2021年2月22日

レコードは死なず

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中学生の頃、レコードを買う時は、
秋葉原の石丸電気レコード館と決めていた。

自転車を20分ほど走らせ、秋葉原の電気街の
はずれにあるその店に着くと、自転車を止めて
ワクワクしながら店内に入る。
4階建てだったか5階建てだったか忘れたけど、
ビル全部がレコード専門店になっていて、
なにより品揃えが圧倒的だった。
たいていの場合、買うレコードはすでに決まって
いるのだけど、在庫があることを確認したら、
すぐにそれを手に取らず、焦らすように、
ゆっくり他のレコード棚をチェックする。
ここには当時はまだ珍しかった輸入版レコードも
たくさんあって、どうしてわざわざ海外から
運んできたレコードの方が日本でプレスしたもの
より安いのか、不思議に思っていた。

そして、いよいよレコードを手にレジに行く。
その時にレジカウンターの上にずらりと並んだ
レコードの販促品として作られたポスターや
ステッカー、バッジなどの見本に目を向ける。
レコードを買うと、これらの販促品の中から
好きな物をひとつもらえるというのが
ここの特徴であり、僕がここでレコードを
購入する一番の理由でもあった。
レコード会社と特別なコネクションがあるのか、
ここでは他の店にない販促品が手に入ったし、
買ったレコードとは違うアーティストのものでも
選ぶことができた。
そして、ベートーベンやモーツァルトから、
マイルス・ディビス、プレスリー、ビートルズ、
ボブ・ディランにオリビア・ニュートンジョンまで
新旧のミュージシャンたちのイラストが描かれた
レコード用のビニールバッグも好きだった。

中学1年生の頃、リリースされたばかりの
『ジョン・レノン・コレクション』を買った時は、
ベッドの上でギターを弾くジョン・レノンの
ポスターをもらって、部屋に飾った。
なぜかこの日のことはよく覚えていて、
レコードを買った帰りに肉の万世で
肉味噌ラーメンを食べたことまで記憶にある。
あの頃の僕にとってレコードを買うということは、
記憶に刻まれるくらい大きな出来事であり、
思い切った投資でもあった。
この日手に入れた、『平和を我らに』から
はじまるジョン・レノンのこのベスト盤は、
その後まさに擦り切れるくらい聴いたし
自分の価値観とか人生観を形成する上でも大いに
影響を与えてくれたはずだ。

ベスト盤のことを軽く見る人もいるけど、
限られた小遣いしかなかったあの頃の僕にとって
名曲が詰まったベスト盤は貴重だったし、
いつか大人になったら、ジョン・レノンの
オリジナルアルバムを毎月1枚ずつ揃えよう、
なんて思っていた。
その後、CDだったりダウンロードだったりで、
ジョン・レノンの他のアルバムを聴いたけど、
今でもこのアルバムに収められている曲を聴くと、
鬱屈した中学時代の気分が蘇ってくるし、
僕にとっての『スタンド・バイ・ミー』の
オリジナルは、ジョン・レノンのバージョンだ。

さて、先週に続きブックレビューになるのだけど、
『レコードは死なず』は、見つけた時、
これは読まないわけにはいかないだろう、
と瞬間的に思った本だった。

表紙には、クラッシュの『ロンドンコーリング』
を手に取る少し髪が薄くなりかけている冴えない
おじさんのイラスト。まるで俺じゃないか。
帯には「若き日パンクに心酔した僕はいまでは
妻子あり貯金なし、四十代半ばのフリーランサー」
と書かれている。さらによく見ると小さな文字で
「序文:ジェフ・トゥイーデイ(ウィルコ)」とある。
我慢できず、まずはジェフの序文を立ち読みする。

母親と行ったスーパー、ターゲット見つけた
『ロンドンコーリング』を買ってもらうために、
ジャケットに貼られた「親への勧告・露骨な内容・
野卑な言葉遣い」と書かれたステッカーを必死に
剥がしてから買ってもらったとか、
クリスマスプレゼントに両親にねだって買って
もらったパブリック・イメージ・リミテッドの
『フラワー・オブ・ロマンス』を家族の前で
流した時、父親から「こいつはいったい何だ?」と
乱暴にターンテーブルから引きずり下ろされたなど、
レコードにまつまるエピソードが熱く綴られてる。

分かる、分かる。
小学生の頃、僕がはじめて自分の小遣いで買った
レコード、YMOの『BGM』を家のステレオで
かけると、母親から「もっと明るい音楽を聴いた
方がいいんじゃない?」と僕の精神状態を本気で
心配したような面持ちで声をかけられたし、
スネークマンショーの『戦争反対』をかけた時は、
冒頭いきなりロケットの発射音とともに
女性の喘ぎ声が流れてきて、家族みんなの表情が
凍りつき、またも母親から「まだこういうのは
早いんじゃないの?」言われたという記憶がある。
(だけど今思ば、確かにそのアドバイスは決して
間違っていなかった。その後、ヘッドフォンで
何度も聴いたけど、このレコードに収録されていた
下ネタ満載のギャグは小学6年の僕には半分も
理解できていなかったはずだ)

この本は、音楽の好きで冴えない中年の著者が、
自分にとって大切な何かを取り戻すために、
手放してしまったかつてのレコードコレクションを
再び探して歩くという話だ。
ただ、取り戻そうとするレコードというのが、
タイトルが同じという意味だけではなく、
自分が持っていたレコードそのものを探そうして
いるのが面白い。
例えば、序文のジェフの『ロンドンコーリング』は、
「デス・オア・グローリー」が途中で必ず音が飛び、
ジャケットにはシールを剥がす時についた爪の跡が
あると書かれているけど、まさにその音が飛び、
爪の跡がついたレコードを探そうとするのだ。

そんなレコード探しの旅がそれぞれのレコードに
刻まれた記憶とともに語られている。

かつてレコードという存在感のあるアナログの
物体とともにあった音楽は、CDの登場とともに
物としての存在感を薄め、今や音楽データという
いっさいの物体を伴わない存在となった。
そもそも音楽というものは、触ることができない
空気のような存在なのだけど、アナログレコードと
いう物体があることで、深く記憶に刻まれ、
人生の相棒として共に変化し味わいが増していく
のかもしれない。
そんなことを思い出させてくれる素敵な本だった。

ちなみに思春期の頃に手に入れた僕のささやかな
レコードコレクションは、なぜか時を経るごとに
間引きされていき、擦り切れるほど聴いた
『ジョン・レノン・コレクション』は手元にない。
だれど、はじめて買った『YMO/BGM』と
今はなき石丸電気の輸入盤コーナーで買った
ビートルズの『サージェントペパーズ』は、
ファクトリーの2階に無造作に置かれている。

さて、話が変わりますが、
2月25日の夕方、3月にリリースする
トラベラーズノートの新しい商品の情報を
公式サイトにアップします。
さりげなくレコード愛も注入しています。
みなさま、ぜひ楽しみにしてくださいね。


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2021年2月15日

Nomadland

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経済格差が広がっているアメリカでは、
家賃の高騰、倒産、失職、離婚などによる
経済的な理由で住む家を失い、低賃金の季節労働を
しながらキャンピングカーで暮らすワーキャンパー
という人が増えているという。

『ノマド:漂流する高齢労働者たち』は、
その中でも特に高齢者のワーキャンパーの生活を
レポートしている。

60代、70代の高齢者の人たちが、
少ない公的年金では暮らしを維持できず
ドロップアウトするように家を捨て、
キャンピングカーでの暮らしをはじめる。
そしてわずかな収入を得るため、
短期の肉体労働を行いながら暮らしていく。

ワーキャンパーの仕事の代表格が全米各地にある
アマゾンの巨大倉庫での出荷作業。
売上が極端に上昇する感謝祭からクリスマスは、
大量の雇用が必要となるため、キャンピングカー用
の駐車場を用意し、そこで生活できるようにして
ワーキャンパーを募集しているそうだ。

ただこの仕事は、ロボットの指示で
時間に追われながらスキャンを繰り返すような
単純作業であるのとあわせて、
荷物を運ぶため1日に20キロ以上歩いたり、
1000回以上腰をかがめたりしながら10時間以上
働かなければならない過酷な肉体労働でもある。
痛み止めを飲んで筋肉痛をごまかしながら
仕事を続け、短期労働の期間が終わる頃には
関節炎や腱鞘炎でしばらく動けなくなってしまう
人も多いとのこと。
それでも全米各地にあるアマゾンの倉庫では、
仕事を求め。多くの60代、70代の高齢者の方が
集まってくる。
アマゾンの他に、農園での収穫、キャンプ場の
管理作業、アミューズメントパークのスタッフなど
の季節労働の仕事があるが、そのほとんどは
高齢者にはきつい肉体労働だ。

この本が面白いは、高齢ワーキャンパーの現状と
ともに公共福祉の不足や劣悪な労働環境などの
問題提起をしながら、同時に彼らが自らをノマド
と呼び、自由な生活をポジティブに楽しんでいる
姿を伝えてくれるところだ。

そのひとり、リンダさん(64歳)は
同居をしていた娘夫婦が家賃の高騰で狭い家に
引っ越さなければならなくなったのを機に、
キャンピングカーを手に入れノマド生活をはじめる。
その始まりは不安よりも高揚感に満ちている。

経済的に追い詰められたことがそのきっかけだけど、
キャンピングカーに乗ってハンドルを握ることで、
長年縛られ続けていたローンや会社、同居家族への
気遣いなどさまざまなしがらみから解き放たれて、
アメリカの広大な大地を自由に旅しながら暮らす
という新しい人生を手に入れる。
家にこもって静かに過ごすという余生を失った
代わりに、かつて憧れたアメリカ人の原点のような
フロンティアスピリットを体現するような生活を
高揚感とともに楽しんでいる。

ネットやSNSによって独自のネットワークがうまれ、
例えば、キャンピングカーの改造アイデアから、
どこのウォルマートの駐車場がキャンピングカーに
優しいか、など実利的な情報が共有され、さらに
ノマド同士の交流会のようなイベントが行われたり、
車の修理代をカンパによって捻出したりする
助け合いがあったりするという。

もちろん、こういった高齢ワーキャンパーが増えて
いくような社会情勢を肯定することはできない。
でもそんな逆境に嘆くのでなく、新しい人生に
果敢に立ち向かい、そこから楽しみを見出していく
彼らの前向きな姿に、パワーをもらったような
気分になった。
旅が好きな人なら誰だって、そんな生活に
憧れるだろうし、自分だっていつかそんな生活が
できたらという夢を持っている。
2021年から風の時代がはじまるというし、
マインドはいつでも旅立てるノマドでありたいな。

リンダさんは、ノマド生活を続けるなかで、
廃品を利用して作られる自給自足エネルギーの家、
アースシップを作るという新しい夢を見つける。
そしてアマゾンの短期労働の仕事をしながら、
アリゾナ州の砂漠地帯に土地を手に入れ、
夢の実現へと確実に進んでいく。すごいなあ。

3月にはこの本が原作となっている
映画『ノマドランド』も公開されるそうで、
これも楽しみ。


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2021年2月 8日

LOVE AND TRIP

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もうすぐバレンタインデーですね。
まあどうせ何もないんだろうな、
なんて思いながら学校へ行き、それでも
心のどこかにほのかな期待があるせいか、
妙にソワソワしながら1日を過ごし、
で、結局何もなくて、まあそうだよなと
肩を落として家に帰る......。
バレンタインデーは、あの頃のそんな思い出が
どんよりとした暗い雲に覆われたような印象と
ともに根深く心に残っているせいか、
その後嬉しい日だったことない訳じゃないけど、
いまだにどうも居心地が良くない。

別にそれが理由というわけではないのだけど、
ここ最近はトラベラーズファクリーでは
バレンタインデーらしいことができていなかった。
(本当の理由は、ちょどその頃は例年3月に発売
する新商品の準備でバタバタしているからです)

今年は緊急事態宣言下ということもあって、
バレンタイン&ホワイトデー自体も盛り上がりに
欠けるものになるだろうし、そもそも足を運んで
くれるお客様も今は少ない。
だけど、そんな時期だからこそ、
トラベラーズらしいバレンタインの企画が
できたらいいなと思っていた。
だってバレンタインのテーマは愛です。
誰かと会ったり、みんなで集まったりする機会が
制限され、長いコロナ禍の中でストレスを抱えたり、
厳しい生活を強いられている方もたくさんいる。
ニュースやネットでは分断や憎しみを煽るような
情報が溢れ、大きな不安が世の中を覆っている。
いろいろな意味で人生の糧となっている
旅だってしばらくできていない。
そりゃ愛だって足りなくなってきます。

こんな状況だから派手なことはできないけど、
スタッフみんなで何かできないかと考えて
今回の「LOVE AND TRIP」企画が生まれた。

オンランショップでは先週の金曜日から
バレンタインのおすすめ商品をギフトラッピング
したセットを発売しているけれど、
これはオンラインショップと店のスタッフが
相談して商品やラッピング方法を決めて、
休業中のエアポートのスタッフと一緒に
ひとつずつ丁寧にラッピングをした。
「LOVE AND TRIP」のカンバッジも、
カンバッジガチャガチャ用のカンバッジを
いつも作ってるエアポートのスタッフが作った。

京都の小さなお菓子屋さん、72Kitchen の
ナツさんは、トラベラーズファクトリーの
お客様が喜んでくれそうなお菓子のセットを
作ってほしいという依頼に対して、
何度も試作を繰り返しながら、ぎりぎりまで
素材や配合から形や厚みまで調整して、
とても素敵なクッキーのセットを作ってくれた。
丸い透明のケースにパズルのようにいろいろな
種類のいクッキーが詰め合わせれたサンプルを
見た時は、感動した。

徳島のアアルトコーヒーの庄野さんは、
去年のカフェイベントで淹れてくれた
バレンタインブレンドを用意してくれた。
他のアアルトコーヒーのコーヒー豆は
ラベルにスタンプを押して豆の種類を表記して
いるのだけど、バレンタインブレンドだけは
庄野さんがぜんぶ手書きで書いている。
そんなロマンチックなこだわりも庄野さん
らしくて嬉しい。
クッキーとバレンタインブレンドは、
オンラインでは2月8日、店頭では2月10日に
発売しますので、ぜひ。

ギフトは人とのつながりを親密にしてくれて
それぞれの心をやさしく温めてくれるし、
美味しいものは、それだけで幸せにしてくれる。
LOVE AND TRIPのロゴは、ジョン・レノンたちが
提唱していた「LOVE & PEACE」のような
メッセージ性と同時に、旅への憧憬を
ロマンチックに感じさせてくれるような気がした。

日本でのバレンタインデーの在り方とは
ちょっとずれているかもしれないけれど、
これはこれでトラベラーズらしいバレンタイン企画
になったと思って僕はけっこう満足しているし、
バレンタインもいいもんだな、なんて思ったりも
している。
トラベラーズファクトリーでは、こんな感じで
ホワイトデーまでLOVE AND TRIP月間で
いきたいと思いますのでよろしくお願いします。

LOVE AND TRIPのカンバッジとステッカーが
できあがると、嬉しくなって、早速カンバッジを
トラベラーズノートのゴムにつけて、
ステッカーをリフィルの表紙に貼った。
最近、LOVEもTRIP も不足ぎみだったから、
しばらく、僕のトラベラーズノートはこれで
いこうと思う。

そういえば、3月の新商品も粛々と準備を進めて
います。こちらは、2月の後半には詳細を発表
できると思いますので、楽しみにしていただけたら
嬉しいです。

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2021年2月 1日

作り続ける

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「寅さん」で有名な柴又の料亭「川甚」が、
コロナ禍によるお客さんの減少で閉店になった
ということをニュースで知った。
のれんをくぐったこともない僕がそんなことを
言えた義理ではないのかもしれないけれど、
江戸時代から続く柴又のシンボルのような店が
なくなってしまうのは寂しい。
お店という存在は、ビジネスであるだけでなく、
そこに関わる人たちの心の拠り所であり、
たくさんの人たちと記憶を共有し、歴史を繋ぎ
文化を育んでいく場所でもある。
それがコロナ禍という特殊な事情で途切れてしまう
のはやっぱり寂しい。

トラベラーズノートが発売されて間もない頃、
あるお客様から電話があったのを思い出す。
この方はトラベラーズノートをどこかのお店で
見かけて気になり、使ってみたいと思うのだけど、
メーカーがこれからも作り続けてくれるのか不安で
電話をしてきた。
作り手である僕は「もちろんそのつもりです」と
答えたけれど、お客様は納得してくれない。

お話を聞いてみると、かつて気に入って
使い続けていた商品が、メーカーの事情で
廃盤になり使えなくなってしまったという経験が
今まで何度もあることを訴えかけてきた。
メーカーでものづくりの仕事をしていると
そんなメーカーの事情も十分理解できるから
安直に「絶対に長く続けます」とは言い切れず、
それでも作り手としても思い入れもあるので、
「なんとか長く続けられるようにがんばります」
とあいまいな返事しかできなかった。
お客様はそんなこちらの考えを見透かすように
「みんな最初はそう言うんだよね」と言い放って
電話を切った。

ものづくりの仕事をしていてつくづく思うには、
新しいものを生み出すのはもちろん大変だけど、
そのモノを価値ある商品として作り続け、継続して
販売していくのは、それ以上に大変だということだ。
普通、小売店は売り場を新鮮にしていくため、
常に新商品を求めるから、メーカーもそのニーズに
答えて新商品を作り続ける必要がある。
そうすると、当然、その裏で売り場から消えていく
商品も数多く存在する。
メーカーもまた、在庫や生産ロットのこともあり
売上が下がった商品を作り続けることが難しくなる。
新製品が、旧製品の機能を補填し品質を強化する
ようなものであれば、その入れ替わりは進化として、
むしろ受け入れるべきことなのだろうけど、
文房具のようなアナログ商品は必ずしもそうとも
言えない場合が多い。
流通やメーカーの事情、さらに一時的な売上減に
よって、まだ世の中のほとんどの人にその価値が
知られていないような商品が消えていってしまう
ことはよくあることだ。

そんなメーカーの事情は身に染みて分かっていた
からこそ、それに抗いたい気持ちもあった。
あの時電話で「なんとか長く続けられるように
がんばります」と言ったのは、その場しのぎの言葉
でなく、けっこう本気で思っていたことでもあった。
店と同じようにものづくりもまた、ビジネスで
あるのと同時に、文化を育んでいく仕事でもある
と僕は思っている。
トラベラーズノートは、ノートを通じて、
使う方の心に前向きな変化をもたらし、
さらにその記憶をたくさんの人たちと共有し、
心の拠り所のような存在でありたいと思っている。
そして、そのことが少しずつでも実現できれば、
メーカーや流通の事情に関係なく長く続けられる
と思っていたし、それをトラベラーズノートで
証明したかった。

そんな気概で僕らはこのトラベラーズノートを
作るという仕事を15年続けてきた。
その過程でトラベラーズファクトリーを作ること
になったのも必然的なことだったし、思いは
同じだった。

今年の3月でトラベラーズノートを発売して
15周年を迎えることになるけれど、
15年間続けることができたのは、なによりも
トラベラーズノートを人生の旅の相棒として使って
くれている方々やトラベラーズファクトリーに
足を運んでくれる方々がいるからです。
ほんとうにありがとうございます。

トラベラーズファクトリーでは、
緊急事態宣言が発令されて以来、厳しい日々が
続いているけど、毎日送られてくるスタッフからの
報告メールに書かれた、お客様とのやりとりの
エピソードを読んで、元気をもらっている。
お客様の暮らしにささやかかもしれないけど、
前向きな変化をもたらし、心の拠り所のように
なっているのかもしれないことが垣間見れたり
すると、それだけで救われたような気持ちになる。

15年経ってもまだ道半ば。
イバラの道がしばらく続きますが、
まだまだがんばらないとですね。


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2021年1月25日

コーヒーの道具

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家で使っているコーヒーミルは、
カリタのもので手に入れたのは26年前のこと。
会社に入って最初の赴任先として仙台に引っ越し、
はじめての一人暮らしをするようになってから
しばらくして手に入れた。
当時、アパートのすぐ近くにヨークベニマル
というスーパーマーケットがあった。
コーヒーが好きだったこともあって、
買い物ついでに、ヨークベニマルの中にあった
小さなコーヒー屋でコーヒー豆をよく買っていた。
そこでは豆を200グラム買うたびに、
スタンプを押してくれて、20個たまると、
最も高価なブルーマウンテンが100グラムもらえる
というサービスがちょっとした楽しみだったりした。
最初は豆を挽いてもらって買っていたのだけど、
封を開けた時にふわっと広がるコーヒーの香りが
いつも楽しめるのならと、ある日、コーヒー屋の
棚でうっすらと埃をかぶっていたコーヒーミルを
手に入れることにした。
あの頃は種類もそれほどなく、デザインや価格の
選択肢はほとんどなかった。

当時の自分にとっては決して安い買い物では
なかったけれど、コーヒーが好きだったし、
近くに友人もいない土地での一人暮らしで、
休日にはヒマはたっぷりあったから、
コーヒーの豆を挽くことで時間の隙間を埋めるのも
悪くないなと思ったのかもしれない。
あれから26年経った今でも問題なくコーヒー豆を
挽くことができる。
あのコーヒー屋でよく買っていた深煎りブレンドから
始まり、アアルトコーヒーのトラベラーズブレンド、
旅先で手に入れたたくさんのコーヒーに、最近では
かもがわカフェのハウスブレンドまで、今まで
たくさんの豆がこのミルで粉になっていたことに
思いを馳せると感慨深いものがある。
老舗中華料理店の中華鍋みたいに、
ミルの歯車にいろいろなコーヒーの味が
染み付いていて、それが挽く豆の味に深みを
与えているなんて、想像をしてみたりもする。
(そんなことはないのだろうけど)

そして、そうやって挽いた豆で淹れたコーヒーを
飲むためのマグは、ヴィンテージのもので9年前の
12月に手に入れた。
1900年ごろからアメリカのダイナー用のマグを
作っていたビクター社のデッドストックのもので、
トラベラーズファクトリーで開催した
ベンリーズ&ジョブのポップアップで購入した。
その頃から、金沢のベンリーズ&ジョブは
僕らにとって憧れの店で、店主に田中さんは、
店づくりの師匠のような存在だった。
だから、トラベラーズファクトリーでイベントを
開催できたのはとても嬉しく、その記念で自分でも
何かほしいなと思っていた。
このマグは、まさにアメリカの田舎町のさびれた
ダイナーを想像させてくれたし、ぼってりした重厚感
のある無骨な佇まいも好きだった。
実際に肉厚で思いのだけど、その分割れにくく、
9年経った今でも問題なく使えている。
このマグにも9年分のコーヒーが染み込んでいる
んだろうな。

ちなみにものぐさな僕は、このマグの上に
ドリッパーを直接のせてコーヒーを淹れている。
いろいろ作法はあるのかもしれないけど、
一杯分しか淹れないのであればこれで十分。

そして今日のコーヒーは、アアルトコーヒーの
トラベラーズブレンド。
これについては説明不要だと思うけど、
最初にお目見えしたのは2010年の3月のこと。
まだトラベラーズファクトリーがオープンする前、
青山のスパイラルホールで開催したイベントで
はじめて販売した。
試作品が庄野さんから届いてみんなで飲んだ
時は感動したなあ。
あれから10年以上経って、今でもこうやって
気軽に飲むことができるのが嬉しい。

そして、これらの道具の絵を描いていた
トラベラーズノートは使い続けてもうすぐ
15年になる。

長く使うこととか、長く続けていくことは、
それだけ価値があることだと思うな。
いつも変わらず美味しいトラベラーズブレンドを
飲みながら、ふとそんなことを考えた。

ただいま、トラベラーズファクトリーでは
アアルトコーヒーの豆にコーヒー道具をいろいろ
取り揃えています。
家にいる時間が増えていると思いますので、
ぜひ豆から挽いて、美味しいコーヒーをお家で
味わってみてください。


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2021年1月18日

B面に恋をして

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レコードで音楽を聴いていた時は、
A面が終わるとレコードをひっくり返し、
B面を再生するという動作が必要だった。
ちゃんと音楽に向き合って聴いていると、
このアルバム片面分、約20分の時間は
張り詰めた緊張を解きほぐすのにちょうど良い
タイミングで、ちょっとした小休止のような
役割を果たしてくれたような気がする。

アーティストがアルバムを制作する際は、
そのことを意識してA面とB面でイメージを
変えることも多かった。

例えば、ビートルズの「アビー・ロード」は、
A面の最後は重々しいギターのリフが後半に
長々と続く「I Want You」で締められると、
B面は一転、さわやかなアルペジオとともに、
「Here Come The Sun」がはじまり、そして
後半の怒涛のようなメドレーへ続いていく。
CDで聴いていて、「I Want You」の後に、
すぐに「Here Come The Sun」が続くと
やっぱりちょっとした違和感を感じる。

牛のジャケットが有名なピンク・フロイドの
「原子心母」は、A面に23分もある大作を1曲、
そしてB面にはバンドメンバーそれぞれが
書き下ろした小品3曲に加え、共作を1曲収録。
これはA面、B面があるからこその構成だった。

僕がCDプレイヤーを手に入れたのは、
たしか高校3年生の時だったけれど、
普段はカセットテープに録音して聴くことが
多かったので、A面、B面という概念は
レコードがなくなってからもしばらくは
残っていたような気がする。
「A面の最後の曲が好きなんだよね」
なんて風に話をすることはよくあったし、
ミックステープを作る時には、B面の1曲目は
けっこう大事なだった。

シングルレコードは、A面とB面との
違いがより明確だった。
A面はメインタイトルとしてヒットを狙った
作品が収録され、B面はオマケのような扱い
をされることが多かった。
CDになってからも、正式にはタイトル曲と
カップリング曲と言われていたけど、
普通はみんなA面の曲、B面の曲と呼んでいた。

B面では、オマケであるがゆえに
ミュージシャンは肩の力を抜いて自由な
スタンスで曲を収録できるということもあって、
それが功を奏し、時にはA面を凌駕するような
名曲や、ミュージシャンの新しい可能性を
引き出すような曲が生まれることがあった。

例えば、ストーン・ローゼズは、B面の曲にも
名曲が多かったけれど、A面の曲をそのまま
逆回転で収録するような、ふざけた曲もあった。
でも、その後アルバムには、別の逆回転した曲に
ボーカルトラックだけ差し替えて、美しい曲に
仕立て、その実験を昇華していたりする。

ミュージシャンがお気に入りの曲をカバーする
のもB面の定番で、いかにもという感じのカバー
ソングから、意外性のある曲もあったりして、
これもファン心をくすぐった。

今では、リマスター盤のボーナストラックや
B面集、さらにはネットや配信で簡単に
これらの曲を聴くことができるけど、
昔はA面の曲は手持ちのアルバムに入っている
のに、B面の曲が聴きたいがためにシングルを
買うなんてこともあった。

シングルのB面曲について調べてみると、
面白いエピソードを見つけることができる。

例えば、ロックンロールの元祖とも言われる
ビル・ヘイリー&ヒズ・コメッツの
「ロック・アラウンド・ザ・クロック」は、
もともと1954年にB面曲としてリリースされた。
その後、映画「暴力教室」に使用されたことで
ヒットし、ロックを世界に広めた名曲として
今でも聴かれている。

日本でも最初B面としてリリースした曲が
A面よりヒットしたということがけっこう
あったようで、「学生街の喫茶店」、
「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」、
「スーダラ節」、「ラヴ・イズ・オーヴァー」
「Sweet Memories」などは、最初はB面の曲
としてリリースされたとのこと。
B面の想定外の曲が、人の心を捉えて
世の中に受け入れられA面よりも愛されていく
というのは、インディーズがメジャーを凌駕
していくようで楽しい。

どちらかと言えば、大通りより裏通り、
陽より陰、メジャーよりインディーズに
心を惹かれてしまいがちな僕は、B面にもまた
強いシンパシーを抱いてしまう。

話は変わるけど、アメリカは大変な状況に
なっていますね。
いろいろあるけど、やっぱり音楽や映画、
文学などアメリカの文化に大きな影響を受け、
今でも憧れを抱く身としては、本来あるべき姿に
収まるのを願わずにはいられません。
1978年にリリースされたエルビス・コステロの
この曲が今こそ心に響きます。

(What's So Funny 'Bout)
Peace, Love and Understanding?

平和と愛、理解し合うことの何がおかしいんだ?

ちなみにこの曲も当初、シングルB面の曲として
リリースされている。

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2021年1月12日

ノートをカスタマイズするということ

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こんなことを言ったら怒られてしまいそう
だけど、僕が大学を卒業して今の会社に
入ることになった動機は不純だった。
最初のきっかけは、たまたま家の近くにある
ということだけで、会社案内をパラパラめくって
見つけた名前も知らない会社の説明会に行って
みようと思ったことだった。
会社を訪ねると、なんとなく雰囲気が
良さそうだったので、そのまま面接を受けた。
すると、早い時期に内定が決まったため、
その後就職活動をする気がなくなってしまい
あっさり就職を決めてしまったのだ。
当時はバブル最盛期だったので、内定の
ハードルは今よりずっと低かった。
もちろん就職活動をする上で、何も考えて
いなかったわけではないんだけど、
なんとなく興味があった出版社は
敷居が高くて入れる気がしなかったし、
好きだった音楽関連の会社は、好き過ぎて
仕事にしないほうがいいかなと思った。
文房具に特別な思い入れはなかったけれど、
もともと何かを書くことは好きだったし、
身近な日常の道具だから仕事もイメージし
やすかったのかもしれない。
ぼんやりだけど、旅が好きだったから海外と
関わる仕事がしたいということと、
ものづくりに関わる仕事をしたいという希望は
あったけど、英語がうまく話せるわけでもないし、
デザインや商品企画の専門的な勉強をしていた
わけでもない。
だけど、この会社だったらもしかしたら、
そういうことができそうな気がした。
(今思えば勘違いも甚だしいのだけど、
若気の至りというやつですね)

文房具というモノを特別に意識するように
なったのは、会社に入ってからだった。
最初は営業部に配属された。
営業の仕事で享受できる数少ない特権のひとつが、
営業用のサンプルとして、自社製品をある程度
自由に使うことができることだった。
ただ、なんとなくそのまま使うのがいやで、
シャープペンのペン先、キャップ、ボディーを
付け替えて、全部違う色にしてみたり、
ボールペンの塗装を紙やすりで削ってはがして、
無垢の金属面を見えるようにして使っていた。
(営業サンプルとしては間違った使い方ですね)
自由に使えるという状況だったから
気軽にそんなことができたのかもしれない。
そうやってノートやペンが持つ魅力と同時に
それらをカスタマイズする楽しみを知った。

営業の仕事を何年か経験したのちに
幸運にも海外と関わる仕事や
ものづくりの仕事に携わることができた。
そしてトラベラーズノートが生まれた。

トラベラーズノートのファーストサンプルが
できた時、まずはそれをカスタマイズしながら
使ってみたのは、必然的な流れだった。
シールになっているカードポケットを
革カバーの内側に貼ったり、
タイのマーケットで見つけたビーズを
ゴムに付けたりしながら、カスタマイズの
楽しさに気づいていった。

トラベラーズノートという名前にしたのは、
もともと好きだった旅をテーマにすることで
いろいろ遊べると思ったからだし、
チェンマイの工房で作ることにこだわったのは
これでチェンマイに行く理由が作れると思った
からで、やっぱり不純な動機だった。

旅をテーマにしたことで、
かつての旅をもう一度振り返えろうと、
引き出しの奥にしまってあった、学生時代の
旅の思い出をひっぱり出してみた。
旅日記が書かれたメモ帳に、旅先で手に入れた
チケットやタバコの包み紙、レシートなど、
すっかり黄ばんでいるそれらの紙を見ていたら
ふと、ノートの表紙に貼ってみようと思った。
イメージは、旅の達人が持っているような、
ホテルやエアラインのステッカーがペタペタと
貼られたスーツケースだった。
できあがったノートを手にしてみると、
それだけで旅の高揚感が鮮やかに蘇り、
日々使うことで旅するような気分で過ごせる
ような気がした。

そんなことをしながら、
カスタマイズすることの意味が深まっていき、
トラベラーズノートにとって大事なコンセプト
になっていった。
そして、トラベラーズノート本体は、
できる限り機能を削ぎ落としシンプルにして、
使い手が自由にいじれる余白を残すようにした。
足りないものは、その分リフィルを用意することで
補っていった。

トラベラーズノートは不完全で未完成のノートだ。
そっけないくらい無骨で無垢な革のノートを
使い手がカスタマイズすることによって、
それぞれの人にとっての理想的なノートになる。

15年前の発売当時、例えばビジネス用の手帳や
システム手帳では、豊富なリフィルを用意して、
カスタマイズできるようなものはあった。
だけど、トラベラーズノートのカスタマイズが
フィーチャーしたかったのは、機能はもちろん
だけどそれ以上に孤独に寄り添った、
親密で個人的な記憶や感情だった。

表紙に、旅の思い出となるようなチケットや
自分の好きなバンドのステッカーを貼ることは、
ノートの機能には特に影響を与えないけれど、
使う心持ちに前向きな変化をもたらせてくれる。
それと同時に、ノート自体が自分自身を反映する
鏡のような存在になってくる。
そんな一見すると無駄とも言えるエモーショナル
なカスタマイズを強く提唱するようなノートは
当時は(今も?)なかったと思う。

トラベラーズノートが不完全で未完成であるのと
同じように、僕らもまた不完全で未完成な存在だ。
日々、不安や失敗ばかりで、理想通りにいかない
ことはたくさんある。
それでも、さまざまな人との出会いや、
カルチャーやアート、環境の変化などの影響を
受けながら、より良き世界を求めて旅するように
毎日を過ごしていく。
僕ら自身が、触れてきた音楽や本、旅の思い出や
出会った人たちの言葉なんかを、ステッカー
みたいに心の内側に貼り付けて、
日々カスタマイズを重ねながら生きているの
かもしれない。

完璧な人間なんてどこにも存在しないように、
トラベラーズノートのカスタマイズも終わる
ことがなく永遠に続いていく。
僕はトラベラーズノートのそんな不完全な
ところと、それでも理想に向かって旅を
続けようと促してくれる前向きなところが
好きだ。

先週末、新春イベントということで、
久しぶりに1日トラベラーズファクトリーにいて
お客様とゆっくり話すことができた。
今回はコロナ禍の影響もあり、いつもとは違う
形で、まさにカスタマイズしての開催となった。
そんな中でも人と会い話をすることの意味とか
大切さを実感できたのも嬉しかった。
これからどうなっていくのか、分からないことも
たくさんあるけど、トラベラーズらしく
カスタマイズしながら、できることを模索して、
楽しいことをやっていきたいと思います。
よろしくおねがいします。


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2021年1月 4日

新春イベント

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トラベラーズファクトリーのオープン以来、
さまざまなイベントを開催しているけど、
1回で終わってしまったものもあるし、
毎年続けて恒例となっているイベントもある。
どのイベントも僕ら自身も楽しんでいることに
変わりはないけれど、続けていくことで、
イベント自体に歴史が積み重なっていき、
また違った楽しさが生まれることもある。

新春イベントもまた、2013年以来
毎年続けているトラベラーズファクトリーの
恒例イベントにひとつ。

最初、新春気分を盛り上げるような
イベントがをしようと考えた時に、
日々トラベラーズファクトリーに足を運んで
いただいているお客様に何か還元できるような
イベントにしようと思った。
さらにタイの古道具屋で手に入れていた、
ヴィンテージのガチャガチャマシンを使う機会を
作りたかったのもあって福引イベントを開催する
ことにした。
また、福引とあわせて、お客様にゆっくりして
いってほしいと思い、コーヒーの振る舞いも
行うことにした。

イベント前のタイへの出張の時に、
マーケットでガチャガチャ用のカプセルを買い、
さらにガチャガチャに使える1バーツ硬貨を
たくさん持って帰った。(同じサイズの1円玉
でもできるけど、気分が大事なので1バーツを
用意した)

最初の新春イベントの一番の景品は、
コーヒーテーブルトリップのロゴをシルク印刷した
トラベラーズノートだった。
これはもともとは、テスト用のサンプルとして
チェンマイの工房に依頼して作ってもらったもので、
コーヒーバッグ用のシルク版を使って
トラベラーズノートの革に印刷している。
メインの景品をどうしようかと考えていた時、
ちょうどそのサンプルがいくつか届いたので、
これはきっと当たったら嬉しいだろうなと思い、
そのまま景品にすることにした。
ちなみにこの試作の結果を踏まえて、その後、
トラベラーズノートのエアポートエディション
はシルク印刷で作ることになった。
その2年後以降は、箔押しのトラベラーズノート
を景品にしたのだけど、これも試作として
流山工場で作ってもらったのが最初で、
その後ステーションエディションが生まれる
きっかけになっている。

また新春イベントの景品の定番とも言える、
New Year ステッカーとカンバッジは、
毎年デザインを変えてこのイベントのために
作っている。

イベントの前日には、当たりくじを
カプセルの中に詰めて(これがけっこう大変)
準備をしたり、景品のパッケージのセットを
したりしながらバタバタとオープンを迎える
まさに手作りのイベントだった。

回を重ねるごとに楽しみにしてくれる方も
増えて忙しくなってきたけど、新しい年を
迎えたスタートとして、景気づけになったし、
トラベラーズファクトリーにお客様が溢れる
姿を見るのは、それだけで嬉しかった。
毎年このイベントでお会いする方も年を
重ねるごとに増えてきて、
「今年もよろしくお願いします」
と年始のご挨拶をする場にもなっていた。
夜になると閑散としてくるのだけど
そんな時間にコーヒーを飲みながらゆっくり
お客様と話をするのも楽しかった。

そうやって9年続けてきたイベントだったから
コロナ禍の中でも、なんとかできる形を模索
しながら考えたのが今年のやり方だった。

オンラインショップを含めた全店で
開催することで中目黒に一極集中しないようにし
毎年活躍してくれているガチャガチャマシンは
今年は休んでもらって、三角くじを製作した。
さらに、コーヒーの振る舞いも中止にして、
混雑時には整理券を配布することで、
密にならないようにする。
ずっと続けてきたイベントだから、とにかく
こんな中でもできる形を作りたかった。

あの賑わいが見ることができないのも、
コーヒーを飲みながらお話しできないのも
残念ではあるけれど、よりたくさんの方々に
喜んでもらいたいと、景品はいつも以上に
用意している。
コーヒーの振る舞い、来年、また復活
できればいいな。

まずは1月2日から京都でスタートしていて、
皆さんとても楽しんでいただいているようで、
嬉しく思うのと同時にほっと胸を
なでおろしている。

今週はステーション、中目黒、エアポート、
さらにオンラインショップでも開催するので、
ぜひこちらも楽しみにしていただけたら
嬉しいです。

新春イベントとあわせて開催している、
コーヒーテーブルトリップもオープン以来
続いている恒例のイベント。
毎年、アアルトコーヒーの豆を9種類用意
してもらってコーヒー豆専門店に負けない
ようなラインアップで展開している。
今年はさらに、アアルトコーヒー庄野さんの
友人でもある京都のかもがわカフェの
ハウスブレンドも加え、10種類の豆を
販売しています。

このコーヒーイベントも例年ならば、
メインイベントとしてアアルトコーヒーの
庄野さんに来ていただいてカフェイベントを
開催するのだけど、今年はまだその予定を
立てることができないでいる。
今年中にはなんとかできるといいな。

ちなみに、その代わりという訳ではないの
ですが、今回はコーヒーとともに楽しみたい
音楽と本のリストをこちらで紹介しています。
こちらも楽しんでいただけると嬉しいです。


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2021年1月 1日

Hello, 2021

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皆さま、あけましておめでとうございます。
2021年になりました。

年末の休みは、ふと思い立ち、
東京都内のホテルに泊まって過ごしました。
ひとりで過ごす分には感染リスクもそれほど
高くないだろうし、なにより価格がびっくり
するほど安い。

ネットでホテルを予約して、家を出たら
自転車に乗って、ホテルへ向かう。
途中本屋を覗いたり、喫茶店でコーヒーを
飲んだりしながら、のんびり走って、
夕方になってやっとホテルに着く。
チェックインしたらまずは大浴場へ行き、
たっぷりお風呂とサウナを楽しむ。
そして、湯上りの火照った体を冷ますように
散歩がてら街を歩き、飾らないカレー屋で
ご飯を食べる。
ホテルの部屋に戻るとテレビは付けずに
iPhoneで音楽を聴きながら本を読んだり、
ノートに向かったりして過ごす。

そんな時間が楽しくて、ホテル滞在中に
次のホテルを予約し続けて、神宮前から神田、
上野と3泊もしてしまった。
(別に家に居づらいわけじゃないですよ)

もちろん本当ならどこか海外の街を
旅できたら最高なんだろうけど、
自分が暮らす場所でもある東京をこんな風に
のんびり旅するのも今だからこそできる贅沢
かもしれないな、なんて思ったりもする。
旅をするように毎日を過ごし、
日々の暮らしを続けるように旅をする。
まさにそれを体感するような旅だった。

ご多分に洩れずトラベラーズにとっても
2020年はなかなか厳しい1年だった。
正直に言えば、今年だってそう簡単には
いかないかもしれない。
だけど、まだ旅をやめる気にはなれないし、
やめない限り旅は続いていく。
ここではないどこか遠くへ行きたいという
旅の初期衝動はまだ消え去っていないし、
旅の好奇心があり、たまに旅の喜びを
感じることができれば大丈夫。

旅に出ていれば、体調が悪くなって
停滞する時だってあるし、予定通りに
目的地にたどり着けないことだってある。
後から振り返れば、そんなトラブルもまた、
楽しい思い出になる。
旅には勝ちも負けもないし、優劣もない。
成功も失敗も、目的地すらなかったりする。
ただ自分が良い旅だと思えればそれでいい。

年末のこと。
昨年出会いとてもお世話になったある方々に、
感謝の気持ちをこめて、ちょっと特別なノートを
作って贈ることにした。
直接手渡してほしいとスタッフに依頼したら、
その瞬間を撮影した動画をメールで送ってくれた。

まずカードのメッセージをじっくり読む。
そして興奮した面持ちでパッケージを開けて
ノートを手に取ると、「オーマイガー、
オーマイガー、オーマイガー!」と3連発で
叫んだり、子供みたいにぴょんぴょん
飛び跳ねたりして喜んでいる。

そんな姿を眺め、嬉しくなったのと同時に、
僕らが誰かに喜んでもらえる一番得意なことは
やっぱりノートなんだとあらためて思うことが
できた。
ノートにちょっとした魔法を施すことで、
その人にとって無限の価値を持った
かけがえのない特別なノートになる。
そのノートを手にすれば、新しい旅がはじまり、
旅人のように毎日を過ごすことができる。
そんなノートに共感し喜んでいただける方が
いたから、僕らは今まで旅ができたし、
これからも旅を続けることができる。

トラベラーズノートを手にはじめて旅をした時
のあの高揚感はいまだに失われることもなく
心の奥に染み付いている。
好奇心も旅の喜びもまだ尽きることは
なさそうだし、ともに分かち合う仲間もいる。

あらためてトラベラーズノートを手にして
くれているすべての方々に感謝の気持ちで
いっぱいです。
そして、少しでも皆さまに旅の喜びや好奇心を
感じてもらえるようなことができたら嬉しいです。

そんなわけで、トラベラーズファクトリーでは
スペシャルなノートをプレゼントする企画、
新春イベントを開催します。
詳しくはこちらをご覧いただきたいのですが、
まずは1月2日より京都で、その後
ステーション、中目黒、エアポート、
そしてオンラインショップでも開催します。
今回は全店で開催ということで、今までより
たくさんの景品をご用意していますのでぜひ。

2021年もトラベラーズノートをよろしく
お願いします。


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2020年12月21日

少年マガジンとクリスマスツリー

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ノートバイキングイベントで京都へ行った際、
月に一度しかない開催日とたまたま重なっていた
ということで、平安蚤の市に立ち寄ってみた。
平安神宮前の広場に、たくさんの露店が連なり、
骨董品からガラクタまでさまざまな古いものが
玉石混淆となって並んでいて、眺めているだけで
ワクワクする。
その日は平日の午前中ということがあってか、
人もそれほど多くもなく、ゆったりした雰囲気で
宝探しをするように買い物を楽しんだ。

1969年11月9日発行の「週間少年マガジン」は、
そこで手に入れたもののひとつ。
1969年は自分が生まれた年でもあるし、
「巨人の星」と「あしたのジョー」が連載中で
(巨人の星は消える魔球、大リーグボール2号の
公式試合デビュー、あしたのジョーは矢吹丈と
力石徹との試合がいよいよマッチメイクされる
というシーンだった)、他の連載陣も永井豪に
石森章太郎、ジョージ秋山などそうそうたる
顔ぶれ、さらに状態もきれいで、
値段も思っていたより安かったこともあって、
迷わず手に入れることにした。
巨匠たちの漫画にはもちろん興味があったけど、
実はそれ以上に惹かれたのは、けっこう多くの
ページが割かれていた読み物のコーナーだった。

例えば「<全計画>世界の宇宙開発」。
発行時はアポロ11号の月面着陸の直後で
宇宙開発への夢と希望が溢れていた頃。
イラストとともに未来の宇宙開発計画を
解説している。
記事によると、1982年にはロケット発着場や
原子力発電所がある宇宙基地が月面に作られ
稼働していることになっている。
だけど、月面基地のみならずここで書かれている
すべての計画は2020年になってもいまだに
実現されていない。
やはりそう簡単に計画通りにはいかないもの
だなと、感慨深くなったりして、2020年の今
あらためて読むと、当時とはまた違った
面白さがあるのに気づく。

他にも「プロ野球速報:やったり金田400勝」、
「SF怪奇劇場:恐怖のブーメラン怪人」、
「雑学シリーズ:へんな学校<風呂学入門>」、
「星一徹のモーレツ人生相談」などなど、
連載漫画に劣らず量、質ともに充実している。
(すぐにちゃぶ台をひっくり返す星一徹なんて
人生相談に最も向いてなさそうだけど、
ここでは意外にやさしく丁寧に答えている)

そして、巻頭カラー特集は「ロボット帝国」。
アシモフなどの古典的なSF小説の挿絵を紹介
しながら、ロボットが人間を支配していく
不穏な未来を紹介している。
おどろおどろしいロボットのイラストに、
「ロボットにとらえられた人間の悲鳴が地上を
おおった」なんてテキストが添えられている。
そんな紙面を興味深く眺めながら、そういえば、
少年時代、この手のオカルトチックな怪奇ものや、
ディストピアな未来予測をけっこう読み漁って
いたのを思いだした。

今現在の状況も描きようによっては
かなり悲惨なディストピアとして伝えることが
できるんだろうな。ふとそんなことを思った。

「2020年、強い感染力を持つ疫病が世界中に
広がり、多くの死者がでた。
世界中の大都市では外出禁止令が発令され、
ずっと家に閉じこもり、テレビ電話を使って
仕事をすることが奨励された。
疫病不安もあって、世界各地で価値観や人種の
違いによる分断が深まり、罵り合いが至る所で
発生した」
そして、劇画調のタッチで、テレビ電話で仕事
をしている姿に、デモや暴動などのシーンが
おどろおどろしく描かれている。

少年時代にそんな紙面を見たら、
未来に暗澹たる気持ちになりそうだけど、
そんな世界でも楽しいことだってあるし、
人と触れ合い理解しあうことだってできるし、
ポジティブな変化を期待することだってできる
ということも教えてあげたい。

「2021年、ワクチンや治療方法、予防方法の
確立、集団免疫の獲得などにより、
疫病は少しずつその勢力を弱めていった。
だんだん世界旅行もできるようになり、
経済も復調、格差も縮んでいった。
疫病流行時の反省から、世界中で地球環境や
人権への意識が高まり、疫病流行をきっかけに
急速に発達した技術を活かしながら、同時に
それぞれが受け継いできた文化を見直し、
互いに尊重できるより良き世界を作ろうと
いう機運が高まっていった」

次のページをめくると、こんな未来が描かれて
いればいいなと思うけど、楽観的すぎるかな。

蚤の市では、他にもいろいろ練習用の
タイプライターや錆びついたツールボックス
などに加え、クリスマスツリーを手に入れた。
1950、60年代に輸出用として作られた
デッドストックで、味のあるデザインの箱に
収まり、ツリーにはMade In Japanと印字された
タグが付いている。

トラベラーズファクトリー京都に着いて、
ツリーを飾り付けると、箱とともにライブラリー
スペースに置いた。

もうすぐクリスマスですね。
今年はいろいろ大変だったと思いますが、
皆様にとって素敵なクリスマスになりますように。
そして2021年が素晴らしい1年でありますように。


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(株)デザインフィルでトラベラーズノートの企画を担当している飯島です。