2018年6月18日

Radio Ga Ga

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先週、久しぶりにFMラジオを聴いた。

それは、去年読んで感動した小説
「ボクたちはみんな大人になれなかった」の作者、
燃え殻さんが出演する番組で、
深夜にひとり布団に入りながら、イヤホンから
聞こえてくるお話や音楽に耳を傾けていると、
ずっと引き出しの奥にず仕舞ってあったような、
懐かしい感覚がふわっと蘇ってきた。

中学生の頃、よく勉強をするふりをして、
机で深夜ラジオを聴いていた。
今まで聴いたことがなかった音楽に出会ったり、
まだ見たことがない世界のことを知ったり、
ラジオから流れる新しい情報にワクワクしながら
耳を傾けた。
だけど、久しぶりに聴いたFMラジオは、
あの頃僕らがラジオに夢中になったのは、
それだけじゃないもっと切実な理由があったのを
思い出させてくれた。

深夜の誰もいない部屋。
未来には希望よりも不安がたっぷりで、
この先、世の中でうまく立ち回っていく自信なんて
これっぽっちもない。
いつも頭の中には、憂鬱と孤独感が霧のように
漂っていた中学生の僕は、ラジオを聴くことで、
世の中と繋がっているような感覚を得ることができた。

ラジオで話すディスクジョッキーは、
そんな不安や孤独を見下すことなく、
だからと言って解決してくれるわけでもなく、
ただ自分も同じように不安や孤独を抱えながら
それでもなんとか生きてきたから大丈夫だよと
当たり前のこととして肯定してくれた。

そして、リスナーから送られたハガキを紹介する
ことで、今この瞬間、同じ周波数に合わせて
ひとり耳を傾けながら、共感している仲間が
この世界にたくさんいることを教えてくれた。

マイクに向かってディクジョッキーが話している
深夜の閑散としたスタジオの灯り、
寝静まった街の片隅で眠りにつくことも、
外に出かけることもなく、ひとりでラジオに
耳を傾けているリスナーの部屋の灯り。

それらは、北極星とその周りでかすかに光る星座
のように、見えない線でつながっているような
気がした。

今はSNSやLINEなどで、もっと分かりやすく
誰かと繋がることができるのかもしれないけど、
深夜ラジオが感じさせてくれるのは、
ちょっとでも力をいれて引っ張れば切れてしまう
細い糸のような心許ない繋がりだった。
だけどその分、人の温もりが感じられる優しさと
ともに、僕はひとりじゃないっていうことを
教えてくれた。

久しぶりに聴いたラジオで、リスナーに対する
愛情たっぷりの燃え殻さんとアナウンサーの
秀島さんのお話に何度も共感をし、同じように
この国のどこかで共感している知らない誰かの
ことを想像し、中学生だった頃と同じように、
ささやかな希望を感じた。
やっぱりラジオっていいな、そんなことに
あらためて気付かされた。

実は、久しぶりにラジオ番組を聴いてみようと
思ったもうひとつの動機に、FMまつもとという
長野県松本市のコミュニティーFMの番組で、
ボイスメッセージという形で出演するという機会を
いただいたということがあったから。
Hickory Sound Excursionという番組の
パーソナリティの久納ヒサシさんが、
トラベラーズノートのユーザーということもあって、
そんな経験がまったくない私に声をかけてくれた。
もうボイスメッセージの録音は終わっていて、
番組の1コーナーで数分お話して、曲を1曲紹介する
だけなんだけど、ラジオが友達だった僕にとっては
嬉しくて感慨深い体験だったなあ。

そんなわけで、6月21日(木)の19時30分から
FMまつもとで放送するHickory Sound Excursion
にちょっとだけ登場します。
お聞き苦しい点もあるとは思いますが、
お聞きできる方は耳を傾けていただけたら
嬉しいです。
松本市以外の方は、後日こちらのサイトでも
聞けるようです。


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2018年6月11日

生活のたのしみ展に行ってきた

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先週のこと。
「ほぼ日」さんが開催している、
生活のたのしみ展に行ってきた。

実はほぼ日さんとは、以前から何度かお話しを
する機会を持たせていただいていて、
去年の生活のたのしみ展では、
ほぼ日さんのCINE&TRAVELのコーナーで
コラボレーションしたスパイラルリングノートを
販売していただいたりもしている。
その時は、残念ながらちょうどACE HOTELの
イベントと日程が重なり行くことができなかったので、
今回は楽しみにしていた。

この日は、梅雨がはじまったばかりだというのに
見事な快晴で、気持ちの良い空の下にたくさんの
素敵なお店が並んでいて、なんだか海外の蚤の市に
来たようなワクワクした気持ちになった。

それぞれのお店が魅力的なのはもちろん、
お店の人たちも笑顔で楽しそうに説明をしてくれるし
ふと気がつくと、思わず見入ってしまうような
カードマジックがはじまったり、糸井さんも
笑顔でお客さんと写真に撮られていたりして、
多幸感に満ちた空間だった。

トラベラーズファクトリーでもイベントを開催
してくれている、G.F.G.S.の小柳さんやNAOTの
宮川さんも参加していて、久しぶりにお話しが
できたのも楽しかった。

何よりも素晴らしいのは、ほぼ日スタッフの方々で
僕らとほぼ日をつないでくれたHさんは、
日焼けした額に汗をかきながら、それでも笑顔で
会場を走り回っていたし、前回の生活のたのしみ展で
コラボを提案してくれたもう一人のHさんも、
「準備は大変でしたよ、
でもやっぱりお客さんに喜んでもらいたいから、
つい限界までがんばっちゃうんですよねー」
と、笑顔で言っていた。

スタッフ全員が、おもてなしの心と、できる限り
楽しいイベントにしたいという気持ちに満ちている
から、みんな忙しそうに駆け回っているんだけど、
でもそれがとても楽しそう。

僕は、メルヘンのフルーツサンドにコーヒーを
いただき、お目当だった出版されたばかりの本、
「古賀史健がまとめた糸井重里のこと」を買った。

糸井さんといえば、1969年生まれの僕らの
世代にとっては、コピーライターという職業と
ともに知った、時代の寵児のような存在だった。
中学生か高校生だった僕にとって
コピー1行100万円とか1000万円とか言われた
その仕事にまずは驚いたし、
(この本では実際にはそこまではなかったと
言っている)。
さらに、NHKのYOUに、徳川埋蔵金の発掘、
釣りなどでしばしばテレビにも登場し、
まるで遊ぶように仕事をしているその姿を
羨望の眼差しで眺めていた。

そんな糸井さんの名前を再び意識するように
なったのは、ほぼ日手帳の出現だった。
手帳やノートを作る会社で働いた自分にとって、
やっぱりその出現は衝撃的だったし、
素直にすごいなあと思ったけど、
まったく畑違いのところが作った手帳が
大きなヒットを生み出してしまうことに、
それなりに歯がゆい思いをした。

その時に、なんとなく名前だけは知っていた、
ほぼ日のサイトをあらためて読んでみると、
とても面白くてそれからは定期的にチェックする
ようになった。

ちょうどその頃、ポータルサイトとなるのを
目指して、様々な企業が新しい情報サイトを
立ち上げていた頃だったと思うんだけど、
ほぼ日には、それらのサイトとは一線を画す、
人の温もりや、誠実さを感じるようなところが
あって、それが魅力だった。
もちろん今でも、ほぼ日のサイトは定期的に
チェックしていて、最近では、燃え殻さんの
小説をここで知って読んで感動したし、
ついこの前まで連載していた孫泰蔵さんとの対談も
とても共感できることが多くて面白かった。

この本は、そんな糸井さんの少年期から
今に至るまでをライターの古賀史健さんが、
糸井さんの話し言葉のような文体で綴っている。
そういえば、ほぼ日で読むことができる文章は
この話し言葉の文体が多くて、それが読みやすさと
温かさを感じさせてくれて、お昼休みの会社の
パソコンでついつい読み入ってしまう。

この本もまた帰りの電車から家に着いて
お風呂に入るまでの間に一気に読んでしまった。
少年時代からの歴史を語りながら、
その価値観を作るに至った様々な経験を率直に
語ってくれているのが面白い。
そこには、僭越ながらも同じものづくりを生業と
する僕らにとって、金言のようなメッセージが
たくさん詰まっている。

「考えたふり」がいちばんよくないですよ。

ぼくがコピーに求めていたのは「うまい」
じゃなくって、「うれしい」なんです。

手帳もハラマキも、根っこにある動機は
「おれがほしい」ですから。

運命をともにする同士の信頼感、
「沈んだらおしまいなんだ」という緊張感、
だからこそ助け合おうとする心のあり方......

ちょっとだけ引用し羅列させてもらったけど、
これらはすべて僕らもとても共感できるし、
仕事をする上で忘れてはいけないこととして、
心に留めておきたい言葉でもある。

この本では、各章のタイトルが、
ビートルズの曲名になっていて、それがそのまま
その頃の糸井さんの気分を示唆している。
ビートルズ世代の糸井さんだからこその
そんなセンスもまたかっこいいなあと思う。

ほぼ日手帳とは用途も近くて、ともすれば
ライバルみたいな存在として見られることもある
かもしれないけど、糸井さんが見ると、
トラベラーズノートやトラベラーズファクトリーが
どんな風に見えるのか、もしいつかお会いできたら
聞いてみたいな。


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2018年6月 4日

教科書の余白は落書きだらけだった。

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落書きが好きだった。
退屈な授業中は、黒板をノートに書き留めるより
教科書の隅に落書きすることに熱心だった。

偉い人の写真の隣に、その顔を極端に崩した
似顔絵を描いたり、丸や四角をいくつも描いて
塗りつぶしたりしていた。
それらは大人が見たら、こいつは大丈夫なのかと
若干不安になりそうな絵だったかもしれない。
だけど、そこに特別な意味や意図はまったくなく、
ただ落書きをしていると無心になれて、
気分が落ち着くから描いていた。

今思えば、僕にとっての落書きは、
スヌーピーの漫画に出てくるライナスが毛布を
持ち歩くようなものだったと思う。

中学生になってもそのくせは直らず、
むしろ退屈な授業が増えた分、教科書の余白
スペースは落書きだらけになった。
思春期らしく、混沌とした不安に包まれながら
悶々と不器用に毎日を過ごしていたから、
そんな気分を反映してか、落書きの絵もますます
変になっていった。

引き合いに出すのはおこがましいけど、
上手い下手は別にして、キング・クリムゾンの
「クリムゾンキングの宮殿」のジャケットのような、
ダークで怪しい空気が漂っていた落書きだった。

中学時代の僕には、それを見た一部の人たちから、
気持ち悪い絵を授業中にこそこそ描いているやつだ、
という符号が貼られていた。
だけど幸か不幸か、目立つ存在ではなかったから、
それがクラスの話題にあがることもなかった。

音楽サークルに所属していた大学時代のある日、
相変わらず描かれていた落書きを見つけた先輩が、
「その絵いいね」と言いながら、学祭で開催する
ライブの告知ポスターを描いてほしいと言ってくれた。

大学に入り、仲間と音楽をやるようになって
僕はちょっと変わった。
バンド仲間と一緒に演奏したり、人前で歌ったり、
曲を作り上げていくことで、仲間と何かを作ったり、
表現をすることの喜びを知った。
そしてそれは、それまで誰かと心から本気で
何かに取り組んだことがなかった僕の内向きの
性格を変えてくれた。

僕は照れながらも喜んでポスター作りを引き受けた。
その頃はパソコンなんてなかったから、
マジックで絵を描き、タイトルに日程や場所などの
情報もすべて手描きで仕上げた。
すると、先輩は「おー、すごいじゃん」と
言ってくれて、当時は高価だったカラーコピーを
して、会場に何枚も貼った。
なんの価値もないと思いながら退屈な時間を
埋めるように描いていた落書きが、ほんの少しでも
何かの役に立つことができるのを知った時は、
ほんとうに嬉しかった。

それから15年以上たって、同じような経験を
与えてくれたのが、トラベラーズノートだった。
トラベラーズノートを作る時に大事にしたのは、
まず何よりも自分たちがほんとうに欲しくて、
かっこいいと思えるものにしようということだった。

そのために、まず僕らがしたのは、
今まで自分が好きだったこと、感動したことを
見つめ直すことだった。
本棚の本を読み返し、お気に入りのプレイリストを
聴き直し、今までの感動の理由を思い出した。
それは、かつて描いてきた落書きをあらためて
見直すような行為だった。
そして、その感動を仲間と共有しながら、
共通点を見付けて研ぎ澄ましていった。

そんな中でデザイナーのハシモトが、
デザインや絵をちゃんと学んだことがない、
僕の落書きのような絵を認めてくれて、
プロダクトに落とし込んでくれた時は、
ポスターを描いてと言われた時以上に嬉しかった。

だって、冴えない中学時代の授業中に
誰にも見られることがない落書きを、
ひとり悶々としながら描いていたことにも
ちゃんと意味があって、将来の仕事に
繋ながっていることを証明できたのだ。
なんだか、中学生の自分が、その時の自分に
最高のプレゼントを届けてくれたような気分だった。

トラベラーズノートは、そうやってそれまでの
自分たちの仕事のやり方を変えてくれた。

今でも、退屈な会議や研修などに出ていると、
つい配られる資料の余白に落書きをしてしまう
ことがある。
必要があって誰かにその資料を誰かに見せる時に、
はっと気づいて焦ってしまうくらいなので、
けっこう無意識でそれをやってしまう。

毎週ここにアップしているトラベラーズノートに
描いている絵だって、落書きみたいなものだ。
だけど、中学生の時と同じように、絵を描いている
と気分が落ち着いて、漠然とした不安やイライラ
した気持ちを忘れさせてくれる。

未だに心が落ち着くことがない僕は、
49歳になってもライナスの毛布を手放すことが
できないでいる。
だけど無理してそれを手放す必要もないとも
思っている。
だって、何年かしたら、将来の自分への最高の
プレゼントになるかもしれないしね。

きっとトラベラーズノートに誰のためともなく
何かを描いている人はたくさんいると思うけど、
やっぱり続けていくことには、意味があると
思います。


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2018年5月28日

ジュークボックスで音楽を聴いてみたい

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もう30年以上昔のこと。
大学生になってバンド組んだばかりの僕らは、
まず最初にどんな曲を演るのか決めかねていた。
パンクロック好きに、ヘビメタ好き、さらに
サザンオールスターズが一番好きなんて言う
メンバーまでいて、そもそも音楽的趣味が
あまり一致してないし、さらにみんなたいした
技量も持ち合わせていない。

学校のベンチでタバコをふかしながら、
ダラダラとくだらない話をして、無駄な時間を
過ごしていた。
誰ともなくそろそろ帰ろうかと言い出すと、
サザン好きのベース担当が途中まで車に乗せていく
と、誘ってくれた。
彼の実家は、中古車販売をしていることもあり、
仲間内で唯一自分の車を持っていた。
ただ、学生は軽自動車で十分だ、という彼の父親の
こだわりで、車は真っ赤なダイハツのミラだった。
ジャンケンで負けると、ただでさえ窮屈な後部座席で
楽器に挟まれながら座らなければならなかった。

駐車場を抜け坂道になると、人と荷物を詰め込んだ
非力な車は、アクセルを全開で踏んでも情けない音を
立てるだけで、スピードはどんどん落ちていった。
すると運転手は、よくあることのように窓を開けると
エアコンのスイッチを切って、すべてのパワーを
タイヤの回転に集中させた。

僕らが通っていた大学は京王線沿いの八王子にあり
僕ともう一人は東京の東側に住んでいたから、
車は特急が止まる聖蹟桜ケ丘駅まで向かってくれた。
駅に着くと、お茶でも飲んでいこうと、駅ビルに
立ち寄った。

コーヒーを飲んでいると、その一角にビデオ付きの
ジュークボックスがあるのを見つけた。
一度は衰退したジュークボックスだったけど、
MTVの影響でミュージックビデオが流行るのに
あわせて、レーザーディスクが内蔵されたものが
当時はけっこう出回っていた。

それまでそういったものにお金を払って聴く
なんてことはなかったけれど、はじめて組んだ
バンドのメンバーと一緒だったということもあり、
なんとく聴いてみることにした。
深夜テレビで見慣れていたヒット曲ではなく、
MTVがない時代の古い曲を探して、
ビートルズの「Come Together」を選ぶと
100円玉を入れた。

ゆったりと重々しく流れるその曲をみんなで
聴きながら、これだと思った。
装飾を削ぎ落としたシンプルでスローなその曲は、
初心者に近い僕らにも演奏できそうな気がした。
今思えば、こういったシンプルな曲の方が
聴かせる演奏するのはより一層難しいんだけど、
下手な人たちが練習として音を出してみるには、
悪くない選択だったかもしれない。
ともかく、ジュークボックスから流れた
「Come Together」が僕らの背中を押して、
最初の一歩を踏み出させてくれた。

ボーカルは、カセットテープで何度も聴きながら、
「ヒアカモーフラッタヒーカム...」といった風に
カタカナでノートに書いて覚えた。
ジョン・レノンの言葉は、比較的聞き取りやすかった
けれど、意味はまったく分かっていなかった。
ちなみに、今ではインターネットで簡単に歌詞を
検索できるけど、それを読んでも意味はさっぱり
理解できない。

ギターは、それっぽい音を出すのにそれほど苦労を
しなかったけど、ベースはちょっと時間がかかった。

それからバンドの練習を終えると帰りに
聖蹟桜ケ丘駅に立ち寄って、ジュークボックスで
「Come Together」を聴いたり、ジミヘンの
「Purple Haze」を聴きながら、歯でギターを弾く
シーンを面白がって見ていた。

これが僕のジュークボックスの数少ない体験だけど、
最近、映画でジュークボックスが出てくるのを見て、
機械の中に収納された、例えばスプリームスや
ロネッツにビーチ・ボーイズなどのレコード盤が
繰り出されて鳴るような、昔のジュークボックスの
音を聴いてみたいと思った。

例えばアメリカの古い映画では、
男がジュークボックスにコインを入れて音楽が
流れると、シーンのトーンが変わり、盛り上がったり
しんみりしたりすることがよくある。

ジュークボックスにコインがあれば誰でも
その瞬間、場の空気を変えるDJになることができる。
その時に一緒にいる誰かとの距離をぐっと縮めたり、
喜びを共有したりできるし、ひとり旅の時だったら、
孤独な時間を癒してくれるかもしれない。
ジュークボックスは、音楽の魔法を生み出す素敵な
道具だ。

今では音楽はただみたいになっているけど
そんな幸せな3分を過ごすためだったら100円だって
高くないし、レコードブームとあわせて再熱したり
しないかな。
っていうか、トラベラーズファクトリーに
ジュークボックスがあったら素敵だな。


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2018年5月21日

僕が9歳になった日、成田空港が開港した

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トラベラーズファクトリーエアポートからの情報
によると、成田空港が40周年を迎えたとのこと。
あわせて、その記念日、つまり開港日が自分の
誕生日と同じだということもはじめて知った。
もちろん誕生日は一緒でも年は違っていて、
生まれは僕の方が早い。
成田空港は1978年、僕の9歳の誕生日に開港した。

1978年と言えば、日本ではピンクレディーが
絶頂を極め、キャンディーズが解散。
サザンオールスターズが「勝手にシンドバッド」で
デビュー。他に松山千春「季節の中で」や、
庄野真代「飛んでイスタンブール」などがヒット。
はじまったばかりのテレビ番組「ザ・ベストテン」
を見ていたから、それらの曲は今も頭の中で
再現できる。
ちなみにイギリスではセックス・ピストルズが解散、
クラッシュはセカンドアルバムアルバムをリリース。
まさにパンクの時代だった。
でも、僕がそれらを聴くようになるのは
もうちょっと先のこと。

そんな中で、成田国際空港ができたことは
テレビのニュースなどで見ているはずだけど、
その頃は周りに海外に行ったことがある人は
もちろん、飛行機に乗ったことがある人も
いなかったし、あまり印象に残ってはいない。
9歳の少年にとっては、遠い異国よりも
半径100メートルの世界がすべてだった。
それからはじめて成田空港に行ったのは、
13年後のこと。
インドへ旅立ち、世界の広さを知った。

成田空港が40周年、僕は自身はあと1年で50周年。
正直に言えばそんな実感はまったくないし、
そもそも20歳の頃から価値観や趣味もそれほど
変わっていない。
歳をとった分、新しいことを覚えたり、
経験を重ねることでうまくできるようになった
こともそれなりあるけど、
になったことがない訳ではないけど、
今でも力不足に気づいて落ち込んだり、
うまくいかずに悩むことはたくさんある。
もっと強く広い心を持ちたいし、
もっと優しく温かい存在になりたいと思いながら
絶望感に襲われることもたくさんある。
そんな時に心を奮い立たせるために聴く音楽だって
20歳の頃とそれほど変わっていない。

先日、写真家のハービー山口さんとお会いする
機会があり、面白いお話を聴くことができた。

ハービーさんは、1973年にロンドンに渡り
10年間過ごしている。
そこで、パンクムーブメントに遭遇し、
セックス・ピストルズにクラッシュなど、
ミュージシャンたちの写真を多く撮影した。
ハービーさんが撮影した、クラッシュの
ジョー・ストラマーの写真についての有名な
エピソードがある。

ハービーさんは、ロンドンの地下鉄で、
当時人気の絶頂だったジョー・ストラマーを
偶然見つけると、プライベートな時間なので
撮影は控えようと思いながらも、
こんなチャンスはないからと思い切って
話しかけて、撮影をしていいかと尋ねた。
すると、彼は快諾し、何枚か撮影した後に、
「撮りたいものはすべて撮るんだ。それがパンクだ」
と言って去っていった。
ハービーさんはこの言葉に勇気付けられて、
カメラマンとして成功することに大きな影響を
与えたという。

ハービーさんが、その後このエピソードをラジオで
話した時のことを教えてくれた。

この話をラジオで聞いて感動した50歳の
トラックドライバーが、メールを送ってきた。

「昔カメラマンになりたくて、海外へも旅をして
撮影してきたけど、結婚して家族を養うために
トラックドライバーになりました。
お話を聞いて、また写真を撮ってみたくなりました。
50歳でも遅くないでしょうか」

ハービーさんは、そのメールにこう答えたとのこと。

「遅いなんてことは絶対ない。
写真を撮るのに、年齢は関係ないです。
だけど、トラックを降りる必要はありません。
トラックの運手席から見える風景を撮ってください。
それこそ、何十年もトラックを運転してきたあなた
にしか撮れない写真になるはずです」

とても勇気が溢れてくる言葉だ。
20歳の頃から何も成長していないと思いながらも、
今までしてきた経験、感動、出会った人達、
音楽、本、風景、目にしたり触れたりしたもの
すべてを、これからの未来への糧にすることが
できるのだ。
意味のないことや無駄なことなんて、何もない。
それにトラベラーズノートを手にしてから
僕は少しかもしれないけど、変わった。
あれから糧となる出会いや経験が加速した。

ジョー・ストラマーは50歳でこの世を去った。
あと1年、まずは彼の年齢を超えるまで
がんばってみようと思う。


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2018年5月14日

はじまりのうた

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ジョン・カーニー監督の映画「はじまりのうた」の
ワンシーン。

失意の中にいた無名の若い女性ミュージシャン、
グレタと、今は落ちぶれてしまったかつての
名プロデューサー、ダン。
ふとしたきっかけで二人が出会い、ともに音楽を
作っていくことになる。
最初はダンのことを信用していなかったグレタも、
彼の音楽に対する熱い想いと真剣さを知るうちに、
心を開き、ともに音楽を作ることでお互いに
人生を取り戻していく......。

そんなある日、ダンの車の中で
イヤフォンを二股に分けるジャックを見つけて、
それぞれのプレイリストを一緒に聴こうと提案する。
音楽が好きな二人にとって、それは昔の苦い思い出や
かつての夢や憧れがつまった恥ずかしいけど大切に
している自分の心の内側をさらけだし共有する行為
だった。

二人はイヤフォンを付けて同じ音楽を聴きながら
華やかな夜のニューヨークを共に歩く。

最初の曲は、シナトラの「Luck Be A Lady」。
この曲をバックにブロードウェーを歩くと、
華やかな劇場に、観光用の馬車もみんな自分たちを
祝福し歓迎してくれるような気分になる。

続いて、スティービー・ワンダーの初期の名曲
「For Once In My Life」が流れる。

「たった一度だけ、私は人生のなかで私を求め、
私が求めていた人に出会う

たった一度だけ、心に描いていた夢がかなう。
あなたみたいなやさしい人が私の夢を叶えてくれる」

二人は歌ったり、踊ったりしながら夜の街を歩く。
そして、暗い公園のベンチに座ると、グレタは、
ちょっと古くてベタだけど好きな曲なの、
と言いながら、映画「カサブランカ」の挿入歌として
有名な「As Time Goes By」をかける。

すると、聴きながらダンはこう言う。

「音楽の魔法だ。
ありふれた風景が急に意味を持つんだ。
どうでもいいような平凡だと思っていたものが
音楽によって、美しく輝く真珠になる」

音楽が好きな人はもちろん、
それほど音楽を意識して生活していなくたって、
きっと心が打たれる素敵なシーンだ。

生きていくことは、退屈な日常の繰り返しだし、
思い通りにいかないさまざまなトラブルや悩みに
満ち溢れている。
だけど、そんな中にささやかな喜びや美しさを
見つけ出し、それを誰かと共有することで
生きていく希望を見つける。
音楽は、一見平凡で見逃してしまいそうな風景や
光を失い暗く閉ざした失意の心に、光を当てて、
真珠のような輝きを与えてくれるスポットライトの
ような存在になる。

そうやって考えてみると、音楽だけでなく、
映画や本、それに旅だってそうだ。
僕らの平凡な日常にスポットライトをあてて、
太陽みたいに輝く瞬間があることを教えてくれる。

旅先では、場末の裏路地にある流行らない食堂が、
なんとも言えない光を放ち、旅人に素晴らしい体験を
与えてくれることがよくある。

そして、それは日常の生活でも同じだ。
トラベラーズノートもまたそんなスポットライトの
ような存在でありたい。

このノートを手にすれば、いつもは捨ててしまう
レシートやチケットの半券などのなんの価値もない
紙切れが光を放ち、かけがえない宝物になる。
ノートに日記のように記すことで、いつもの定食屋の
日替わり定食や、帰宅途中に気まぐれで立ち寄った
喫茶店のコーヒーが、まるで旅先で偶然めぐり合った
名物料理みたいに光を放つ。
いつも通勤で使っている電車の車両に、
自分の車や自転車をノートにスケッチするだけで、
それは人生の旅の移動手段になる。
ノートに記したら、誰かに見せて共有しよう。
平凡でさえないと思っていた風景やモノたちが
光を放ち輝く姿を見出して、共有する。

素敵な音楽を聴くこと、心に響く映画を見ること、
本を読むこと、旅に出ること、そして、
トラベラーズノートに何かを書き留めること。
それらは全部、自分の生活に光を当ててくれる
スポットライトの光源を探し求めていく行為だ。

僕らにはもっと光が必要だから、
トラベラーズノートを手にして、音楽を聴き、
映画を見て、本を読み、旅に出ることを続ける。
そうしたら、こんな自分にだって、
いつか輝く瞬間があるってことに気付くことが
できるかもしれないな。


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2018年5月 7日

旅と自転車と

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朝からずっと自転車に乗り続けているせいで、
ペダルを漕ぐのがかなりきつくなってきた。
後ろから、派手なウェアに身を包んだ完全装備の
サイクリストたちが、列を組んで颯爽とやってきて
追い越していく。
この道は、風光明媚なサイクリングロードとして
多くの人に知られている。

僕はジーパンにTシャツという格好で、
背中には重いリュックを背負って走っている。
きっと彼らから見たら、素人風情の自転車乗り
だろうから、追い越されていくのも気にせず、
相変わらずのんびりペダルを踏み続けた。
だけど、ジーパンに自転車はよくないな。
汗がじんわりとにじんでくると、肌に密着し
足はさらに重くなった。

道の脇にベンチを見つけると、自転車を止めて、
タバコに火をつけた。
突き刺すような強い日差しが照りつけるけれど、
残念ながら日陰になるようなものはない。
ペットボトルにわずかに残っていた水を飲み干した。

僕は今、どこにいてどこへ向かっているんだろうか。
グーグルマップを見れば、どこにいるのかは
すぐに分かるし、入力済みの目的地に向かって道順も
示されている。
だけど、ほんとうにそこに行かなくてはならない
のだろうか。

「どこに向かうのか知らないのなら、
どの道を行っても同じこと」

山田稔明さんが歌うインディアンの言葉が
ふと頭に浮かんだ。
立ち上がって自転車に乗ると、グーグルマップが
指し示す方角を無視して、横道にそれた。

道の両側には、水田が広がっている。
この辺りでは、ちょうど田植えのシーズンのようで、
半分くらいの田んぼには、苗が植えられ、残りは
水が張られている。
そういえば、青森にあるかつての取引先の会社では
田植え休暇といものがあって驚いたけど、
今でもあるのだろうか。
水田に太陽の光が反射してキラキラと光っている
のを眺めていると、僕の心は少しだけ晴れやかに
なった。

グーグルマップは、道を外して走っていても
すぐに軌道修正をして進むべき方角を示してくれる。
僕はその方角に従い、県道から名もない農道に進んだ。
誰もいない穴ぼこだらけの道を走りながら、
サイクリングロードを走っている時にはなかった
不思議な高揚感に包まれた。

廃屋のような納屋、不思議な形をした水門、
豪奢な古民家などを発見する度に自転車を止めて、
眺めながら、ゆっくり進んだ。
コンビニではなく、今ではちょっと珍しい萬屋を
見つけると、冷たいジュースを飲んで休憩した。

自転車とかバイクは、最も便利で快適な旅の手段
とは言えないけど、存分に旅を感じさせてくれる。
その姿が、かつての遊牧民や開拓者たちによる
馬やラクダでの旅を思い起こさせるてくれるのか、
一人で孤独を味わう乗り物であるからか、
旅のロマンを思い出させ、旅の醍醐味である
ここではないどこかへ移動する気分を掻き立てて
くれる。
自転車やバイクでの旅は、ただ移動することが
旅の目的になり得る。

「どこに向かうのか知らないのなら、
どの道を行っても同じこと」

このインディアンの言葉は、だからこそ目的地を
知ることが大事だともとれるけど、僕はあえて、
こう続くような意味と受け取りたいと思った。

「だから目的地はなくてもいいから
悩んでいないで、とにかく旅に出よう」

夜、グーグルマップに目的地として登録していた
小さなビジネスホテルに着いた。
みうらじゅんが、飛行機のビジネスクラスは
嬉しいのに、ビジネスホテルはちっとも嬉しくない
なんて言っていたけど、辿り着いたホテルは、
ゴールデンウィークなのに唯一前日に予約できた
安いだけが取り柄のホテルで、
ビジネスホテルというより、LCCの
エコノミーホテルと言う方がしっくりきた。

だけど、そんなホテルの無機質で味気ない部屋で
一人で本を読んだり、ノートに何かを書いたり
しながら、ゆっくり過ごすのは嫌いではない。

ギターのギブソンが経営破綻したみたいだけど、
ロック好きにとっては憧れのブランドだし、
なんとか再建してほしいな、なんてことを
考えながらトラベラーズノート に描いていたら、
すっかり夜も深まってしまった。

さて、明日はどうやって帰ろうかな。


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2018年5月 1日

読みかけの本を持って、銭湯に行こう

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月に一度か二度ほど通っていた
近所の公営の健康センターのような施設が
建物の老朽化を理由に営業をやめてしまったので、
最近は代わりに近所の銭湯を巡っている。

住んでいるのが東京の下町ということもあって、
自宅から半径2〜3キロまで広げて探すと、
けっこうな数の銭湯が今でも残っている。
しかも最近は、露天風呂があったり、
温泉だったり、大きなサウナがあったり、
工夫を凝らしている銭湯もたくさんあって楽しい。

銭湯に行く時は、いつも読みかけの本を
一冊持って行く。
サウナがついていれば、しばらくサウナに入り、
火照った体を冷ますのに、脱衣所の椅子に座って
本を読む。そして体が冷えてくると、またサウナに
入り、本を読む。なぜか裸で読むとページが進む。
そんな感じで時間を忘れて、いつも2時間ほど
銭湯で過ごしてしまう。

日曜日、ちょっとした用があって出かけた帰り道、
まだ明るい時間だったけど通りがかりで良さそうな
銭湯を見つけたので立ち寄ってみた。

露天風呂もサウナもついていないけど
門構えが時代を感じさせる昔ながらの銭湯だ。
まだ明るいからか、あまり混んでいない。
子供も若者もいなくて、平均年齢はきっと60歳以上。
その分ゆっくり入れるのがいい。
高温風呂と書かれた札が掲げられている湯は、
最近ではちょっと珍しい、突き刺すような熱さだ。
体を膠着させながらゆっくり湯に浸かり、しばらく
我慢。いよいよ耐えきれなくなって湯を出ると、
体がまだら状に赤くなった。

脱衣所の脇には、鯉が泳ぐ小さな池がある。
池を前にした軒先には椅子が置かれていたので、
僕は火照った体を冷やすように裸で座って
本を読んだ。

本は、読みかけだったジョージ・オーウェルの
小説「一九八四年」。
舞台は徹底的に管理された未来社会。
主人公は、政府に都合が良いように過去の歴史を
改ざんするという仕事をしながらも、体制に対し
疑問を持ちはじめている。
あらゆる行動が監視されている中で、
主人公は古道具屋で手に入れたノートに密かに
日記を書くようになる。
未来国家では、自分の考えを記すのはもちろん、
ノートを持つことすら極刑に値する行為として
禁止されている。
さらに、足を踏み入れることが許されない、
旧体制の頃の佇まいが残る古道具屋の二階に入り、
他で味わったことがない安らぎを感じる......。

古い銭湯の軒先、縁の下で裸で椅子に座り、
柔らかい春の風を浴びながら、ゆっくり一人で
本を読むことができる幸せを存分に感じながら、
僕はページをめくった。

小説の中では、身の破滅につながることが
分かっていながら主人公が古道具屋の二階で、
若い同僚の女性と禁じられた愛を育んでいた。
僕は、平均年齢60歳以上の裸の男たちに囲まれた
銭湯の脱衣所でひとりそのシーンを読みながら、
ちょっとだけ嫉妬した。
そして本を置いて、また高温風呂に浸かると、
少し冷えた体はすぐにまた熱くなった。

銭湯を出る頃にはすっかり外は暗くなっていた。
僕はタバコを1本吸うと、自転車に乗って、
家へ向かった。
風呂上がりに夜の涼しい風を体で受けながら、
自転車を走らせるのもまた気持ちいいんだな。


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2018年4月23日

いざ、Kamakura!

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今、鎌倉に向かう電車のなかでこのブログを
書いている。

東京の東側で育ち今も住んでいる僕にとって
鎌倉はちょっとした旅気分を感じることができる
場所だった。
例えば、学生時代に女の子との2回目か3回目の
デートで一気の親密度を高めようと誘ったり、
子供が小さい時には、どこか遠くに連れて行って
と言われた時に行くような、そんな場所だった。

前に鎌倉に行ったのはいつだろう。
2年前、トラベラーズタイムズの取材のために
ko'da style のこうださんを訪ねて葉山に行った
帰りに鎌倉に寄ったのが最後かもしれない。
その時だって、駅前でコーヒーを飲んだくらいで
街を歩いたわけではないから、行ったとは言えない
かもしれない。

そんなわけで、久しぶりの鎌倉にちょっと
わくわくしている。
横浜まで向かう京急は、シートが進行方向に
向かって座るクロスシートになっていて、
そんなことも旅気分を盛り上げてくれる。

鎌倉に行くのは、オズマガジンさんの
「よりみちノート」の鎌倉・湘南バージョンが
発売されたのを記念して鎌倉の雑貨屋 molnさんで
行われているイベントにお声がけいただいたため。

「よりみちノート」についてこちらに詳しく
書いてあるので繰り返さないけど、このノートを
きっかけにオズマガジンさんとお付き合いが
始まったのがなによりも嬉しい。
雑誌とノート、ということで作ってきたものは
全く違うのに話すほどにお互いの向かっている方向
や価値観が似ていることに気づくいて楽しい。

少し早めに鎌倉に着き、よりみちをしてから
イベント会場へ向かうことにする。
どこに行こうかと考えて最初に思いついたのは
大仏を見に行こうということだった。
鎌倉駅から歩いて20分。久しぶりに見た大仏は
やっぱり大きかった。
お守りなどが売っている売店を眺めていたら、
トラベラーズノートのチャームにちょうど良さそうな
キーホルダーを見つけたので購入する。

さて次はどこへ行こうかと、よりみちノートを開くと、
近くにセレクトショップやカフェが載っていたので
それらを訪問して、しばらくよりみちを楽しむ。
どこもきっと「よりみちノート」がなければ、
気付かなかった場所だったと思うし、
「よりみちノート」を手にお店に入ることで、
それをきっかけにお店の方と話しがはじまったり、
その楽しさにあらためて気付かされた。
そんなわけで、よりみちをたっぷり楽しんでから
イベント会場のmolnさんへ向かった。

途中からは帰りの電車で書いているんだけど、
夜の鎌倉は、昼間の喧騒からすると嘘みたいに
静かだ。家に向かう電車もガラガラで、
ボックスシートを独占しながらゆっくり
書くことができる。

イベントの前半は、オズマガジンの古川さんと
「notebook song」の山田稔明さん、そして、
僕と3人でお話をして、後半は山田さんのライブと
いう2部構成で行われた。
よりみちノートが生まれた経緯やトラベラーズと
山田さんとのつながりから、よりみちとか、書くこと
の意義などの話をそれぞれ話ながら、楽しい時間を
過ごすことができた。
山田さんは音楽、古川さんは雑誌、そして僕らは
ノートを起点にしながら、つながり同じ仲間として
参加させていただけるのが何より嬉しい。

山田さんのライブも良かったなあ。
今回は会場が鎌倉のmolnさんということで、
鎌倉にちなんだ曲も聴けたりして、トラベラーズ
ファクトリーで聴く山田さんのライブはまた違った
楽しいライブだった。

さらに打ち上げは、山田さんや古川さんをはじめ、
molnの店主、佐々木さんに五十嵐さん
さらにオズマガジンスタッフに、トラベラーズも
加わり楽しい会になった。

今まであんまり縁がなかった鎌倉だけど、
今回のイベントをきっかけにぐっと身近になって
馴染みの場所ができたみたいな気分だ。
日曜日の夜の人がまばらな電車に一人乗りながら、
なんだかとても嬉しい気持ちに浸っている。
また、よりみちノートとトラベラーズノートを
持って遊びに行きたいな。


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2018年4月16日

名入れ職人栗山さん

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トラベラーズノートのオーダー名入れで
いつもお世話になっている栗山さんに
トラベラーズファクトリーに来ていただき、
名入れ実演のイベントを行った。

栗山さんの名入れは、活版印刷のように
活字を組み合わせ、昔ながらの手押しの箔押し機で
名入れをしている。
レーザー名入れより、手間や技術が必要だけど、
しっかりと深く文字が刻印され、独特の味がある
のが特徴。
栗山さんは、この名入れの仕事を35年以上に
渡って続けている。

普段は申し込みから3週間くらいかかる名入れが
イベントではその日に持ち帰ることができて、
さらに栗山さんが活字の文字を組むところから
名入れをするまでを間近で見ることができる。
自分で考えて組み合わせた文字やマークが、
綺麗に押されたトラベラーズノートを手にすると
皆さん笑顔で「大事に使います」と言ってくれて、
その場にいる僕らも幸せな気持ちになった。
イベントの2日間では、そんな笑顔をたくさん
見ることができた。

実は、70歳を過ぎて仕事をセーブしている中で、
栗山さんには今回のイベントは無理を言って
お願いして、実現することができた。
イベント後の打ち上げでは栗山さんからも
楽しかったという声を聞くことができて、
僕らもいいイベントになって嬉しかった。

栗山さんは、多彩な趣味人でもあり、
独学で絵を描いたりしている。
鉛筆で仏像や人物が細密に描かれたその絵は、
素人離れした素晴らしいもので、イベント期間中は、
それらの絵をお借りして会場に並べさせてもらった。

栗山さんは、仕事に誇りと自信を持ちながらも
決して尊大にならず、年齢が離れた僕たちとも
気さくに話をしてくれるし、お客様に喜んでもらい
たいという気持ちに溢れている。
だけど、自分がやりたいと思う仕事しかやらない。
自分のペースを守りながらも、引き受けた仕事は
期待以上にやり遂げる。

70歳を過ぎても、仕事をしながら
絵を描くことから、ランニングをしたり、
俳句を書いたり、好きなことに没頭する時間を
持っている。
独学で学んだという絵は、とても素晴らしいのに、
美大を出ているハシモトに、基礎を教えて欲しいと
言って、謙遜しながら学びたいという気持ちを
伝えてくれる。

最近、仕事の合間に公園に行って、
子供向けの遊具で運動をしているんだと、
iPhoneで撮った動画を見せてくれた。
「けっこう難しいんだよ。この歳になったら
ジムなんていかなくても、公園で十分なんだ」
と言いながら公園のアスレチックに本気で
挑んでいる姿を見ると、失礼だけどなんだか
少年のようで素敵だなと思った。

栗山さんは散歩が好きで、東京中の街や公園を
歩き回っている。トラベラーズノートの画用紙
リフィルをプレゼントしたら、これで散歩の途中に
スケッチしてみると言ってくれた。

イベント中は、たくさんの女性が手土産を持って
会いにきて、栗山さんと楽しそうに話していた。
70歳過ぎてもモテモテだ。
明るくてお話し好きで、人懐っこく茶目っ気もあり、
おしゃれでダンディー、女性もお酒も大好き。

仕事も趣味も人付き合いもマイペース。
長い人生経験を経て、お金をかけなくても
自分で楽しみを作り出す方法をたくさん知っている。

僕はもうすぐ49歳を迎えるけど、
歳をとったら、あんな風になりたいな。

栗山さんが心をこめて名入れをしてくれる、
トラベラーズノートのオーダー名入れは、
トラベラーズファクトリー オンラインショップ
はじめ、中目黒やステーション店頭でも随時
受け付けてします。ぜひ。


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(株)デザインフィルでトラベラーズノートの企画を担当している飯島です。