2019年9月17日

台風と、トラベラーズ米 稲刈り編

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台風15号の翌日、僕は運が良かったのか
電車の遅れもそれほどなく、定時を10分ほど
遅れた程度で会社に着いた。
でも他の人たちはけっこう大変だったようで、
路線を変えながら、人で溢れた電車をなんとか
乗り継いできたり、長い距離を歩いたりで、
汗をたっぷりかいて疲れ切った様子で、
やっと会社に着いたという人がほとんどだった。

それよりも今回の台風で一番影響を受けたのが、
成田空港にあるトラベラーズファクトリー
エアポートだった。
その日は、車で通うスタッフ一人だけがやっとの
思いで空港までに行きオープンはできたけど、
他のスタッフは誰も行くことができず、
結局途中でクローズせざるを得なかった。
その後も運送状況が不安定のため、工場から
車で直接商品を届けたり、自宅の停電が続く
スタッフがいたり、いろいろ大変な状況で
トラベラーズノート 2020ダイアリーの発売を
なんとか迎えることができた。

そんな中ではあるけれど、週末、
台風の被災地でもある、千葉県鴨川へ向かった。
鴨川にはトラベラーズ米の田んぼがあり、
もともとこの週末に、稲刈りを予定していた。
もちろん、こんな状況で稲刈りができるかどうか
分からなかったけれど、とにかく状況を確認して
みたかったし、自分たちに何かできることが
あればしてみたいという気持ちもあった。

最寄りのインターチェンジから高速道路を
降りると、停電のため信号は点灯していない。
恐る恐る車を進めると、なぎ倒された看板に、
屋根にブルーシートがかけられた家もたくさん
あった。道を進むごとに、大きな木が倒れて
いたり、復旧工事が進んでいたりするのを見て、
その被害の大きさを実感した。

トラベラーズ米の棚田がある鴨川ヒルズに
なんとか辿り着くと、幸運にも建物はほとんど
被害がなく、僕らも安堵した。
ただ、台風以来ずっと停電が続いているようで、
そのためか携帯電話もまったく繋がらなかった。

さっそく田んぼを見てみると、
台風の影響で、ほとんどの稲が地面に倒れ、
土は田植えの時のように濡れて泥になっていた。
だけど、倒れた稲を手にとってみると、
黄金色に輝く美しい穂が実り、中にはしっかり
包み込むようにお米を含んでいた。
これが美味しいご飯になるんだなあ。
あれだけ苦労して抜いたのに雑草が生い茂って
いたせいか、その数は決して多くはないし、
豊作とは言えないけれど、それでも僕らは
大喜びだった。

稲刈りといっても、その工程はたくさんあった。
まずはワラをねじり、刈った稲を束ねるための
縄を作っていく。1方向にねじった2組のワラを
逆方向にねじると、縄ができる。
最初はなかなか思い通りにできないけれど、
コツを掴むと、しっかりとねじれてほつれない
縄ができるようなる。美しいねじれが見える
縄ができると嬉しくて、みんなで黙々と縄作り
に励んだ。

続いて稲刈りだ。トラベラーズ米は無農薬で
昔ながらの方法での米作りだから、稲は鎌を
使い手作業で刈っていく。
手作業だから、倒れた稲も問題なく刈ることが
できる。
だけど、大雨で泥にまみれた田んぼでの稲刈りに
かなりの体力を消耗した。半分ほど終えたところ
で、お昼休憩。

昼食はなんと、流しそうめん。
棚田を見下ろすバルコニーで、半分に割った
竹をテーブルの上から床に置いたバケツに傾斜を
つけて設置し、上からポリタンクの水を少しずつ
流した。
ガスコンロでさっと茹でた麺を落としていくと
見事に竹をつたって流れていった。
鴨川ヒルズのオーナーたちはアウトドアで
遊ぶことの達人だ。
冷蔵庫は使えないから、氷で冷やしたビールを
飲みながら、流しそうめんを楽しんだ。

そして再び稲刈り。汗をいっぱいかいて、
泥だらけになりながら稲を刈っていった。
刈った稲は、最初に作った縄で結んで束ねる。
そして、竹を組んで稲架を作り、そこに
束ねた稲を吊るして、今日の仕事は終了。
こうやって何日か天日で干すことでお米の甘み
が増していくそうだ。

稲刈りも無事終わり、鴨川ヒルズを出て
帰路につくと、来る時には機能していなかった
信号機が光を灯していた。

帰りに木更津と川崎を結ぶアクアラインの
途中にあるサービスエリアに立ち寄った。
東京湾の真ん中にある人工の島のてっぺんでは、
赤い夕日が沈む海に向かって飛行機が飛んでいた。
みんなでひと仕事を終えた充実感と
美しい黄昏の風景で、ちょっとロマンチックな
気分になっていた僕らは、コーヒーを飲みながら、
時間を忘れて熱く夢を語り合った。
すると、鴨川ヒルズに残っていた石井から、
電気はまだ繋がらないけど、電波は繋がるように
なったと、メールが届いた。
まわりに住宅がほとんどない鴨川ヒルズでも
少しずつではあるけれど、復旧は進んでいる
ようだ。
「キャンドルナイトを楽しんでくださいね」
と僕はその光景を想像し返事を送った。

千葉県では、いまだに停電が続く場所も多い
ようです。たまに訪れる僕らとは違い、
日常を過ごしている方にとってはとても不安で
大変なことだと思います。
一日も早い復旧をお祈り申し上げます。


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2019年9月 9日

ラジオと本は、少年時代からいつも寄りそう良き友 だった

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映画「イングランド・イズ・マイン」は、
僕が大好きなバンド、ザ・スミスのボーカリスト、
モリッシーのザ・スミス結成前の日々を描いて
いる。映画では、音楽と文学をこよなく愛する、
内向的で鬱屈したひねくれ者だった若き日の
モリッシーが、なにもかもうまくいかず、
挫折を味わい苦悩する日々が続く。

モリッシーみたいな才気はなかったし、
彼ほどはひねくれていなかったとは思うけれど、
うまく人の輪に溶け込めなかった思春期の僕も
また、ラジオと本が友達のような存在だった。

部活に本気で打ち込むこともないし、
かといって、熱心に勉強するわけでもないから、
時間だけはもてあますくらいたっぷりあった。
そんなひとりぼっちの時間と、憂鬱で拡張していく
心の空洞を埋めるために、僕はむさぼるように
本を読み、音楽を聴いた。

小説は、教科書と違って明確な答えを示さない
ところが良かった。
本の中では善と悪は簡単にひっくり返るし、
かっこいいことはかっこ悪くて、悲劇と喜劇は
紙一重。白と黒の境は、グラデーションのように
あいまいで、角度を変えて眺めたら変わってしまう
ことを教えてくれた。
あの頃、幸せのイメージは、あまりにも漠然として
遠い存在だったから、ハッピーエンドの物語より、
断ち切れるように終わり、余韻とともにその先に
ささやかな光を感じさせてくれるような物語が
好きだった。

そして、ロックは孤独な心にいつも寄り添い、
同じ涙をこらきれない人が他にもいるし、
同じ気持ちで爆発しそうな仲間にいつか出会える
と、教えてくれた。
誰にも言えず一人で抱え込まなきゃならない
悲しみにも、「分かるよ」と理解を示し、
すべてを優しく受け入れてくれた。

時には理解できないくせに難しい本を読んだり、
誰も知らないような音楽を探して聴くことで、
思春期の自尊心をぎりぎりの状態で保っていた。

そんな思春期を過ごしてきたから、
50歳になった今でも本と音楽は、
人生の旅を過ごすために必要な道具であり、
いつも身近にいてくれる友達のような存在だ。
カバンの中にはいつも本が入っているし、
いまだにブルーハーツを聴けば涙が流れてくる。
だから、トラベラーズファクトリーの中で唯一
小さな本のコーナーとBGMのセレクトだけは、
僕のささやかな楽しみとして、独断で決めさせて
もらっている。ちなみにブルーハーツは涙が
でちゃうから流さない。

だけど、1年に1回、中目黒で開催する読書月間
の時だけは、weekend books の店主高松さんが
選んでくれた古書が並ぶ。

例年イベントがはじまる前に、weekend books、
irodori の皆さんで本とお菓子を届けるために、
沼津からトラベラーズファクトリーに足を運んで
くれる。その時、2階でしばらくお互いの近況を
お話する時間が楽しい。
たいてい冗談みたいな話からはじまるのだけど
ものづくりのこと、お店を運営していくことなど
共感したり、刺激を受けたりことも多い。

weekend books の高松さんは、まさに
本が好きな少女がそのまま大人になったみたいで、
のんびり穏やかな雰囲気の中に、自分の好きを
貫く揺るぎない意志を感じる方。

そんな高松さんが忙しい合間をぬって
トラベラーズファクトリーのために選んでくれた
本だから、イベントの前夜、店頭に陳列するのは、
ほんとうに楽しい時間だ。
「これ読みたいなあ」とか「あ、好きな本だ」と
話しながら、まるでツルハシで掘り返すたびに、
金塊が現れてくるゴールドラッシュの鉱山みたいに、
光を放つ本にたくさん出会える。
お気に入りの本との出会いは、新しい友達に
出会うような喜びを与えてくれるし、
時には何度も読み返す、一生寄り添える伴侶のような
本と出会えることもある。
ぜひ、皆様もとっておきの本を探しに中目黒へ
足を運んでみてください。

映画「イングランド・イズ・マイン」は、
深く落ち込みひとりぼっちで引き篭もるモリッシー
の部屋のドアを、若きジョニー・マーがノックし、
出会うところで、断ち切れるように終わる。
その後、ジョニー・マーがギタリストとして、
モリッシーの言葉にメロディーを与えることで、
マジックが生まれ、奇跡のような歌とともに
ザ・スミスとして真正面から世界に対峙していく。
そのことを知っている僕らは、そのはじまりの
瞬間を目撃することで、映画が終わるのと同時に、
どっと涙が溢れ出てくるのだ。

話は変わりますが、今週9月12日には、
トラベラーズノートの2020年ダイアリーの発売も
あります。
2020年のデザインのテーマは、トラベルツール。
下敷やステッカーなどは、トランクやコンパスから
ウクレレ、地球儀など、僕らが思う旅の道具を
モチーフに、メッセージを添えて橋本がデザイン
している。

I don't know about you, but the radio and books
have been wonderful companions for me since
I was young.
ラジオと本は、少年時代からいつも寄りそう良き友
だった。

人生という旅をともに過ごす大切な旅の道具である
カメラと本には、こんな言葉を添えた。
デザインはメロディーであり、メッセージは歌詞
みたいだと僕は思っている。

今回より、新しいアイテムとしてクリアホルダーも
登場します。
2020年をともに過ごす旅の道具に加えていただけ
たら嬉しいです。


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2019年9月 2日

プラダ、そしてトラベラーズノートのこと

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先週、2020年ダイアリーのラインアップに、
プラダとのコラボレーション情報を公式サイトに
アップした。
コラボレーションについては、やはりインパクトが
あったようで、かなり反響が寄せられている。
(ダイアリーについてはまた後ほど)

正直に言えば僕らも、最初プラダから声をかけて
いただいた時、全く想定していなかったブランド
だったし、どういうことなんだろうと、不思議に
思った。
ブランドのポジショニングに大きな違いがあるし、
その知名度や規模も、トラベラーズノートとは
比べ物にならないくらい大きいことから、
このことを知った多くの人がきっと感じたように、
僕らもちょっとした不安も感じた。
だけど同時に、世界的なファッションブランドが
どうしてトラベラーズに声をかけてきたのか、
純粋に興味もあったので、まずは話を聞いてみる
ことにした。

僕らがコラボレーションをする時に大事にしている
ことがいくつかある。
その中でも一番大切なのが、先方がトラベラーズ
ノートとその考えに理解を示し、共感していること。
もっとシンプルに言えばトラベラーズノートを
好きかどうかということ、
他にも細かいルールは設けているのだけど、
まずはそこがないとうまくいかないし、なにより
やっていて楽しくない。

イタリア本社のデザインチームと打ち合わせをすると、
みんなトラベラーズノートのことをよく知っていて、
日本のステーショナリーで一番これが良いと思って
いるから声をかけたんです、と伝えてくれた。
想像していたイメージとは違い、
とても気さくな方々で、敬意を持って接してくれた。
僕らの希望も快く受け入れ、こちらを尊重した上で、
一緒にやりたいと熱意とともに伝えてくれた。
その言葉から感じる、トラベラーズノートに対する
敬意と愛に心を打たれ、僕らはこの流れにのって
みたいと思った。

トラベラーズノートは、カスタマイズできることが
大きな特徴だ。このノートが持つ不思議なマジック
に気づき、魅せられたすべての人たちを受け入れ、
それぞれの使い手のパーソナリティーを映し出す
ことがトラベラーズノートのカスタマイズだ。
だったら、プラダバージョンにカスタマイズした
トラベラーズノートだってありだし、
今まで想像もしていなかっただけに、
どんなものができあがるのか楽しみでもあった。
もしかしたら、そのことによって穏やかな水面に
石を投げ入れるように、ちょっとした波紋が
生まれるかもしれないけれど、それも含めて
ワクワクしてくるのを感じた。


トラベラーズノートは、14年前にデザイナーの橋本
と僕で始め、その直後に石井が加わり、3人だけの
小さなチームでその世界を作っていった。
もちろん会社の内外の力を借りることも多かったし、
自分たちだけでやってきたとは言わないけれど、
特に初期の頃は、チームのメンバー3人で、
仕事とプライベートの垣根もなくなるくらい、
力も想い入れも注ぎ込んでトラベラーズノートの
世界を作り込んでいった。

効率性やマーケティング戦略などはあまり考えず、
自分たちの趣味や好きなこと、直感を信じて、
自分たち自身がワクワクできることを何よりも
大事にした。
だからトラベラーズノートに関する仕事は、
他の仕事を定時に終わらせてから、放課後の
部活動のように、こそこそとやっていた。
続けるうちに、3人が練習を重ねたロックバンド
のようにグルーヴを生み出し、トラベラーズノート
の世界に深みが増していくのを体感した。

また、気になる作り手の人がいたら、
トラベラーズノートを名刺がわりに、休みの日でも
チームで会いに行ったし、それが遠方なら旅をした。
作り手との出会いは、大きな刺激とともに
僕らのものづくりに影響を与えてくれた。

旅の夜には、トラベラーズカフェがあったら
いいなとか、いつかトラベラーズノートの基地を
作ろうかとか、妄想を膨らませながら、みんなで
夢を語り合った。
そうやって旅を重ねるごとに僕らの想いは
強くなり、夢が少しずつ実現していく喜びを、
わかちあうほどに、僕らの心は熱くなっていった。

トラベラーズノートは、僕ら3人にとって
自分たちの子供のような存在になり、
チーム自体も、もうひとつの家族のような存在に
なっていった。
もちろん思い通りにいかなくて辛い思いをしたり、
悔しくて泣きたくなるようなこともたくさんあった
けれど、それもチームでわかちあうことで救われた。

そうやって作り上げたトラベラーズノートだから、
イベントにたくさんの方が足を運んでくれて、
笑顔でそれぞれの使う人の人柄と愛がにじみ出た
ノートを見せてもらった時は、涙が出るほど
嬉しかった。
それからは何かを作る時には、僕らがワクワク
するのと同時に、あの人たちもワクワクさせたい
と考えるようになった。

今ではチームのメンバーも増えたし、出会った
作り手の仲間も増えた。
嬉しいことに、僕らに会うために海外から足を
運んでくれる作り手の人たちもいる。
でも、トラベラーズノートへの思いも仕事のやり方も
あの頃とは少しも変わってはいない。

例えば、今年はプラダの他にも
スターバックスリザーブロースタリーからはじまり、
誠品書店、LOG-ON、TO&FRO、tokyobikeと
さまざまな人たちとコラボレーションを行ってきた。
だけど、その理由は決してマーケティング戦略なんて
ものから生み出されたわけではなく、出会った人たち
から感じるトラベラーズノートに対する愛に応えたい
ということと、一緒に何かを作らせてもらうことに
ワクワクしたからだ。

もちろん過去を振り返ればワクワクしたり、
嬉しかったり、感動したりするだけでなく、
悩むことだってあったし、生み出し作り上げる
ための身を削るような苦しみもたくさんあった。
そうやって、僕らに起こるをすべてを受け入れながら
今だに僕らは妄想とともに青臭い夢を語り合ったり、
胸が張り裂けそうな想いをわかちあうことで
共に心を奮い立たせたりしている。

これからもトラベラーズトレインは走り続けるし
まだ誰も見たことがない、見ただけで感動して
嬉しくて涙がでてくるような、そんな景色を求めて
トラベラーズの旅は続きます。
楽しみにしていただきたいし、あたたく見守って
いただけたら嬉しいです。


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2019年8月26日

旅先で出会った音楽

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ここ最近、台湾のバンド Sunset Rollercoasterと、
イタリアのバンド I Marc 4 を繰り返し聴いている。

Sunset Rollercoasterは、前に彼らの曲を
聴いていいなと思っていたんだけど、
先日の誠品書店のイベントで台湾に行った時に、
ふとそれを思い出して、CD 売り場で彼らの
デビューアルバムを手に入れた。
これが大当たりで、とても素晴らしく、その後、
他の曲もiTuneストアでダウンロードして聴いて
いる。(アマゾンでも彼らのCDは売っているけど
とんでもない価格がついている)

デビューアルバムの曲は、どれもどこかで聴いた
ことがあるようなメロディーで、オリジナルとは
言い難いのだけれど、その分、ロックが好きの
若者が集まって、自分たちの好きな音楽の要素を
たっぷり詰め込んで楽しんで演奏しているのが
伝わってくる。それはそれで潔いし、ロック愛が
感じられ、とても好感が持てる。

最近の曲はより洗練され、近年海外で注目されている
日本の80年代シティーポップやAORの影響を感じる
とても気持ち良いサウンドになっている。
ちなみに、Sunset Rollercoaster は、台湾名は
落日飛車と明記されている。台湾や中国では、
バンドだけでなく店やブランド名は、たいてい
英語名と漢字名が両方あって、それぞれ発音が
異なる。
例えば、誠品書店の英語名はeslite bookstore。
だけど、台湾の人にはesliteと言っても通じない
ことが多く、そんな時は、向こうの発音で
「誠品(ツェンピン)」と言うと分かってもらえる。
それはそれとして、どんな風に発音するのか
分からないけど、落日飛車おすすめです。
興味のある方はこちらのリンクをどうぞ>>>
いつか台湾でライブ見てみたいなあ。

そして、 I Marc 4。
こちらは、夏休みに自転車で訪れた
十和田現代美術館の作品「ロケーション(5)」で
BGMとして流れていてはじめて知った。
薄暗い夜の誰もいないダイナーのような空間で、
小さめの音量で流れるサイケデリックな味付けが
されたハモンドオルガンの音に、心地よくグルーブ
するベースとドラム。
今は便利な時代でスマホをかざせば、その曲名を
知ることができる。
この場所についつい長居してしまったのは、
その音楽が気持ちよかったせいでもあった。
最初に聴いた時は、最近の音楽だと思っていた
けれど、調べてみると、1970年代初めに録音
されたものだとわかった。
I Marc 4 は、イタリアの映画音楽のバックバンド
としてキャリアをスタートし、1970年代には、
ボサノバやジャズ、ロックなどの影響を受けた
オリジナルのアルバムを制作するようになった
とのこと。
こちらもアマゾンでチェックしたら、とんでもない
値段だったので、iTuneストアでアルバムを購入し
ダウンロード。本当に便利な時代だ。
要所にブッカー・Tのようなソウルな味付けが
ありながらも、イタリア人だからか、ソフトで
洗練されていて、とても気持ちよい。これも
夏にぴったりのサウンドです。
気になる方はこちらを>>>

旅先での出会いは、いろいろあるけれど、
音楽好きの僕にとっては、今回のように
お気に入りの音楽に出会えるのも嬉しい瞬間。
この度で出会った音楽はこれからも聴き続けると
思うし、聴くたびに、台北の強い日差しや、
十和田現代美術館のあのダイナーの空間を
思い出すんだろうな。
そうやって日々の暮らしに旅の気分を思い出させて
くれることもまた、旅先で出会った音楽の素晴らしさ
かもしれないな。


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2019年8月19日

自転車旅、青森に到着

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自転車旅の続き。
十和田を出発してから、雨が降ったり、パンク
したりと、ちょっとした困難もあったけれど、
無事青森に到着した。

自転車の旅で辛いのは、雨とパンクだ。
僕の場合は、それに当たる確率がどうも他の人より
高い気がするので、雨具とパンク修理キットは必ず
荷物に入れてある。

さて、十和田市内から、長い山道に入ると
雨脚も強くなってきたので、カバンから取り出して
ポンチョを着た。
そして、雨でタイヤを滑らせないよう注意しながら、
長い坂道を下った。
視界に青森湾が現れると、雨も止んで青空が見えて
きた。ポンチョを脱ぐと、思わず僕は笑顔になって
シーサイドの道を快調に走っていた。
そんな気持ちの良い時間は、突然、前タイヤの空気が
抜けてしぼんでいくのと同時にあっけなく中断した。
とりあえず自転車を止めて、どうしようかと
考えていると、マウンテンバイクに乗った少年が
通りがかった。
「この辺に、自転車屋さんとかあるかな?」
少年に声をかけると「ないよ」とあっさりと告げて
「バイバイ」と元気よく去っていった。

自分で直すしかないなと諦めて、しばらく自転車を
押して歩いた。
10分ほど歩くと、軒先きで作業をしている
おじいさんがいたので声をかけた。
「すみません、自転車の空気入れお借りできますか」
「空気入れかあ、あったかなあ」
そうつぶやくと納屋の奥に入り、しばらくがさごそ
と探し、空気入れを手にして戻ってきた。
農家の納屋には、たいていの道具があるのだ。

早速、この家の軒先きを借りて、パンクの修理を
はじめた。トラベラーズバイクは、旅先でも容赦なく
パンクをするので、パンク修理もだいぶ慣れた。
作業中、おじいさんがずっと横に立って、
見つめていたので、ちょっと緊張したけれど、
なんとか無事修理をすることができた。

「どっから来たの?」
「盛岡から走っていて、今日は十和田から
来ました。これから青森に向かいます」
そう答えると、顔をしかめて「暑いのによくやるね」
と褒めるわけでも、かと言ってけなすわけでもない
微妙な言葉をかけた。
そして、「なんで青森に行くの?
もうねぶたも終わったし、見るものなにもないよ」
と追い打ちをかけるように言った。
僕もまた微妙な笑顔を返しながら、お礼を言って
出発した。

パンク修理で時間をロスしてしまったのとあわせて
浅虫温泉でお湯に浸かったり、海を眺めたりしながら
のんびり走ったので、青森に着くころにはもう夕方に
なっていた。
ホテルにチェックインすると、ここでも銭湯に行き
旅の疲れをいやした。
そして、本屋に入ってみたり、お土産屋さんを
覗いたりして、自転車で街をのんびり走った。
確かに、なんで青森に来たのかと言われると、
返す言葉もないかもしれない。だけど、こんな風に
知らない街をたいした目的もなくぶらぶら巡るのは、
嫌いではない。

すっかり暗くなると、なんとなく目星をつけていた
寿司屋にひとりで入り、レモンサワーを頼んで、
お刺身をつまみに飲んだ。
もともとお酒も強くないし、ましてやひとりで
回らない寿司屋に入るなんてことは普段はしない
のだけど、旅先ではそんなこともしてみたくなる。
最後にお寿司も1人前をオーダーし、お腹いっぱい
でホテルに帰った。

翌日は、朝早くホテルを出て、8時20分発の
新幹線はやぶさで東京へ帰った。
上野まで3時間18分。

2014年の夏休みにスタートし、その年は
東京から福島県白河まで、2015年の夏休みには
白河から仙台まで。2016年は入院したので休み、
2017年も電車で岡山まで行ったので休んで、
2018年は仙台から盛岡。そして今年2019年、
盛岡からやっと青森までたどり着いた。
足掛け6年、実質16日間かけてやってきた道のりも
新幹線では、わずか3時間18分で戻ってきた。
やっぱり新幹線は、すごいなあ。

そんな旅に付き合ってくれたトラベラーズバイクも
今回の旅で、変えたばかりのブレーキシューも
かなり減ってしまったし、重い荷物を長いこと
積んでいたせいかキャリアがすっかりダメになって
しまって、もはや満身創痍。
この旅の続きは、2代目のトラベラーズバイクと
ともになるかもしれないな。


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2019年8月13日

自転車旅の途中で

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昨年の夏に続き、トラベラーズバイクでの自転車旅。
今年は、盛岡を出発し青森を目指している。
昨日は盛岡から八戸までアップダウンの激しい中を
1日中走り続けたので、今日は八戸からわずか
35キロの十和田に宿を決めた。

朝8時に八戸を出ると、昨日と違って平坦な道のり
は走りやすく、途中道の駅で休んだりしながらも、
10時過ぎには十和田に着いた。
ホテルへ行き、自転車のキャリアに積んでいた
重い荷物を降ろし、フロントに預けた。

まずは、ここに立ち寄ることにした理由の一つ
でもあった、十和田市現代美術館へ向かった。
高さ4メートルもあるリアルな女性像からはじまる
展示は楽しく自転車の疲れも忘れて見入った。
個人的に一番気に入ったのは、薄暗い空間に
閉店後のダイナーのような空間が再現され、
窓には夜の高速道路が広がっている
「ロケーション(5)」という作品。
入った瞬間は暗くてなにも見えないけれど、
目が慣れるにつれて、まっ黒に塗られたテーブル
の上のメニューやソルト&ペパーなどの小道具に
も気づく。
窓に広がる、オレンジ色の街灯が続く道路は、
なんとも言えない孤独感や旅情を感じさせ、
さりげない音量で流れるBGMも心地よい。
まるでエドワード・ホッパーの絵の中に
紛れ込んだような気分になって、しばらく
座席に座り続けた。

隣接のカフェでコーヒーを飲んでくつろぎ、
昼食はホテルのチラシで紹介していた十和田名物
バラ焼きを食べてみる。
豚肉と玉ねぎを鉄板で炒めるというシンプルな
料理で、旅先での空きっ腹にはとても合う。
鉄板の熱に汗をかきながら一気に食べてしまった。

昼食後は、オープン直後の銭湯へ行く。
スーパー銭湯とかではなく、地元の人が行くような
古くて小さな銭湯だ。
一番風呂を期待してたら、まだ開店して5分だと
いうのに、おじいさんが2人いた。
男湯と女湯で真ん中を仕切られているかまぼこ型の
建物は、飾り気がいっさいなくペンキ絵もない。
雪国らしい質実剛健な佇まいに、これはこれで
いいなと思った。
まずはサウナに入ると、こちらは誰もいない。
独り占めでゆっくり体を温めると水風呂に入った。
水風呂は、家庭用らしきステンレスの浴槽がぽんと
サウナの横に置かれ、蛇口から繋がったホースが
水を流しっぱなしにしている。
水風呂に入ると、ざーっと風呂桶から水が流れた。
桶に入れて冷やされているスイカになったような
気分で、膝を抱えて小さな浴槽に浸かった。
まだ明るいうちの銭湯は、平和で気持ちいい。
天窓から差し込む光をぼーっと眺めていると、
心配事もお湯のなかにみんな溶けていってしまう
ようだ。お湯にのぼせたら、また水風呂に入って
スイカみたいに体を冷やす。
それを何度か繰り返して、外に出た。

外に出ると、今度はカフェに入ってコーヒーを
飲みながらこのブログを書いている。
朝からこの街にいるから、今日1日がまるで、
普段の休日のような気分になる。
旅先で、こんな時間を持つのもいいなと思った。

さて、時計を見るとまだ4時を15分ほど過ぎた
ところ。旅の1日は長い。
十和田現代美術館は、当日なら再入場可能の
ようなので、もう一度あの暗闇のダイナーに
行ってみようかな。


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2019年8月 5日

台湾ではみんなが温かく迎えてくれた

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香港から台北まではわずか2時間弱。
香港を飛び立つと、映画を一本見る間もなく
あっという間に台北に着いた。
まずは一服するために外に出ると、
南国の太陽の熱気が身体中を包み込んだ。
「また、やってきたんだなあ」
強い日差しを浴びながら、またこの場所に
来れたことを素直に喜んだ。

香港でのLOG-ONのイベントに続き、
台北では、誠品書店のイベントに参加することが
今回の一番の目的。
早速会場を訪れ、サインボードを設置したり、
商品を並べたりしていると、日本中を旅しながら、
テキ屋稼業をしている寅さんのような気分になった。
「男はつらいよ」ファンの僕は、そんな仕事が
嫌いではない。

設営の合間を縫って、トラベラーズノートを販売
してくれている、いくつかのお店を訪ねた。
グラフィックデザイナーでもあるオーナーの
カレンさんによりセンスがあふれた空間が魅力の
TOOL to LIVEBY。
文具好きが高じてお店をはじめたタイガーさんの
セレクトに加え、彼の淹れてくれるコーヒーを
飲めるPlain Statinery Homeware & Cafe。
スタッフによる手書きのトラベラーズノートの
使用例がとても素晴らしい美好文具室。
トラベラーズカンパニーに加え、ミドリの商品も
たくさん並ぶVision Stationery。
古いビルの閉ざされた鉄のドアの脇にある
小さな呼び出しのベルを押して恐る恐る階段を
上がっていくと、小さな空間に紙やペンがたっぷり
詰まった空間が広がる一分之一工作室。
そして、誠品書店信義店や敦南店のスタッフの
愛情がたっぷり感じられる手作りのディプレイで
作られたトラベラーズノートコーナー。

トラベラーズノートユーザーであれば、
これらのお店を巡れば、とても楽しい時間を
過ごせるはずだし、運が良ければオーナーと
話をしたり、地元のトラベラーズノートユーザー
に出会うことだってできる。

他にもトラベラーズノートに関係なく
魅力的な店は他にもいっぱいあるし、
安くて美味しい食べ物だってたくさんあるし、
飛行機で3時間程度で行ける台北は、ほんとうに
おすすめの旅先です。

さて、誠品書店でのイベントは、
はじまると同時にたくさんの方々が来てくれて、
僕らに話しかけてくれたり、トラベラーズノートを
手に一緒に写真を撮ったり、ほんとうに温かく
迎えてくれた。
ぜひ、日本のみなさんもトラベラーズノートを手に
台北を旅してもらって、彼らと出会う機会があると
いいなあと思った。
いつか、台北マップを作りたいな。

香港・台湾を旅して1週間ぶりに東京に帰ると、
長かった梅雨も明けて、8月らしい夏の暑さに
包まれていた。
歳をとるごとに猛暑は体に堪えるけれど、
それでもやっぱり夏は好きな季節だ。


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2019年7月31日

香港で世界記録に挑戦

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「トラベラーズノートのタワーを作って、
その世界記録に挑戦するんだよ」
パトリックがそう言って、イベントのアイデアを
僕らに伝えた。

パトリックは発売当初からトラべラーズノートを
扱うcity'super/LOG-ONで仕事をしながら、
個人的にもトラベラーズノートのユーザーとして
世界中の人たち人たちと繋がり、その楽しさを
伝えてくれている。
LOG-ON20周年を記念した今回のイベントは、
パトリックが中心となり企画が組まれ、
トラベラーズへの参加の依頼があった。

また、トラベラーズノートを積み上げてタワーを
作るということは、僕らが始めた訳ではなく、
ユーザー同士で自然発生的にはじまったことで、
今ではトラベラーズノートユーザーが集まる
ギャザリングイベントfでは恒例行事のように
なっている。

「香港はもちろん、マレーシア、シンガポール、
台湾、インドネシア、タイなど近隣の国の
ユーザーにも声をかけて、アジアのユーザーが
集まって、みんなのトラベラーズノートを積み
上げるんだ。たくさん集まったらギネスブックにも
世界記録として申請しようと思っている」
パトリックは、さらにそう付け加えた。

例えば、トラベラーズファクトリーの2階では
年齢や性別、国籍も違う人たちが、
ただトラベラーズノートを使っているということで
話をはじめて繋がっていくのをよく見る。
例えば、それほど英語が話せなくても、
国が違う人同士がお互いのトラベラーズノートを
見せ合いながらコミュニケーションを取り、
インスタのアカウントを交換して、その後も
連絡を取り合ったりすることもよくある。

さまざまな人たちのトラベラーズノートを
一箇所に集めて積み上げてできあがったタワーは、
まさにそんな人と人の繋がりを象徴するようで
SNSなどでトラベラーズノートタワーの写真を
見つけると嬉しくなる。

そんなわけで、香港のイベントでは
各地から香港まで足を運んでくれるユーザーと
会うことも、集まったトラベラーズノートを
見るのもほんとうに楽しみだった。

そしてイベント当日に朝、会場に着くと、まずは
ブラスクリップのカスタマイズワークショップを
開催。1時間ずつ3回開催し、全部で40名近くの
方にブラスクリップの刻印に色を入れるのを
体験していただいた。みなさんにとても楽しんで
くれていて、今後トラベラーズファクトリーでも
開催したいと思った。

そして午後から、だんだんと会場内に
人が増え、賑わいを見せるなか、世界記録へ
の挑戦がはじまった。
さすがにタワーを作るのは無理があるので、
LOG-ONで専用の棚を作ってくれて、そこに
ひとりずつ持ってきたトラベラーズノートを
並べていった。
最後の人が棚に並べ終わると、数量は206冊になり
みんなで記念撮影をした。
パトリックが会場に集まるみんなに声をかけると、
香港はもちろん、マカオ、マレーシア、タイ、
インドネシア、シンガポール、台湾、中国、韓国、
そして日本からトラベラーズノートユーザーが
集まった。
ニュースでご存知のように、今香港では旅に来ること
を躊躇してしまうようなことが起こっている中で
こんなにもたくさんの人たちがトラベラーズノートを
使うということを理由に集まり、繋がっている。
同じのものが好きだということで、年齢も性別も
国籍も政治的立場も超えて、笑顔で繋がっている。

なんだか面白い。
2006年にトラベラーズノートが生まれた時には
想像もできなかったようなことだけど、
トラベラーズノートは、思いかけないような
人たちとも繋げ、予想もしなかった面白いことに
導いてくれる。
そんなことを思いながら、次の旅先台北に
向かった。


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2019年7月22日

分断より共有

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それまでも海外を旅することはあったし、
仕事で海外に行くこともあったけれど、
トラベラーズノートの仕事をするようになって、
世界をより近くに感じるようになった。

例えばトラベラーズノートのイベントで海外に行き、
そこに足を運んでくれた人たちと話をすると、
トラベラーズノートを通じて、同じ価値観を共有
できる。その時には、まるで知らない土地で
同郷の人に出会った時のような、安心感を感じる。

トラベラーズノートは、日本においても
誰もが知るようなモノではないし、人によっては
どうしてこんなものがいいのだろう、と思われて
しまうようなモノでもあると思っている。
前にも書いたけれど、仮にその割合を考えると
こういったモノに興味を持って使ってくれる人は
100分の1くらいだろうと思っている。

ただ、その100分の1は、日本のみならず、
海外にもいるかもしれないということが分かった
時に、一気に世界が広がり、同時に世界を身近に
感じるようになった。

今まで、ヨーロッパではパリ、ロンドン、ベルリン、
アムステルダム、マドリード、アジアでは、ソウル、
香港、台北、上海、アメリカでは、ロサンゼルス、
ニューヨークでイベントを開催してきたけれど、
どのイベントでも足を運んでくれた人たちは、
みんな目を輝かせて、僕らに自分たちの
トラベラーズノートを見せてくれた。

さらに、このノートを使うことで毎日の暮らしが
変わったとか、この寛大で温かく優しい佇まいが
いいとか、このノートは自分の相棒だとか、
まさに僕らが思うトラベラーズノートの抽象的
だけどこうありたいと思うことを、彼らの言葉で
僕らに伝えてくれた。

それぞれの国の歴史や文化、受けてきた教育、
政治的な背景とは関係なく、トラベラーズノートを
作った僕らに敬意を示してくれて、同じ価値観を
共有できる仲間として僕らに接してくれたし、
僕らもまた異国で仲間と呼べる人たちに出会えた
ことが嬉しかった。

トラベラーズノートという一つの価値観が軸にある
ことで、国籍を超えて理解しあえることがたくさん
あった。

旅の楽しみは、文化の違いを発見することでもある。
だから旅が好きな人は、その違いを発見し、楽しむ
ことが得意な人が多い。
文化の違いを楽しむことができる人は、同時に
自分たちの文化を大切にしている。
世界にはたくさんの文化や考え方があるから
旅をする意義がある。
違いを尊重し、理解しあう。そのために共有できる
何かがあると世界はもっと近くなる。

インターネットやSNSは、心の声を世界にさらし
拡散することで、多くの分断を生んでいるけれど、
同時に好きを拡散することで、多くの価値観の共有
を生み出している。
トラベラーズノートを通じて、世界中の人たちと
好きを共有する楽しさを知ってしまった僕らは
後者を支持したい。

選挙のために、かつて子供たちが通っていた
小学校へ行く道すがら、そんなことを考えていた。


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2019年7月16日

トラベラーズ米 草取り編

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トラベラーズ米の田植えから約2ヶ月。
再び田んぼがある鴨川ヒルズに招集がかかった。
今回はミッションは、草取りだ。
トラベラーズ米は無農薬なので定期的に雑草を
手作業で除去しなければならないようだ。

そんなわけで土曜日、寝ぼけ眼をこすりながら
朝早く家を出て、電車に乗った。
東京を過ぎると少しずつ電車の中の乗客も減り、
千葉駅で内房線に乗り換えると車両はボックス席
に変わった。
向かいの席にハイキング姿のおじさんが座り、
おもむろに駅弁を広げて食べ始めた。
そんな姿にちょっとした旅気分を感じていると、
駅弁の匂いが漂ってきた。
あわてて家を出たので、朝食は小さなパンを
ひとつしか食べてこなかった僕はお腹が鳴った。
弁当を食べ終わって、さらに缶チューハイを飲んで
いたおじさんもやがて電車を降り、車内はさらに
閑散とした。だけど、目的の駅まではまだ先。

ボックス席を独占した僕は足を伸ばした。
電車のボックス席は、僕にとって本を読むのに
最高の場所だ。
前日はあまり寝ていなかったのに、眠くなること
もなく、たまに車窓の風景に目を休めながら、
ずっと本を読んで過ごした。
そして電車に乗ってから2時間半。
やっと目的の駅に着いた。

駅からは、車で迎えに来てもらいさらに20分。
途中スーパーに立ち寄りお昼の食材を買い、
やっと鴨川ヒルズに着いた。

5月に植えた稲は順調に育っていたけど、
その周りにはたくさんの雑草が生えていた。
今日はこれをすべて取り除かなくてはならない。
早速農作業用の長靴を履くと、勢いよく田んぼの
中に足を入れた。
すると足は田んぼの泥の中にズブズブと沈んだ。
泥の中は不安定で、一歩ずつ進むだけでも足が重い。
さらにずっと中腰のまま、泥の中に手を入れて
草を根から引っこ抜いていく。なかなかの重労働だ。
汗を滴らせながら、抜いても抜いてもなくならない
雑草と格闘した。

雑草魂という言葉にあるように、
僕はどちらかと言えば、雑草に対しては
ちょっとしたシンパシーを抱いていたのだけれど、
この日は心を鬼にして雑草を取り除いた。
「ごめんな。ここまでがんばって育ったのに
引っこ抜いてしまうのは不本意ではあるけど、
やっぱりお米が育つためにはしょうがないんだ」

40分ほど続けると、日頃の運動不足と寝不足、
さらに仕事の疲れがたまっていた僕は限界を感じて
休憩を提案。その後作業を再開するみんなを尻目に
しばらく休んでしまった。

お昼は、みんなで鴨川ヒルズにあったパスタを
茹でて、スーパーで買った野菜とベーコンを炒め
ナポリタンを作った。
棚田を見下ろすオープンデッキで、ビールとともに
食べるナポリタンは思いのほか美味しい。
気持ちの良い風にあたりながら、しばらく休んで
いると、雨が降ってきた。
その後、雨足はだんだんと強くなってきたので、
もうこれで草取りは中止かなあ、と勝手に思って
いたら、「さて、やっちゃいましょう」という声
が聴こえた。

「そうか、やるのかあ」
僕は観念して雨具を取り出し、再び草取りへと
向かった。小雨が降るなか、ズブズブと田んぼの
中に足を入れた。
みんな疲れているから言葉も少ない。
僕はもはや雑草の立場などこれっぽっちも考えず、
ただ黙々と雑草をむしり取っていった。

いつかそのことについてここに書くのか、
書かないのか、今は分からないけど、
最近出会ったある人たちの影響で、ここ数日
頭の中でオザケンの「痛快ウキウキ通り」が
リフレインしている。
「プラダの靴がほしいの〜」と頭の中で歌いながら
農作業用の長靴を履いて、田んぼの中で泥まみれに
なって雑草と格闘した。
歌詞の世界と現実とのあまりにも大きいギャップに
気づかないくらいヘトヘトになりながら、ようやく
今日のミッション終了。

たっぷり汗をかいたせいで、ほとんどその意味を
成さなかった雨具を脱ぎ、びっしょりに濡れた
Tシャツを着替えると、苦しみをわかり合ったみんな
でデザートにと買っておいた、スイカを食べた。

いや〜、お米づくりは大変です。
みなさん、ご飯は残さず食べましょう。


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店長のプロフィール

(株)デザインフィルでトラベラーズノートの企画を担当している飯島です。