my fingers bled
Was the summer of sixty-nine

人生最初のギターを手にれた。
ディスカウントショップで買った安物だけど、
指から血がでるまで練習した。
1969年の夏のことだった。

この曲に特別な思い入れがあるわけじゃないけど
ヒットした頃は、FMラジオが友達だったから、
いかにも80年代のアメリカンロックらしい明るい
ギターリフから始まるこの曲は、何度も繰り返し
聴いた。

話はちょっと変わって、
夏に京都の誠光社さんで買って以来ずっと積読状態
だった本『いまモリッシーを聴くということ』を
先週やっと読んだ。
タイトルの通り、ザ・スミスのモリッシーについて
書かれた本で、1984年のザ・スミスのデビュー
アルバムから2014年リリースした最新作までを
アルバム毎にイギリスの時代背景とともに考察する
視点が面白くて一気に読んでしまった。

ザ・スミスについてはここでも何度か書いてきたけど、
以前に彼らのアルバム「The Queen is the dead」と
その収録曲「There is a light that never goes out」に
ついて書いた時、今はもうやめてしまった会社の
後輩が、僕の横に立って、ちょっとニヤつきながら
「僕が今まで聴いてきた中で一番好きなアルバムと、
その中で一番好きな曲です」とつぶやいたのを
思い出した。

「There is a light that never goes out」は、
「今夜、僕を連れ出して」というフレーズから始まる。
家には自分の居場所はなく、どこでもかまわないから
車で連れて出して欲しいと願い、さらに2階建てバスや
10トントラックが突っ込んでも、君と一緒に死ねるの
なら嬉しいと歌う、そんな思春期特有の暗くて
救いのないセンチメンタリズムに溢れた曲だ。
後輩のちょっとはにかんだ笑顔は、
「自分も同じようにこの曲に救われた経験がある」
ということへの照れと同じ同志として共感を表して
いたのだと思う。

この曲は、「決して消えることがない光がある」
というタイトルのフレーズをモリッシーが繰り返し
つぶやくように歌いながら終わる。
ここで歌われる「光」は、救われない状況にも
希望が消えることがないということを光に例えて
抽象的に表しているとずっと思っていたら、
『いまモリッシーを聴くということ』は、
別の解釈があることを教えてくれた。

この光は、文字通り、まったく消えることがない
部屋の灯のことを言っていて、「連れ出して」と
願いながらも全然外へ出ることがないから、
部屋の灯が消されることがない状態を歌っている、
そして、それは部屋から出ることなく一人で
ずっとスミスを聴いていた思春期の自分のことだ、
と書いている。
もちろん詩の解釈に正解なんてないし、受け手側が
自由に感じ取ればいいことだけど、あらためて
この曲を聴くと、この解釈の方がしっくりくる。

「決して消えることがない光」は、希望の光ではなく、
救われない状況で絶望感に浸っている少年の状況を
ただ詩的に美しく描写しているのだ。
そして、そこに美しさを見出すことで、きっと多くの
思春期の心を救っている。

前出の「Summer of '69」は、仲間と楽しく
バンドの練習を繰り返していた輝かしい10代の頃を
振り返り、あの時代に戻りたいと歌っているけど、
モリッシーは、ひとり部屋に閉じこもっていた暗い
10代の頃を振り返り、今そうである少年たちの
気持ちを代弁するように歌う。
もちろんあの頃に戻りたいなんて気持ちは一切なく、
ただ辛い現実に対する共感を歌う。
ちょうど同じ頃にリリースされたこの2曲は、
どちらも名曲だと思うけど、僕は後者の方により深く
シンパシーを感じる。

それにしても、希望を感じさせるようなフレーズで、
絶望を表現し、さらにそこから美しさを見出す
彼の詩はやっぱりすごいな。
この本にもあるように、ザ・スミスの魅力は、
「ジョニー・マーのポップで陽性のギター」と、
「モリッシーの深遠で暗い歌詞」のような
「相いれないはずの両極にあるものが奇跡的に融合」
した二面性こそが大きな魅力になっている。
トラベラーズが作る世界もまたそうでありたいと
思っている。

そういえば、11月にリリースされるモリッシーの
ニューアルバムのリードシングルが最近ネットに
アップされたんだけど、そのタイトルが
「Spent The Day In Bed」。
「1日中ベッドの上で過ごした」なんて、58歳に
なってもちっとも変わっていない。
やっぱりすごいな。


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2017年9月25日

先週のコトと未来のコト

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北朝鮮のミサイルや核実験のニュースが
テレビや新聞を賑わせていた先週のこと。
夏休みから読み続けていた満州建国から終戦までを
綴った船戸与一の大長編小説を読み終わった。
歴史は現在につながっているんだな、なんてことを
思いながら、僕はまったく関係のないちょっとした
問題に頭を悩ませていた。

火曜日、アメリカから一時帰国していたYさんと
11月のアメリカでのイベントの打ち合わせをして、
翌年1月の予定についてのスケジュールを詰めて、
さらに3月の課題について少しだけ話をした。
未来に向かってやるべきことはいっぱいだ。

水曜日、トラベラーズファクトリーへ行くと、
ミルブックスの藤原さんからアアルトコーヒーの
庄野さんの新しい本『コーヒーと随筆』と、
僕も参加させていただいた小冊子「皆が選んだ
『コーヒーと随筆』」が届いていた。
冒頭に掲載されている太宰治の「畜犬談」を
読んでみる。
犬にいつか噛まれるのを恐れて、嫌いな犬に卑屈に
媚びを売る姿を延々と語り口調で描く太宰らしい話に、
思わずにんまりしながらその気持ちは分かるなあと
感心した。
「百年前の人が読んでも、百年後の人が読んでも
同じところで笑って、同じところで泣くんじゃない
のかな」と庄野さんが言っているように、
戦前に書かれたこの随筆を読んで、
人が考えることは時代が変わってもそれほど
変わらないのかもしれないなと思った。

木曜日は吉祥寺へ行き、シンガーソングライターの
山田稔明さんと来月に行うイベントの打ち合わせ。
夏にできなかった毎年恒例のライブを
トラベラーズファクトリー6周年のタイミングに
あわせて10月に行うんだけど、打ち合わせでは
ライブと同時に作るスペシャルなモノについての
話をする。
トラベラーズファクトリーでの山田さんのライブは
次回で6年目の6回目となる。
僕らがずっと夢見ていたことのひとつがいよいよ
実現しそうでワクワクしている。

金曜日の夜、僕は会社に提出するために売り上げとか
在庫などのデータをまとめた報告書を作成していたら、
デザイン担当橋本が1月のイベントのために考えた
というプランを話してくれた。
ラフな図面を見ながら、僕はそれがトラベラーズ
らしい素敵なものになるのを確信して嬉しくなった。

会社からの帰り道、ヘッドフォンから流れる
山田さんの新しいライブアルバム「DOCUMENT」を
聴きながら夜道を一人で歩いていると、Yさんより
アメリカへの帰国の空から力強いメッセージが届いた。
そして、ヘッドフォンから流れる曲は、hanaleeに
変わった。

「右も左も見渡す限り茜色 
ここがどこだかわかるかな?
闇よ 光よ ありとあらゆるすべての神よ
僕をその手で受け止めて」

辛いことや頭を悩ませる問題はたくさんあるけど、
こうやって仲間たちとトラベラーズノートが、
まるで夢みたいな未来へと僕を導いてくれる。
熱く覆われた雲の隙間からうっすらと光が
射してきたような気分になった。
僕は憂鬱を消し去って、未来のことを想像した。

トラベラーズファクトリー中目黒にて、
10月14日に山田さんのライブ、さらに10月15日には、
アアルトコーヒー庄野さんのカフェイベントと
コーヒー教室を開催します。詳細は後日サイトに
掲載しましが、まずは10月14日と15日の予定を
開けておいてくれると嬉しいな。


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2017年9月19日

ダイアリーは自分の歴史が記された年刊雑誌みたいだ

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先日のイベントでオズマガジン編集長の古川さんが
本棚に残るような雑誌を作りたいとおっしゃって
いたんだけど、それを聞いて僕らも使い終わったら
捨てずに残しておきたくなるようなノートでありたい
と思って作っていることにあらためて気付かされた。

本当は捨てずにとっておきたい雑誌や本はたくさん
あるんだけど、本棚のスペースは限られているし、
引越しや年末の大掃除のたびに泣く泣く捨てる羽目
になる。
そんな中でも何度も激戦を勝ち抜き本棚に残った
大切な雑誌の大切な号はあって、そういった雑誌は
今も手に取ることが多い。

ノートもまた消耗品と捉えている人も多いし、
使い終わって捨られてしまうものもたくさんある。
実際に僕だって、トラベラーズノートを使う前は
ノートをきちんと保存していなかった。
そんな中でも学生時代にインドやタイを旅した時の
ノートはずっと残っていて、トラベラーズノートを
作る時に久しぶりにその時のノートを眺めてみた。
ノートには、どこに行ったとか、何を食べたとか、
使ったお金の金額などが詳細に書かれているけど、
照れもあったのか、あまり心境は綴られていない。
だけど、その汚い筆跡やコーヒーのシミがついた
よれよれのページをめくっていくと、その旅のこと
が頭にはっきりと思い出されて、なんだかとても
わくわくしたのを覚えている。

こんなノートが増えて、自分の旅や生活の記録が
積み重なっていったら素敵だなと思って、
トラベラーズノートは保存してほしいノートで
ありたいと考えた。
同じサイズのリフィルノートが増えていくのは
本棚に雑誌が並ぶのに似ているような気がして、
リフィルをストックするためのバインダーは
雑誌のバックナンバーを綴じるバインダーを参考に
作った。

自分好みのステッカーなどを貼ってカスタマイズ
された表紙は、雑誌の表紙にように、中に書かれた
その時の自分の生活とリンクしているはずだし、
旅のノートは、自分だけのその旅先の特集号だ。
さらに毎年1冊ずつ増えていくダイアリーなんて、
自分の歴史が記された年刊雑誌みたいだ。

そう考えると、先日2018年版が発売されたばかり
ダイアリーは、最新号で12号目となる。
2018年の特集はトラベラーズステーションから
出発する架空の寝台列車トラベラーズトレイン!
ということで、トラベラーズトレインをモチーフに
デザインしたカスタマイズステッカーや下敷きを
作っている。
それらとあわせて、それぞれの好きなことや
大切なものを描いたり貼ったりカスタマイズして、
2018年を共に旅してほしいと思う。

雑誌といえば、トラベラーズカンパニーが
年に1回だけ発行するフリーペーパー、
TRAVELER'S TIMES 12号がダイアリーの発売と
あわせて発行されている。

今号の特集は「Craftsmanship」。
原点に立ち返りトラベラーズカンパニーものづくりで
大切にしていることについて綴っている。
僕らが作りたいのは、やっぱりいつも一緒にいて
ワクワクさせてくれたり、勇気を与えてくれたりする
人生の旅の相棒となるような道具。
皆さんにも愛着を持って使い続けてもらえるように
これからも精進していきます。

そしてHow Do You Use TRAVELER'S notebookは、
画家として、インドや中国、メキシコなど世界各地で
壁画を描いている旅するアーティスト、大小島さん。
彼女の絵と同じように、トラベラーズノートの使い方
もびっくりするくらい自由。
ダイアリーの枠を飛び出して落書きのように絵が
あちこちに描かれたノートを見せてもらった時は、
なんだかトラベラーズノートが理想的な使い手に
出会えて喜んでいるように見えた。
もっと自由でいいんだって思わせてくれる素敵な
トラベラーズノートです。

TRAVELER'S TIMESもついに12号です。
ぜひ手にとってごらんください。
また、12号すべて重ねてもそれほど場所をとるわけ
ではないので、ぜひ保存していただけると嬉しいです。


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2017年9月11日

OZmagazine × TRAVELER'S FACTORY

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まだインターネットがなかった時代、
雑誌は、テレビや新聞では扱われることがない
情報を得るための数少ない手段のひとつだった。
音楽を聴くようになった中学生の頃、FM雑誌を
買ってラジオをエアチェックし、ロック雑誌から
その背後にあるストーリーを知った。
当時は、FM雑誌やロック雑誌は何種類もあって、
それぞれが独自の編集方針で特徴を出していた。
自分の好みの雑誌が分かると定期的に購入し、
貪るように読んだ。

中学生なのに背伸びをしてバイク雑誌を買って、
オートバイで世界を走る姿を想像したり、
アウトドア雑誌を読みながら、荒野を一人で
生きていく姿に憧れたり、
さらにファッションもアートもカルチャーも
雑誌を読むことで学んでいった。
旅先の情報や街のことだって雑誌から教えて
もらうことが多かった。
極端に言ってしまえば、学校では教えてくれない
大切なことの多くは雑誌から教えてもらい、
今の自分の人格形成に大きな影響を与えてもらった。
だから僕らにとって雑誌は憧れの存在だし、
僕らが、トラベラーズタイムズやプレスを作るのは、
その憧れを形にしたかったのが一番の理由だ。

週末トラベラーズファクトリーでオズマガジン編集
スタッフ方々と「中目黒よりみちノートイベント
を開催。

オズマガジンは、僕らも旅先や街の情報を参考に
させてもらうことが多い、大好きな雑誌。
数ある街や旅の情報誌の中でも、丁寧に愛情を持って
お店や作り手のことを伝えてようとする編集姿勢が
すばらしく、Ko'da Styleのこうださんをはじめ、
オズマガジンの紙面から知って、今でも仲良くさせて
もらっている方もいたりする。
トラベラーズファクトリーも何度か掲載してもらった
こともあるんだけど、取り上げてもらった時は本当に
嬉しかったのを覚えている。
オズマガジンには巻頭には、編集長の言葉があり、
僕はいつもそこから読み始める。
それは、優しい温かい言葉でありながら、
強い意志と深い思いが伝わる決意表明のようで、
同じものづくりに携わる物としても共感を感じながら
読んでいる。

そんなこともあり、今回のイベントの開催は、
僕らにとっても楽しみであり、嬉しいことだった。
前半は、オズマガジン30周年を記念して作られた
「よりみちノート」のカスタマイズイベントを開催。
みんな楽しそうにノートに紙を貼ったり、スタンプ
を押している姿が印象的だったなあ。
会場では、編集スタッフが書いた「よりみちノート」
の中目黒のページを展示した。
細かい字で整然とカフェ情報を記しているノートに
枠をあまり気にせずざっくりと人間観察が書かれた
ノートなど、どれも編集のプロならではのテーマ性が
感じられるのと同時に、その人柄も感じられるのが
オズマガジンらしいなと思った。

そして後半は古川編集長とのトークショー。
仕事に対する姿勢や考え方だけでなく、本や音楽まで
話すほどに共感をするところが多くて、その後の
打ち上げでも話が尽きることがなく盛り上がった。
編集長が言っていた、自分たちが納得できることを
責任を持って丁寧に伝えていきたいということは、
シンプルだけど、とても難しく大変なことでもある。
今回のイベントを取りまとめてくれた編集スタッフの
久万田さんは、取材で深夜バスで金沢行くために
打ち上げの途中で抜けていった。
疲れた顔も見せずに笑顔で旅立っていく姿に、
オズマガジンの丁寧で温かい紙面の裏側にある
心意気みたいなものを感じて、僕らも 身の引き締まる
思いになった。
オズマガジンさんでは雑誌とあわせて、
こちらのサイトでもオズマガジンらしい素敵な
発信をしているのでぜひチェックしてみてください。

イベントに足を運んでくれたたくさんの皆様
ありがとうございます。
久しぶりにイベントで、来てくれた皆様とゆっくり
話をしたり、ハワイやLAに台湾など、世界中から
来てくれているのを知ることができたのも
嬉しい時間でした。
やっぱりライブは楽しいですね。
年内にはまたいくつかイベントを行う予定ですので
ぜひこちらも楽しみにしてください。
そして、忙しい中、ともにイベントを開催して
くれたオズマガジンスタッフの皆様もありがとう
ございます。また一緒に楽しいことができたら
嬉しいです。


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2017年9月 4日

10年続けて思うこと

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今から10年前のトラベラーズノートが生まれて
1年を過ぎた頃。
僕らは、このノートがもたらしてくれる不思議な力
の存在をだんだん意識しはじめていた。
それは、自分が実際にノートを使うことで気付き、
僕らに届くメールやハガキに、使っている方が
書いたブログを読むことで確信に変わっていった。

ノートの使い方や感想、アイデアなどが書かれた
メッセージからは、同時にトラベラーズノートが
大切な存在で、深い愛情があることが伝わってきた。

僕らはそれらを読みながら、作り手として純粋に
嬉しく思うだけでなく、使い手として「そうそう」
と共感しながら、自分の使い方も広がっていった。
例えば、連結バンドは、ユーザーが使っていた
手作りのゴムがアイデアの起点だったし、
画用紙は、ユーザーの要望から生まれたリフィル
だけど、それを作った自分自身がそのリフィルを
きっかけに絵を描くことにはまっていった。

相互にコミュニケーションが生まれることで、
ノートの使い方が広がり、それが自分の生活に
ちょっとした変化をもたらしてくれる。
それこそが、このノートの最も大きな魅力であり、
それをもっと多くの人に感じてもらいたいと思って、
2007年9月、サイトに2つのコンテンツを加えた。

ひとつは、「みんなの投稿」で、使い手の方々から
トラベラーズノートに関する投稿を受け付けて
閲覧できるようにした。
当時、掲載の謝礼となる景品にステッカーを
選んだのは、深夜ラジオの投稿でステッカーが
プレゼントされていたのを思い出したからだ。
深夜ラジオのように、発信者とオーディエンスが
密に繋がり、相互に影響しあうような世界を
作っていきたいと思った。
今ではすっかりさぼっているけど、最初の5、6年は、
シールを送る時には手書きで手紙を書いて送っていた。
唯一の皆勤賞であるHideさんのストーリーをはじめ
皆さんからの投稿を見たり読んだりするのは今でも
楽しみだし、セレクトやバッジを送る時の梱包は
自分でやるようにしている。
なので発送が遅れてしまいがちなのは私のせいです。

そして、このブログも同じ時期にはじまった。
自分自身も発信をしていくことで、皆さんの
トラベラーズノートの使い方が広がり、生活に変化を
もたらせたら嬉しいなと思ったからだ。

最初のブログが2007年の9月4日だから、
ちょうど今日で10年続いたことになる。
めったに読み返すことはないけど、あらためて
最初の頃の日記を読むと、ずいぶん昔のことのようにも
思うし、ついこの間のことのようにも思う。
いずれにしてもここに書いてあるには、
トラベラーズノートとそれを使う人たちの歴史であり、
僕らが歩んできたトラベラーズノートとの旅の記録だ。

その後ブログを立ち上げた時にはなかった、
ツイッターにフェイスブック、インスタグラムなど
SNSと呼ばれる発信手段が次々と登場した。
発信の効果や相互のコミュニケーションにおいては
きっとSNSの方がブログよりも有効だし、
僕らも積極的に使わせてもらっている。
また、当時と比べて公式サイトの更新頻度も増えたし
トラベラーズファクトリーのサイトもできたから、
何かを伝える手段や方法は様々な形で増えている。
そのどれもが、トラベラーズらしくありたいと気持ち
を込めながら、手間をかけてみんなで作り上げている。

情報を発信するという意味では、今ではブログは
ちょっと流行遅れで、まどろっこしいものになって
いるのだろうし、実際にどれだけの人がこのブログを
読んでくれているのかだって分からない。
だけどその分、僕にとっては、あまりかしこまらず
気軽に本音や、個人的な趣味の話、裏側の想いを
伝えられる場にもなっている。

このブログを立ち上げる時に作ったルールがある。
嫌いなことや怒ったことなど、批判的なことは書かず
好きなことや嬉しかったこと、感動したことを
正直な気持ちで綴ろうということだ。

もちろん日々の生活では怒ったりすることもあるし、
それなりに好き嫌いが激しいので、くだらないとか、
つまらないと文句を言うことも多い。
それをきちんと文章で伝えることも大事なことだと
思うけど、このブログでは、それはやめようと思った。
好きなことを好きだと、嬉しいことを嬉しいと言う。
辛いことばかりの中でも、ほんの少しでも喜びを
見つけて、楽しいと言おう。
そうすれば不思議と辛かったことは忘れて楽しいこと
が増幅していく。
一見古ぼけて汚い風景からも、ほんとうの美しさを
探し出すこともできるかもしれない。

それを自分の中でルールとして決めたのは、
やっぱりトラベラーズノートは、楽しいことを綴る
ノートでありたいと思ったからだ。

昔のブログを読み返していたら、
ボランティアの植林活動を手伝った時のことが
記されていた。そこには、木を植えることより、
その後に手入れして森へと育てあげていくことの方が
ずっと大変なことだと書いてあった。
これはものづくりやお店作り、サイトも一緒で、
立ち上げることより、それを愛情を持って大事に
育てあげることの方が、ずっと手間がかかり労力が
必要だ。

トラベラーズノートがそれを10年以上続けられて
きたのは、同じ思いを共有する仲間と、愛情を持って
使い続けている方がたくさんいたからで、それゆえに
僕らにとっては育てていくことを楽しみながら続けて
いくことができた。

このブログもまた、ささやかながらも読んでくれる方
がいると思うからこそ、なんとか10年間も続けていく
ことができたのだと思う。
ここ数年は1週間にひとつ書くのを勝手に自らに
課した義務のようにしていて、僕なりに何を書こうか、
悩んで絞り出すように書くこと多かったりする。
誤字脱字はもちろん、つまらなかったり、独りよがり
の内容もたくさんあるだろうけど、それでも10年
続けてきてよかったと思うし、読んでいただいた方
には感謝の気持ちでいっぱいです。
これからもお付き合いいただけると嬉しいです。

話変わりますが、今週土曜日はオズマガジンさんと
中目黒よりみちノートイベント」を開催します。
夕方には古川編集長とのトークショーもあります。
オズマガジンといえば、僕は、巻頭の編集長の言葉が
好きでいつもそのページから読み始めます。
そんな編集長から何が聞けるのか、今から楽しみです。
トークショーの募集は火曜日までです。>>>
お時間がある方はぜひ参加してください!


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2017年8月28日

TRAVELER'S DRIVE-IN 2

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残酷なほどに太陽の光が照つけるアスファルトの道路。
汗が道路に滴り落ちてできる黒いシミを見ながら、
峠の長い登り坂で、僕は必死に自転車のペダルを
踏みおろしていた。

この登り坂はいつまで続くのだろう。
登りと下り坂がゆるやかに繰り返す方が楽なのは
人生と一緒で、きつい登り坂はそれほど屈強でない
自分の体力では辛いし、長い急降下を楽しんで
滑降するほどの技術も持ち合わせていない。
あまりきちんと調べないでこんなコースを選んだ
ことをかなり後悔していた。

『どうして僕はこんなところに』
旅に死んだ紀行作家チャトウィンの本のタイトルが
頭に浮かんだ。そして、僕もまたどうしてこんな
辛いことを好き好んでやっているんだろうと思った。

すると、オートバイが軽快に追い越していった。
赤いドカティを運転する女性ライダーは、
すれ違い際に軽く手を振って、さげないエールを
送ってくれた。
一瞬のそんなことでも僕は嬉しくなって、ペダルを
漕ぎ続ける元気をもらったような気がした。

なんとか長い坂を登り切ると、見晴らしの良い場所に
車が2、3台停められるくらいの小さな広場があった。
ふらふらになりながら自転車を止めると、地べたに
座って水筒の水をガブガブ飲んだ。
リュックの中からノートを取り出し、出発前に
書き留めていたルートを確認すると、今の時間と
場所をページに書き込んだ。すると、ページに汗が
したたり落ちて文字が滲んでいった。
それはどんな言葉よりも臨場感を伴って僕の今の状況
をノートに表してくれたような気がした。

この後はしばらく下り坂が続くはずだ。
僕はまた自転車に乗り、ペダルを踏みおろした。
自転車の下りは気持ち良い。
がんばって登ってきたご褒美のように、緑の香りがする
心地よい風を体に受けながら、自然に自転車が進んで
いくのに身を任せた。

気分良く下り坂を走っていると、曲がるべき道を
通り過ぎていることに気がついた。
元の道に戻るには、またきつい坂道を登らなくては
ならない。僕は地図を確認し、このまま戻らずに
行けるルートを探した。
ちょっとわかりづらいけどなんとかなりそうだ。
僕はそのまま走り続けた。

だけど、どうやら間違いだったかもしれない。
道はどんどん狭くなり、標識もなくなり、森が深まる
なかで僕はだんだんと不安になってきた。
山の天気は変わりやすい。
あれほど明るかった空が、僕の気分を投影するように
どんよりした重苦しい雲に覆われてきた。
雨が降り始めると、まだそんな時間ではないのに
空が薄暗くなった。

「どうして僕はこんなところに」
ふたたびそんな気分になりながら、ただただ必死に
ペダルを漕ぎ続けた。
すると、道の先にぼんやりとした灯が見えた。
どうやら食堂のようなものがあるらしい。
ちょうど空腹も頂点に達していた僕は、
雨にもかかわらず自転車のスピードを上げた。

トラベラーズドライブインという名のその建物は、
昔のアメリカ映画で見た荒涼とした砂漠地帯にある
ダイナーのような佇まいで、ひっそりとそこにあった。
自転車を停めると、少し緊張しながら黒ずんだ真鍮の
引き戸を開けて中に入った。

カウンターの奥でコーヒーを淹れているマスターと
目が合うと、「大変でしたね。これを使ってください」
とタオルを渡してくれた。
僕は思いがけない温かな気遣いに喜びながら、感謝の
言葉を言うと、トイレで濡れた体を拭き、新しい
Tシャツに着替えた。

あらためて店内を眺めると、古いのに凛とした
清潔感と、素材の温かさを感じる調度品に、
静かに流れるアコースティックギターの穏やかな
音色、そして美味しそうなコーヒーと料理の匂い。
僕はすっかりその場所を気に入ってしまった。

「どうしてこんな場所にあるんですか。
こんなに素敵な空間に美味しい料理だったら、
もっと人がたくさん来られる場所にあれば、
すぐに人気のお店になると思いますよ」

僕はトラベラーズブレッドという、パテやマリネが
添えられたパンを食べながら、少し失礼なような気が
したけど、率直に思ったことをマスターに言った。
するとマスター静かにこう答えてくれた。

「ここには、迷ってたどり着いてほしいんです。
僕は、いつも迷ったり、悩んだりする人間で、
そんな時に本や音楽に出会って救われたことが
たくさんあるんです。
だから、ここも僕を救ってくれた本や音楽のように
迷った心に灯をともすような存在になりたいんです」

僕は、思いがけず素敵な場所に出会うことが
できたことで、今日の辛かったことは、そのための
プロローグだったような気がした。

お店を出ると、雨はすっかり止んで、夕日が山の上を
赤く染めていた。雨上がりの風は少し冷たさを感じる。
どうやら夏もあと少しで終わりなのかもしれない。
マスターによると、この道をまっすぐ行けば、
目的地まではそれほど遠くないらしい。
僕はすっかり良い気分でまたペダルを漕ぎだした。
なんだか、このままどこへでも行けそうな気がした。

前にトラベラーズドライブインをテーマにした話
書いたら、ますます頭にそのイメージが浮かんできて、
続編のような形で書いてみました。


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2017年8月21日

2017年、夏の旅

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青春18切符で岡山に着き、安ホテルで夜を明かすと、
翌日の朝、再び岡山駅に向かった。
駅前の噴水には朝の日差しが照りつけていて、
そこに薄っすらと虹が見えた。

早朝出発した新幹線に深夜バス、さらに実家のある
京都から車でやってきた3人に加え、たまたま大阪に
来ていたチェンマイの友人が岡山駅に集まる。
昨日までの鈍行列車の一人旅とは打って変わって、
この日はトラベラーズチームでの旅。
早速みんなで車に乗り込んだ。

夏休みがはじまる直前に、急遽この日に岡山に
集まることが決まった。
会いたい人に見ておきたい場所があるけど、
ちょっと行きづらいし、すぐに行かなきゃいけない
理由があるわけでもない。
だけど、誰かがそこに行こうと言い出して、
予定や都合に想い、みんなの旅の高揚感が合致すると、
それぞれの個人的事情をちょっと横に置き、
そこに行くことが必然になって、旅がはじまる。
久々のトラベラーズチームらしい旅のはじまりに
僕もわくわくしていた。

賑やかな駅を離れて静かな山奥をしばらく車で
進んでいくと、目的地に着いた。

Superior Laborというブランドのオーナー、
河合さんに初めて会ったのは、先月香港で開催された
LOG-ONでのイベントだった。
プロダクトはもちろん、ものづくりに対する姿勢に
興味を持ち、話をすると、岡山の山奥にある廃校を
買い取って、そこを工房にしていたり、さらに、
敷地内にはカフェや自分たちの住まいがあるのを
聞いていつか訪れたいと思っていた。

実際に訪れてみると、想像通りの素敵な場所だった。
終戦直後に分校として建てられて廃校となった
木造平屋をリノベーションして作られた工房に入ると
年代物のミシンや革加工の機械が並んでいる。
作りたいものがあると、機械を手に入れ試行錯誤を
しながら自分たちで作る。
効率性やコストを追求するのではなく、かといって
高級な1点ものでもなく、自分たちの生業として
誇りを持って楽しみながら世界に通じる良いものを
作ろうとする。
これからの日本のものづくりが目指す在り方を感じ
共感するとともに、それを素敵に体現している姿に
羨ましさも感じた。

工房を見学した後は、敷地内にあるカフェで
異国の匂いを感じる食べ物をいただきながら、
一緒に何かしたいですねといろいろな話をした。
話は尽きなかったけど、次の場所に移動する時間と
なり、東京での再会を約束して別れた。

その後、倉敷の街を見てから京都へ向かう。
京都では、恵文社一乗寺店の店長だった堀部さんが
2年前にオープンした誠光社に行って、久しぶりに
堀部さんと話をしたり、おなじみのエレファント
ファクトリーコーヒーやかもがわカフェで美味しい
コーヒーを飲んだり、下鴨神社で開催していた
古本市を覗いたりして過ごした。
京都は、トラベラーズのイベントを東京以外で最も
開催してきた場所だし、馴染みのお店もいくつかある。
ここに来ると、また帰ってきたなと思えるし、
トラベラーズにとって大切なことを思い出させて
くれる特別な場所だ。

京都でみんなと別れて再び青春18切符の一人旅。
帰りは名古屋で一泊して、ゆっくり東京へ向かった。
これが、2017年の夏の旅だ。
東京に帰ると激しい雨が降っていた。久しぶりに見た
テレビのニュースでは、何十年ぶりかで8月に
連続16日間雨が続いていると言っていた。
今年は秋が早めにやってくるのかもしれないな。


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店長のプロフィール

(株)デザインフィルでトラベラーズノートの企画を担当している飯島です。