2022年6月20日

やっぱり旅はいいね

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北海道の旅を終えて、東京に帰ってくると
翌日からバタバタと日々の仕事の翻弄されて、
旅の余韻も感じる間も無くあっという間に
日常が戻ってくる。
あれから一週間も経たないのに楽しかった旅が
ずいぶん昔のことのように感じられてしまう。
旅が終わってから最初の休日。
一番茶を飲み終えた急須に再びお湯を入れて、
少し薄くなったお茶をしみじみ味わうように、
ノートに向かって再び記憶の中で旅を反芻する。

UNWIND HOTEL & BAR小樽でのイベントが無事
終わり、撤収を済ませてホテルを出ると、
スタッフの方がおすすめしてくれた、なると本店で
イベントの打ち上げを兼ねて夕食を食べた。
皮はパリパリで中はジューシーな小樽名物、若鶏の
半身揚げをかじりながら、ビールで乾杯する。
お腹を満たすと、小樽駅まで歩き、そこから電車で
札幌まで移動する。

小樽が地元でもあるUNWIND HOTELのAさんに
小樽のおすすめの場所を聞くいたら、
「札幌から電車に乗って小樽に向かっていくと、
海が見えてきて海岸ぎりぎりのところを電車が
走っていくんです。それを見ると、ああ、小樽に
帰ってきたんだ、としみじみ思うんですよ」
と言っていたのを思い出して、車窓を見たけれど、
外はまるですべての電気を消したように真っ暗で
何も見えない。
乗る人も少なくガランとした静かな札幌行きの
鈍行列車に乗っていると、旅情のさびしさみたいな
感覚が胸に湧き上がってきた。

そういえば、Aさんと一緒にずっとイベントの
アテンドをしてくれたMさんは、毎日、札幌が
電車で小樽まで通っていると言っていたから、
彼女は毎日この電車に乗っているんだなと思った。
AさんもMさんも自分の娘と年齢がほとんど
変わらない若い女性だ。
ドラマ「北の国から」で、螢が看護学校に通うため、
毎日、富良野から旭川まで始発電車に乗っていた
シーンを僕は思い出した。
その後、ドラマの中で螢は、道に外れ気味な
波瀾万丈の人生を歩むことになるのだけど、
お二人には螢と違って穏やかで幸せな人生を送って
ほしいなと、まったくもって大きなお世話な思いが
頭の中をよぎった。

そんなことを考えているうちに、札幌に到着。
この日はUNWIND HOTEL & BAR札幌に泊まる。
ホテルに着くと、UNWIND HOTELの大場さんが
待っていてくれて、屋上の素敵なバーでこの日2回目
の打ち上げをする。みんなでお酒を飲みながら、
お互いの出会いから今回のイベントに至るまでのこと
を楽しく話をした。

翌日は、車で札幌から旭川まで走りながら、
トラベラーズノートとの風景を撮影することに
していた(実際に撮影するの橋本だけど)。
毎回、旅先の風景を表紙にしていたトラベラーズ
タイムズもここ数年は旅ができなかったこともあり、
京都や中目黒のトラベラーズファクトリーで撮影した
写真を使っている。
せっかくの北海道でのイベントということで
表紙にできるような写真が撮れればと思っていた。

札幌から富良野や美瑛などを巡り、
ところどころで車を止めながら、写真を撮影。
北海道らしい風景の中にあるトラベラーズノートを
撮影することもできて、そろそろ旭川に入ろうかと
思っていたところで、最後に美瑛の白樺の木が並ぶ
田園風景の中で車を止めた。
時間は18時50分。だんだん日が沈み始めたところ。
空は厚い雲に覆われていて、地平線の近くでは、
雲の切れ目からは黄色の太陽の光が差し込んでくる。
雲がなければもっときれいなのかもしなれないのに、
と思いながらも、白樺の手前にトラベラーズノートを
置いて夕日をバックに撮影してみた。

「なかなかいい感じだね」
それなりに満足しながら写真を撮り続けていると、
日が沈むにつれて、夕日が反射して空を覆う雲が
赤く染まっていく。まさにマジックアワーだ。
「どんどん空が赤くなっていくぞ」
時間が経つほどにシャッターチャンスが更新されて
美しさを増していく景色を前に、高揚感とともに
しばらく撮影を続けた。

「あのときもこんな感じだったよね」
僕らは5年前のアメリカでの旅を思い出していた。
LAのエースホテルでノートバイキングを開催後に、
車でパームスプリングスまで移動した。
エースホテルにチェックインし、ラジオをつけると
偶然流れてきたU2の「With or Without You」に
触発されて、急遽「ジョシュア・ツリー国立公園」へ
向かう(同曲が収録されたU2のアルバムジャケット
の写真が撮影された場所として知られている)。
なんとか日没まで間に合うよう急いで車を走らせ、
着いたころには、まさに日が沈もうとしている時間。
慌てて車を止めて、あのジョシュア・ツリーの前に
トラベラーズノートを置いて、写真を撮っていると、
どんどん空が赤くなってきて、自然が演出する壮大で
美しい風景に感動した(このとき撮影した写真は、
トラベラーズタイムズ13号の表紙に使っている)。

美瑛の夕暮れを眺めながら、今回の北海道の旅と
5年前のアメリカの旅が繋がったように感じた。

UNWIND HOTEL小樽もエースホテルと同じように
古い建物をリノベーションしたホテルで、似た空気感
のある場所だし、あのときと同じようにイベント後の
高揚感のままで旅をして、大自然の中でマジックの
ような風景に遭遇した。

「やっぱり旅っていいね。もっと旅をしないとだね」
旭川に着き、ジンギスカンとビールで旅の最後の
打ち上げをしながら、そんなことを話した。

旅は、過去の旅の記憶をあぶり出し、新しい旅へと
導いてくれる。やっぱり旅はいいな。


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2022年6月15日

TRAVELER'S COMPANY CARAVAN at Otaru

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久しぶりの飛行機での旅。
国内便ということで緊張感もなかったのか、
手荷物のカバンに入れ忘れていたライターが3つも
あったせいで、X線検査機を3回も通すはめになり、
あげくにライターも没収されて、慌てて搭乗口に
行ったら、ちょうど搭乗がはじまったところ。
搭乗を待つ列に並ぼうとしたとき、
ふと思い立って4月から使っているトラベラーズ
エアーラインバージョンのトラベラーズノートを
カバンから取り出して、窓から見える飛行機を
バックに写真を撮った。
うん、やっぱりこいつには飛行機の旅が似合うな。

羽田空港からの短い空の旅が終わり、
新千歳空港に着いて外に出ると、空はカラッと
晴れてすがすがしい空気の匂いがした。
久しぶりのトラベラーズキャラバンとしての旅は、
北海道。
空港でレンタカーを借りると、イベント会場となる
UNWIND HOTEL & BAR小樽へと向かった。
途中、UNWIND HOTELの大場さんより教えて
もらったMONTAINMANでランチ。
北海道らしいアウトドアの自然が満喫できる中で
今回の旅で初めての食事として、おいしいハンバーグ
をいただきながら、幸先の良い旅の始まりを感じた。

その後、小樽まで約1時間ほどのドライブをして
UNWIND HOTEL & BAR小樽に着く。
1931年に外国人専用ホテルとして建てられた
旧越中屋ホテルをリノベーションしてできた空間は、
写真で見ていたよりも素晴らしく、ここでイベントが
できるのを嬉しく思った。

大場さんと翌日の設営の打ち合わせをした後に、
夕食がてら小樽の街を散策。
今回のノートバイキングでは初めての試みとして
小樽マップを作ってノートに挿入できるように
したのだけど、事前に調べてそのマップに
小樽の歴史的建造物を記しておいた。
コンパクトに集中したエリアに、100年以上前に
建てられた倉庫や銀行、商店などの建物が至る所に
あって、それらを眺めているだけで楽しい。
僕はブルックリンやポートランドの街を思い出した。

イベントの2日間は、
本当に楽しくてあっという間に過ぎた。
初の北海道でのイベントということで、
足を運んでくれた方々は、「北海道に来てくれて
ありがとうございます。また来てください」
と言ってくれて、僕らも「ぜひ、また来たいです!」
と答えた。
「トラベラーズノートオフィシャルガイド」に
ご登場いただいたmini_minorさんも来てくれて、
ノートを見せてもらいながら話もできたし、
他にもたくさんの北海道のトラベラーズノート
ユーザーの方とお会いして話をすることができた、
充実した2日間となった。

それに、一緒にイベントを作っていったUNWIND
HOTELのスタッフの皆様も素晴らしく、初日の
朝の陳列から、最後の撤収まで、みんなで一緒に
楽しみながら、作り上げることができたのも
嬉しかったな。

しばらく旅やイベントができない時期が続き、
まだ気をつけなければいけないことも多いのだけど、
やっぱり旅をして、人と出会い、話をすることの
楽しさや素晴らしさをあらためて思い出させてくれた
そんな2日間でした。

UNWIND HOTEL & BAR小樽は、
建物や部屋が素晴らしいだけでなく、
気持ちの良いスタッフの皆様、見た目も味も
魅力いっぱいの朝食、レストランでのディナーも
素晴らしかったし、17時から18時までワインの
フリーサービスもあったりして(ここだけの話、
イベント中にも関わらず、その時間に僕もリング職人
もワインを飲んでいた)、おすすめのホテルです。
個人的には今まで気づかなかった小樽の魅力
をたくさん教えてもらった旅となりました。

イベントに足を運んでくれた北海道の皆様、
そして、UNWIND HOTEL & BAR小樽の皆様、
ありがとうございます!


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2022年6月 6日

つげ義春の漫画に出てくるような温泉宿

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つげ義春の漫画に出てくるような、
昭和40年代頃の古めかしい商人宿や木賃宿、
寂れた湯治場にちょっとした憧れを抱く。
漫画では、作者自身をモデルにしていると思われる
主人公がそんな宿でぞんざいに扱われたり、
宿を切り盛りする家族や女中の慎ましい生活に
共感したりしながら、鄙びた宿に安らぎを感じる
姿を描いている。
もちろん旅をするなら、快適で居心地の良い部屋が
用意され、スタッフが気持ちの良い接客で対応して
くれるようなホテルに泊まりたいと思うのだけど、
それとはまったく違った意味で、古く寂れた宿で
しみじみと孤独に漂泊する気分を味わいたいという
気持ちもどこかにある。

ゴールデンウィークに自転車で旅した北東北で
図らずもそうした宿に泊まることになった。
出発前に旅を計画し、今回は青森から日本海に抜け、
そこから南下し秋田まで走ることを決めた。
まずは新幹線で青森まで行き、そこで一泊して、
その翌日は日本海沿岸のどこかで泊まろうと思った。

ところが、3年ぶりの行動制限がないゴールデン
ウィークということで、青森市内はどこの宿も満室、
もしくはびっくりするほどの高値で予約することが
できず、結局、青森から30キロほど離れた
五所川原のビジネスホテルを予約した。
自転車での旅は旅程が読みづらいこともあって、
普段は最初の一泊しか予約しないのだけど、
不安になって、2泊目も予約することにした。

だけど、泊まろうと思った日本海沿岸の港町は、
ネットのホテル予約サイトで検索しても、
大型で高額の温泉旅館は出てくるけど、ひとりで
気軽に泊まれるような宿は見つからない。
しょうがないので、ネットに価格はもちろん、
写真も口コミもないけれど、電話番号だけが掲載
されている旅館に電話をかけてみることにした。
そういえば、まだネットがなかった時代は、
旅先の公衆電話ボックスで電話帳を見ながら
電話をかけて宿を決めていたのを思い出した。

最初に電話した宿は満室で、2件目はもう旅館を
辞めてしまったとのことで断られる。
コロナの影響で廃業になってしまったのかなと
思いながら、3件目に電話すると泊まれるとのこと。
値段を聞くと、安くはないけど高くもないけれど、
温泉もあるようなのでそこに決めた。
交通手段を聞かれ、五所川原から自転車で行くと
伝えると「まあ大変。気をつけて来てくださいね」
と人のよさそうなおばあさんが優しく言った。

さて、くたくたになってその宿に着く。
外観は漁師町にありそうな小さな古めかしい宿と
いった佇まい。荷物を自転車から下ろし引き戸を
開けると、埃っぽく薄暗い玄関が見えた。
宿の人のものだと思われるサンダルだけが無造作に
置かれた下駄箱を見ると、自分以外にこの日の旅客は
いないようで、ちょっとした不安が頭をよぎった。
「すみません!」と何度か声をあげると少し腰の
曲がったおばあさんがゆっくり出て来た。

おばあさんはそのまま、ミシミシと音が鳴る廊下を
歩き、6畳ほどの和室に案内してくれたけれど、
お風呂の場所も食事のことも一切案内してくれない
ので「お風呂は入れます?」と聞いてみた。
「お風呂はまだ沸かしている途中だけど、それで
よければ入れますよ」と言うので、温泉なのに沸かす
必要があるのかと思いながらも、夕食前にさっぱり
したかったので、すぐに入ることにした。

風呂の場所を教えてもらうと、入り口には手書きで
「今、男の人が入っています」と書かれた張り紙が
置いてあった。おばあさんは、その紙を手にして
「入るときはこれを架けておいてくださいね。裏は
女の人になってるから間違えないでね」と説明した。
他に誰もいないのにそんな必要があるのかと思った
けど、何も言わなかった。

一度部屋に戻りゆかたに着替えて、お風呂に行こう
とすると、部屋にタオルがないことに気づいた。
そこで受付に行って「タオルあります?」と言うと
「ああ、タオルね。もらったタオルでいい?」
と言って、ビニール袋に入った農協のプリント入り
のタオルを手渡してくれた。

お風呂場は温泉の泉質のせいなのか、壁は黒ずみ
床はヌルヌルしているけれど、味のある佇まい。
だけど、湯船にはお湯が少ししかない。
沸かしている途中というのは、このことかと思い、
僕は湯船の底で寝っ転がりながら、体の半分を
辛うじて湯にひたしてお湯がたまるのを待った。
そういえば、温泉施設にこんな感じの寝湯という
お風呂があったなと思いながら、塗装が不規則に
剥がれてまるで前衛的な抽象画のような天井を
眺めながら、気持ちよく浸かった。

なかなかお湯がたまらないなと思いながら風呂に
浸かっていると、いつまでも僕が出てこないことに
しびれを切らしたのか、宿の人らしき男性が来て
「ご飯、もう用意できてますよ」と声をかけた。
「お湯が少ないんですけど」と僕が言うと、
湯船を覗き、「あれ、なんで栓が抜けてるんだ。
ちょっと待ってね」と言うと、ズボンの裾を上げて
風呂に入り、木の棒を湯船の端に突っ込んだ。
そして「これでしばらくしたらお湯もたまるから」
と言って去っていった。

僕はお湯がたまるまでの間、体を洗うことにした。
置いてあった風呂桶のほとんどは、床と同じように
ヌルヌルして茶色に汚れていたけれど、その中から
比較的汚れが少ないものを選んで使った。
置いてあったシャンプーは中身がほとんどなかった
から、家でやるように、ボトルにお湯をつぎ足して
使った。
だけど、たっぷりたまってしっかり肩まで浸ることが
できた温泉は、塩分多めの泉質で気持ちよかった。

さて、お風呂に入ったら夕食。
お風呂上がりでビールでも飲みながら、
ご飯を食べようと思い「飲み物は何がありますか」
と聞いてみると、「すみません。今飲み物はないも
やってないんですよ」とツレない返事。
あらためて玄関に置いてあった自動販売機を見ると、
電気も付いておらず、サンプルの缶も歯抜けだった。
「近くに買えるところはないんですか?」と聞くと、
「ないです」と再びツレない返事。
この辺りにコンビニでもないかとスマホで調べて
みると、一番近いのが7キロ先。
もともと晩酌の習慣があるわけではないので諦めて
お茶を飲みながら食べることにした。
だけど、夕食は赤身と白身の魚にイカとあわびの
新鮮なお刺身、さざえの壺焼きに、山菜のお浸しなど
が付いて、どれもとてもおいしくいただいた。

部屋に戻り、布団の上で大の字になって寝転がると、
天井の隅に蜘蛛の巣が見えた。
予約の電話を入れたとき、少し待たされたのは、
部屋が空いているか確認していたのではなく、
こんな状況だけど営業をするかどうかの確認だった
のかもしれないなと思った。
だけど、僕は思いがけず泊まることができた
つげ義春の漫画に出てくるような宿をけっこう
楽しんでいた。


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2022年5月30日

C'MON C'MON

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いつもより少し早めに会社を出た夜。
ネットで調べてみると上映時間のタイミングが
ちょうど良かったので、ずっと気になっていた映画
「C'MON C'MON・カモン カモン」を見た。
白黒の画面でストーリーの起伏が少ないけれど、
じわじわと心に染み込んでいくような素晴らしい
映画だった。

ラジオジャーナリストのジョニーが、
甥っ子のジェシーを何日か預かることになる。
なかなか理解し合えない二人のやりとりを中心に、
ジョニーが仕事にしているアメリカ各地の子供たちへ
のインタビューが、ドキュメンタリーのように
随所に挿入されながら物語が進んでいく。

世界は不公平で、言葉はいつも不十分だから
お互いを完全に理解しあうことなんてできない。
愛はたいてい報われないし、未来が奪われること
だってあるし、大切な思い出もいつか忘れてしまう。
映画の登場人物たちは、僕らがそうであるように
何かが欠落したどこか不完全な存在で、ときには
欠けているものを埋めようと奮闘し、ときには
それを受け入れながら、少しずつお互いに心を
通わせていく。

映画の中で、甥っ子のジェシーが、楽しそうに
ジョニーの仕事道具でもあるマイクなどの録音機材
で拾った音をヘッドフォンで聴きながら町を歩く
シーンがある。それを見ながら、ジョニーは言う。

「なんで俺が録音するのが好きなのか分かる?
ありふれたものを永遠にするって、クールだろ」

人が伝えようとするメッセージに、注意深く耳を
傾けることの大切さを伝えるこの映画を象徴する
ようなシーンで、僕はやっぱりノートのことを
考えてしまう。

「ありふれた日常を紙の上で永遠にするって、
クールだろ」

そういえば、トラベラーズノートもまた完璧とは
ほど遠い不完全なノートだ。
パッと開いて、さっと書き留める機能性においては
もっと優れたノートは他にもたくさんあるだろし、
革には傷があったり、色も質感も個体差があって
それをネガティブに捉えられることも多い。
足りないところが多い不完全なノートだから、
使えるようにするために、みんな手入れをしたり、
カスタマイズをしなければならない。

だけどトラベラーズノートの不完全さに
共感するからこそ、不完全な僕らは自分の足りない
何かを埋めるようにこのノートと旅をしたり、
そこに何かを表現したくなるのかもしれない。

僕もまた無力さに嘆くことは多いし、
誰かに傷つけられることもあるし、知らないうちに
誰かを傷つけてしまって反省することもある。
誰かと深く理解し合うのは簡単なことではないし、
むしろ理解し合えないことの方が多いかもしれない。
そして、世界では相変わらず戦争が続き、
分断はさらに広がっているように見える。

「いろんなことが思い通りになったらいいのにな」
というブルーハーツが少年の思いを歌ったフレーズに
50歳を過ぎた今もなおしみじみ共感してしまう。

僕らは足りない何かを埋めるように、
旅先や日常で中で心が動いた一瞬を切り取り、
ノートに表現する。
大切なこともいつか忘れてしまうかもしれないから、
紙の上でその一瞬を永遠にする。
心が深い悲しみに襲われたときには、
それをノートに書いて吐き出すことで救われる。
いろんなことは思い通りにならないけれど、
そんな日々をただ嘆いたり、ときに受け入れたりして
それを誰かと共感したり、できなかったりして
積み重ねていく。

もっと優しくなれれば、いろんなことがうまくいく
のかな。


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2022年5月23日

小樽の思い出

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ゴールデンウィークが明けて、
トラベラーズファクトリーでは、7年ぶりに
奈良からNAOTの皆さんが来てくれて、彼らの服の
ブランドentwaと共にポップアップイベントを開催。
イベント初日には山田稔明さんが来てミニライブを
開催してくれたし、打ち上げでは代表の宮川さんとも
久しぶりにゆっくり話もできたし、楽しく過ごした。
そして先週は、6月に開催予定の北海道小樽での
キャラバンイベントの情報を公式サイトにアップ。
いよいよいろいろ動き出したという感じです。

北海道では初めてのキャラバンイベントだし、
飛行機に乗るのだって3年ぶり。
トラベラーズは旅をして誰かに会うことで
その世界が広がり、仲間が増えていったから、
こうやってまたトラベラーズとしての旅やイベントが
再開できるのは、なにより嬉しいことです。

北海道は、個人的にも何度も旅で訪れた
思い入れ深い場所でもある。
仙台に住んでいた頃は、夏休みになると
バイクと共に苫小牧行きのフェリーに乗って、
北海道ツーリングを楽しんでいた。
北海道に着いてフェリーを降りると、
それだけで心は開放感に包まれる。
ツーリング中のバイクとすれ違うと、ピースサイン
を交わして挨拶をするのが北海道の習わしで、
そんなことが旅心を盛り上げてくれた。
地平線の先にまっすぐ続く道を風を切って走るのは、
すこぶる気持ちいいし、ライダーハウスとかとほ宿
のようひとり旅向きの安い宿もたくさんあって、
旅人にやさしい。
野趣溢れる温泉に、おいしいものもたくさんあるし、
僕にとって北海道は、理想的な旅先のひとつだ。

もうずいぶん昔のことだけど、ツーリング中に
泊まった富良野のゲストハウスでのこと。
夕食をとるために食堂に行くと、その日ひとりで
泊まっていたのが僕と、もうひとりだけだったので、
ひとつのテーブルで相席してほしいと言われた。
そこで「すみません」と声をかけて現れたのが、
自分と同じ年頃の女性で、一人旅の食事の時間が
一気に楽しいものになった。
食事が終わると宿の主人が「近くにいい温泉がある
から行ってきなさい」と僕らを促す。
完全に乗り気なくせに「どうします?」と僕は
さりげなく声をかけると、「行ってみようよ」と
嬉しい返事。
一緒にその温泉施設まで行くことになった。
僕はバイクで、彼女は車での旅だったので、
僕は彼女の車の助手席に乗せてもらうことに。
それまでの旅の話や、それぞれの仕事のことなどを
話しながらドライブを楽しんだ。
帯広で小学校の先生をしているという彼女の仕事の
話は興味深くて、温泉に着くまであっという間に
時間が過ぎた。

お風呂に入ってさっぱりすると、
富良野の来る多くの旅人がそうであるように
どちらも「北の国から」のファンということで
ドラマに登場したニングルテラスに立ち寄ることに
なった。
ニングルテラスは富良野プリンスホテルに隣接した
森の中にログハウスのお土産屋さんが点在する
ショッピングエリアで、ドラマでは竹下景子演じる
雪子おばさんがそこのロウソク屋さんで働いていた。
夜のニングルテラスは、ライトアップされていて、
幻想的でロマンチックな雰囲気に包まれていた。
僕もちゃっかりロマンチックな気分に浸りながら、
偶然訪れたまるでデートみたいな時間を満喫した。
それから宿に戻ったけれど、ドラマとは違って
それ以上のことは何もなかった。
だけど、それだけでその旅が華やかに彩られ、
印象深いものになったのは間違いない。

その翌日に泊まったのは小樽。
富良野から札幌を経由し、小樽に着いたときは
もう夕食時だった。
そこで、同じ宿に泊まっていたそれぞれひとり旅の
男二人と一緒に夕飯を食べに行くことになった。
居酒屋でお酒を飲みながら話すのは、ここまでの旅
のこと。そして若い男が集まれば、やっぱり話は
女性のことに行き着く。
「いやー、旅先での出会いなんてないよなあ」
とその中の一人が嘆くように言うと、僕は前日の
富良野での夜のことを話した。
「えー、いいなあ」
「別に何かあったわけじゃないよ」
「でも楽しかったんでしょ?」
「まあそうだね」
そんな話をしながら、僕はちょっとした優越感に
浸っていた。
店を出て三人で街を歩くと、ライトアップされた
小樽運河ではカップルがたくさん歩いていた。
「ここは男同士でくるところじゃないな」
だれともなく、そんなことを口走った。
僕も前日の楽しかった富良野の夜を思い出して、
心に寂しい風が吹き抜けていくのを感じた。
30年前の小樽での思い出だ。

そんな小樽で(どんな小樽だ)、6月11日・12日に
トラベラーズキャラバンイベントを開催します。
会場となるUNWIND HOTEL小樽は、
古い建物をリノベーションした素敵な空間です。
オープンからコラボレーションリフィルとともに
トラベラーズノートを扱ってくれていて、
イベントをやりましょうとずっと話をしていたの
だけど、コロナがあってできなかったのですが、
いよいよ開催できることになりました。

旅の思い出は、アーティスト順に並んだ
レコードの棚のように、記憶の中で旅先ごとに
並んで収まっている。
そして、レコードをターンテーブルにのせて聴く
ように、ときどき旅の思い出を心に浮かべ味わう。
北海道という旅先は僕にとって、昔からのファンで
何年かごとにリリースする新譜を楽しみにしている
ベテランバンドみたいなものかもしれない。
今は、間も無くリリースされる久しぶりの最新作を
待つように、新しい旅を楽しみにしている。


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2022年5月16日

追憶の秋田

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トラベラーズバイクでの日本一周の旅は、
まず東北を巡ることからはじまった。
東北巡りで密かに楽しみにしていたことに、
社会人になって間もない頃に仕事で訪れていた町を
再訪するということがあった。

例えば、かつての担当エリアだった盛岡、八戸、
青森などでは、当時定宿にしていたホテルに
あらためて泊まってみたり、上司と二人でよく行った
寿司屋を再訪したりした。
もちろん、営業として通っていた文具店も訪ねた。
30年近く経っているから、もう廃業してなくなった
店も少なくないし、数少ない今でも健在の店も、
顔を知っているスタッフは誰もいなかった。
だけど店内に入り、あの頃の面影を見つけると、
新社会人時代の不安な気持ちや緊張感とともに、
思いがけずたくさんの注文をもらったときの嬉しさ、
逆につまらないミスをして怒られたり、
予定していた注文がもらえなかったときの失望した
ことなどが走馬灯のように頭によみがえった。
そこにトラベラーズノートが並んでいたりすると、
嬉しさとともに、あれからいろいろあったなあと、
なんとも言えない感慨深いものを感じた。

今回の旅で訪れた秋田は、
新人ではじめて担当になったエリアのひとつで、
当時の心細く不安な記憶もより強く残っていた。
例えば、初めてひとりで出張したときのこと。

卸先である問屋に恐る恐る足を踏み入れ、
なんとか部長を商談テーブル呼び出して話をする。
だけど、秋田弁が強くさらに滑舌も悪いので、
とにかく話が聞き取りづらい。
部長が言う雑貨屋さんのカタカナの名前を、
聞き取れず、「すみません、もう一度いいですか」と
3回聴き直したら、「おめえはもういい」と言われ
(そこははっきり聞き取れた)、部長は憮然として
突き放すように去っていった。
新人の僕にとっては、心が落ち込むには十分すぎる
この出来事の後に行った店で商談をした、
買いっぷりが良く美人の女性バイヤーが
温かく優しい言葉をかけてくれて元気になる。
そんな風に気分が上がったり、下がったりを
繰り返しながら(下がる方が多めで)なんとか
1日をやり過ごした。

夜は、ホテル近くを歩き回って見つけた
焼肉甲子園というちょっと怪しい雰囲気の居酒屋に
勇気を出して入ってみる(当時から怪しいものが
好きだった)。
壁一面に、「吉幾三 雪国 祝有線一位」とか
「若人よ甲子園を目指せ」、「今日も一日お疲れ様」
など、習字みたいに筆で書かれた半紙が何枚も貼られ
ていて、それを書いたと思われるスキンヘッドで
強面の店主は、調理の合間を縫って10分おきくらい
に有線に電話をかけて、吉幾三の曲をリクエストする
という一風変わった店だった。
ここで食べた、正体不明のさまざまな種類の内臓の
肉がごった煮になったホルモン定食もまた、
見た目も怪しく、一度もおいしいと思ったことは
なかったけど、不思議となぜかまた食べたくなって、
その後もそこに通うようになった。
あれから約30年、その後一度も足を運んだことが
なかったこともあって、今回の自転車の旅で秋田を
訪問するのをけっこう楽しみにしていた。

だけど、実際に秋田に着くと、
当時と変化が激しく、なかなかあの頃の面影を
見つけることができなかった。
まず秋田駅が建て変わっていて当時の面影がない。
さらに駅の近くにあったイトーヨーカドーも
フォーラスもなくなっていて(どちらにも当時営業
として通っていた雑貨店がテナントで入っていて、
そのひとつが例の女性バイヤーがいた店だった)、
西武だけは残っていたけど、文具売場はなかった。

さらに定宿にしていたホテルハワイ ラグーンという、
雪国の秋田とかけ離れた名前のビジネスホテルは
跡形もなくなっていたし、焼肉甲子園(これも秋田
とはかけ離れている)は、さすがに当時のまま
残っているとは思ってなかったけど、街並みが
すっかり変わり、その場所すら分からなかった。

少し落胆しながら、予約していた全国展開の
ビジネスホテルにチェックイン、自転車で町を
あらためて散策することにした。
まずはコーヒーでも飲もうと思い、名前を聞いた
記憶があった08COFFEEというカフェへ行った。
おいしいコーヒーと店内の穏やかな空気に心も
穏やかになった。
旅先でゆっくりコーヒーを飲んでいると、自分が
その土地に溶け込んでいくような気分になれる。
かつての面影を探すのもいいけど、もっと純粋に
現在のこの旅の時間を楽しもうと思った。
その後、かつて花街だった川反、千秋公園、
秋田文化創造館などを巡ってホテルに戻ると、
サウナでゆっくり汗を流し、夜の街へ出た。
トイレを借りるのに入った駅前のホテルのロビーに、
おすすめの店が描かれたマップがあったので、
そこで紹介している居酒屋に行くことにした。

満室で断られ続け、やっと入れた3軒目の店は、
もつ焼きにもつ煮込みがおすすめの秋田名物は
まったくない居酒屋だった。
だけど、逆に地元に愛されている大衆居酒屋といった
雰囲気で、地元の人に混ざりビールを飲んでいると、
秋田が少し身近になったような気がして嬉しかった。

ふと、当時秋田出張の度にお土産で買っていた
金萬というお菓子のことを思い出し、明日、
新幹線で東京に戻る前に買っていこうと思った。


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2022年5月 9日

日本一周 青森-秋田編

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5月5日。時間は15時30分を過ぎたところです。
秋田県の能代という町のカフェでこのブログを
書いています。
今朝、青森県の日本海沿岸にある小さな港町の宿を
出て、自転車で走って南下し、ここまで来ました。
長いあいだ自転車で走りかなり疲れたので、
何かありそうなこの町で少し休もうと思いました。
ネットで調べてみると、巴湯という銭湯がある
ようなので立ち寄ることにしました。
歴史を感じる建物に心を踊らせ、中に入ると、
番台のおばちゃんと常連客が話す秋田弁が心地よく、
鍵付きのロッカーがあるけれど誰も使わずに、
備え付けのカゴに服を投げ込んでお風呂に入るような
地元の人に愛されている飾らない銭湯でした。
僕も地元の人に混ざり、熱めのお湯に浸かったり、
洗い場で休んだりを繰り返して疲れを癒しました。
お湯に浸かりながら、ぼーっとしていると
なんだか自分がその町の住民になったような気分に
なります。
もし僕がこの町で生まれ育っていたら、どんな
人生を過ごしたのだろう、思わずそんなことを想像
してしまいました。

お風呂を出て、駅近くのほとんどシャッターが
閉まっている商店街を自転車で走っていると、
古い建物をリノベーションした素敵なカフェを
見つけたので入ってみることにしました。
ずっと自転車を漕ぎ続けてきた足はまだ重く、
また湯上がりで喉も乾いていたので、
アイスコーヒーを飲みながら、もうすこし休もう
と思ったのです。

ここで話を少し戻しますね。
今年のゴールンデンウィークは、久しぶりに
行動制限が必要もないとのことで、思い立って、
トラベラーズバイクでの日本一周を再開することに
しました。
日本一周といっても、最初は2014年の夏休みに
東京から白河まで走り、その翌年に白河から仙台、
さらに2018年に仙台から盛岡、そして、2019年に
盛岡から青森までという感じで小刻みで少しずつ
進んでいる、いつ終わるのかも分からない
のんびりした旅です。
今回は青森から秋田まで走ることにしました。

ということで、まずは輪行バッグに自転車を詰めて
新幹線で前回の終着地、新青森駅まで向かいました。
夕方、新青森駅に着くと、まずはこの日の宿泊地、
五所川原まで走りました。
それなりに上り坂も下り坂もあったけど、
まだ旅は始まったばかりで体力もあるからか、
予定よりも早く五所川原に着きました。

日本一周の今までの教訓から、自転車の旅は、
距離だけでなく、高低差も大事だと学んでいました。
初日の青森から五所川原までのルートは、
今回の旅で最も高低差があります。
ここをクリアしてしまえば、後はのんびり楽に
走れるだろうと思いました。
だけど、自転車の旅には高低差だけではない困難が
あるのを翌日に思い知らされることになります。

五所川原から日本海に抜ける道は、
グーグルマップで調べると「ほぼ平坦」。
2時間もかからず抜けることができるだろうと思い、
朝は喫茶店でゆっくりモーニングいただき、
10時に出発しました。
しかし、走るのと同時に思いがけない強敵、強風に
襲われました。
しかも向かい風の強風で、自転車のペダルは、
ひどい上り坂のように重く、なかなか進みません。
左手に岩木山を臨む絶景なのに、そんなものを
楽しむ余裕もなく、ただひたすら苦行のように
自転車を進めていきました。
びゅんびゅん吹きつける風を受けながら、
そういえばこの辺りは、冬の地吹雪で有名な場所で
あることを思い出しました。
雪が降り積もるなかでこの風が吹いたら、
何も見えなくなるだろうな。
そんなことを考えていると、首に巻いていた手拭い
が強風に吹き飛ばされていきました。
進んできた道をはるか遠くに飛んでいく手拭いを
呆然と眺めながら、戻ってまで追いかける気にも
なれず、また黙々と自転車を漕ぎ続けました。
どうして僕はこんなことをしているのだろう。
日本一周の間に何度か浮かんだフレーズが
また脳裏をよぎりました。
終わりが見えないきつい上り坂で汗を流しながら、
自転車を押したり、突然大雨に襲われたり、
山の中でタイヤがパンクしたりするときには、
なんで好き好んでこんなことをしているのだろうと
いう思いに駆られることがあります。
だけどそんなときは、ただ淡々と前へ進むことしか
解決策はありません。
もう勘弁してくれよ、なんて心のなかで泣き言の
ように叫びながら重いペダルを漕ぎ続けたり、
ハンドルを押して歩くしかないのです。
若干のM気質があるせいなのか分かりませんが、
後から振り返るとそんな辛い時間こそ良き思い出
として心に残っていることも多かったりします。
それにそんなことがあっても、来なければよかった
なんて思うことはありません。

日本海に着いても風はおさまらず、
海に向かって並んでそびえ立つ風力発電の風車は、
高速で回っているのが見えます。
昼食はコンビニでパンを買ってささっとすませ、
休み休み自転車を進めながら、なんとか予約していた
宿に着くことができました。
本当は途中で、日本海を臨む有名な露天風呂に
立ち寄るつもりだったのだけど、そんな時間も体力も
残っていませんでした。
だけど、宿の畳の上で大の字に横になりながら、
旅にいることの充実感に心が満たされているのを
感じました。辛いことと楽しいことは紙一重。
やっぱり旅は人生みたいだな。
そんなことを思いました。

さて、こちらのカフェの居心地が良くて、
ずいぶん長居してしまいました。
アイスコーヒーも飲み終わったし、
足の疲れもだいぶ楽になってきました。
グーグルマップで調べてみると、今日の宿まで
あと18キロ。そろそろ走り始めようと思います。
旅の続きはまた後ほど。


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2022年5月 2日

ノートバイキングもはじまった

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楽しかったなあ。
先週は、スターバックスリザーブロースタリーで
久しぶりのノートバイキングを開催。
2日間の日程を終えて、メンバーで軽く打ち上げを
したのだけど、ビールをジョッキ1杯飲んだだけで
目眩がするくらい酔っ払ってしまったし、
その翌日には、体がぐったりしてどこにも行けず
家で1日中のんびりしてしまうくらい疲れたけど、
なんというか、充実感のある心地良い疲れで、
この感覚も久しぶりで嬉しかった。

今回のノートバイキングは、もともとの計画では
ロースタリーが3周年を迎えた直後の3月初めに
予定していたのだけど、まん防が延期になるのと
あわせて、イベントの日程も延期した。
サイトで告知をして予約開始をしてからも、
まん防がまた復活するかもとビクビクしていたし、
正直に言えば、この日を迎えるまでは本当に
開催できるのかずっと不安だった。

だから、イベント前日の夜、準備のために
ロースタリーに行って、スタッフの方と会ったときに
最初に言ったのは、「無事にこの日を迎えられて
本当によかったですね」という言葉だった。

この場所でノートバイキングを開催するのは2回目。
前回はロースタリーがオープンしてまだ間もない
2019年の9月に開催した。
その時たくさんの方に喜んでいただいたこともあり、
「ぜひ定期的に開催しましょう」と話をしていたの
だけど、その後コロナがはじまって、何もできない
まま2年半が過ぎてしまった。

目黒川沿いをしばらく歩き、ホテルのような入り口
の大きな扉を開くとまず目に入るのは、
4階まで吹き抜けでそびえるカッパーの柱と連結した
巨大なコーヒー焙煎機。
焙煎したてのコーヒーがやはり巨大なタライみたい
な冷却皿に流れてくると、店内がコーヒーの香りに
包まれる。
1階には、トラベラーズノートなどが並ぶショップ
スペースに加え、ドリップ、サイフォン、プレスなど
さまざまな方法で淹れたコーヒーを楽しむことが
カウンターがある。
2階は紅茶の世界が楽しめるスペースで、3階は
コーヒーに加え、コーヒーや紅茶をベースにした
カクテルも楽しめるバーになっている。
そして、イベントスペースを兼ねた4階で、
ノートバイキングが行われた。

イベント当日の朝、4階に上がっていくと、
スタッフの方がコーヒーを淹れて僕らを出迎えて
くれる。みんなコーヒーが好きだからそれだけで
もう気分が上がってしまう。
イベント中には休憩のたびに、コーヒーを淹れて
くれたのだけど、スターバックスらしく、その都度
丁寧に豆の産地や味の特徴を説明してくれて、
味の違いも楽しみながら美味しくいただくことが
できた。

イベントは10時から20時までの長丁場だったけど、
2日間の日程はあっという間だった。
ロースタリーの異国感が漂う心地良い空間に、
コーヒーの香り、そして何より、たくさんの方が
ノートバイキングを楽しんでくれる姿を見ながら、
お話をしたり、笑顔を見たりするのが楽しかった。
世界地図1枚、ポケット1枚、方眼ノート5枚を
規則正しく並べて、5大陸をめぐる旅のノートに
するという方がいたり、たくさんの紙を本能の
赴くままに深く考えずに並べていく方がいたり、
それぞれの性格や人柄が思いがけず現れてしまう
のが、ノートバイキングの面白さだ。

皆さん、ゆっくり時間をかけて真剣に悩みながら
紙を選んでいる。
重ねて束になった紙を見せながら
「これくらいでいいでしょうか?」と綴じられる
紙の量を確認する方に「まだまだいけますよ」と
僕が答えると、「もっと綴じられるんですね!」と
喜ぶ方ばかりではなく、「まだですか...」と愕然と
する方もいたりして、まるで走り疲れた運動部部員
に、さらにランニングを促す鬼コーチにみたいな
気分になることもあったけど、そんなことも
楽しかったです。

ロースタリースタッフの方もたくさん参加してくれて
一緒にイベントを楽しんでいる姿を見ることができた
のも嬉しかったな。
素敵な空間に、気持ちよくフレンドリーなスタッフ、
そして、笑顔のお客さんに囲まれた幸せな2日間。
本当に楽しかったなあ。

ノートバイキングが終わるのと同時に、
世間ではゴールデンウィークが始まっています。
今年は3年ぶりの行動制限要請のないゴールデン
ウィークとのことなので、遠出をされる方も多いと
思います。
2020年6月にオープンしたトラベラーズファクトリー
京都は、昨年は緊急事態宣言下で休業中だったので、
はじめて迎えるゴールデンウィークになります。
お近くを旅する方はぜひ足を運んでみてください。
京都経由倉敷の旅なんてのもおすすめですね。

僕は2日は仕事だけど、6日はお休みをいただき、
コロナ禍でずっと中断していたトラベラーズバイク
での日本一周の旅を再開してみようかと計画中。
前回は2019年の夏に青森まで行ったので、
その続きをしてみるつもりです。

「ゴールデンウィークも仕事だよ」とか
「むしろ普段以上に忙しい」なんて方も
いらっしゃると思いますが、皆さまにとって
良いゴールデンウィークでありますように。


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2022年4月25日

日記は人に見せるつもりで書く方がいい

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まだ会社に入ったばかりの頃。
倉庫の片隅に使うあてのないまま置かれていた
古いサンプルの山から、日記帳をもらった。
社会人になり、地方営業所に配属になって、
新しい場所で新しい暮らしをはじめたばかりという
こともあって、日記でもつけてみようと思ったのだ。

日記帳は、表紙にはウィリアムモリスの壁紙の
ようなデザインがプリントされたハードカバーの
上製本で、サック箱に収められていた。
ついこの間まで、世の中に日記を書くための専用の
商品が存在することすら認識していなかった僕は、
まるで上質な本のような作りの日記帳を手にして
胸が高鳴った。
今もそうだけど、当時も日記帳は会社の主力商品の
ひとつで、当時は若者の向けの「ヤング日記」と
大人向けの「アダルト日記」の2つのカテゴリーで、
それぞれ20種類くらいラインアップされ、
新商品も毎年リリースされていた。
僕が手に入れた日記帳は、「アダルト日記」の
ラインアップで、その淫靡な名前にもちょっとだけ
興奮した。

その後、日記を書くという習慣が続いたかというと、
そうはならずわずか1ヶ月くらいでやめてしまった。
だけど、書くのが面倒になったのが理由ではない。

もともと本を読むのが好きだったし、
文章を書くことだって嫌いじゃなかった僕は、
けっこう真面目に日記を書いていた。
その日記帳は、1日にたっぷり1ページ分書くことが
できることもあって、仕事で怒られたこととか、
日々のちょっとした事件に思うこと、さらに
気になっていた女の子のことも正直に書いていた。

1ヶ月くらい書き続けて、あるときふと思い立ち、
最初のページからじっくり読み返してみると、
あまりの恥ずかしさに、結局きちんと読み返すこと
ができなかった。
恥ずかしくなったのは、表現が稚拙だったり、
誤字脱字があったりすることもあるけれど、
それ以上に心の中に思っていたことが文字になって
目の前にあるのが、たまらなく気恥ずかしく、
きまりが悪くなったのだ。
大御所小説家の全集のような豪華な作りの日記帳が、
さらにその恥ずかしさを助長した。
ちょっと例えが悪いかもしれないけど、
自分の裸を毎日いろんな角度から撮影した写真が
何枚も載っている写真集を目の前に突き出された
ようないたたまれない気分になったのだ。

それから僕はすべてなかったことにしたいと思い、
書き終わったページをすべて切り離して、
細かくちぎって捨ててしまった。
そしてそれ以来、簡単な旅の記録みたいなものは
別にして、日記をつけるということをしなくなった。

そんな僕がまた日記と呼べるようなものを書く
きっかけになったのは、トラベラーズノートを
使うようになったことと、このブログを書くように
なったからだった。

このブログは公開することを前提に書いている。
ここには嘘を書かないことをモットーにしているけど、
知られたくないことはあえて書かないし、
自分の心のすべてを曝け出しているわけではない。
その分読み返しても、昔の日記を読んだときのような
きまりの悪さみたいなものを感じることはなくなった。
全部曝け出す必要なんてないし、そのときの状況を
読むことで、そのときの思いは自然に蘇ってくる。

要は、僕にとっての日記を続けるこつは、
誰にも読まれないことを前提に書くのではなく、
誰かに読んでもらいたいと思って書くことだった。

このブログは、実際にどれだけの人が読んでくれて
いるのか分からないけれど、それでも誰かに読んで
もらいたくて書いている。
それは不特定多数の誰かかもしれないし、ときには
特定の誰かに向けて書いていることだってある。
いずれにしても誰かに読んでほしいという気持ち
があるから、何年も続けることができた。
そして、そうやって書き続けることで、
自分の歴史を振り返ることができる記録にもなるし、
未来の自分に気づきを与えてくれることもあるし
自分の心を奮い立たせてくれることだってあること
を知って、自分のためでもあるに気づく。

日記を書き続けると、自分の人生が結局1本の線で
繋がっている物語のようだと思えることがある。
過去のある出来事が、伏線を回収するように今に
繋がることもよくあるし、映画の登場人物のように
本人のままならない方向へ物語は進んでいく。

インスタグラムを見ると、たくさんの方の
トラベラーズノートの紙面を見ることができる。
旅の記録に絵日記、コラージュなどさまざまな
スタイルのそれらの表現も広義に捉えると日記と
言えると思う。
それらを見ると、ノートの使い方のアイデアを
見つけることができるし、刺激も受ける。
ときには、誰かのノートに描かれたおすすめの映画
を見ることだってあるし、美味しそうに描かれた
食べ物を食べてみることもある。
誰かのノートを見ることで、その人の人柄みたいな
ものを感じることだってある。
描いた人は気づかないけれど、そうやって見えない
交流が生まれているのも楽しいと思う。

日記は肩肘張らずに、人に見せる前提で書いた方が
続けられると思う。
そう言う意味でもトラベラーズノートは日記を書く
にもおすすめです。
最近僕は、日記を書くにもトラベラーズエアラインの
トラベラーズノートを使っています。


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2022年4月18日

深夜ラジオと蛍

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トラベラーズノート限定セット発売日の前日、
閉店間近の夜のトラベラーズファクトリー中目黒。
19時を過ぎると、入り口正面のテーブルに
並んでいた商品を他の場所に移動して、そこに
限定セットを積んでいく。
テーブルに置かれているワイン箱の中に、
ショーケースのようにトラベラーズノートや
リフィル、コットンバッグにスタンプなどのセット
の中身をディスプレイする。
たくさん種類があるステッカーは、すべてのデザイン
が分かるよう長方形にカットしたアクリル板に
ベタベタ貼って、ワイン箱にくっつける。
レジの後ろに固定している脚立を広げて登ると、
天井から吊るしてある棒に、トラベラーズホテル、
エアライン、トレイン、レコードの看板をモビール
みたいに飾った。

「うん、いい感じだね」
「明日はいっぱい来てくれるといいな」

陳列が一段落すると、そんなことを話ながら、
みんなでしみじみと店内を眺めた。
僕は、閉店後の静かなトラベラーズファクトリーで、
仲間と新しい商品の陳列や飾り付けが終わり、
ちょっと目新しくなった店内を眺める時間が好きだ。
誰かのサプライズパーティーの準備みたいに、
誰かが喜んでくれる姿を想像するのも嬉しいし、
できがった空間を他のみんなより一足早く
僕らだけでしみじみと味わえるのも嬉しい。

僕は入り口の扉を開けてひとり外に出ると、
タバコを吸いながら、窓の外からぼんやりと光る
オレンジ色の照明が照らす店内を眺めた。
夜の人が少ないトラベラーズファクトリーは、
ちょっと寂しいけど、ほんわかした温かさもある。
「なんだかラジオの深夜放送みたいだな」
ふとそんなことを思った。

思春期の頃、周りと折り合いをつけることが苦手で、
いつも胸の奥に孤独を感じ、未来に漠然と不安を
抱いていた僕にとって、夜中に一人で聴くラジオは、
親密な温かさと共に、世界への繋がりを感じさせて
くれる扉のような役割を果たしてくれた。
ディスクジョッキーの言葉は、スタジオから自分だけ
に語りかけてくれるように感じさせてくれたし、
さらに同じ瞬間に、他の場所にも自分と同じように
ラジオに耳を傾けている聴き手がいることで、
自分は一人じゃないという気持ちにもさせてくれた。

深夜ラジオは、みんなが寝静まった暗い深夜の街で、
ぽつりと灯りをともしたままの孤独な部屋が、
実は一つではなくて、水辺に集まる蛍の光のように、
幻想的な光のハーモニーを描いていたことを教えて
くれたのだ。
そういえば、夜のトラベラーズファクトリーの灯り
も、蛍の光みたいに淡くおぼろげだ。

飾り付けが終わった店内の写真を、インスタと
ツィッターにアップすると、次々とさまざまな国の
人たちから「いいね」が届いた。
「いいね」のマークも蛍の光みたいだと思った。
たくさんの人がこの場所のことを気にかけ、
新しいプロダクトを楽しみにしてくれているような
気がして、心が温かくなるのと同時に、世界への
繋がりを感じることができた。

翌日には、新しいプロダクトを手にした方々が、
僕らの妄想からはじまったトラベラーズホテル、
エアライン、トレイン、レコードに思いを馳せて、
その妄想を広げてくれるのだろうか。
そんなホテルに航空会社、鉄道会社、レコード
レーベルは今はまだどこにもないけれど、
トラベラーズノートを使い手が好きなように
カスタマイズするみたいに、それぞれの妄想の中で、
それぞれのトラベラーズホテルに、エアライン、
トレイン、レコードが生まれたらいいな。
それはそれぞれの理想のホテルやエアラインであり、
さらにそれぞれの理想の旅の形かもしれない。
そこから、新しい旅のストーリーが生まれ、
新しい出会いや新しい作品が生まれるかもしれない。
いつかこのノートをきっかけに誰かが作った
トラベラーズホテルに泊まれたら素敵だな。

トラベラーズファクトリーから家に向かって、夜の
東京を自転車で走りながら、そんなことを想像した。

今年の夏は、蛍の光を見てみたいな。
続いて、蛍たちの幻想的な光のハーモニーが
頭に浮かんだ。


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店長のプロフィール

(株)デザインフィルでトラベラーズノートの企画を担当している飯島です。