2022年8月 8日

Viva! Sento! Viva! Hammam!

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僕は休日によく銭湯に行く。
家に風呂があるのにわざわざ銭湯に行くのは、
家にはない大きい湯船やサウナなどを楽しみたい
ということもあるのだけど、銭湯に行くことで、
ちょっとした非日常感、さらに言えば旅気分を
味わいたいということもある。

旅先で銭湯に行くのも好きで、旅先の場合は逆に
銭湯に行くことで、その土地の住民になれたような
気分を味わえて、旅の中に日常を感じられるのが
嬉しい。

銭湯というのは日本独自の文化で、
海外で似たような施設を見つけるのは難しい。
スパと呼ばれるような施設はよくあるけれど、
地元の人が日常的に通うというとちょっと違う。
だけどトルコのハマムは、長い歴史を持ち、
庶民が日常的に通うというそのあり方も日本の
銭湯によく似ている公共のお風呂施設だった。

トルコを旅したのは、もう30年以上前の学生時代。
イスタンブールを起点に20日ほどかけて黒海沿岸
からアンカラを経由しながら地中海沿岸を巡り、
最後にまたインスタンブールに戻った。

最初にハマムに入ったのは、イスタンブールから東へ
200キロほど進んだサフランブルという町でのこと。
古い建物が残る小さな古都で、トルコ最大の都市、
イスタンブールから着くと、人が少なく静かなことに
まずはほっとした。

この町では、一人で歩いていると小さな子供が手を
ひっぱりながら町を案内してくれたり、喫茶店で
お茶を飲んでいると、近くに座っていた地元の人が
何も言わずにお金を払ってくれたり、都会では
なかなか味わえない旅人に対する優しい振る舞いを
何度も体感することができた。

夕方のこと、一人で旧市街を歩いていると、
小さなモスクのような建物を見つけた。
中を覗いてみようとすると、地元のおじさんが
手招きするように中に入れと言う。
イスタンブールではそんな誘いがあると、警戒心から
思わず身構えてしまうことも多かったけれど、
この町に来てからそんなこともなくなっていた。
僕はよく分からないまま中に入ると、
公衆浴場のような場所だということが分かった。
ハマムのことは、その旅の唯一の情報源だった
地球の歩き方には書いてあって、少しは知って
いたような気もするけど、それほど詳しい情報は
掲載されていなかったし、当時はインターネット
もなかったから、ほとんど何も分からない状態で
入ったはずだったと思う。

とにかく中に入り、まわりの人の見様見真似で、
服を脱ぎ、手渡された大きな腰巻を巻いて浴場に
入った。
そのハマムはお風呂はなくて、代わりに全体が
スチームサウナのように温かくなっている。
中央には大理石で作られた小上がりのような場所が
あって、みんなそこで思い思いに座ったり、
寝っ転がったりしながらハマムを楽しんでいた。
僕もまたエキゾチックな作りの浴場に心を踊らせ
ながら、ゆっくり体を温めた。

壁際には洗い場が用意されていて、
そこで汗を流したり、頭を洗ったりする。
僕は日本から持ってきていた旅行用の小さな容器に
入ったシャンプーとボディーソープをバッグから
取り出して浴場に戻った。

旅をしたのは2月ごろで、トルコもかなり寒い季節
だった。安宿のあまりお湯がでないシャワーで
震えながら頭や体を洗っていたこともあって、
温かくお湯もたっぷりある快適な場所で、
ゆっくり体を洗えるのも嬉しかった。

体を洗っていると、隣にいた地元のおじさんが
シャンプーを貸してほしい、と話かけてきた。
僕はどうぞ、と言うと、彼は嬉しそうにシャンプー
を手に取った。そして二人で並んで頭を洗った。
浴場を出たら、休憩室でしばらくのんびりする
というのも銭湯に似ている。
ぼんやり座っていると、さっきシャンプーを貸した
おじさんが、お礼にとお茶を奢ってくれた。
「やっぱり日本のシャンプーはいいね。
トルコのシャンプーはあんまり質がよくないんだよ。
だからトルコには髪が薄い人が多いだろ?」
と自分の薄くなった頭を指差しながら言った。
髪が薄くなることにリアリティを感じるには
当時の僕はまだ若かったから(今は違うけど)
あいまいに頷きながらお茶を飲んだ。
彼が話すのは、まったく意味の分からないトルコ語
と、少ない語彙の英単語をつなぐだけの会話なので、
それほど深いコミュニケーションがとれたわけでは
ないけれど、僕は現地の人の日常に触れ合えたような
気がして嬉しかった。

それからトルコでは街を移動し、ホテルに
チェックインすると、まずはその場所を聞くくらい
ハマムにはまった。
黒海沿岸の小さな街ではいかにもローカルという
感じのハマムが味わい深かったし、
ブルサという温泉地に行くと、プールのような
大きな浴槽を備えたハマムがあるということを聞いて、
そのためにわざわざ立ち寄ったりもした。
いつかまた行ってみたいな。

先週末にトラベラーズファクトリーサイトに、
とぅ~あんどふろ」のお風呂道具の情報をアップ
したということもあって、旅先でのお風呂のことを
書いてみました。
でも、ハマムのことを思うと、日本の銭湯も
海外から来た旅人にとってはかなり快適で面白い
経験ができる場所だと思うし、日本に銭湯がある
ということが、なんとも誇らしく思う。
Viva! Sento! Viva! Hammam!


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2022年8月 1日

雨にぬれても

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トラベラーズファクトリー中目黒の建物は
けっこう古い。オープンする際に聞いたときには、
オーナーは確か築50年か60年くらいと言っていた
ような気がするけど、あれからさらに10年以上
経ったので今では築60、70年ということになる。
(そんな曖昧な感じもまた古い建物ならでは)

オープンする前に建物の中を見せてもらったとき、
外観以上に味が出ているくたびれ具合にすっかり
魅了されるのと同時に、お店として安全でちゃんと
機能するのかどうか、けっこう不安があった。
特に、急な階段を登って2階を見たときには、
さらに不安が募った。
上を見ると天井はボロボロで、下を見てみると
なぜか床板の間にはうっすらと隙間があって、
そこから1階が覗けて見えて思わず足がすくんだ。
場所によっては床板は腐りかけていて、知らずに
足を踏むと、ぐにゃっとした柔らかい感触を感じる。
きっと、そこで思いっきりジャンプをしたら、
ドリフのコントみたいにそのまま床が抜けてし、
1階まで落っこちてしまうんだとうなと思った。
だけど、懐かしい装飾が施された磨りガラスから
優しい光が差し込む空間は、1階とはまた違って
明るく心を落ち着かせてくれるような雰囲気あって、
1階との対比も素敵だと思った。

そんな建物だったけれど、
その後、すべてのトラベラーズファクトリーの
内装を手がけてくれた大将が、見終わった後に
「直せば大丈夫ですよ」と太鼓判を押してくれた
こともあって、この場所に決めた。
そうして、ボロボロだったクラッシックカーを
また走ることができるようにレストアするように
建物をトラベラーズ仕様にリノベーションしてもらい
無事、オープンすることができた。

その後も古いなりに、トラブルはけっこうあった
けれど、それでもなんとか10年以上営業を続ける
ことができた。
もともと古かった建物がトラベラーズファクトリー
としてこれまでの歴史を受け継ぎ、さらに新しい
歴史を重ねていけるのも嬉しい。
この建物を最初のファクトリーに選んだことを
悔やんだことは一度もないけれど、ここでよかった
と思ったことは今まで何度もあった。

だけど、ここ最近の雨漏りは、このままだと
営業に支障をきたしそうレベルに迫ってきた。
雨漏りは古い建物にありがちなトラブルだし、
これまでも何度かあったのだけど、その都度、
屋根の一部や壁のヒビにパテを塗ったり、
天井裏を細工したりして、小さな修理を続けてきた。
それから月日が経ち、大雨に襲われると、
またどこからともなくじわじわと水が漏れて、
ちょっとした修繕をするという、モグラ叩きみたいな
状態がしばらく続いていた。

そんな中、今年の梅雨のゲリラ豪雨のせいなのか、
経年劣化でいよいよ屋根どこかに大きな穴が空いて
しまったのか、それともその両方が理由なのか、
とにかくタガが外れてしまったみたいに一気に
雨漏りが加速してしまい、いよいよこれまでの
レベルの補修では済まなくなってきたのだ。
この前の雨では、2階の床がびしょ濡れになるほど
水が漏れてしまった。
とりあえずの応急処置として、大将に来てもらい
炎天下の中、天井を覆うようにブルーシートを
貼ってもらった。
さらに秘密基地のひみつの場所で、個人的には
お気に入りの場所であった、屋根の上に設置した
ウッドデッキも雨漏りの修繕のために撤収して
もらった。
もちろん、それで完全に雨漏りが防げるとは
思えないので、近々で大掛かりな補修をする
予定を組んでもらっている。

トラベラーズファクトリー中目黒の建物は、
運転しづらい上に故障が多いクラシックカー
みたいなもので、古いゆえの味のある佇まいが
魅力だけど、その分ちょっとした不便は多いし、
けっこう手間もかかる。
だけど、そんなところがまたトラベラーズっぽい
と思うし、手がかかるゆえに愛着が深まるのも
魅力だったりする。

まあでも、今は中目黒の雨漏りに関しては
味と言うにもほどがある、というか、
怪我をおして包帯を巻いて出場する満身創痍の
スポーツ選手のような状態でもあるので、
秋が来る前には屋根を張り替えて、台風シーズンを
万全な状態で迎えたいと思っている。
それまでは、トラベラーズファクトリー中目黒を
温かく見守っていただけると嬉しいです。
まずは、それまでゲリラ豪雨や台風が来ないことを
祈ります。

話変わって、トラベラーズファクトリー京都で
開催したペイントカスタマイズに、たくさんの方に
参加いただきありがとうございます!
引き続き、The Superior Laborのエンジニアバッグ
などのカスタムメイドオーダーを各店で受け付けて
いきますので、こちらもよろしくお願いします。

最近は、京都でのイベントが続きますが、
屋根の修理が終わって、いろいろ落ち着けばまた
中目黒でもイベントをいろいろやりたいと思うので
よろしくお願いします。

今日から8月。
暑い日が続きます。くれぐれもご自愛ください。

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2022年7月25日

寝台列車の旅

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毎年の夏の定例行事として、
最近、トラベラーズタイムズの制作をしている。
17号となる今号は、今年4月にトラベラーズホテル、
エアライン、トレイン、レコードをテーマにした
トラベラーズノートをリリースしたこともあって、
それらの架空のホテルやエアラインなどを利用して
の旅を想像してもらえたらいいな、というような
ことをテーマに現在、鋭意制作中です。

僕はテキストを主に担当しているのだけど
まずは、そのテーマに沿って少ない脳みそを
総動員しながら想像力を働かせるのと同時に、
これまで自分がトラベラーズノートに描いた
絵日記やこのブログに書いたことを読み返して、
その内容を参考にして書くことが多い。
ものづくりに限らず、イベントや企画ごとでも
何か新しいことをするときには、その瞬間に
頭を巡らせたり、体を動かす瞬発力が必要だけど、
それと同時に、今まで日々愚直に積み重ねてきた
ものが役に立つことが多い。

トラベラーズノートに日々の記録や想い、
アイデアなどを綴りながら、小さなアプトプットを
継続していくということは、いつかそれを眺めて
懐かしく思い出を振り返るためだけではなく、
未来に新しい何かを作ったり、何か行動したりする
ための推進力となるエネルギーや、その骨格となる
材料を日々蓄積していくようなことでもある。

そうやって蓄積してきたエネルギーが時間を経て
熟成されることで強い推進力を生むことがあるかも
しれないし、材料が磨かれ続けることで宝石のような
輝きを放つこともあるかもしれない。

いや、今回のトラベラーズタイムズの制作中に、
そんな特別な推進力や輝きがあったという話でない。

トラベラーズトレインのことを考えていたら、
その食堂車はどんな感じなんだろうと思い、
ふと、ずいぶん前にバンコクからチェンマイに行く
際に、寝台列車に乗ったことを思い出したのだ。

で、早速このブログを検索してみると、2009年の
12月。乗ったのは今から13年前のことだった。
自分が寝台列車に乗ったのは、今まで3回しかなく、
その中でもこのチェンマイ行きの寝台列車が、
食堂車を利用した唯一の経験だった。
ブログには食堂車のことは書いていなかったけど、
そのときのことを鮮明に思い出すことができた。

そもそも飛行機ならバンコクからチェンマイまでは
1時間程度で行けてしまうのに、わざわざ14時間も
かかる寝台列車で行ったのは、単純に乗ってみたい
という興味があったのとあわせて、その旅のことを、
当時制作していたトラベラーズプレスという
リトルプレスの記事にしようという目的もあった。

昔の上野駅を思わせるような、懐かしい旅情を
感じさせるバンコクの玄関口、ファランポーン駅を
夕暮れ時に出発して、朝にチェンマイに到着する。
電車に乗ると、予約していたコンパートメント付き
の1等寝台に、デパ地下で買ってきた食事を並べて、
ちょっと贅沢な夕食をとった。
だんだん外が暗くなるとあわせて、都会を離れて
ひと気の少ない田園地帯に変わっていく。
列車の窓からは、蛍の光のようにぽつんぽつんと灯る
家のあかりが見える。
僕らはガタンゴトンと鳴る電車の音をBGMに
遅くまでタイのビールを飲んで話をしながら、
寝台列車の夜を楽しんだ。

朝、空がぼんやり明るくなったところで目が覚めと、
寝ぼけまなこで横になりながら顔だけ車窓に向けて、
まどろみの中で少しずつ朝日現れてくるのを眺めた。
朝日がすっかり顔を出して、本格的に朝がはじまると
スタッフが配達してくれたおかゆの朝食をいただく。
その後、電車の中を探検しようと、2等寝台に
座席が倒れない3等席を渡り歩いていくと、
最後尾に食堂車があった。
朝食はすでに食べていたので、コーヒーをオーダー。
窓を開けて風をいっぱいに浴びて、タイの田舎の
田園風景を眺めながらコーヒーを飲む。
コーヒーは煮詰まったような味で、決しておいしい
とは言えないのだけど、それでも満足だった。

13年前の寝台列車の旅を思い出しながら、
頭の中にトラベラーズトレインの食堂車を思い描き、
トラベラーズタイムズのための絵を描いた。
雰囲気は、あのときコーヒーを飲んだ食堂車とは
ずいぶん違うけれど、こんな食堂車でのんびり時間を
過ごしたいと思いながら描いていると、
あのときのワクワクした気持ちを思い出した。

先週ちょっとした用があって、チェンマイの工房に
電話をして、ひと通り仕事の話が終わると、
もう3年間も行けてないし、そろそろチェンマイに
行きたいな、と僕は願望も込めてつぶやいた。
チェンマイでは、最近は少しずつだけど観光客も
戻りつつあるようで、ぜひ来てください、
いつ頃になりそうですか?と現実感のあるトーンで
答えてくれた。
ちょうど食堂車の絵を描いた直後だったこともあり、
今度チェンマイに行くときには、寝台列車に乗って
いくのもいいな、と思った。


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2022年7月19日

ENJOY THE GION FESTIVAL

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梅雨が明けたと思ったら、しばらく雨が続き、
しかもその雨は、梅雨の雨というよりも
タイや香港などの南国のスコールを思わせる雨。
すっかり変わってしまった日本の夏の気候で、
思いがけずしばらく訪れていない南国の街を
ふと思い出してしまった。

そんな中、3連休は京都で祇園祭があった。
トラベラーズファクトリー京都がある新風館から、
祇園祭の開催にあわせて、店舗前のスペースを
解放するから、それぞれの店舗で何かやってほしい
と案内が来たのが約1ヶ月前。
京都がオープンして以来、コロナの影響で
祇園祭は2年連続で大幅に規模が縮小され、
実質中止のような状況だったし、
スタッフに純粋な京都出身者がいないこともあって、
祇園祭のことはみんなよく分かっていなかった。

それでも京都を象徴する一大イベントに
トラベラーズも何らかのかたちで参加したいとの
思いで、スケジュールが厳しい中で、
急遽スタッフみんなでバタバタと準備をして、
今回のカンバッジとスタンプができあがった。

僕自身、祇園祭を実際に見たことはないし、
その名前を聞いたことがあるくらいで、
正直に言えばまったく知らないに等しい。
早速調べてみると、その歴史は平安時代から
1100年以上続く壮大なもので、祭の期間は
1ヶ月に渡りさまざま儀式が催されたりして、
複雑でなかなか分かりづらい。
テレビのニュースなどでよく見るのは、
山鉾巡行という儀式で、その巡行の前を宵山と
呼ぶようだけど、それが前祭と後祭の2回ある
みたいで、新風館で案内があったイベント期間は
その前祭になるのか...。
そんな感じでみんなで手探りでいろいろ調べたり、
カンバッジをデザインして撮影したり、
イベント前日までカンバッジマシンをガチャコン、
ガチャコンと動かしながらバッジを作ったりして
準備を進めた。

イベント期間中は、店の前に屋台のようにカンバッジ
コーナーを設置、さらに新風館のはからいでスタッフ
は浴衣を着て、お祭りモードでの営業になった。

僕は京都に行くことはできなかったけれど、
スタッフから送られてくる写真や報告で、
たくさんの方が楽しそうに、祇園祭デザインの
バッジをノートに付けたり、スタンプを押して
くれたりしている知ることができたし、
今までちゃんと見たことがなかったのに、
NHKで放送されていた山鉾巡業の生中継を思わず
最後まで見たりして、ちょっとだけ京都を旅して
祇園祭に参加したような気分になることができた。

山鉾にもいろいろあって、一番最初に巡行を始め、
鉾先きに長刀を付けている長刀鉾(なぎなたほこ)、
船の形をした船鉾(ふねほこ)に月鉾(つきほこ)や
鶏鉾(にわとりほこ)、蟷螂山(とうろうやま)には
巨大なカマキリの模型が載っていて、進むたびに
カマキリの羽や足が動くようになっている。

鉾の周りは、タペストリーのような布で覆われている
のだけど、それらは日本画のような刺繍や織物だけ
ではなく、ペルシャ絨毯やゴブラン織り、
キリスト画のような柄まで世界中のものがある。
これらはテレビでの解説によると、柄が持つ意味
より、当時、異国より届いた美しい工芸品を
この祭を機に庶民に目で見て楽しんでもらいと考え、
山鉾の飾りに使っていたとのこと。
つまり、その意味や難しいことを考えずに、
ただ荘厳な様を見て楽しむのも良いのかもしれない。

一方で鶏鉾(にわとりぼこ)を帯のように飾る
水引が200年ぶりに新調されたことをテレビでは
伝えていたのだけど、鶏鉾ということで、鶏を
モチーフにした紋様の最初のデザインを
「鶏鉾だから鶏というのは当たり前すぎて、
京都らしくないですね」と一蹴し、最終的には
鶏のトサカにその花の形状が似ているから名がついた
ケイトウという植物をモチーフにした紋様になった
のを見て、由来を聞かないときっとほとんどの人が
気づかないんだろうなと思いつつ、それもまた京都
らしいとも思った。

そんなわけで、今までほとんど興味も知識も
なかった祇園祭が、今回のイベントをきっかけに
興味が湧き、身近になったのも嬉しいし、
いつかその場に立ち会ってみたいという思いが
どんどん湧き上がってきた。

もともと祇園祭は、疫神や天災を鎮めること
を祈願することがきっかけで始まっている。
いい加減コロナは終わってほしいし、
気候変動による大雨や猛暑は鎮まってほしい。
戦争はいまだに続いているし、日本だって、
あいかわらず心がモヤモヤするような
不穏でやるせないニュースに満ち溢れている。
祇園祭に祈りたいことはいっぱいある。

きっとこれからもトラベラーズフトリー京都では
祇園祭にあわせて何らかのイベントを続けていくこと
になると思いますので、いつか皆様も遊びに来て
いただけたら嬉しいです。


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2022年7月11日

TRAVELER'S FACTORY AIRPORT 8周年

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実はインスタでアップしようとしていたのに
すっかり忘れてしまって、まるで言い訳みたいに
ここに書いてしまうけど、先週の7月8日に
トラベラーズファクトリーエアポートができて
8周年を迎えた。

エアポートは、最初の緊急事態宣言がはじまった
2020年4月以降ずっと休業中で、その期間はもう
2年と3ヶ月になる。
つまり8周年を迎えたのだけど、そのうちの4分の1
以上が休業ということにもなる。

その間に、京都がオープンし、ステーションや
エアポートは、感染状況によって波はあるけど、
通常営業に近い形になりつつある。
この一週間で一気に感染数が増えてしまい、
若干不穏な気配があるけれど、それでも、
街には人も戻り、観光地に多くの人が訪れている。
この2年で、僕らは手探りでコロナ禍でも
安全に仕事をしたり、人と会ったり、旅をしたり
する方法を模索してきた。
そして、はじめて水風呂に浸かるときに
恐る恐る足を入れ、ゆっくり腰を下ろし、
少しずつ体を慣らしていくみたいに、今の生活を
取り戻してきた。

東京駅では確実に人の往来が増えているし、
中目黒や京都では少しずつリアルイベントを開催し、
先月はコロナ禍以降の初の地方でのイベントとして、
北海道小樽でノートバイキングを開催した。
だけど、そんな中でエアポートだけが、
まるで取り残されたみたいに休業を続けている。

今、トラベラーズファクトリーエアポートは、
成田空港第一ターミナル内で扉を閉じて、
休業前の状態をキープしている。
だけど、すべての商品は経年劣化を防ぐために
他店に振り分けられ、エアポート限定アイテムも
ほとんど残っていない。
ヒグマが冬眠中に、体温を下げて動かず眠ることで
エネルギーの消費を最小限に抑えるように、
エアポートは、スタッフもほとんど訪れず、
商品を置くこともなく、ひっそりと成田空港の
中で身を潜めるように休んでいる。

「いつ再開する予定ですか?」とお問い合わせを
いただくこともあるのだけど、いまだに観光客の
入国者数の制限がされて、人も少なく閑散とした
成田空港を見ると、まだ時期尚早な雰囲気だし、
これならいけそうだと、営業再開を決めてからも、
それなりに準備期間が必要でもある。
現時点で「いつオープンできます」とはっきり
言うことができないというのが正直なところだ。

だけど、僕らにとってトラベラーズファクトリー
エアポートは、トラベラーズノートが世界と繋がる
ための扉のような存在でもある。
エアポートがオープンした2014年頃は、
ちょうどトラベラーズノートが世界中に広がって
いくことができた時期とも重なっている。
日本の玄関口でもある成田空港にオープンしたのは、
日本を訪れる世界中の旅人に、トラベラーズノートを
知ってもらいたいということが理由のひとつだった。
ちょうど今日から新たにパートナーショップに加わる
フランス、プロヴァンス地方にあるMaison Godilloの
オーナーは、買付のための出張で日本に来た際に、
この場所で偶然トラベラーズノートに出会って、
使ってみたことがきっかけで、彼らのお店で扱うこと
になったそうだ。
他にも同じような話はたくさん聞くことができるし、
トラベラーズノートユーザーの方が日本に着くと、
まずはこの場所に足を運び、日本を旅する記録を
するためのノートを手に入れたり、スタンプで
カスタマイズをする姿を見ることができた。

そして、僕ら自身もイベントやチェンマイの工房を
訪ねるために、海外への旅に出るときには、
トラベラーズファクトリーエアポートに立ち寄って
ノートにスタンプを押したり、スタッフと話をしたり
することで、旅を盛り上げていた。

トラベラーズファクトリーエアポートの再開は、
同時に僕らはもちろん、トラベラーズノートを使う
みんなの海外への旅がいよいよ始まることとリンク
しているような気がしている。

3年近く海外へ旅することができずにいるし、
もうずいぶん長い間、海外から旅してきた方と話す
機会がない。

それぞれ違う国からやってきた旅人同士が、
トラベラーズファクトリー中目黒の二階で出会い、
お互いのトラベラーズノートを見せ合いながら
話をしている姿を早く見てみたいし、
多くの海外の方が訪れることができていない
トラベラーズファクトリー京都を見てほしい。
そして、海外への旅をしたくてうずうずしている人は
たくさんいるはずだ。
はやくエアポートが再開できるような状況になると
いいな。

話変わりますが、今週開催される祇園祭の山鉾巡行
にあわせて、トラベラーズファクトリー京都でも、
ちょっとだけ特別なことをする予定です。
近々、トラベラーズファクトリーの公式サイトと
SNSでお知らせしますので、地元に方や、
このタイミングで京都旅行を計画している方は
楽しみにしていただけると嬉しいです。


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2022年7月 4日

COFFEE & NOTEBOOKS

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何度か見ているのに、アマゾンプライムに
表示される、あなたにおすすめ映画のリストに
誘われて映画「コーヒー&シガレッツ」をまた
見てしまった。

タイトルの通り、タバコを吸い、コーヒーを
飲みながら、とりとめない話をする姿を描いた
短編が10編ほどのオムニバス形式になっている
映画なのだけど、それぞれの短編に繋がりもないし、
特別なオチもない。
深い感動を誘うような名作映画ではないけれど、
ふとしたきっかけでなんとなくその映画のシーンを
思い出し、ついニンマリしてしまう、そんな映画だ。

例えば、「カルフォルニアのどこかで」は、
寂れたダイナーで、イギー・ポップが所在なさげに
コーヒーを飲みながら誰かを待っているシーンから
始まる。
少し遅れて、トム・ウェイツがやってくると、
いっさい悪びれることなく、遅れた理由を意味不明
な言い訳とともに伝えてくる。
イギーは面倒そうにその言葉をやり過ごしながら、
「コーヒーでもどうだ」とカップに注ぐ。
するとトムが、前の客が忘れたというタバコが
テーブルにあることに気づく。
「タバコを吸うのか?」と聞くイギーに、
「俺はもうずっと禁煙している」とトムは答える。
同じように禁煙しているイギーは、安心したように
タバコを辞めていかに体の調子が良くなったかと話す。
「いまだに吸っている奴が哀れでしかないよ」
とイギーが言うと、トムはさらりと
「タバコをやめてよかったよ。だから堂々と吸える」
とやっぱり意味不明の理由を言いながら、
タバコを手に取る。
「肺まで吸い込まない。だからおまえも一本どうだ」
とトムが促すと、イギーは最初は怪訝そうな顔を
しながらも、結局タバコを咥えて、二人で本当に
うまそうに吸う。

その後も、なんとか言葉を繋ごうと話を切り出す
イギーに対して、トムは変なところにひっかかり
くってかかるので、話は噛み合わない。
だけど、そんな二人の姿はどこか平和でのんびり
した空気に満ちている。

イギー・ポップといえば、ザ・ストゥージズとして
1960年代のデビュー以来、今も現役で活躍する
ミュージシャンで、その過激なサウンドとステージ
パフォーマンスで「ゴッドファーザー・オブ・パンク」
と呼ばれている。
年を重ねても常にライダーズジャケットを羽織り、
長髪で強面のまさに根っからのロックミュージシャン
という風貌なんだけど、そんなイメージを覆すように
トムに話を合わせようと気を遣っていたり、
噛み合わない話にたじたじになっている。

一方のトム・ウェイツは、浮世離れした孤高の
ロックンローラーというイメージ通りなんだけど、
一人になると、前の客が忘れたタバコを誰かに
見つからないようにキョロキョロと目を泳がせながら
吸ってみたり、店内のジュークボックスに自分の曲が
ないかわざわざ確認してみたりする。

この映画でコーヒーとタバコとともに二人が
見せてくれるのは、表舞台でのピリピリした
緊張感を伴った表現者としての姿とは違った、
平和で穏やかな人間らしい姿だ。
「コーヒーとタバコは最高の組み合わせだな」
と言いながら二人でタバコの煙を吐き出すときの
表情は、最高に幸せな表情をしている。

映画を見ながら、そういえば、この映画のように
カフェやダイナーでコーヒーを飲みながら
タバコを吸うという行為自体が、今ではほとんど
味わうことができない貴重な体験であることにも
気がついた。

あえてここでタバコの功罪を語る気もないし、
コーヒーとタバコの組み合わせの素晴らしさに
ついても、これ以上書こうとは思わない。
コーヒーとタバコを一緒に嗜むことが、今では
難しいのであれば、その代わりになるものとして、
僕らはやっぱりコーヒーとノートを提唱したい。
コーヒー&ノートブックスだ。

日々の暮らしの中で、
コーヒーを飲みながらトラベラーズノートに
向かい合うことで、心穏やかな平和なひとときを
味わうことができるし、だれかと一緒であれば、
話もさらに弾む。
コーヒーは心を落ち着かせ、トラベラーズノートは
お互いを理解することを促してくれる。
ちょっと大袈裟に言えば、
今世界では戦争が起こっていたり、分断が広がって
いたりするけど、そんなときこそ、コーヒーとノート
をゆっくり味わい、穏やかで平和な時間を過ごすこと
が大事だと思う。

いや、別にティー&ノートブックスでも、
ビール&ノートブックスでもいいのかもしれないし、
個人的にはそこにさらにシガレッツも加わると
最高なんだけど、とりあえずトラベラーズとしては、
コーヒー&ノートブックスを提唱したいと思う。


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2022年6月27日

デザインと言葉

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昨年9月に出版した
「トラベラーズノートオフィシャルガイド」の
中国語版が台湾で出版されることになった。
その計画については昨年末から聞いていて、
そろそろ詳細が決まるのかなと思っていた5月に
突然、中国語版のゲラが送られてきた。
レイアウトは日本版を忠実に再現しているのだけど、
そこに添えられた言葉はもちろん理解できない。
念の為、中国語が読めるスタッフにざっとチェック
をしてもらった上で、「問題ないですよ」と返事を
送った。

コピー用紙に出力された中国語版のゲラを
眺めていると、ちょっと不思議な気分になるのと
同時に日本語が分からない外国人が日本語版の
オフィシャルガイドを見たときは、こんな風に
見えたんだなと思った。

この本は、ほとんどすべてのページに写真が
掲載されている。
ページをめくるたびに現れる、たくさんの方の
トラベラーズノートの紙面とその方の写真に、
チェンマイの工房や流山工場、プロダクトの写真は、
眺めているだけで僕自身ワクワクしてくる。
意識的かどうかは別にしても、この本は文字を
読まなくてもただ眺めているだけで、伝えたいこと
の多くが伝わるように構成されている。

トラベラーズノートもまた、
そういうプロダクトでありたいと思っている。
傷が所々にあるような切りっぱなしの革を
簡素なゴムで留めただけのシンプルな造り、
手に持ったときにしっくりと馴染む長方形の形や
どこか懐かしい素朴な味わいのある錫製の留め具に
中に挟まれた真っ白な紙のノート。
ひと目見ただけで感じることができる自由な空気感
や親密な温かさこそが、このノートの一番の魅力だ。
さらに実際にそれを手にしてみれば、
使いやすそうとか、こう使ってみたいという想像力
が生まれてくる。

実際にトラベラーズノートを使い込んでくれている
方にお会いして話を聞いてみると、「売り場で
出会ったとき、一目惚れみたいに感じて、これだ
って思ったんです」と伝えてくれる方も多い。
僕自身も最初にサンプルを手にしたときに、
同じように思ったので、この気持ちはよく分かる。
それこそまさにデザインの力であり、本来であれば、
そこには言葉なんて必要ないのかもしれない。
だけど、トラベラーズノートはそのネーミングから
始まり、そこに言葉を与えていくことを意識的に
行ない、その世界を作ってきた。

トラベラーズノートのパッケージの帯には、
小さな文字で長々と言葉が綴られている。
しかもそれは商品説明というにはどこか抽象的で
どんな商品なのかは分かりづらい。
もちろんそこには僕なりの意図がないわけではない
のだけど、それよりトラベラーズノートの佇まいが
そう書かせたと言う方がしっくりくる。
僕はただ、トラベラーズノートが訴えかけてきた
メッセージに導かれるように、言葉を綴った。

帯の文章だけでなく、その後毎年発行している
トラベラーズタイムズも、ダイアリーに封入している
ガイドに、このブログだって同じだ。
トラベラーズノートに誠実に向き合うほどに、
そこからメッセージが浮かび上がり、さらに心の奥に
隠れてた個人的な記憶さえも掘り起こしてくれた。
僕はそうやって浮か上がってきた言葉を綴った。
だけど、プロダクトにとって、言葉はなくても
かまわない添え物であるとも言える。

4月にリリースした限定セットなどのプロダクトは
もちろん、トラベラーズタイムズやダイアリーガイド
だって、「トラベラーズノートオフィシャルガイド」
と同じように、そこに添えられた言葉を読まずとも
そのデザインを眺めるだけで、伝えたいことの多くは
伝わっていると思っている。

例えば、ニック・ドレイクのアルバムに針を落せば、
英語の歌詞を理解できなくても、音が鳴り出した
瞬間に世界はメランコリックな空気に包まれていく。
凛としたギターの音色とつぶやくような歌声で
奏でられる切ないメロディーが、叶わなかった夢や
失った愛の記憶を思い出させてくれる。

だけど、その曲の歌詞を日本語に訳して
深く読み込んだ上で、あらためて聴けば
メランコリックの先にある微かな光を明示し、
それまで以上に深く心に染み込んでくることがある。
デザインに添えられた文章も、そんな存在であれば
いいと思っている。

「トラベラーズノートオフィシャルガイド」では、
わがままを言って僕の文章を掲載してもらっているし
それぞれのユーザーの方々のトラベラーズノートへの
思いがたくさん綴られている。

中国語版が出版されることで、台湾の方をはじめ
世界中のよりたくさんの方々にその言葉に触れて
もらえたら嬉しいな。


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2022年6月20日

やっぱり旅はいいね

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北海道の旅を終えて、東京に帰ってくると
翌日からバタバタと日々の仕事に翻弄されて、
旅の余韻も感じる間も無くあっという間に
日常が戻ってくる。
あれから一週間も経たないのに楽しかった旅が
ずいぶん昔のことのように感じられてしまう。
旅が終わってから最初の休日。
一番茶を飲み終えた急須に再びお湯を入れて、
少し薄くなったお茶をしみじみ味わうように、
ノートに向かって再び記憶の中で旅を反芻する。

UNWIND HOTEL & BAR小樽でのイベントが無事
終わり、撤収を済ませてホテルを出ると、
スタッフの方がおすすめしてくれた、なると本店で
イベントの打ち上げを兼ねて夕食を食べた。
皮はパリパリで中はジューシーな小樽名物、若鶏の
半身揚げをかじりながら、ビールで乾杯する。
お腹を満たすと、小樽駅まで歩き、そこから電車で
札幌まで移動する。

小樽が地元でもあるUNWIND HOTELのAさんに
小樽のおすすめの場所を聞いたら、
「札幌から電車に乗って小樽に向かっていくと、
海が見えてきて海岸ぎりぎりのところを電車が
走っていくんです。それを見ると、ああ、小樽に
帰ってきたんだ、としみじみ思うんですよ」
と言っていたのを思い出して、車窓を見たけれど、
外はまるですべての電気を消したように真っ暗で
何も見えない。
乗る人も少なくガランとした静かな札幌行きの
鈍行列車に乗っていると、旅情のさびしさみたいな
感覚が胸に湧き上がってきた。

そういえば、Aさんと一緒にずっとイベントの
アテンドをしてくれたMさんは、毎日、札幌が
電車で小樽まで通っていると言っていたから、
彼女は毎日この電車に乗っているんだなと思った。
AさんもMさんも自分の娘と年齢がほとんど
変わらない若い女性だ。
ドラマ「北の国から」で、螢が看護学校に通うため、
毎日、富良野から旭川まで始発電車に乗っていた
シーンを僕は思い出した。
その後、ドラマの中で螢は、道に外れ気味な
波瀾万丈の人生を歩むことになるのだけど、
お二人には螢と違って穏やかで幸せな人生を送って
ほしいなと、まったくもって大きなお世話な思いが
頭の中をよぎった。

そんなことを考えているうちに、札幌に到着。
この日はUNWIND HOTEL & BAR札幌に泊まる。
ホテルに着くと、UNWIND HOTELの大場さんが
待っていてくれて、屋上の素敵なバーでこの日2回目
の打ち上げをする。みんなでお酒を飲みながら、
お互いの出会いから今回のイベントに至るまでのこと
を楽しく話をした。

翌日は、車で札幌から旭川まで走りながら、
トラベラーズノートとの風景を撮影することに
していた(実際に撮影するのは橋本だけど)。
毎回、旅先の風景を表紙にしていたトラベラーズ
タイムズもここ数年は旅ができなかったこともあり、
京都や中目黒のトラベラーズファクトリーで撮影した
写真を使っている。
せっかくの北海道でのイベントということで
表紙にできるような写真が撮れればと思っていた。

札幌から富良野や美瑛などを巡り、
ところどころで車を止めながら、写真を撮影。
北海道らしい風景の中にあるトラベラーズノートを
撮影することもできて、そろそろ旭川に入ろうかと
思っていたところで、最後に美瑛の白樺の木が並ぶ
田園風景の中で車を止めた。
時間は18時50分。だんだん日が沈み始めたところ。
空は厚い雲に覆われていて、地平線の近くでは、
雲の切れ目からは黄色の太陽の光が差し込んでくる。
雲がなければもっときれいなのかもしれないのに、
と思いながらも、白樺の手前にトラベラーズノートを
置いて夕日をバックに撮影してみた。

「なかなかいい感じだね」
それなりに満足しながら写真を撮り続けていると、
日が沈むにつれて、夕日が反射して空を覆う雲が
赤く染まっていく。まさにマジックアワーだ。
「どんどん空が赤くなっていくぞ」
時間が経つほどにシャッターチャンスが更新されて
美しさを増していく景色を前に、高揚感とともに
しばらく撮影を続けた。

「あのときもこんな感じだったよね」
僕らは5年前のアメリカでの旅を思い出していた。
LAのエースホテルでノートバイキングを開催後に、
車でパームスプリングスまで移動した。
エースホテルにチェックインし、ラジオをつけると
偶然流れてきたU2の「With or Without You」に
触発されて、急遽「ジョシュア・ツリー国立公園」へ
向かう(同曲が収録されたU2のアルバムジャケット
の写真が撮影された場所として知られている)。
なんとか日没まで間に合うよう急いで車を走らせ、
着いたころには、まさに日が沈もうとしている時間。
慌てて車を止めて、あのジョシュア・ツリーの前に
トラベラーズノートを置いて、写真を撮っていると、
どんどん空が赤くなってきて、自然が演出する壮大で
美しい風景に感動した(このとき撮影した写真は、
トラベラーズタイムズ13号の表紙に使っている)。

美瑛の夕暮れを眺めながら、今回の北海道の旅と
5年前のアメリカの旅が繋がったように感じた。

UNWIND HOTEL小樽もエースホテルと同じように
古い建物をリノベーションしたホテルで、似た空気感
のある場所だし、あのときと同じようにイベント後の
高揚感のままで旅をして、大自然の中でマジックの
ような風景に遭遇した。

「やっぱり旅っていいね。もっと旅をしないとだね」
旭川に着き、ジンギスカンとビールで旅の最後の
打ち上げをしながら、そんなことを話した。

旅は、過去の旅の記憶をあぶり出し、新しい旅へと
導いてくれる。やっぱり旅はいいな。


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2022年6月15日

TRAVELER'S COMPANY CARAVAN at Otaru

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久しぶりの飛行機での旅。
国内便ということで緊張感もなかったのか、
手荷物のカバンに入れ忘れていたライターが3つも
あったせいで、X線検査機を3回も通すはめになり、
あげくにライターも没収されて、慌てて搭乗口に
行ったら、ちょうど搭乗がはじまったところ。
搭乗を待つ列に並ぼうとしたとき、
ふと思い立って4月から使っているトラベラーズ
エアーラインバージョンのトラベラーズノートを
カバンから取り出して、窓から見える飛行機を
バックに写真を撮った。
うん、やっぱりこいつには飛行機の旅が似合うな。

羽田空港からの短い空の旅が終わり、
新千歳空港に着いて外に出ると、空はカラッと
晴れてすがすがしい空気の匂いがした。
久しぶりのトラベラーズキャラバンとしての旅は、
北海道。
空港でレンタカーを借りると、イベント会場となる
UNWIND HOTEL & BAR小樽へと向かった。
途中、UNWIND HOTELの大場さんより教えて
もらったMONTAINMANでランチ。
北海道らしいアウトドアの自然が満喫できる中で
今回の旅で初めての食事として、おいしいハンバーグ
をいただきながら、幸先の良い旅の始まりを感じた。

その後、小樽まで約1時間ほどのドライブをして
UNWIND HOTEL & BAR小樽に着く。
1931年に外国人専用ホテルとして建てられた
旧越中屋ホテルをリノベーションしてできた空間は、
写真で見ていたよりも素晴らしく、ここでイベントが
できるのを嬉しく思った。

大場さんと翌日の設営の打ち合わせをした後に、
夕食がてら小樽の街を散策。
今回のノートバイキングでは初めての試みとして
小樽マップを作ってノートに挿入できるように
したのだけど、事前に調べてそのマップに
小樽の歴史的建造物を記しておいた。
コンパクトに集中したエリアに、100年以上前に
建てられた倉庫や銀行、商店などの建物が至る所に
あって、それらを眺めているだけで楽しい。
僕はブルックリンやポートランドの街を思い出した。

イベントの2日間は、
本当に楽しくてあっという間に過ぎた。
初の北海道でのイベントということで、
足を運んでくれた方々は、「北海道に来てくれて
ありがとうございます。また来てください」
と言ってくれて、僕らも「ぜひ、また来たいです!」
と答えた。
「トラベラーズノートオフィシャルガイド」に
ご登場いただいたmini_minorさんも来てくれて、
ノートを見せてもらいながら話もできたし、
他にもたくさんの北海道のトラベラーズノート
ユーザーの方とお会いして話をすることができた、
充実した2日間となった。

それに、一緒にイベントを作っていったUNWIND
HOTELのスタッフの皆様も素晴らしく、初日の
朝の陳列から、最後の撤収まで、みんなで一緒に
楽しみながら、作り上げることができたのも
嬉しかったな。

しばらく旅やイベントができない時期が続き、
まだ気をつけなければいけないことも多いのだけど、
やっぱり旅をして、人と出会い、話をすることの
楽しさや素晴らしさをあらためて思い出させてくれた
そんな2日間でした。

UNWIND HOTEL & BAR小樽は、
建物や部屋が素晴らしいだけでなく、
気持ちの良いスタッフの皆様、見た目も味も
魅力いっぱいの朝食、レストランでのディナーも
素晴らしかったし、17時から18時までワインの
フリーサービスもあったりして(ここだけの話、
イベント中にも関わらず、その時間に僕もリング職人
もワインを飲んでいた)、おすすめのホテルです。
個人的には今まで気づかなかった小樽の魅力
をたくさん教えてもらった旅となりました。

イベントに足を運んでくれた北海道の皆様、
そして、UNWIND HOTEL & BAR小樽の皆様、
ありがとうございます!


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2022年6月 6日

つげ義春の漫画に出てくるような温泉宿

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つげ義春の漫画に出てくるような、
昭和40年代頃の古めかしい商人宿や木賃宿、
寂れた湯治場にちょっとした憧れを抱く。
漫画では、作者自身をモデルにしていると思われる
主人公がそんな宿でぞんざいに扱われたり、
宿を切り盛りする家族や女中の慎ましい生活に
共感したりしながら、鄙びた宿に安らぎを感じる
姿を描いている。
もちろん旅をするなら、快適で居心地の良い部屋が
用意され、スタッフが気持ちの良い接客で対応して
くれるようなホテルに泊まりたいと思うのだけど、
それとはまったく違った意味で、古く寂れた宿で
しみじみと孤独に漂泊する気分を味わいたいという
気持ちもどこかにある。

ゴールデンウィークに自転車で旅した北東北で
図らずもそうした宿に泊まることになった。
出発前に旅を計画し、今回は青森から日本海に抜け、
そこから南下し秋田まで走ることを決めた。
まずは新幹線で青森まで行き、そこで一泊して、
その翌日は日本海沿岸のどこかで泊まろうと思った。

ところが、3年ぶりの行動制限がないゴールデン
ウィークということで、青森市内はどこの宿も満室、
もしくはびっくりするほどの高値で予約することが
できず、結局、青森から30キロほど離れた
五所川原のビジネスホテルを予約した。
自転車での旅は旅程が読みづらいこともあって、
普段は最初の一泊しか予約しないのだけど、
不安になって、2泊目も予約することにした。

だけど、泊まろうと思った日本海沿岸の港町は、
ネットのホテル予約サイトで検索しても、
大型で高額の温泉旅館は出てくるけど、ひとりで
気軽に泊まれるような宿は見つからない。
しょうがないので、ネットに価格はもちろん、
写真も口コミもないけれど、電話番号だけが掲載
されている旅館に電話をかけてみることにした。
そういえば、まだネットがなかった時代は、
旅先の公衆電話ボックスで電話帳を見ながら
電話をかけて宿を決めていたのを思い出した。

最初に電話した宿は満室で、2件目はもう旅館を
辞めてしまったとのことで断られる。
コロナの影響で廃業になってしまったのかなと
思いながら、3件目に電話すると泊まれるとのこと。
値段を聞くと、安くはないけどそれほど高いわけ
でもない。温泉もあるようなのでそこに決めた。
交通手段を聞かれ、五所川原から自転車で行くと
伝えると「まあ大変。気をつけて来てくださいね」
と人のよさそうなおばあさんが優しく言った。

さて、くたくたになってその宿に着く。
外観は漁師町にありそうな小さな古めかしい宿と
いった佇まい。荷物を自転車から下ろし引き戸を
開けると、埃っぽく薄暗い玄関が見えた。
宿の人のものだと思われるサンダルだけが無造作に
置かれた下駄箱を見ると、自分以外にこの日の旅客は
いないようで、ちょっとした不安が頭をよぎった。
「すみません!」と何度か声をあげると少し腰の
曲がったおばあさんがゆっくり出て来た。

おばあさんはそのまま、ミシミシと音が鳴る廊下を
歩き、6畳ほどの和室に案内してくれたけれど、
お風呂の場所も食事のことも一切案内してくれない
ので「お風呂は入れます?」と聞いてみた。
「お風呂はまだ沸かしている途中だけど、それで
よければ入れますよ」と言うので、温泉なのに沸かす
必要があるのかと思いながらも、夕食前にさっぱり
したかったので、すぐに入ることにした。

風呂の場所を教えてもらうと、入り口には手書きで
「今、男の人が入っています」と書かれた張り紙が
置いてあった。おばあさんは、その紙を手にして
「入るときはこれを架けておいてくださいね。裏は
女の人になってるから間違えないでね」と説明した。
他に誰もいないのにそんな必要があるのかと思った
けど、何も言わなかった。

一度部屋に戻りゆかたに着替えて、お風呂に行こう
とすると、部屋にタオルがないことに気づいた。
そこで受付に行って「タオルあります?」と言うと
「ああ、タオルね。もらったタオルでいい?」
と言って、ビニール袋に入った農協のプリント入り
のタオルを手渡してくれた。

お風呂場は温泉の泉質のせいなのか、壁は黒ずみ
床はヌルヌルしているけれど、味のある佇まい。
だけど、湯船にはお湯が少ししかない。
沸かしている途中というのは、このことかと思い、
僕は湯船の底で寝っ転がりながら、体の半分を
辛うじて湯にひたしてお湯がたまるのを待った。
そういえば、温泉施設にこんな感じの寝湯という
お風呂があったなと思いながら、塗装が不規則に
剥がれてまるで前衛的な抽象画のような天井を
眺めながら、気持ちよく浸かった。

なかなかお湯がたまらないなと思いながら風呂に
浸かっていると、いつまでも僕が出てこないことに
しびれを切らしたのか、宿の人らしき男性が来て
「ご飯、もう用意できてますよ」と声をかけた。
「お湯が少ないんですけど」と僕が言うと、
湯船を覗き、「あれ、なんで栓が抜けてるんだ。
ちょっと待ってね」と言うと、ズボンの裾を上げて
風呂に入り、木の棒を湯船の端に突っ込んだ。
そして「これでしばらくしたらお湯もたまるから」
と言って去っていった。

僕はお湯がたまるまでの間、体を洗うことにした。
置いてあった風呂桶のほとんどは、床と同じように
ヌルヌルして茶色に汚れていたけれど、その中から
比較的汚れが少ないものを選んで使った。
置いてあったシャンプーは中身がほとんどなかった
から、家でやるように、ボトルにお湯をつぎ足して
使った。
だけど、たっぷりたまってしっかり肩まで浸ることが
できた温泉は、塩分多めの泉質で気持ちよかった。

さて、お風呂に入ったら夕食。
お風呂上がりでビールでも飲みながら、
ご飯を食べようと思い「飲み物は何がありますか」
と聞いてみると、「すみません。今飲み物はないも
やってないんですよ」とツレない返事。
あらためて玄関に置いてあった自動販売機を見ると、
電気も付いておらず、サンプルの缶も歯抜けだった。
「近くに買えるところはないんですか?」と聞くと、
「ないです」と再びツレない返事。
この辺りにコンビニでもないかとスマホで調べて
みると、一番近いのが7キロ先。
もともと晩酌の習慣があるわけではないので諦めて
お茶を飲みながら食べることにした。
だけど、夕食は赤身と白身の魚にイカとあわびの
新鮮なお刺身、さざえの壺焼きに、山菜のお浸しなど
が付いて、どれもとてもおいしくいただいた。

部屋に戻り、布団の上で大の字になって寝転がると、
天井の隅に蜘蛛の巣が見えた。
予約の電話を入れたとき、少し待たされたのは、
部屋が空いているか確認していたのではなく、
こんな状況だけど営業をするかどうかの確認だった
のかもしれないなと思った。
だけど、僕は思いがけず泊まることができた
つげ義春の漫画に出てくるような宿をけっこう
楽しんでいた。


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2022年8月

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(株)デザインフィルでトラベラーズノートの企画を担当している飯島です。