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手紙の達人コラム

手紙の達人コラム 坂本龍馬の恋文に学ぶ

今年はNHK大河ドラマ『龍馬伝』の影響もあり、坂本龍馬が脚光を浴びていますね。
坂本龍馬は、わずか33年の短い人生の中で、確認されているだけで130通以上、中には3メートルにも及ぶ長文の手紙を残していたとされます。
手紙が唯一の通信手段だった時代とはいえ、筆まめだったことは間違いないでしょう。

龍馬の手紙はひらがなやカタカナを多用し、土佐弁による話し言葉で、読み手に語りかけるように、またときに自分自身に言い聞かせるように書かれています。
中でも、姉の乙女さんには、身のまわりの出来事を実におおらかに書き綴っています。

たとえば、
「勝(海舟)大先生のような大人物に認められて『どんなもんだ』と少し『エヘン顔』になっています
が、まわりにはバレないようにしています。」
「去年、舟を買い入れる際、七千八百両の支払いができず、ヒイヒイ困っておったとき、薩摩藩の小松
帯刀という人が出してくれました。また先日は一万五千両が必要なのに、私の手持ち金がなく大変困って心を砕いておったところ、思いがけずに後藤象二郎という人が出してくれました。」

など、その正直さといったら、「こんなこと書いて大丈夫なの?」と心配になるほど。それだけ乙女さんに心を許していたのでしょうし、身辺が緊迫していく中、フラストレーションのはけ口を手紙の相手に求めていたのかもしれません。

また、同じく乙女さんに、妻のお龍さんのことを「まことにおもしろき女」と評して紹介する一方で、お龍さんには「諸般の事情でなかなか会えないけれど、待っていてほしい」と言い訳とも思えるラブレターを送っていたりもします。

老若男女を問わず、今も多くのファンを惹き付けてやまない坂本龍馬。
心の中の想いを飾り気のない言葉で表現する自己発信力に長けていたからこそ、時代を揺り動かすことができたのかもしれません。

参考文献/『龍馬からの手紙 ~日本を今一度、洗濯いたし申し候』齋藤孝著(小学館刊)

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