2021年7月26日

夏が来て

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夏が来て僕は、オリンピックなんて見ないで
都内の安ホテルの部屋で、9月に発行される
トラベラーズタイムズの原稿を書いていた。
正直に言うと、わざわざホテルの部屋にこもる
必要があったわけではまったくないのだけど、
4連休ということで、大浴場付きのホテルに泊まり、
文豪ごっこみたいなことをしてみたかったのだ。

原稿のテーマは、トラベラーズノートの15周年。
ぼんやり頭に浮かんでは消える言葉の断片を
下手な金魚すくいのように薄紙を破りながら、
なんとかとらえて、何度も削ったり、足したりを
繰り返して書き直し、煮詰まったら大浴場で
気分転換をして、どうにか最近もやもやと頭に
渦巻いていたことを文章としてまとめることが
できた(ような気がする)。

読んだ人がどう思ってくれるのか分からないし、
必要とされているのかもよく分からないけれど、
自分としては15周年のメッセージとして、
納得したものが書けたと思っている。
まだ少しだけしっくりと来てないところがある
けど、ここまで書けたらもう大丈夫。
2、3日寝かせて修正したら完成できると思う。

無事任務を果たし、さてどうしようかと
考えていたら、世田谷文学館で『安西水丸展』が
開催されているのを思い出した。
さっそくホテルをチェックアウトすると、
自転車に乗って会場まで向かった。
炎天下の猛暑の中で1時間以上自転車で走り、
へとへとになって会場に着くと、まずはエアコンの
効いた併設のカフェでアイスコーヒーを飲んで休む。
「ほんと気をつけないと熱中症になっちゃうな。
 オリンピック選手は大変そうだな」
そんなことを思いながら、水を何杯もおかわりし、
水分補給とクールダウンをして、体調を整えてから
展示を見た。

会場にはシルクスクリーンから、
本の装丁の原画、漫画の原稿、ポスターまで
たくさんの作品が並んでいる。
温かく飄々としたイラストを眺めていると、
なんだか救われたような気持ちになった。
絵葉書サイズくらいに色鉛筆で落書きみたいに
描かれたイラストと文章がまざった作品が
たくさん展示されていて、こんな風にノートに
描けたら素敵だなと思った。

展示品の中には、愛用のバッグや万年筆、
メガネなどとともに、氏がいつも持ち歩いていた
というポケットサイズのノートも展示されていた。
取材、日記、スケッチなどさまざまな用途を
この1冊に中に書いているということや、
表紙には旅先で手に入れたステッカーを貼って
いたり、さらに旅先でスタンプを押したり、
押し花を挟んだりして遊んでいる、なんてことが
説明されていて、残念ながらトラベラーズノート
ではないのだけど、ノートの使い方については、
とても共感できるところがあって嬉しかった。

「魅力ある絵というのはうまいだけではなく、
 やはりその人にしか描けない絵なんじゃない
 でしょうか。
 だからそういう絵を描いていきたいなと
 思います」

「こういうふうに生きたいと
 思っていることがある。
 絶景ではなく、
 車窓のような人間でいたいということだ」

イラストなどの作品とあわせて
展示されている氏の言葉も含蓄があって、
じっくりと読み込みながら、ゆっくり展示を
楽しむことができた。

世田谷文学館から家まで25キロ。
だけど夕方で日差しも穏やかになり、
心も体もリフレッシュできて、軽快にペダルを
漕ぎながら家まで向かった。

家に着くと、ラーメンズファンの娘が、
くだんの件でいたく傷ついたようで、
家ではしばらくオリンピックやそれに関連する
ニュースなどをテレビで見ないようにとのこと。
特に興味があったわけでないし、
まあ、それもいいかな、なんて思った。


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2021年7月19日

ものづくりの知恵と技

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私たちが普段使う箸や茶碗などの道具には、
どれも日本人の暮らしのなかで培われた最適な
重さや寸法がある。
例えば毎日お味噌汁をいただく時に使うお椀がある。
お椀は100グラムがちょうど良い重さ。
さらにプラスチックのお椀はまっぷたつに割ると
厚みが均一になっているけれど、職人が作ったお椀は
底のほうが少し厚くなっている。
これは重心が下にきて手に持ったときに持ちやすい
ようにそうなっているそうだ。
もうずいぶん前のことだけど秋岡芳夫氏の
『暮らしのリ・デザイン』を読んでそのことを知り、
いたく感心したのを覚えている。
そこでは他にも大量生産の一見似たような安物と、
長い歴史の中で受け継がれてきた職人の技と知恵に
よって出来た工芸品との違いをとても分かりやすく
解説してくれていた。

そういえば、僕も会社でモノづくりをする
部署に異動になった時には、先輩から紙の基本を
いろいろ叩き込まれた。
例えば、紙には繊維が流れる目があり、
ノートも便箋もどの方向に紙の目を合わせるか
決まっている、ということを教えてもらった。
仮にそんなことを気にせずに紙の目を逆にして
ノートや便箋を作ったとしても、見ただけでは
その違いは分からないし、使えないわけではない。
だけど、ちょっとページがめくりづらいとか、
手にした時にしっくりこないなど、プラスチックの
お椀と同じで、いまひとつ使い心地がよくない。
たまに紙目があっていないノートが売られているの
を見ることがあるけど、なんとなく落ち着かない
心地悪さを感じながら、やはりこういうことは
大事だとあらためて気付かされる。

前に縫製工場を見学させてもらった際、
縫製の仕事をはじめて10年になるという方が、
まるで定規で線を引くようにまっすぐミシンで
縫っているのを見て、「すごいですね」と言ったら、
「いや、Kさんにはぜんぜんかないません」と
控えめに答えたことがあった。
Kさんは40年以上この仕事を続けている職人さんで、
みんなから先生と呼ばれるような存在の方。
そこで早速Kさんがミシンをたたくところを
見せてもらうと、スピードが段違いに早いのに
見た目もさらに美しい。
ピアノ奏者が鍵盤を一切見ることがなく、
流れるように曲を弾くように、自然と手先が動き
まったくずれることなく美しい曲線を描いていく。
「もうこれだけやっていると、手が覚えていて、
勝手に動くんだよね」と僕らに話しながらも、
手を止めることなくミシンは動き続けている。
できあがった財布は縫い目が美しいだけでなく、
気持ちよく開き、出し入れもしやすい。
ひとつのことを長く繰り返し続けることで
手にすることができる職人の技に大いに感動した。

リング職人としてノートバイキングで、
いつもリング綴じをしている石井さんが、
若手にリング綴じを教えている時に言っていた
ことを思い出す。
「リングを綴じること自体は、少し練習すれば
できるんだけど、気持ちよくページがめくれる
ようにリングノートを綴じるにはやっぱり
繰り返さないとだめだよ」
石井さんが綴じたノートと若手が綴じたノートを
見比べてみても、見た目には違いは全く分からない。
だけど、確かに若手が綴じたノートが若干リングに
ゆがみがあるのかちょっとページがめくりづらい。
石井さんが綴じたノートは素直に気持ちよく開く。

長年の創意工夫によって生まれ受け継がれてきた
ものづくりの知恵。
ひとつのことを愚直に繰り返し長く続けることで
やっと手にすることができる職人の技。
効率性やコストだけを考えると、
ないがしろにされたり、忘れ去られたりしてしまう
ことかもしれないけど、僕はそんな職人たちの
知恵と技によって生まれたものに惹かれる。
使うたびに心地よさとともに、心にときめきを与え、
長く使うことでより愛着が深まる。
トラベラーズが作るプロダクトも、
できるだけそうありたいと思い作っている。

50年以上生きていると、
必要なモノはすでにたいてい持っているし、
新たに手に入れたいと思うモノはずいぶん少なく
なってきたような気がする。
だけど、その分今まで以上に、自分が好きで愛着の
持てるモノに囲まれていたいと思うようになった。
毎日使うような道具の中にも、特に愛着もなく、
好きでも嫌いでもなくなんとなく使っているような
モノがある。
それらを少しずつ心から好きだと思えるモノに
差し替えていくことができたらいいなと思っている。
例えば、旅先で一生付き合っていきたい相棒の
ような道具と出会ったりするように、
自分にとっての理想的な愛着の持てる道具を探す
ことを、気軽なライフワークのようにゆっくり
時間をかけて楽しめたらいいなと思っている。

トラベラーズファクトリーでは7月21日より、
「トラベラーズファクトリーがおすすめする、
手作りの道具たち」として、「るちゑ」、
「椿井木工舎 ZweiWoodWork」、「pokune」
の3つの作り手たちの道具を紹介します。
(京都では「出西窯」も)
みなさまにとっての愛着を持って使い続けたい
道具との出会いのきっかけになれば嬉しいです。


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2021年7月12日

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自分の好みみたいなものは、歳をとっても
そうそう変わらないものなんだと思う。

小学生の頃、オートバイ雑誌を毎月購入していた。
特に新車のレビューが楽しみで、乗れもしないくせに
手に入れるのであればどれがいいかとけっこう真剣に
悩みながらチェックしていた。
当時、オートバイ業界は活況を呈していて、
毎月のように新車が登場し紙面を賑わせていた。
技術的な進歩のスピードも早かった時でもあり、
レース仕様と遜色のない高性能エンジンを搭載した
レーサーレプリカモデルと呼ばれるオートバイが
人気があった。

舗装道路に適したオンロードモデルは流線型の
風防がついた前傾姿勢のモデルが中心となり、
未舗装の道も走れるオフロードモデルも
レース仕様を模した車高が高く、ガソリンタンクも
小さいのものが主流だった。
またオンもオフもレース用のバイクのように、
カラーリングやロゴが派手なものが多かった。

憧れを抱くオートバイのイメージは、
レースでスピードを出して突っ走るというより、
北海道やアメリカの草原や砂漠地帯を
のんびり走って旅をすることだった当時の僕は、
このレーサーレプリカが好きになれなかった。
普段走るのは舗装路が多いだろうけど、
たまにはオフロードも走ってみたいから、
どちらかを追求したものより、バランス良く
どちらもそこそこ走れればいいと思っていたし、
派手なデザインも好みじゃなかった。

そんな中、ホンダのシルクロードという
オートバイが新製品として雑誌に掲載された時に、
これだと思った。
オンもオフも快適に走れるデュアルパーパスモデル
として開発され、スピードを追求することより、
オートバイで雄大な自然をゆったりとツーリング
するというコンセプトにまず惹かれた。

さらに丸ライトに剥き出しの空冷単気筒エンジン、
シンプルなカラーリングなど、余計な装飾を排した
無骨でオートバイらしいデザインも魅力だったし、
シルクロードというネーミングも、
憧れのバイクの旅をイメージさせてくれて、
これこそ理想なオートバイだと思った。
もちろん買うことも乗ることもできないから、
頭の中でこのバイクで旅をするのを想像した。
だけど、他のオートバイ好きの友達からは、
あまり共感を得ることができなかった。
その後、シルクロードは後継モデルが出ることもなく
わずか3年で製造停止になってしまった。

あれから30年以上の年月が過ぎ、
はじめてトーキョーバイクを見た時に、
まさに自分にとっての理想的な自転車だと思った。

シンプルで自転車らしいデザイン、
スピードよりも快適な乗り心地を追求した足回り、
日々の暮らしの中で風景や空気の匂いを感じながら
走る"TOKYO SLOW"というコンセプト。
ちゃんとした自転車が欲しいなと思っていたけど、
スピード重視のハイスペックなものではなく、
普段着で気軽に乗れるもので、たまには
長距離ツーリングをしたり、電車で輪行もしたり
できる自転車がいいなと思っていた僕にとって、
トーキョーバイクは自分の好みにぴったりあった
理想的な自転車だった。

気に入ったポイントも似ているような気がするし、
今思えば小学生の時に雑誌で、シルクロードを
見つけた時と同じような感覚だったかもしれない。
だけど3年で製造停止になったシルクロードと違い、
トーキョーバイクは今では海外にも多くのファンを
持ち20年近く続いている。
自分が好きなものがきちんと人々から支持されて
長く続いているのはやっぱり嬉しい。

それからいろいろあって、
今ではトーキョーバイクがトラベラーズ仕様で
作ってくれたトラベラーズバイクに乗っているわけ
だから、人の好みみたいなものは、歳をとっても
基本的にはずっと変わらないのだなと思ったりする。

さて、そんなトーキョーバイクが、
新しく清澄白河にフラッグシップショップとして
「tokyobike.tokyo」をオープンするということで、
先日お邪魔させていただいた。
倉庫として使われていた古い建物を生かした
シンプルで無垢な空間に、トーキョーバイクに
パーツやバイクグッズがゆったりと並ぶ。
1階にはコーヒーショップ、2階にはメルボルン発
の観葉植物のショップも併設しているので、
例えば店内でコーヒーを飲みながら過ごすことも
できるとても素敵な空間でした。
久しぶりにトーキョーバイクの皆さんと
直接お会いして話ができたのも楽しかったな。

トーキョーバイクとトラベラーズはものづくりの
考えなどに共通する点も多く、共感できる仲間の
ような存在だと思っている。
それにノートと自転車っていうだけで
なんだかワクワクするし、いろいろ落ち着いたら、
清澄白河と中目黒を結んで何か楽しいことができたら
いいな。


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2021年7月 5日

Saturday Night Traveler

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まだ20代で営業の仕事をしていた頃、
シイバさんという上司がいた。
歳がひとまわり以上離れた大先輩であるにも
かかわらず、尊大なところがなく、
若かった僕らにも、親しみとともに優しく
接してくれる人だった。

なぜかトラブルを引き寄せてしまうような
ところがあって、本人に落ち度はないのに
生産上のトラブルで納期が遅れたり、
クレームが入ったりして、「まいったなあ」と
口癖のように呟きながら、いつもバタバタと
慌てているような人でもあった。

部下である僕らが仕事でミスをした時も、
率先してお客や上司のところまで付いてきて頭を
下げながら、盾のように叱責を受け止めてくれた。
その夜にお酒を飲みながら、叱るわけでもなく
「まいったなあ」と一緒に頭を抱えてくれた。
ちょっと不器用だけど、僕らにとっては
まさに愛される先輩といった存在だった。

そんなシイバさんが、学生時代にはアメリカ文化に
憧れ、ESSに所属していたということを知ったのは、
僕がシイバさんのいる営業から異動した後だった。
彼の若い頃を知る別の先輩が教えてくれたのだ。
(ESSは、English Speaking Societyの略で
英会話をするサークル。海外との距離が近くなった
昨今、まだそういったサークルがあるのだろうか)

シイバさんが学生時代を過ごしたのは70年代後半。
その時代のアメリカの映画や音楽にも興味があった
僕は、一緒に仕事をしていた頃にそんな話を全く
しなかったことを少しだけ後悔した。
さらに、シイバさんは当時はディスコ通いを
していたようで、その時代にヒットした映画
「サタデー・ナイト・フィーバー」をもじって、
サタデー・ナイト・シイバーと呼ばれていたと
いうことも、その先輩は教えてくれた。

サタデー・ナイト・シイバーという語呂の良さと、
その人柄とのギャップに思わず吹き出してしまった
けれど、僕はますますシイバさんが好きになった。

なんでそんなことを思い出したかと言うと、
映画「サタデー・ナイト・フィーバー」を見たから。

最近、映画のサントラをよく聴いていることは
ここで何度も書いているけど、サントラといえば
「サタデー・ナイト・フィーバー」は最も有名な
アルバムのひとつでもある。
ただ、ディスコ映画のサントラということで
なんとなく敬遠していて、今までちゃんと聴いた
ことがなかった。だけど、あらためて聴いてみたら、
なかなかかっこいい。その流れで映画も観てみた。

「サタデー・ナイト・フィーバー」と言えば、
映画を見たことがなくても、ミラーボールを
バックにした若きジョン・トラボルタの
決めのポーズは見たことがあると思うけど、
あのビジュアルから感じるのは、やっぱり、
ディスコのヒーローが主人公のチャラチャラした
軽い恋愛映画なんだろうな、というイメージで、
ディスコにもダンスにも特別興味がない僕は、
これまで観たいと思ったことがなかった。
だけど実際に観てみると、決して軽くはなく、
全体に流れるトーンはむしろ重苦しい。
想像とは違ってビターな味付けの映画だった。

舞台はブルックリン。
ジョン・トラボルタ演じる主人公はペンキ屋で
働きながら、土曜日に仲間とディスコに行って
踊るのを生きがいにしている。
そこで出会ったダンスの上手い女の子を口説いて、
一緒にダンスコンテストに出ることになる。
ストーリーだけ書くと、やっぱりチャラチャラした
娯楽映画って感じなんだけど、娯楽映画らしい
スカッとした気持ち良さも甘美なシーンもない。
そんなシーンになりそうな雰囲気になっても、
展開はねじれて、不協和音を奏でるように物語は
不穏な方向へ進んでいく。
そして、それが深みとともにメッセージ性や
味わいを感じさせてくれるのだ。

また、映画の中で当時のブルックリンの風景を
見ることができたのも興味深かった。
冒頭のシーンでは、
ビージーズの「ステイン・アライブ」が流れる中、
ジョン・トラボルタがペンキ缶を手にブルックリン
の街を軽快なステップで歩いていく。
ショーウィンドウで素敵なシャツを見つけるのは、
昔は東京にもあった個人経営の街のテーラーショップ
といった佇まいの店で、彼が勤めるペンキ屋は
まさに昔ながらのゼネラル・ストアの雰囲気。
みんなで乗り回すボロボロのシボレーもかっこいい。
ブルックリンとマンハッタンを繋ぐ橋が象徴的に
描かれていて、華やかなマンハッタンに対し、
当時のブルックリンが浮かばれない貧困層が住む街
であったことを暗に伝えている。

「サタデー・ナイト・フィーバー」の
ジョン・トラボルタは、ダンスが上手く熱血だけど
純粋すぎて単純がゆえに不器用に生きる若者として
描かれている。
それを知ってから「パルプ・フィクション」を観ると、
そこでのジョン・トラボルタはそのまま成長して大人
になった姿に思えるのも面白い。

「サタデー・ナイト・トラベラー」という
タイトルの映画があったらどんな映画になるの
だろう。ふと、そんなことを思った。
舞台は70年代の東京、トラベラーズノートを
片手に街を歩く主人公を想像してみたら、
またシイバさんのことを思い出した。
ミラーボールじゃなくて、光る地球儀をバックに
決めのポーズをしてほしいな。


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2021年6月28日

Creep

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この前も書いたけど
最近、映画のサントラをよく聴いている。
音楽を聴くことで、その映画のシーンだけでなく、
見た頃の記憶までもがじわじわと蘇ってくるのが
サントラの良いところだ。

2011年公開の映画だからずいぶん前になるけど
facebook のマーク・ザッカーバーグをモデルに
描いた映画「ソーシャルネットワーク」は、
映画そのもの以上に、予告編を映画館で見た時に
ちょっとした衝撃を受けた。

予告編では、まずfacebook に投稿されている
写真とともに「友達になる」とか「いいね」を
クリックするPCの画面が映る。
そして画面は切り替わり、主人公が仲間と大学で
新しいネットサービスを開発するシーンに。
それが多くの人を惹きつけ、どんどん大きくなり、
億単位の価値を持つようになる。
すると、仲間との争いがあったり、
訴訟を起こされたりしながら、だんだん主人公が
孤立していく。そんな様子を短いカットを
繋ぎながら、わずが2分間の映像で描いていく。

映画館でこの予告編を見ている途中、
バックで流れる聖歌隊が歌う曲が、レディオヘッド
の「Creep」のカバーであることに気づくと背筋が
ぞっとするような感覚になった。

この曲名のCreepという単語は、
本来は忍び寄るという意味なのだけど、
主に女性が男性に対して言うスラングで、
「気持ちが悪いやつ」というような意味もある。
ネットでいろいろ調べてみると、
「Eww, you are such a creep! Go away.
ああ、お前は超気持ち悪いよ。あっちへ行け!」
なんていうキツい例文が見つかった。
今風に言えば「キモい」みたいな感じだろうか。
ちなみに「クリープを入れないコーヒーなんて...」
のクリープは、クリーミング パウダー(Creaming
powder)を略した商品名で綴りはCreapになる。

「Creep」の歌詞はこんな意味だ。

「前に君とここで会った時
 君の目をちゃんと見ることができなかった
 だって君は天使みたいで
 君の肌は涙がでるほど透き通っていた

 君はこの美しい世界に漂う羽毛のみたいで、
 本当に特別な存在だった
 僕もそうだったらよかったのに

 だけど僕は気持ち悪いし、変わり者
 こんなところで何をしているんだろう
 僕はここにいるべきじゃないんだ

 傷ついたって構わないから
 思い通りにできたらいいのに
 完璧な肉体に、完璧な魂がほしい

 近くにいなくても
 僕の存在に気づいてほしい
 君は本当に特別な存在なんだ
 僕もそうだったらよかったのに

 だけど僕は気持ち悪いし、変わり者
 こんなところで何をしているんだろう
 僕はここにいるべきじゃないんだ

 彼女はまた去っていってしまう
 彼女は走って、遠くに去っていく」


簡単に言ってしまうと、
自分とは住む世界が違う女の子を好きなって
しまった男の悲しいラブソングなんだけど、
「But I'm a creep, I'm a weirdo
 (僕は気持ち悪いし、変わり者)
 I don't belong here
 (僕はここにいるべきじゃないんだ)」
というサビの歌詞は、この世界に自分の居場所を
見つけることができない人間の深い孤独と絶望を
感じさせ、ラブソング以上の意味を持つ曲でもある。

「ソーシャルネットワーク」の予告編では、
映像とあわせてこの曲がワンコーラス流れる。
しかもレディオヘッドのトム・ヨークではなく、
ベルギー少女合唱団によって歌われることで、
まるでマーク・ザッカーバーグ役の主人公が
天使のような少女たちから、お前は気持ち悪い、
変わり者なんだよ、と言われているようで、
主人公の異質さや孤独感がより際立つのだ。

レディオヘッドのオリジナルバージョンでは、
このサビの部分は最も盛り上がるパートでもあり、
ライブ映像を見ると、オーディエンスみんなで
「僕は気持ち悪いやつだ」と合唱しているのを
見ることができる。
個人的にはこんなシーンにロックの美しさを感じる。

みんなが楽しんでいることを自分だけ楽しめない、
世間の風評や価値観に共感できない、
おかしいと思うことに黙っていられない、
みんなと同じことができない...。
そんな性分ゆえに時には人との軋轢が生まれたり、
疎外されたりして、孤独や絶望を感じている人たち
がいる。
だけど、ロックは孤独や絶望から逃げることなく、
自分の好きなことや思いに誠実に向き合うことで
生まれる表現だ。
同じような性分を持つゆえに生きづらさを感じている
オーディエンスは、孤独や絶望を共有することで、
それでもいいんだ、という思いを抱くことができる。

トラベラーズノートもまた、
そんな性分を持つ人にとって心地よい道具で
ありたいと思っている。
自分の好きなことや思いに誠実に向き合い、
それを表現する道具だから、孤独や絶望を否定せず、
受け入れられるような存在でありたい。
トラベラーズノートやトラベラーズファクトリーは、
どこか孤高の寂しさのようなものを感じさせ、
でも温かくて優しくて、時に僕らを奮い立たせて
くれる音楽や映画みたいな存在でありたいな。

話変わって、もうすぐ6月も終わりです。
週間ダイアリーを使っている人は、後半に
差し替えるタイミング。
週間ダイアリーはもともと持ち歩きやすいように
1年を前半と後半を分けたのですが、後半に差し
替えるタイミングで、1年の半分が終わったことを
実感し、あらたな気持ちで後半を迎えることが
できるのも面白いところだと思っています。
特に2021年の前半は大変だったから、
後半はいろいろなことが好転するといいなと
思いながら、差し替える人も多いんだろうな。

予告編とレディオヘッドのライブは下記リンク
よりご覧いただけます。ぜひ。

ソーシャルネットワーク 予告編

Radiohead-Creep
(Live at NOS Alive Festival 2016)


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2021年6月21日

トラベラーズファクトリー京都 1周年

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トラベラーズファクトリー京都は、
先日オープンして1周年を迎えた。
緊急事態宣言のためオープンが延期になり、
その後も今年に入ってからはほぼ緊急事態宣言下
での営業ということで、休業に時短営業があったり
厳しい状況の中での1年間だった。

そんな中で営業を続けることができているのは、
地元の方を中心にたくさんの方々に足を運んで
いただき、さらに旅ができるようになったら
訪れてみたいとの声をいただいているからで、
まずはこの場を借りて感謝を伝えたいと思います。
ありがとうございます。

もともと京都は世界中から旅人が訪れる
日本を代表する旅の目的地ということで、
オープン前には海外からのお客様がたくさん
やってくるのを想定していた。
だけど、その後世界中が大変な状況になり、
この1年、海外から訪れる方はほとんどいなかった。
また国内も遠方から来る方はまだ少なく、
トラベラーズファクトリー京都はスローな
スタートとなった。
その分、京都の方を中心に関西圏のお客様と
ゆっくり向き合いながら続けてこれたことは、
今思えばトラベラーズファクトリー京都にとっては
良かったことだと思っている。

僕が旅先で訪れて魅力的だと感じる場所は、
地元の人々の日々の生活に根付き、欠かせない
存在となっているような場所だ。
そのことで、その土地にしか存在しえない
独自の雰囲気を放ち、それが旅人にとっても魅力
となっていく。

香港のスターフェリーにMIDO CAFE、
チェンマイの蚤の市にカオソーイ屋、
台湾の誠品書店に夜市、ニューヨークやLAの
エースホテルなどもまさにそういった場所だ。

関西圏ではじめての出店になる
トラベラーズファクトリーにとっては、
まずは京都をはじめ関西の方に受け入れてもらう
ことがとても大事なこと。
コロナ禍の影響で図らずとも、オープンして
1年間(もう少し続きそうだけど)、
ゆっくり地元のお客様と向き合い、お話をする
時間を持つことができたのは、長い目で見れば
とても幸運なことだったと思う。

かつての中目黒がそうだったように、
少しずつ遠方や海外からのお客様が増えていき、
そこで地元の方と旅人との交流が生まれ、
おすすめの旅先の情報を交換したり、
さらにお互いの土地を行き来するような関係が
できたりすると、いいなと思っている。

さらに今までのエースホテル京都や72Kitchenとの
コラボレーションのように京都の他のお店や
ものづくりの方との交流を増やしながら一緒に
街を盛り上げることができたらとも思う。

そのためにも、まずは地元の方にとって
トラベラーズファクトリーが欠かせない存在に
なれるようにがんばっていきたいと思います。
引き続きよろしくおねがいします。

トラベラーズファクトリー京都では、
1周年記念の企画として、同じ新風館にある
ukaさんと合同でノベルティプレゼント企画を
6月21日より開催します。
こちらは、それぞれの京都スタッフ同士で
仲良くさせていただいていることがきっかけで
実現しました。

正直に言うと、個人的には馴染みの薄い世界では
あったですが、ukaさんはファンも多くとても
丁寧なものづくりをして素晴らしいブランドです。
トラベラーズの女性スタッフにも愛用者が多くて、
ukaさんの京都スタッフもトラベラーズノートを
使ってくれている方がたくさんいます。
それぞれのユーザーの皆様に喜んでいただくのと
同時に、京都の2つの店がさらに交流を深め、
盛り上がるきっかけになればと思っていますので、
よろしくお願いします。


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2021年6月14日

自転車に乗り思いを馳せる

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東京では、6月なのに梅雨を通り越して
もう夏になったみたい。
最近の自転車通勤は、ジャケットなしで
Tシャツ姿に、てぬぐいを首にひっかけて
出かけている。
暑いとはいってもまだ6月。
朝晩の空気は少しだけ冷気を含んでいて、
走りながら浴びる風が心地良い。

自転車のお供は最近はラジオがお気に入り。
今日は何を聞こうかとアプリをチェックし、
番組をスタートしてから出発する。
(ラジオを聴きながら自転車はダメとか、
コメントに入れないでくださいね)

自転車はトーキョースローをテーマにした
トーキョーバイクだから、ビュンビュン飛ばす
ロードバイクを横目に、のんびりペダルを漕ぐ。
上り坂ではギアーをローにして、じわじわと
浮かぶ汗をてぬぐいでふきながら漕いでいく。
東京駅を超えて皇居の前に来ると、
ふっと漂う緑の匂いが嬉しい。
六本木前の急な坂を登りきれば、
あとはオフィスまでなだらかな下り坂が続く。
ラジオの話にニヤニヤしたり、フムフムと感心
したりしながら、軽快にペダルを漕ぐ。
心地よい疲れとともに会社に着くと、
まずは冷たい水をコップ一杯ぐいっと飲む。
おいしいなあ。
本格的な夏がやってくるとTシャツは汗で
びっしょりになるのだけど、
それを新しいTシャツに着替えた瞬間は、
お風呂上がりみたいで、気持ちいい。

コロナがやってくる前は、暑い夏でも
熱気に満ちたぎゅうぎゅうの満員電車に押し込まれ、
乗り換え駅ではまるで巣に向かう働き蟻みたいに
行列に連なり歩いて通勤していたけど、
それから比べたらもう天国みたいだ。

昨年春にコロナがやってきて以来、
心が折れるような辛いことや、
面倒なこともたくさん増えて、
正直に言えばあんまり良いことはないけれど、
満員電車の通勤がなくなったのは数少ない
良いことのひとつかもしれない。

先週は、ここでもお知らせした通り、
トラベラーズファクトリーエアポートの
限定商品のオンラインショップでの販売と
あわせて動画をアップしている。
おかげさまで予想以上のオーダーもいただき、
さらにメールやSNSには温かいコメントを
たくさんいただきとても勇気付けられました。
しばらく販売していますので、ぜひ。
そしてトラベラーズファクトリー京都はオープン
1周年を迎え、さらにナイジェル・ケーボンとの
新しいコラボレーションに、京都のノベルティ企画
の情報をアップしたりで、緊急事態宣言中で
心を揺さぶられながら、バタバタと過ごしている。

いろいろ忙しく過ごした自転車での帰り道は、
映画のサントラを聴くのが最近のお気に入りだ。

ちょっと話がそれるけど、
中学生の頃にテレビの洋画劇場で見て感動した、
1970年代の映画で「サンダーボルト」という
作品がある。
クリント・イーストウッド演じる元銀行強盗が、
仲間と再び銀行強盗を計画するというストーリー
なんだけど、トラブルに仲間割れ、切ない別れなど
があって、最後はクリント・イーストウッドが
ひとりキャデラックを運転しながら、アメリカの
田舎道を走っていくというシーンで映画は終わる。

同じイーストウッド主演の「グラン・トリノ」も
最後はイーストウッド演じる頑固者の主人公から
愛車のグラン・トリノを受け継いだモウ族の青年が
海岸沿いを車で走らせて終わる。

ロードムービーの傑作「パリ・テキサス」もそうだ。
離ればなれの家族を引き合わせた主人公トラビスは、
ひとり車で走り去るシーンで映画が終わる。

どのシーンも悲喜こもごもいろいろあって、
ハッピーエンドとバッドエンドがグラデーション
のように混ざり合ったような複雑な感情の中で、
ひとり車を走らせるシーンで映画は終わる。
どれも僕の好きな映画の好きなシーンだ。
そういえば、この前見た「ノマドランド」も
そんな終わり方だったな。

エンディングで流れる音楽もまた素晴らしい。
「サンダーボルト」ではポール・ウィリアムス
の素朴な佳曲「Where Do I Go From Here」、
「グラン・トリノ」ではイーストウッドが自らが
しゃがれ声で歌うテーマソング「Gran Torino」、
「パリ・テキサス」ではライ・クーダーが
スライドギターで奏でるブルースの古典
「Dark Was The Night」が、ラストシーンを
感動とともに引き立ててくれる。

いろいろあって心がざわつく夜の帰り道、
ひとり車ではなく自転車に乗りながら、
これらの曲を聴き、映画の登場人物に想いを馳せる。
日々の暮らしは、映画みたいにそう簡単には
エンディングはやって来ないから、
ハッピーエンドとバッドエンドがグラデーションの
ように混ざり合いながら続く日々をなんとか
やり過ごしてやっていくしかないんだよな。
まあ、いろいろあるけど、がんばりましょう。


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2021年6月 7日

旅の記憶をノートに

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海外への旅がご無沙汰になって久しい。
一番最後に海外へ行ったのは、もう2年近く前の
2019年10月のことで、行き先は中国の成都だった。

成都は、かつては三国志の舞台のひとつで、
劉備が治めていた蜀の都だったこともあり、
古都ならではの歴史を感じる街並みに、
上海や北京などの大都会とは違ってゆっくり
流れる時間が魅力だった。
さらに四川料理の本場ということで、
唐辛子と山椒をたっぷり使った辛くて痺れる
食べ物にもすっかりはまり、短い滞在だったけど、
充実した時間を過ごすことができた。

旅の目的は、その翌年の春に開催を予定していた
成都でのイベントのための下見と打ち合わせだった。
会場の候補地を見て、現地の方と打ち合わせをして、
具体的な内容を詰めていったのだけど、
その後、ご存知の通り新型コロナの感染が世界中に
広がっていくことでイベントどころではなくなり、
予定は流れてしまった。

もちろん成都を旅していた時には、
そんなことになるなんて想像していなかったから、
たくさんの方に喜んでもらえるイベントにすべく、
トラベラーズノートを販売してくれているお店や
カフェのオーナー、ホテルを運営する方々と
お互いどんなことができそうかと話をした。
成都には上海や北京ではあまり見ることができない
運営者のパーソナルな匂いを感じる小規模のお店や
カフェがあることも魅力のひとつだった。
みんな目を輝かせて、何か楽しいことができないか
真剣に考え、話してくれたのが嬉しかった。
僕らは、半年後にイベントのために再訪するつもり
だったので、彼らと再会を約束して別れた。
でも、いつになったらその約束を果たせるのか
まったく分からないような状況になってしまった。

そんな中、トラベラーズの中国担当営業より、
規模を縮小して彼ら独自で成都でのイベント
を開催することになったとの報告があった。
それでいくつかのリクエストとあわせて、
僕や橋本が使っているトラベラーズノートを
会場に展示したいと話があった。

もともと計画していたタイミングからは
1年以上経っているし、成都に行ってからは
2年近く経っている。あれから世の中の状況は
すっかり変わってしまって、成都に行ったのは
ずいぶん昔のような気もする。
だけど成都は一番最後に旅をした海外の街でもある。
せっかくなので、2年前の成都の旅の思い出を
トラベラーズノートに描き、それを展示用に中国に
送ってもらうことにした。

旅の写真を見返しながらノートに向かっていると、
カメラのファインダーに映るピンボケの風景が
レンズを絞りこむことでだんだんクリアになって
いくように、旅の記憶が鮮明によみがえってきた。
僕は近所にある行きつけのカフェのテーブルで、
成都の旅を描くことにしばらく没頭した。

「このノートは、はるばる成都に旅立っていき、
成都の人たちの目に触れるんだな」
描き終わって冷めたコーヒーを飲みながら、
そんなことを考えていると、あの土地で出会った
人たちに、四川料理の痺れるような味、朝のお茶を
飲んだ公園の心地よい空気が懐かしく浮かんできた。
「成都のみなさんによろしく」心でそんな言葉を
呟きながらノートを閉じた。

海外への旅をするにはもう少し時間が
必要だと思うけど、かつての旅を思い出しながら
ノートに綴ることで、ひとときの旅気分に浸ること
ができた。皆様もぜひやってみてください。

話は変わりますが、海外への旅が難しい中、
トラベラーズファクトリーエアポートは、
もう1年以上休業が続いています。
だけど、前にも書いたように
またいつかこの場所に以前のような賑わいが戻り、
安心して海外への旅ができる日が必ずやってくる
はずだと信じています。
その日が来るまでトラベラーズファクトリー
エアポートを存続させるべく、また同時に、
皆様に少しでも成田空港からはじまる旅気分を
感じてほしいとの思いで、エアポートの限定商品を
期間限定でトラベラーズファクトリーオンライン
ショップ
で販売することにしました。

発売前には店内の様子やエアポートエディションの
ことをお話する動画をインスタ等でアップします。

海外への旅の思い出をエアポートエディションの
トラベラーズノートに綴ることで、旅気分はさらに
盛り上がるはずです。
また、いつかまた海外へ旅立つ機会がやってくる時
のために、行きたい旅の計画を綴るのも良し。
この機会にぜひ!


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2021年5月31日

涙の陸上部

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中学生の時、僕は陸上部員だった。
当時は(今もそうかもしれないけど)、
中学生になったら、運動部に入って何かスポーツを
やるということに無言の圧力みたいなものがあった。
中学校への入学が近づくと、親はもちろん、
親戚に近所のおじさん、おばさんもみんな
「何部に入るの?」とか「スポーツは何をやるんだ」
と聞いてきた。
スポーツが得意でも好きでもなかった僕は
「まだわかんないよ」とめんどくさそうに
受け流していたけど、なんとなく何かやらないと
いけないのだろうなと考えていた。

結局、球技や団体競技は苦手だったし、
小学生の時は足が速かったことがちょっとした
自慢だったので、陸上部に入ることにした。
そんなわけで僕は、中学生になると部活動のため
毎日近くの錦糸公園まで走っていき、公園に着くと
その周りをぐるぐると何周も走っていた。

陸上部に入って1ヶ月ほど経つと、みんなで
100メートル走のタイムを測った。
タイムは、才能がある少数の優秀な部員と、
それ以外の平凡な人たちとの差を明確に分けた。
先生の興味は優秀な部員のタイムをいかに縮めるか
ということに割かれていき、それに呼応するように
その他の平凡な部員たちは、やる気をなくし
だらだらと練習するようになった。

小学生の時は、足の速さでクラスで1、2位を
争っていた僕も、腕ならぬ足に覚えがある中学生が
集まった陸上部の中ではぱっとしないタイムしか
出すことしかできず、平凡系グループに入った。
スポーツは概してそうかもしれないけど
特に陸上競技の短距離走は、持って生まれた
才能がものをいう世界で、中学に入るのと同時に
それをまざまざと見せつけられることになった。

陸上部の練習はほぼ走ることだけなので
面白いわけではない。数ヶ月経つと、
平凡系グループはだんだんと部活をやめていき
部員の数も減っていった。
だけど昔から一度やると決めたことは、
生真面目に続けていくという性分がある僕は、
走ることが好きだったわけでもないし、
足が早くなるという手応えもほとんどないのに、
それほどやる気もないまま毎日練習に通った。

レギュラーメンバーしか試合に参加できない
団体競技と違って、部人数も多くなかった
うちの陸上部は、僕らのような2軍級の部員も
公式試合にエントリーできた。
入賞を狙える100メートル、200メートル走に
1500メートルなどは、優秀な部員がエントリーし、
僕らは、彼らが参加しない400メートルとか
800メートル走などマイナー競技に参加した。
当然たいした結果を残すことはできなかったけど、
公式試合に参加して女子たちから声援を浴びるのは、
やっぱり嬉しかった。
陸上部を続けていて良かったことはそれくらいで、
自分には才能がないし、努力は実を結ばないという
ことを残酷なまでに思い知らされただけだった。
僕は走ることがますます嫌いになった。

その後、ロックに興味を持つようになり、
ギターをはじめるようになった。
音楽も才能がものをいう世界で、
音感やリズム感などは持って生まれた才能に
よるところが大きいような気がする。
僕が何度練習しても弾くことができないフレーズを
同じ時期にギターをはじめた友人が難なく弾くのを
見て、またしても自分に才能がないのを実感した。

だけどロックが素晴らしいのは、楽器をうまく弾く
ことがすべてではないということだった。
流暢なソロが弾けなくても、単純なコードストローク
だけで感動を与えてくれるミュージシャンはたくさん
いたし、楽器の才能だけでなく、メロディーや歌詞、
ステージワークなどさまざまな要素が組み合わされて
生まれるものだった。

僕はいつまでたってもギターは上手くならなかった
けれど、曲を作ることを覚えて、その曲に友人が
素敵なギターソロをつけてくれた。
僕はロックを通じて、チームプレーの楽しさを
知ることができた。
そして、音楽がますます好きになっていった。

前に有名な水泳選手が「努力は必ず報われる」と
言っていた。厳しい状況のなかでまさに努力で
勝ち得た勝利には心から敬意を感じるけど、
やっぱりこれは才能がある人だから言えること
だと思う。

才能がない僕らには、日本全国の人たちに感動を
届けることはできないかもしれない。
だけど、ささやかもしれないけど自分の中にある
得意なことをなんとか見つ出して、
それを仲間とともに持ち寄って、アイデアに運、
火事場のクソ力にも頼りながらやっていくことで、
一部の人かもしれないけど誰かに喜んでもらったり、
ちょっとした幸せを感じてもらったり、
生活に前向きな変化をもたらすことができたら、
それでもう十分幸せだなと思う。

緊急事態宣言の延長が決まってしまいましたが、
トラベラーズファクトリーの公式サイトでは
新しいお知らせをアップしています。
溢れる才能が堪能できそうな寺田克也さんの展示に
技術とアイデアの結晶のTO&FRO受注会、
僕らも楽しみにしています。
ご来店できる方はぜひ来ていただきたいし、
来られない方も今後アップするオンラインショップ
での特集ページを覗いていただけたら嬉しいです。


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2021年5月24日

from Narita Airport

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先週、久しぶりに成田空港へ行ってきた。
電車は、空港が近づくほどに乗客もまばらになり、
スーツケースを持つ人もほとんどいない。
成田空港に着き、出発ロビーへ出ると
想像通りチェックインカウンターはがらがらで
掲示板に表示されたフライトスケジュールには
半分以上に欠航の文字が記されていた。
それでもバンコクやソウルなどいくつかの便は
運行していて、チェックインカウンターに並ぶ
旅人の姿もないわけではない。
ただ、その表情にはちょっとした緊張があり、
旅の高揚感は感じられなかった。

トラベラーズファクトリーエアポートがある、
ショップエリアに着く。
ほとんどの店は休業中だったり、
すでに撤退していたりして、以前の活気はない。
僕は先に来ていたスタッフに「おはよう」と
声をかけると、店内に入って天井を見上げた。

空調などの配管がむき出しになった天井は、
店の外の天井よりも高くなっていてそこだけ
独立した空間のような感覚を抱くことができる。
天井からは、香港の古い自転車や地球儀、
宇宙戦艦ヤマトの模型などが吊るされ、
手が届かない位置に取り付けられた棚には
古本やレコードに手書きの看板、ノートなど
思い入れたっぷりのガラクタがが並んでいる。

場所は、例えばどこか異国の寂れたロードサイド、
もしかしたら銀河鉄道999の停車駅があるような
地球以外の星のどこかかもしれない。
そんな場所にひっそり佇む、腕の良い職人気質の
整備士が営む古いガレージのようなイメージだ。
旅の途中で、走り続けてぼろぼろになった車や
ハン・ソロのファルコン号みたいな宇宙船を
修理してくれたり、ゴルゴ13が仕事前に立ち寄り
道具を調達するように、それぞれの旅に必要な
道具を揃えてくれる場所。

店内に入り、天井を見上げることで
そんな雰囲気を感じて欲しいと思って作った。
それが成功しているかどうかは分からないけど、
僕はこのトラベラーズファクトリーエアポート
の天井を見上げた風景が好きだ。

この日、この場所に来たのは、
休業が続く中で何かできないかと考え、
トラベラーズファクトリーエアポートや
その商品を紹介する動画を撮影するためだった。
(詳細は6月にお知らせできると思いますので、
楽しみにしてお待ちいただけたら嬉しいです)

撮影の途中、展望デッキに向かった。
飛び立つ飛行機はカーゴ便が多かったけれど
それでもゴーっという音を立てながら、
飛行機が離陸していく姿を眺めていると、
ふっと旅の誘惑に心が包まれていった。

夕方になると、空港はますます物寂しい空気に
包まれた。
ほとんど人がいないチェックインカウンターに
フライトスケジュールが表示される電光掲示板も
ほとんど空欄。その横にある大型ディスプレイに
流れる東京オリンピックのキャラクラーによる
アニメーションが空虚感をさらに募らせた。
その風景は、エドワード・ホッパーが描く旅の絵
を思い出させた。
都会の夜の人気の少ないダイナーを描いた
『ナイトホークス』や、夕暮れ時の田舎のガソリン
スタンドを描いた『ガス・ステーション』などは、
寂寥とした旅の孤独を感じさるけれど、
同時に自由を感じさせ想像力を喚起してくれる。

静かな空港を眺めながら、
以前の賑やかで旅の高揚感に満ちた人たちで
溢れていた時を思い出し、同時にコロナ禍が終焉し、
またその風景が戻ってきた時のことを想像した。
きっとその時は、長い間栓を抜かずにいたワインが
熟成していくように、旅の味わいや喜び、その意義も
以前よりずっと深まるのかもしれないな。

トラベラーズファクトリーエアポートで
もうひとつ好きな風景が、店内から見た、
チェックインカウンターの方に向かう出口の風景だ。
周りを商品やガラクタのような装飾物に囲まれた出口
(入口でもあるのだけど)を進むと、
出国のためのセキュリティーチェックがある。

これから世界のどこかへ旅立とうとする人がいる。
そこは長年夢に抱いた念願の場所かもしれないし、
人生をかけた仕事のための旅かもしれない。
異国で暮らす恋人にやっと会えるのかもしれない。
そんな旅人たちが、旅のはじまりの直前に
トラベラーズファクトリーに立ち寄り、
最後の旅の準備のためのひとときを過ごし、
旅を始めるためにこの出口を抜けていく。
この風景を眺めていると、そんなシーンが頭に
浮かんでくるのだ。

もう少し時間はかかるかもしれないけど、
きっとまた以前のように海外への旅ができる日が
必ずやってくるはずだと信じています。
その時はぜひトラベラーズファクトリーエアポート
にお立ち寄りください。


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店長のプロフィール

(株)デザインフィルでトラベラーズノートの企画を担当している飯島です。