2019年5月20日

「東欧 好きなモノを追いかけて」

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チャルカ店主、久保さんの新しい本
「東欧 好きなモノを追いかけて」と読むと、
粛々と好きなことを続けることの素晴らしさを
あらためて実感することができる。
久保さんは、20年前に友人とともにチャルカを
立ち上げて、仕入れのために東欧を旅したこと
から始まり、それからずっと年に数回、チェコや
ハンガリー、ルーマニアに旧東ドイツエリアへの
旅を続けている。

「どうして東欧だったんですか」
それまでさまざまな国を旅していた久保さんが
東欧に導かれるように深く入りこんでいった理由を
尋ねると、その答えはとてもシンプルだった。
「やっぱり東欧のものや人が好きなんですよね」

ハンガリーで見つけたノートからはじまり、
黄ばんだザラ紙に、印刷は版ズレしている
チケットや伝票などの紙もの、
戦前にフランスやイギリスへの輸出用に手作業に
近い形で作られていたチェコのガラスボタン、
歴史や文化とともに作った人の人柄までも感じ
させてくれるハンガリーの刺しゅうなど、
通い続けるうちに、久保さんの興味とともに
扱うモノが広がっていく。
それとともに、久保さんの東欧好きもますます
深くなっていく。

もちろん、好きを仕事として続けていくには、
楽しいことだけでなく、苦労やトラブルも
たくさんあるはずで、この本には旅先での
トラブルや続ける上での苦労も少し語られている。
その分、好きなものに真摯に向かいながら、
丁寧に愛を持って仕事を続けていることが分かるし、
旅を仕事にすることのひとつの理想像を教えて
くれるようで、読んでいてとてもワクワクした。

そんな久保さんとはじめて出会ったのは、
まだトラベラーズファクトリーもできる前の
10年前のことだった。

その頃の僕らは、トラベラーズノートを作ることで、
旅を好きが人だったら誰もが思うであろう、
旅を仕事にすることとか、好きを仕事にするという
ことの意味が、少し分かりはじめてきた。

「チャルカの東欧雑貨買いつけ旅日記」を
読んでいた僕らは、まさに全力で素敵に旅を
仕事にしている人たちとしてチャルカに憧れを
持っていた。だけど最初に会った時は、
イベント中だったこともあって、そんな思いを
伝えることもできず、軽く挨拶したくらいで
終わってしまった。

それから大阪に行くたびに、当時は堀江にあった
チャルカに立ち寄った。いつも久保さんには
会えなかったけれど、スタッフの方に
トラベラーズタイムズやトラベラーズブレンドを
預けて、足跡を残した。

そんなある日、突然久保さんから
「東京に出張に行くので一度お会いしましょう」
とメールをいただいた。
僕らは喜んで「ぜひ!」と返事し、
バックパックを担いでやってきた久保さんと
一緒に飲みながら、旅のことやノートのことなどを
たくさん話をした。そうやって久保さんとの
お付き合いがはじまった。

トラベラーズファクトリーができると、
早速イベントを開催していただき、その後も
何度か久保さんにも来ていただいたのだけど、
ここ数年はお互いにバタバタしていたこともあって
久しぶりのイベント開催となってしまった。

今回は、出張コーナーに加えて
コラボレーションリフィルを作らせていただいた。
「こんな紙があるんだけど...」と、50年以上前の
動物の絵が描かれたチェコの紙を送っていただき、
それをパスポートサイズリフィルの表紙に貼った
ものを作った。
たくさんの数を作れなかったということも
あるけれど、とても人気であっという間に
売り切れてしまった。

そして先週末は、トラベラーズファクトリーの
2階に、久保さんが東欧で見つけてきた
紙もの、文房具、おもちゃ、グラスにポット、
布ものなどをずらりと並べた出張蚤の市を開催。
久保さんと出会った時のことを思うと、
まさに夢のような空間で、自分たち自身も
久保さんのお話を聞きながら、宝物探しをする
ように、買い物を楽しんだ。

チャルカは今年で20周年です。
トラベラーズノートをはじめて13年、
トラベラーズファクトリーをはじめて8年弱。
そんな僕らが言うのはおこがましいですが、
旅を仕事にすること、好きを仕事にすることの
楽しさと同時に苦労や大変さも少しは分かって
きたからこそ、20年続けることの素晴らしさを
実感できます。
20周年おめでとうございます。
そして、これからもまた一緒に楽しいことを
やりましょう。

チャルカ出張コーナーは6月10日まで開催して
います。よろしくおねがします。


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2019年5月13日

トラベラーズ米 田植え編

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「トラベラーズ米を作ろう」
トラベラーズチームのイシイさんが、満を時して
声をかけてくれた。
イシイさんは、10年以上、休日を鴨川ヒルズと
呼んでいる千葉県鴨川にあるの友人の別宅で
過ごしながら、米作りを続けている
そのことをいつも面白おかしく僕らに伝えて
くれていて、いつかみんなも一緒にお米作りを
しようと話していた。今年は、近くの農家さんから
田んぼが増やさないかと声をかけられたこともあり、
いよいよ、ずっと念願だったトラベラーズ米を
作ることになった。

そんなわけで、みんなで田植えをするべく、
朝早く出発し、アクアラインを通って木更津を抜け、
南房総の山奥へと向かった。

鴨川ヒルズは、その名の通り一般道を少し登った
丘の斜面に建てられていた。
丘を見下ろすようにオープンデッキのテラスがあり、
建物の前には棚田が広がっている。
まずはテラスでお茶をいただくと、涼しい風が
流れてきた。素敵な建物と心地よい風に一気に
心が高揚した。

田んぼには、僕らが来る前に鴨川ヒルズの
オーナーたちが田おこしから代かきを済ませて
くれていて、水がきれいに張られている。
田植え用の長靴に履き替えて、おそるおそる
水の中に足をいれるとずぼっと沈んでいった。
泥に足を取られそうになりながら、一歩ずつ
足を進めて、オーナーの指示の通り、縄に
付けられた目印にあわせて苗を植えていった。

田んぼの中にはオタマジャクシやカエルが
気持ち良さそうに泳いでいる。
その中に手を入れて苗の根っこを泥に埋めていく。
ひんやりする泥の感触が気持ちいい。
みんなで交代しながらの2時間の田植えはあっと
いう間に終わってしまった。

田植えが終わったら、テラスでバーベキュー。
地元で採れた野菜や鶏肉、ソーセージに加え、
このあたりで猟師によって捕られたという、
いのししの肉までいただいた。
大した労働はしていないのだけれど、やっぱり
外での農作業の後のご飯は美味しい。

食後はイシイさんが手回しの焙煎機を取り出し、
コーヒー豆を焙煎。
コンロにおいて、カラカラと回すこと約30分。
焙煎機からもくもくと煙りがでてきて、
香ばしいかおりが立ち上がってくると、
ちょっと深煎りのコーヒーが焼きあがった。
豆をざるに入れて少し冷まし、焙煎したての
コーヒーをみんなで楽しんだ。

いやー、完璧だなあ。
空の下で土を触りながら働いて、
気持ちの良い風が吹くテラスでみんなで
新鮮な食材の美味しいご飯を食べて、
焙煎したてのコーヒーまで飲む。
話は聞いていたでけど、体験しないとやっぱり
楽しさはわからないものですね。

鴨川ヒルズオーナーのスガさんは、
10年ほど前にこの場所を手に入れて以来、
イシイさんや仲間たちと休日になると集まり、
手探りで稲作をしたり、畑を作ったりしてきた。
イノシシに田んぼを荒らされて、ほとんど収穫
できなかった年もあったそうだ。

また、自分たちの手で小屋を建ててそこに
半露天風呂まで作ったりしながら、そこでの
暮らしを楽しみながら充実させていった。
大きな丸い木の風呂桶が鎮座する小さな小屋は
丘を見下ろすように間口が広がっていて、
まるでテレビか雑誌で見たような高級温泉宿の
部屋についているプライベート露天風呂みたいな
作りになっている。

「お風呂で桜を見ながらビールを飲むなんて
最高の贅沢だよ〜」とスガさんは言うけど、
自分たちで作り上げた分、高級温泉宿以上の
気持ち良さなんだろうなあ。

トラベラーズ米つくりはまだ始まったばかり。
次はぜひお風呂とビールも味わいたいな。

話は変わりますが、トラベラーズファクトリー
では、今週15日よりチャルカさん20周年を記念し
コラボリフィルや出張コーナーが登場します。
17日、18日には店主の久保さんが来てきれて
特設蚤の市も開催します。ぜひ遊びに来てください。
また、24日には、けものとアアルトコーヒー
庄野さんの新作のリリースを記念し、
MINI LIVE&COFFEEとコーヒー教室を開催。
けものさんはトラベラーズファクトリー初登場です。
アンニュイな妖しさとポップさを併せ持つ、
ほんとうに素晴らしいミュージシャンです。
この機会にぜひ。こちらは現在予約受付中です。


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2019年5月 6日

どこか遠くへ

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「失敗したなあ」
山梨県の国道20号線を自転車で走っていた僕は、
車道を走りながらトンネルに入ってしまったことを
後悔した。
車の邪魔にならないように端に寄り
側溝の上を走ると、たまった砂埃が濡れて
シャーベット状の雪のように滑りやすくなっている。
車がひっきりなしに通り過ぎていく横で、
ハンドルを取られないように慎重に自転車を
走らせた。

先の方に出口の明かりが見えて少し安心した
その瞬間のことだった。
落ちていたペットボトルにタイヤが触れると
バランスを失い、そのままスルっとタイヤが滑り
自転車が倒れた。

自転車に乗っていて転倒したことは今までも
何度かあるけれど、倒れる瞬間は意外と冷静で
その時のことも鮮明に覚えている。
今回はトンネルの中だったこともあり、
まずは後続車に轢かれることを心配した。
幸い後続車は倒れた僕をゆっくりとかわして
追い越すと、ハザードランプをつけて速度を
落とした。運転手は心配そうにこちらの様子を
伺っている。

僕はなんとか立ち上がり、体が動くのを確認し
運転手を見ながら軽く手を上げて大丈夫だと伝えた。
そして、脱げてしまった靴を探して履くと、
自転車を押してトンネルの出口まで歩いた。

トンネルを出ると、自転車を止めて、
まずは自転車と体の状態を再度確認した。
自転車は問題ない。体もひどい出血や打撲はなく
破けてしまったジーパンの下の膝を軽く擦りむいた
だけだった。
ほっとするのと同時に緊張の糸が切れてしまった
ように、歩く人もいない峠の歩道に両足を投げ出し
座り込んだ。
ここまで走ってきた疲れのせいなのか、
それとも転んだ時の打ち身のせいなのか、
じわじわと身体の節々に痛みが湧き上がってきた。

目的地としている今日の宿まであと30キロ。
天気予報によると、あと少しで雨が降ってくる
らしい。空を見ると薄暗い雲に覆われている。
早く出発した方がいいのは分かっているけど、
しばらく茫然自失の状態で地べたに座ったまま
動けなかった。

どうして僕はこんなところにいるのだろう。
ひとり自転車で旅をする時にいつも思い浮かぶ
フレーズがまたも頭の中に浮かんできた。

そもそも目的地としている宿を選んだ理由は、
自転車で行けそうな距離にあって、なおかつ
ゴールデンウィーク中にもかかわらず手頃な価格で
予約が取れたからで、別にそこに行くための目的が
あるわけではなかった。

ただ長い休みがあると、ふつふつと胸騒ぎが
するように、ひとり自転車に乗ってここではない
どこか遠くに行きたくなるのだ。
普段たいした運動もしていないし、計画も適当、
さらに雨男の気もあるので、実際に行くと
たいてい辛い思いをする。
いつも、どうしてこんなところに...と思いながら
きつい坂を登ったり、激しい雨のなかを自転車を
走らせる。
だけど月日が経つと、そんなことは忘れてしまい、
またふつふつと胸騒ぎが沸き起こってくるのだ。
太陽の光がやさしく差し込む新緑の森の中、
永遠に続くかのような長くゆるやかな下り坂を
自転車で気持ちよく滑降する...。
そんな夢みたいなシーンが頭に浮かんできて、
何度一文無しになっても懲りないギャンブル依存症
のように、また自転車の旅に出てしまう。

しばらく歩道でぐったりと座り込んでいると、
近くで掘ってきたのか大きなタケノコを手に持った
おじさんが歩いてきた。そして僕を見つけると
「バテたかあ、どこから来たんだ?」と笑顔で
話しかけてきた。
「東京です。ちょっと休んでいるんです」
「東京から来たのか。がんばるねえ。この先に
コンビニがあるよ」
道端でだらしなく座り込んでいる僕を見て
哀れに思ったらしく、コンビニエンスストアへの
道を教えてくれた。それはちょうど目的地の方向
とも合っていた。
まずはコンビニで乾いた喉を潤そう。
そんなささやかな楽しみが見つかったことで
少しだけ力が湧いてきた。

おじさんが教えてくれた道はグーグルマップが
示す方向とは違っていた。
だけど「こっちの道なら無駄に急な坂を登る
必要がないからね」という言葉に誘われ、
おじさんの言う方向に自転車を進めることにした。

もうちょっとがんばろう。
疲れと痛みでぐったりした身体にムチを打つように
立ち上がり、ゆっくりトラベラーズバイクのペダルを
漕いだ。


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2019年4月29日

台北を歩いて

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3年ぶりに台湾へ行ってきた。
台湾では今はちょうど雨季にあたるようで、
滞在中は曇り空の時間が多かった。
だけど、それが逆に南国の強い日差しを遮って
ほとんどの時間を気持ち良い気候のなかで
過ごすことができた。

今回の出張では、いくつか打ち合わせの予定を
組んでいたのだけれど、まずはその前に
久しぶりの街をゆっくり歩いておきたいと思い、
打ち合わせの2日前に台北入りした。

台湾の1日は、土地ならではの朝食からはじまる。
1日目はネギや揚げパンなどが入った優しいスープ
のような豆乳「鹹豆漿」と薄いお好み焼きのような
生地に卵焼きとネギを挟んで丸めた「蛋餅」。
2日目は「三明治」とメニューに書かれている
サンドイッチ。台湾風に味付けされた豚肉に
目玉焼きが挟んであるものをオーダーし、冷たい
豆乳と一緒に食べる。
店の人は忙しい時間なのに、言葉のわからない
僕らに面倒がらず温かく対応してくれるのも
台湾ならではで嬉しい。
美味しい店に出会うと、帰り際にショップカード
を手に取り、台湾用におろしたトラベラーズノート
の新しいリフィル、カードファイルのポケットに
差し込んだ。

ローカル感たっぷりの美味しい朝食でお腹を
満たした後は、目星をつけていたいくつかの店を
目指して街を歩いた。

台北を歩いて楽しいのは、
例えば下町の古い建物が並ぶような裏通りに、
スモールショップをたくさん見つけることが
できること。
スペースが小さいから品揃えは偏っているけど、
その分オーナーの趣味や人柄を想像できて楽しい。
そんなたくさんのスモールショップの中から
自分たちの好みとぴったりあった店を見つけると、
思わず胸が高まり、宝探しをするような感覚で
小さな店の中を隅から隅まで見入ってしまう。

そんな店に出会うと僕らは名前を名乗り、
持っていたトラベラーズタイムズやリーフレットを
渡して話をしたり、連絡先を交換したりした。

すると面白いことに、僕らがいいなと思った店
のオーナー同士が繋がっていることが多くて、
「ああ、あそこのXXさんとは友達だよ」と
言われることが何度もあった。

どうしたら売れるか、ということよりも
どうしたら喜んでもらえるか、どうしたら
楽しく心地よいか、ということを優先する。
世の中の流行ではなく自分たちの直感を信じる。
拡大することより深掘りしていくことを大切にする。
小さな店には、彼らのわくわくした思いが
たくさん詰まっていて、そんな姿勢に共感した。
そして、僕らは単純に彼らと友達になりたいと
思った。

街歩きの途中お腹が空いたら、胡椒餅がいい。
サクサクしたパンの中に胡椒の効いた肉やネギ
の餡が入っている。
注文すると釜の中から熱々の胡椒餅を取り出し、
ひとつずつ紙の袋に入れて渡してくれる。
僕らはハフハフと言いながら、胡椒餅を食べて
小腹を満たすと、またスモールショップを探して
歩く。

台湾の1日はそんな感じであっという間に
過ぎていった。

ホテルの部屋に戻ると、
iPhoneのスピーカーで最近お気に入りの
台湾のバンド、サンセット・ローラーコースター
(落日飛車)のアルバムを聴きながら、
カードファイルを開いてこの日訪れた店の
ショップカードを眺めた。
台北で出会った人たちの顔が頭にいくつも浮かび、
宇宙に浮かぶ無限の星の中に現れる星座のように
見えない線で結ばれた。

いい感じだ。なんだか新しいことが始まりそうな
予感がしてきた。

ゴールデンウィークですが、
旅にはトラベラーズノートを、そして旅の途中には
トラベラーズファクトリーにお立ち寄りください。
Have A Nice Trip!


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2019年4月15日

2回目の名入れ職人栗山さんのイベント

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昨年に続き、今年も名入れ職人の栗山さんに
トラベラーズファクトリーに来ていただき、
名入れの実演イベントを行った。

通常のオーダー名入れでは、
新しくお買い上げいただいたトラベラーズノート
にしか名入れをしていない。
これは、お客様が実際に使っているノートを
輸送中などにトラブルで紛失してしまったり、
名入れ文字を間違ってしまうと、取り返しが
つかないことになってしまうというのが理由。
だけどやっぱり長く使っているトラベラーズノート
に名入れをしたいという方はたくさんいるので、
2回目の名入れイベントを迎えるにあたり、
それを実現できないかと栗山さんに相談した。
栗山さんにとっては、失敗ができないから
より緊張感が伴って大変だと思うのだけれど、
「大丈夫だよ」と快諾してくれた。

間違いを防ぐために、一度こちらで用意した
革タグに名入れをして、それをお客様に確認して
もらってから、トラベラーズノートに名入れを
するということにした。さらにこの革タグは、
イベントでの特典として名入れをした方に
プレゼントするとみなさんとても喜んでくれた。

イベントにはたくさんの方が足を運んでくれて
バタバタしたり、しばらくお待たせしてしまったり
することもあったけれど、終始和気あいあいとした
温かな雰囲気に包まれていた。
ほとんどの方が使っているノートに名入れを
してくれたのだけど、その分僕らもたくさんの
方々の実際に使っているトラベラーズノートを
見ることができたのも嬉しかったことのひとつ。

裏の刻印が「MIDORI CO., LTD」となっている
もう10年以上お使いいただいているという
トラベラーズノートをはじめ、スターエディション、
ハイウェイエディション、限定として発売した時の
ブルーエディションなど、僕らも久しぶりに目にする
トラベラーズノートにも出会うことができた。
手入れの仕方や革の風合いの変化は様々だけど
どれも愛着を持って使ってくれているのが分かり、
「こんな風に使っているんです」とノートを見ながら
それぞれの使い方を聞く時間も楽しかったなあ。

名入れの時には、栗山さんが活字を組んで
版をぎゅっと革に押していくのを、みんな
興味深そうにまじまじと見つめ、最後に箔の
ホイルをピンセットで外して、ノートに刻印された
文字やマークが見えると、一瞬で笑顔になり思わず
「いいですねえ」とか「かっこいいなあ」と
つぶやいてくれた。

それに対し、気さくな人柄の栗山さんも
「はいできました。これで大丈夫ですか」と
ノートを手渡しながら話しかけると、皆さんとても
嬉しそうに「ありがとうございます」と答える。
そんなシーンを何度も見ることができた。

トラベラーズノートが他のノートと違う点が
あるとすれば、ノートに書かれたことだけでなく、
その表紙となるカバーにも使う人の歴史や思い入れが
たっぷり刻まれていることで、今回のイベントでは
そのことをあらためて実感できた。

栗山さんが名入れをしてくれたことで、
それぞれのトラベラーズノートにまた新しい歴史が
刻まれたようになり、
「今まで以上に愛着を持って大切に使いますね」
とたくさんの方が言ってくれた。

イベントに足を運んでいただいた皆さま、
栗山さん、ほんとうにありがとうございます。
今回のイベントは、トラベラーズノートをずっと
作り販売し続けてきた僕らにとってもほんとうに
楽しくて嬉しいイベントでした。
栗山さん、次もよろしくお願いしますね!


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2019年4月 8日

大きな財産

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今日までトラベラーズファクトリー中目黒の
2階でG.F.G.S.+大塚いちおオーダーボーダーを
開催している。
土曜日には、G.F.G.S.代表の小柳さんが新潟から
駆けつけてくれて、さらにG.F.G.S.との
コラボレーションのボーダーシャツをデザイン
してくれた大塚いちおさんも会場に来てくれた。

G.F.G.S.は、自分の好きな色や太さを選んで
オリジナルのボーダーシャツを作ることができる
ブランドで、生地の編み立てから縫製までを
すべて新潟加茂市にある工場で行なっている。

大塚いちおさんは、Eテレの「みいつけた」の
キャラクターデザインや川崎フロンターレの
アートディレクションなどを行なっている
イラストレーター・アートディレクター。
アアルトコーヒー庄野さんの本や山田稔明さんの
アルバムジャケットのイラストも描いていること
もあり、トラベラーズファクトリーのイベントなど
で既に何度かお会いしていて、そのたびに、
いつか一緒に何かをしたいですね、と話していた。
だから、今回のイベントでそれが形になったのも
嬉しかった。

G.F.G.S.の小柳さんとは、葉山で帆布バッグを作る
KO'DA STYLEのこうださんの紹介で一緒にイベント
を開催したことからお付き合いが始まった。
もう4年前のことだ。

トラベラーズファクトリーをやっていて楽しいのは
様々な場所でものづくりだったり、食べ物だったり、
音楽やイラストアートを制作する人たちとの繋がりが
広がっていくことで、それとともにトラベラーズの
世界も広がっていった。

この日は、イベントが終わると近くの居酒屋で
打ち上げを行った。
金髪の小柳さん、大塚いちおさんをはじめ
僕らもみんなユニフォームのようにG.F.G.Sの
ボーダーシャツを着ていて、さらに大塚さんが
デザインした新潟上越妙高駅のキャラクター、
ウェルモもテーブルに鎮座しておこなわれた
飲み会は、他の席から見ると怪しい集団に見えた
かもしれないけど、とても楽しかった。

音楽の話やそれぞれの仕事の話、それにたくさんの
くだらない意味の話をしながらも、最後には
今回のイベントをきっかけに次はもっと楽しいこと
をしたいですね、と次への期待にワクワクしながら
飲み会が終わった。

トラベラーズノートが世に出て13年。
トラベラーズファクトリーがはじまって7年と半年。
日々僕らなりに頑張ってきて得ることができた
何よりも大きな財産は、トラベラーズノートを
相棒のように愛情を持って日々使ってくれる方々と、
心から信頼できて志を共有できて、さらに楽しく
一緒に仕事ができる仲間たちなんだなあ。
トラベラーズファクトリーが、そんな皆さまが集い
繋がる場所に少しずつ育っているのが嬉しい。
そんなことを思いながら、だいぶ暖かくなった
夜の中目黒を歩いた。

イベントに足を運んでくれた皆さま、
大塚いちおさん、小柳さん、イベントを盛り上げて
くれたウェルモ、そして、あと1日ありますが、
期間中毎日トラベラーズファクトリーに通って
イベントをケアしてくれたG.F.G.S.恵美子さん、
ありがとうございます。
そして、これからもよろしくお願いします。


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2019年4月 1日

春の思い出

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今年高校を卒業し、4月から大学に入学する娘は、
YouTubeで見つけたのか最近なぜかラーメンズに
はまっていて、先週ひとりで静岡まで行き、
元ラーメンズの小林賢太郎氏の舞台を観ていた。

そんな姿を見て、自分も高校を卒業して
大学に入学するまでの休みに、ピンクフロイドと
ミック・ジャガーのライブに行ったのを思い出した。
どちらの会場でも周りは年上ばかりで、
当時18歳だった僕はちょっと浮いていた。

ピンクフロイドは、中心メンバーだった
ロジャー・ウォーターズが抜けて初めての来日で
武道館でのライブだった。
2部構成のライブで、1部はそれほど聴き込んで
いなかった新しいアルバムからの曲が中心だった
けれど、2部になると過去の名作からの曲ばかりで、
最後は「アニマルズ」のジャケットにある巨大な豚が
客席の上に出てきたりして盛り上がった。

ソロアルバムを出したばかりのミック・ジャガーは
初来日で、当時はまだローリングストーンズとしても
来日したことがなかった。
だから、完成して間もない東京ドームに集まる客は、
みんなソロアルバムの曲よりストーンズの曲を
聴くことを期待していた。
ミックもその期待に応え、ストーンズの曲を序盤から
たっぷり演奏してくれた。
中盤「ルービー・チューズデイ」が始まると、
ずっと涙を流しながらミックにあわせて歌っていた
隣のおじさんが興奮を抑えきれずに客席の前にある
バックネットによじ登りはじめた。
途中まで登ったところで、最後は警備員に抱きかかえ
られるよう降ろされ、どこかに連れていかれた。
その後もストーンズの曲を何曲も演奏していたから
そういうことをするのなら最後にやればいいのにと、
ちょっと冷静におじさんを憐れんだのが一番記憶に
残っている。
アンコールは、名曲「悪魔を憐れむ歌」だった
けれど、おじさんは聴くことができなかった。

その数年後、今度はローリングストーンズとして
来日をした。
当時大学生だった僕は友人と一緒にそのライブに
行き、終わると車で遠出をした。
夜の道路をカーステから流れるストーンズに
興奮しながら車を走らせる友人は、スピードを
出し過ぎてカーブで車がスピンした。
対向車線にはみ出して2、3回転してやっと車が
止まったけれど、偶然他の車が通らなかったので、
車も人も無事だった。
助手席に座っていた僕は、回転する車のなかで
一瞬死を意識した。
その時にカーステから流れていたのは、友人も
僕もストーンズで一番好きな「悪魔を憐れむ歌」
だった。

あれから30年近く時が過ぎて、
僕はバックネットを登ったおじさんの年齢を
とっくに過ぎてしまった。
今月はじめに、大学生になる息子が友達の運転する
車で事故にあって、小田原から電車で帰ってきた。
あの頃の僕と同じように一瞬死を意識したみたい
だけど、幸い身体は無事だった。

4月になり、トラベラーズファクトリーの
近所の目黒川の桜も満開に近くなってきた。
桜を眺める人たちはみんな笑顔で楽しそう。
だけど、桜の花びらの隙間からキラキラ輝く
太陽の光が差し込み、春の温かい風を体に受けると、
突然ぼんやりとした不安に包まれて、
沈鬱な気分に襲われることがある。

僕らは、音楽を聴いたり、本を読んだり、
コーヒーを飲んだり、ノートに向かい合うことで
ささやかな明るい兆しを見つけて、新しい季節に
一歩を踏み出していく。
大丈夫。今までだってなんとかやってきたし、
これからもきっとうまくいくはず。


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2019年3月25日

インフルエンザとものづくり

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風邪はめったにひかない方なんだけど、
生まれて初めてインフルエンザに罹ってしまった。
先週このブログにブラスクリップの工場を巡った
ことを書いたけど、まさにその日。みんなと別れて
電車に乗っているとだんだん調子が悪くなってきて、
家に着いて熱をはかったら39度。
その日はそのまま布団に入り翌日病院へ行った。

はじめて行った家の近くの病院は、
びっくりするぐらい混んでいて、診察を受けるまで
他の人にうつらないように丸椅子がぽつんと置いて
ある薄暗くて誰もいない階段の踊り場で1時間以上
待たなくてはならなかった。
やっと看護婦さんがやってくると、その場で
鼻の穴にこよりのような紙を入れて検査した。
それからまた1時間待たされて、椅子に座っている
のも苦しくなってきて、地べたに座り、椅子に顔を
うつ伏せにしていうんうん唸っていたら、
やっとお医者さんがやってきて、
「インフルエンザA型ですね」と言って処方箋を
くれた。インフルエンザだったということよりも
とにかくやっと家に帰れることにほっとした。

途中のコンビニでポカリスエットを買って
家に帰り、熱をはかると40度を超えていた。
テレビではずっとピエール瀧の逮捕の話題が
続いていたけど、熱で頭がぼーっとしていて
なんの感情も浮かんでこなかった。
この日はなにも食べる気にもならず、
結局ポカリスエットと薬しか口に入れなかった。

翌日は少しは楽になったけれどまだ熱はあって
具合も良くない。1日中寝て過ごす。
その次の日には熱も下がり体も楽になった。
1日中、カズオ・イシグロの小説を読んで
のんびり過ごした。そして久しぶりに仕事の
メールをチェックしていくつか返事を送った。
そして、その翌日は本の続きを読んだり、
絵を描いたりして過ごした。
一足はやく使わせてもらっている水彩紙は、
やっぱり絵具ののりもよくて、いい感じだ。
見開きいっぱいに描いてみた。
完成したらブラスクリップで壁に留めて
写真を撮った。
休みの後半は熱も下がって体力も回復してきた
から、おだやかな休日を過ごさせてもらった。

インフルエンザに罹ってしまったけれど
不幸中の幸いだったのが、熱が出た日に訪れた
工場の方々にうつらなかったことで、
僕が仕事を休んでいる間にも、無事それぞれの
作業が止まることもなく生産が進んでいった。
そして今週の出荷を前に、なんとか予定の数量が
納品された。

ものづくりは基本的にトラブルの連続だ。
ひとつのアイデアから設計やデザインを経て
試作を繰り返し最終形が決まり、生産ラインが
できあがって実際にものができあがるまでは、
予想外の事態や、解決が難しいトラブルが
何度も巻き起こってくる。

船の底に穴が空き、そこから入りこんでくる
水を必死で外に掻き出しながら、ずぶ濡になって
穴を塞ぐためにトンカチを叩く。
やっとふさがったと思ったら、今度は強い風に
煽られて折れそうになったマストをみんなで
支えて補強する。すると今度は別の場所から
水が漏れてまた外に掻き出していく......。
特にあたらしいものを作る時は、まるで荒波の中を
航海しているような気分になることもある。

それらに臨機応変かつ柔軟に向かいあいながら、
時にはスケジュールや価格、仕様やデザインを
修正したりすることもある。
その時に大事なのはほんとうに自分たちが
作りたいものの本質を見失わないこと、そして
それをお金を払って手に入れて使ってくれる人たち
のことを深く想像することだ。

新商品の発売を間近に控えた今、
あたらしい商品を積んだトラベラーズシップは、
やっと水平線の向こう側にぼんやりと港が見える
場所までたどり着いたところか。
永く厳しく、でもそれなりに楽しかった航海も
あと少し。
港に着いた時に、皆さんが温かく受け入れて
くれるといいな。

トラベラーズファクトリー各店でも3月28日より
発売しますのでよろしくお願いします。


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2019年3月18日

ブラスクリップができるまで

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トラベラーズノートは、開いたままの状態で
落ち着きにくい。手を離すと、自然にページが
持ち上がってパタンと閉じてしまうこともある。

例えばトラベラーズチームのミーティングの時は
やっぱりみんなトラベラーズノートを使っている
のだけれど、ノートの上にスマホを置いたり、
ペンを引っ掛けたり、クリップを留めたりして、
それぞれのやり方で開いた状態をキープしている。

それで10年以上使っているので、
もうすっかり慣れてしまって不便だと考えること
もないけれど、なんだかすっきりしないもやもや
したものがずっと胸の中にあった。

たまにトラベラーズノートを開いて写真を撮ろう
とする時はもうちょっと切実だ。
余計なものを画面に映したくない時は、
裏からマスキングテープで留めたり、さらに、
押さえていた指先を後から画像修正して消したり
することもあった。
でもそうやってできた写真は、嘘をついている
ようで、やっぱりもやもやした。

インスタグラムでは、トラベラーズノートを開き
イラストが描かれたり、コラージュされたページを
撮影した写真をたくさん見ることができるけど、
それらは様々なクリップで留められている。
でも僕らとしては、自分たちと関係性のない
他社が作ったクリップをつけるのも気が引けるし、
当然ぴったりしたモノも見つけられなかった。

ある日、橋本が「だったらトラベラーズノート
専用のクリップを作りましょうよ」と言いながら
そのイメージとして50年以上前にアメリカで
作られたノベルティのクリップを見せてくれた。
サイズこそトラベラーズノートに付けるには
大き過ぎたけど、真鍮の無骨な佇まいは
トラベラーズノートにぴったりだった。
それを見た時に僕らの作りたいクリップの
イメージが見えたような気がした。
メイド・イン・ジャパンでトラベラーズノート
の専用クリップを作ろう。
そうやってブラスクリップの企画が始まった。

僕らが作りたかったのは、真鍮の板を曲げただけ
のシンプルな作りに刻印を入れるという、
昔ながらのクリップなのだけど、これが意外と
大変だということは、進めてから気がついた。

そもそもクリップは、低単価の大量生産のものが
ほとんどで、それらは薄いスチールやステンレスを
材料とし、金型がいくつもセットされた大きな機械で
ほとんど人の手を介さず自動で作られている。

例えば、そうやって作られたクリップに
塗装をしたり、刻印を押したりして、オリジナルの
クリップ作る方法もあるけど、それでは自分たちが
作りたい形とはまったく違うものになってしまう。
もっと無骨なでシンプルな形を求めた時、
一から設計し金型を作り、様々な工程ごとに
いくつかの工場の協力を得なければならなかった。
そんな手探りなやり方ではあったけれど、まずは
職人と相談しながら、時間をかけて何度も試作を
繰り返していった。

真鍮の板の厚みを変え、大きさを微妙に変えて
ちょうど良いサイズ感や重さを追求し、
固過ぎず柔らか過ぎないトラベラーズノートに
挟むのにちょうどよい締め具合にするために、
バネのサイズや巻き数を変えながら付け替えたり、
刻印をより美しく出すために、プレスの職人の
知恵を借りながら最適なやり方を追求した。

最初に理想的なサンプルができあがった時は、
真鍮のほどよい重さを感じるゴロンとした形、
使うと味がでるのが想像できる美しい色合い、
トラベラーズノートに付けた時の佇まい、
まさに他にはないトラベラーズノートのための
クリップが具現化したことにとてもワクワクしたの
を覚えている。

先週、最終的な工程を確認するため各工場を巡り、
職人さんと話をしてきた。
まず最初の工場では、ロール状の平たい真鍮の板を
抜き、曲げるまでを行う。
そして、次は刻印を入れる工場へ行った。
今回刻印のデザインは2種類あるけれど、
それぞれのデザインにあわせて刻印のやり方も
職人さんの工夫で変えている。

どちらも70代の先代と2代目の息子さんのお二人で
運営されている下町の小さな工場で、油がたっぷり
ついた巨大な古いプレスマシンを器用に動かしながら
ガチャン、ガチャンとひとつずつプレスをしている。
僕らが目を輝かせながらそれを眺めていると、
普段は無口で難しそうな職人さんも気さくに
僕らの質問に答えてくれた。

そして、次に行ったのは下町のメッキ工場。
ブラスクリップは、無垢の状態で仕上げるので
メッキはかけないのだけど、通常はメッキの
前工程として行うバレル処理をここでは行う。
バレル処理は、石が入った寸胴の中にクリップを
入れて何時間も回転させることで、クリップの角
のバリを取り、軽くヤスリをかける。
ここでも、ブラスの質感や色合いを出すために
石を変えたり、バレルの時間を調整したりして
今まで何度も試作を行ってくれていた。
「これでいいんだよなあ、まったく大変だよなあ」
社長が自らバレルを回しながら笑顔でぐちっぽく
言うのを、僕らも笑顔で「ありがとうございます」
と返した。

そして、最後は組み立てだ。
ここでは納期に間に合わせるためにスタッフ総出
で組み立てから、墨入れ、パッケージを行う。

東京近郊に昔からあるようないわゆる町工場は、
たいてい家族経営で小規模で運営されているため
その分できる工程も限られている。
そして昨今そういった小規模の町工場がどんどん
減っていっているのも事実だ。
ただ、それを専門的に長い間続けてきたがゆえの
職人の経験や技が日本のものづくりを支えてきた
のもまた事実でもある。
僕らは作りたいものは、決してハイテクではないし
高級品ではないけれど、毎日心地よく使うことが
できて、使うほどに愛着がわいてくるような
上質で丁寧に作られたものでありたいと考えている。
ブラスクリップは、今回協力いただいた工場と
職人さんたちによってそれが実現できたと信じている。
ぜひ、ブラスクリップを手にとっていただき、
そんな彼らの技や心意気を感じてもらえると
僕らも嬉しいです。
発売まであと少しですが、ぜひ楽しみにしてください!


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2019年3月11日

グリーンブックと運び屋

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土曜日のこと。
いつもだったら用がなければ10時ごろまで
寝ているのだけれど、花粉症のせいで鼻水が
止まらず早めに目が覚めてしまった。
薬を飲んでしばらくボーッとしていると、
せっかくだから映画を見に行こうと思い立った。

見たい映画がふたつあってどちらにしようかと
悩んだけれど、別に他に特別やることがあった
わけでもないし、時間もたっぷりあったので
両方見ることにした。

ひとつは先日アカデミー賞の作品賞を受賞した
「グリーンブック」、もうひとつは久しぶりの
クリント・イーストウッドの監督兼主演による
映画「運び屋」、そのふたつをダブルヘッダーで
見に行った。
どちらも素晴らしい映画で満足したのだけれど、
印象的だったのは、両方の映画にアメリカの
広大な大地を車で走るシーンが多くあったこと
だった。

「グリーンブック」では、黒人の天才ピアニストと、
その運転手兼用心棒として雇われたがさつな
イタリア系の男がピカピカのキャデラックで、
アメリカの南部をコンサートツアーをしながら
旅をする。

「運び屋」では、クリント・イーストウッド
演じる頑固だけど愛嬌のある典型的なアメリカの
じいさんといった感じの男が、コカインの運び屋
としてメキシコ国境近くからデトロイトまで
ボロボロのフォードのピックアップトラックで
走って旅をする。
(お金が手に入ったせいで途中でリンカーンの
高級車に変わってしまったのは残念だったな)

アメリカ南部の荒涼とした美しい風景の中を
走りながら、1962年が舞台の「グリーンブック」
では、流行りの歌として、現代劇の「運び屋」では
年寄りが聴く懐メロとして、ラジオからはイカした
アメリカの古いポップソングが流れてくる。
クリント・イーストウッドは、ラジオにあわせて
声をあげて歌いながら、楽しそうにハンドルを握る。
今も昔も長距離ドライブには音楽がつきものだ。
余談だけど、長距離列車には本、飛行機の旅には
映画がいい。

途中車を止めて、例えば「グリーンブック」では、
ケンタッキーフライドチキンの1号店に立ち寄り、
「今まで食べたケンタッキーフライドチキンの中で
一番うまいよ」なんて言ったり、「運び屋」では、
「ここはアメリカで一番のポークサンドが食える」
と監視役として付いて来たメキシコ人のギャングと
一緒にサンドウィッチをほうばる。
どちらもその背景に人種差別があることを示唆する
のだけれど、それはそれとして本当に美味しそうだ。
ここに出てくるような飾らないローカルフードを
食べさせてくれるお店に立ち寄りながら、
アメリカを何日も車で旅したくなってくる。

見終わると、毎日のように車に乗って長距離を
移動していた、昔の営業時代を思い出した。
あの頃はクリント・イーストウッドと同じように、
車を運転しながら、ひとりラジカセから流れる
音楽にあわせて歌っていた。
10万キロ以上走っていたライトエースの営業車には
AMラジオしか付いてなかったから、ラジカセを
積んでいたのだ。

長距離トラックがたくさん止まっているような
お気に入りのドライブインでよく食べていた
モツ煮込み定食とかカツ丼も、アメリカで言えば
フライドチキンやポークサンドと似たようなもの
なのかもしれない。
グリーンブックのように、雪の中をビクビク
しながら運転したこともあったし、高速道路で
パンクしてしまい、ひとりスペアタイヤに
付け替えたこともあったな。その時はなんで
こんな目にあうのだと泣きたくなったけど、
それでも車の旅は嫌いではない。

車での旅は、電車や飛行機とも違った大変さも
あるけど、他にない味わいや楽しさがある。
そう言えばトラベラーズキャラバンイベントで
金沢、奈良、徳島、広島を車で回ったのはもう
5年も前のことだ。
あれはあれで大変だったけど、楽しかった。
そろそろまた国内を車でキャラバンしてみたいな。

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店長のプロフィール

(株)デザインフィルでトラベラーズノートの企画を担当している飯島です。