学生時代、ブルーハーツのライブをテレビで
放映した時のこと。
ボーカルのヒロトは、素肌にはいている
ジーパンのジッパーをぎりぎりまで下ろしたり、
上半身裸で顔を歪めて舌を出しながら痙攣したり、
ジャンプしたりして叫ぶように歌っていました。
バンド仲間のKは、そんなライブの映像を
たまたま居合わせた父親と一緒に見ていたようで、
まったくこいつらはろくなもんじゃないぞ、という
話を聞かされながらの鑑賞となったようです。
ロックに興味がない大人にとって、
それは当たり前の反応だったのかもしれません。
そんな中で、父親が陶芸家の友人がいて、
一緒にテレビを見ていたら、その父親が
「こいつらはほんとうの悲しみを知っていて
それを表現している」と言ったそうです。
このバンドの曲もその放送で初めて聴き、
特別ロックが好きな人ではありません。
その対照的なコメントを聞いて、やはり芸術家は
ものの本質をきちんと見抜く力があるのだなあと
感心したのを覚えています。
人が作り出した美しいものに出会って感動する時、
同時にそこから悲しみを感じることがあります。
それは、美しいものは切なくて儚いもので、
弱さや醜さをひっくるめた本当の自分をさらけ出す
ことで生まれてくるものだからなのでしょう。
それ故に、美しいものは誤解されやすいのかも
しれません。
年末年始の休みによく聴いていたのが
ソフトロックと呼ばれるジャンルの音楽。
90年代始め、日本では渋谷系と呼ばれる
ロックに多大な影響を与えたということで
ちょっとしたブームになりましたが、当時は、
甘く軽い聴き心地が安っぽく感じてそれほど
惹かれませんでした。
しかし、歳をとるにつれて、
ロジャー・ニコルズ、ゾンビーズなどの音楽の
美しさの裏にある悲しみが理解できるように
なったような気がします。
そんな中で、
最近何度もリピートして聴いているのが、
The MILLENNIUMのBEGIN。
光が揺れ動くなかの一瞬のきらめきを捉えた
ような美しさは、切なくて儚く、そして、
それ故に悲しみと感動を感じさせてくれます。