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TRAVELER'S books アーカイブ

2007年12月18日

TRAVELER'S books 路上

 

先日、お取り引き先のお店の方とお話をさせて頂きました。

春にミドリ商品の特設コーナーを作っていただけるとので、トラベラーズ

ノートの陳列方法について打ち合わせました。そのお店は本とステーショナ

リーを販売しているお店で、本と一緒にトラベラーズノートを並べるという

ことになりました。 

旅関係の本と一緒に並べるとイメージが出るということで提案して頂きました。

 

「で、一緒に並べる本は何かご希望がありますか?」

「う〜ん・・・あります!」

お気に入りの旅の本と一緒に並べるなんて、 素敵じゃないですか。

 

トラベラーズノートと一緒に、トラベラーズカフェセレクションの本も一緒に

おいて、手書きのコメントのコメントを書いて・・・という感じで話も盛り上

がってきました。

その特設コーナーができるのは3月。まだ時間があるため本はゆっくり選ばせ

てもらうことにしました。

 

せっかくなので、選んだ本をここで紹介させてもらいます。

というか、ここで書きながら選んでいきたいと思います。 

 

まず、1冊目は旅人のバイブル、ジャック・ケルアックの「路上」です。

著者自身がモデルの主人公サルが、ディーンという自由奔放な友人に巻き

込まれアメリカ中を車やヒッチハイクで旅をする物語です。

とにかく留まることなく走り続けることの高揚感をスピード感あふれる文章

で伝えてくれます。

その先のことを考えずとにかく動くこと、語ること、表現すること。

まずはそこから始まることを教えてくれました。

 

あまり難しいことを考えず、この路上の世界に浸ってみることで旅の高揚感を

感じてみてください。 

最近、「オン・ザ・ロード」として新訳が出たみたいなのでそちらも近々読んで

みます。

 

 

2007年12月21日

TRAVELER'S books 東北地方

 

今日は東北をテーマに、TRAVELER'S booksを選んでみました。

もう10年くらい前になるのですが、5年間仙台に住んでいました。

営業として青森や岩手を出張でまわったり、休みの日にはバイクで寂

れた温泉行ったりしていたので、よく旅をした地域です。

そんな東北の旅をテーマにした本を3冊。

 

まずは、太宰治の「津軽」です。

 太宰治が自らの出身地である津軽地方を旅する様子が描かれています。

旧家の息子として生まれた重圧感やルーツ探しなどの要素もありますが、

純粋に戦時下の津軽地方の風物を淡々とユーモアをまじえて書いている

ところが魅力です。太宰作品では、異色な作品ですが、人間失格や斜陽、

またその人生の結末を知っているからこそ、その明るく軽い紀行文が

味わい深く感じます。

旅した時期も春のやさしい季節です。冬の津軽は雪深く、仕事で行くと

きは、後ろからトラックにあおられ、吹雪の中を泣きそうになりながら

車を運転していました。

そんな時期を知っていると、春の津軽はよりやさしく心地よいのです。 

 

続いて、井上ひさし「吉里吉里人」。

売れない小説家が電車で東北を旅していると、ある寒村で電車が止めら

れる。そこは「吉里吉里国」として突如日本から分離独立を宣言した東

北地方の小村。小説家もその独立宣言に始まるゴタゴタに巻き込まれて

いくというお話です。

東北の寒村が独立するという荒唐無稽な話ながら、農業問題や少数民族

の問題など国家主義への批判精神に満ち、さらに東北地方の美しい文化

や自然を緻密に愛情を持って描かれています。 いっきに楽しく読めます。

 

最後は、つげ義春「つげ義春の温泉」。

これは東北地方だけではないのですが、寂れた温泉を描いたら圧倒的に

No1の漫画家つげ義春の温泉をテーマにした漫画、イラスト、エッセイを

まとめた本です。東北の温泉もたくさん掲載されているので選びました。

仙台に住んでいる時は、バイクに乗ってたくさんの古い温泉を巡りました

が、そのきっかけはつげ義春の漫画です。

朽ちかけた壁や黒光りした柱、そして長い年月流れた硫黄が岩に積み重な

った露天風呂。やっぱり温泉は古くさびれたところが良いです。

ただ、行くためのお金と時間がないときは、つげ義春の漫画で温泉気分を

味わってみてください。 

 

2008年1月 9日

TRAVELER'S books 無人島


小学校の時に読んだ15少年漂流記やロビンソンクルーソーは、

少年時代の幼い冒険心や旅心を刺激してくれました。

今、旅が好きなのも、その影響が少なからずあると思います。

無人島に漂着してしまうというのは、自分の意思ではない不可抗力

による冒険であるがゆえに、そんな冒険とかけ離れた生活をしてい

る自分にとって、無責任な憧れを感じさせてくれるのかもしれませ

ん。

自分の意思で旅に出られない少年時代には、その憧れもよりいっそ

う強いものだったと思います。

という訳で、無人島への漂着ものを4冊。


 

「漂流」吉村昭著

 

江戸時代に実際あった史実をもとにして書かれた小説です。

土佐の船乗り長平たちが無人島に漂着し、すさまじいサバイバル生

活を強いられます。仲間が死んで、飢えと孤独で精神錯乱に近くな

りますが、新たに漂着した人たちと流木を作り、漂着から12年後

になんとか帰ってくるまでをリアルに描いています。

とにかく絶望的な状況でも、それを乗り越えて生き抜く人間の強さ

を教えてくれます。

時代も国も違いますが、映画「キャスト・アウェイ」も同じ無人島

に漂着し、そこから抜け出すまでを描いたおすすめの映画です。


 

「蠅の王」ウィリアム・ゴールディング著

 

十五少年漂流記とほぼ同じ設定で無人島に少年たちが漂着する話で

す。ただし、十五少年漂流記は、苦難を乗り越えてハッピーエンド

で終わりますが、こちらは、重く残酷な形で話が進んでいきます。

前者は勇気や希望、後者は狂気や憎悪がテーマになっています。ど

ちらもすべての人間が持っている理性や本能であると認識するため

にも、ぜひ読んで欲しい本です。


 

「夏の朝の成層圏」池澤夏樹著

 

少し風変わりな無人島ものです。

まぐろ漁船から落ちて無人島に漂着した主人公は、その状況を受け

入れながら淡々と島の生活を続けていきます。他の無人島小説の主

人公のように苦悩や錯乱に落ち入ることもなく、漂う孤独感も絶望

的というより、都会的な洗練されたイメージすらあります。

読み終わった時に、清々しい清涼感と前向きな未来を感じさせてく

れる、そんな素敵な小説です。孤独への正しい向き合い方を教えて

くれます。


 

「ガリヴァー旅行記」スウィフト著

 

小人の国の話など、誰もが昔に読んだ事のある話だと思います。

数年前にあるきっかけでもう一度読んでみると、子供向けではなく

風刺が効いた批判精神にあふれた大人の小説でした。

小人の国、巨人の国のほかに、ジブリの天空の城ラピュタのもとに

なっている空飛ぶ島「ラピュータ」や、映画猿の惑星を思わせる知

性ある馬の姿をした種族と野蛮で下等な人の姿をした種族ヤフーが

住む「フウイヌム国」など、さまざまな映画や小説の元ネタにもな

っています。

 

2008年1月16日

TRAVELER'S books オートバイの旅


少年の頃、自転車に乗りこなせるようになったことで、急に世界が

広がったような気がしたのを覚えています。

道路はどこまでも繋がっていて、その先には未知の世界が待ってい

ました。


オートバイの旅もまた、その頃の気持ちを思い出させてくれます。

リアシートに一人用のテントと寝袋を積んで、近所の街を抜けると、

気分は少年の頃の未知の世界を自転車で走ったあのわくわくした気

分に戻ります。

その時、僕はどこにでも行きたいところに向かって行くことができ

て、どこでも泊まることができるのです。


オートバイの旅はちょっと特別です。

体中に外気を浴びて走るため、冷たい雨や暑い日差しに直接さらさ

れることになります。また、バイクを走らせるという事は、基本的

に他の人とのコミュニケーションから遮断される孤独な作業です。

それがゆえに、普段見つめ合うことを忘れがちな、風や自然、そし

て自分自身との対話をすることを思い出させてくれるのです。


そんなオートバイの旅の魅力を感じさせてくれる本を。



「禅とオートバイ修理技術」ロバート・M・パーシグ著


著者である元教授が息子を後ろに載せて、友人とバイクで旅をする話

です。ただし、著者はかつて精神病治療のための電気ショック療法で

ある記憶を失い、その息子も神経症のきざしが出てきている。そんな

なかで、バイクでの旅をしながら、哲学的な精神の世界を旅していく。

旅の間、バイクはメンテナンスされ、精神も本来の姿を取り戻してい

く。

バイクの旅と哲学の旅、この2つの旅が交互に書かれていて、正直言

うと哲学の部分はあまり理解できませんが、バイク乗りにとって、バ

イクに乗ることは自分自身に向かう最良の時間であり、それを深く追

求していくことは意味があります。



「風と旅とオートバイ」 斉藤純著


エコロジストでバイク、自転車、音楽への造詣が深い斉藤氏はバイク

と旅をテーマにした本を何冊か書いています。その中から1冊。

『オーバイ乗りは自ら風を起こして、風景のなかを走り抜けていく。』

そんな素敵なシーンがたくさん出てくる短編集です。

ミステリー的なしかけもあり、一気に楽しく読む事ができます。

彼の小説を読むと、旅に出たくなるのはもちろん、音楽や本、映画や

絵に向かいたくなります。



「熊を放つ」ジョン・アーヴィング著


ウィーンで出会った若者2人が中古のロイヤル・エンフィールドに乗

って旅をします。オーストリアの田舎の美しい風景、そしてそこでの

出会い。若い時代の純粋さ、そして痛々しい衝動を瑞々しく描いてい

る小説です。

ジョン・アーヴィングの初の長編で、村上春樹氏の翻訳です。



「俺様の宝石さ」浮谷東次郎著


23歳の若さで事故死したレーシングドライバーの著者が、18歳の

時に単身アメリカへ向かって、生活する姿を日記や手紙で綴った本。

1960年、まだ準占領下の時代の日本なか日本を飛び出し、バイク

を駆ってアメリカを放浪する姿は、眩しく読者を鼓舞します。

 
 

2008年1月25日

TRAVELER'S books 旅とエコロジー


地球温暖化や環境破壊のニュースなどを見たときに、自分自身

の直接的な問題としてリアルに感じることはなかなか難しいことです。

環境問題を利用した政治的な思惑や商売としてのマーケティング的発

想が、本気で環境のことを考えていない場合が多いのも事実です。

今回の再生紙の問題はまさしくそうでしたし、CO2の排出枠が取引さ

れるというのも本質的に考えるとおかしいような気がします。


ただし、南太平洋の島々の海面上昇や北極・南極の氷河の融解の状況

など、危機的状況がせまっているのも事実です。

旅人は、その場所を実際に訪れ、目にして、体感することで、そこを

遺していきたいとリアルに感じることが出来ます。ニュースを見た時、

そこが行ったことがある場所であれば、その場所とそこで会った人た

ちが目に浮かびます。そんな身近な感覚を大切にしながら、環境を考

えることが大切だと思います。


今日は、エコロジーを考えるきっかけになる旅の本を。


「日本の川を旅する」 野田知佑著


カヌーに乗ったことはないのですが、川の水面をゆっくりと走る感覚

はいつか味わってみたいと思っています。そう思ったのも、野田さん

の本を読んだのがきっかけです。特に彼の場合は、スポーツとしての

カヌーではなく、旅の手段としてカヌーの魅力を語っていのが良いで

すね。日本の川というのは、環境破壊の影響がもっとも早く顕著に

現れた場所で、そのことによって自分の好きな場所が奪われていく

ことへの怒りとして環境問題を語っている姿は、説得力があります。


「青春を山に賭けて」 植村直己著


植村直己氏の作品はどれもおすすめなのですが、一冊選ぶとすると

この「青春を山にかけて」かな。山に登ることが好きな青年が、

大学を卒業して就職をせずに、世界中を放浪しながら、好きな山に

登るひたむきな姿が描かれています。

自然にも、人にも謙虚かつ大胆に向かう姿勢が素晴らしい。

彼が生きていたら、今どんなことをしていたでしょう?


「パパラギ」 岡崎照男、ツイアビ著


1915年、南太平洋のサモア島の酋長ツイアビが、初めてヨーロッパ

を旅したときのことを島の人たちに語った演説を本にしたものです。

未開の地の人の純粋な目線で、文明国を見たときに感じる疑問や感想

は、強烈な文明批判であると同時に、人としての本質をシンプルに

教えてくれるメッセージとなっています。

現在、地球温暖化によって、南太平洋の島々がなくなってしまうという

危機にあるのは、なんとも言えず皮肉なことです。


「顔のない国」 カート・ヴォネガット著


昨年4月に亡くなったヴォネガットの遺作エッセイ集です。

環境の話ばかりではないのですが、永遠に発展していくことを目指そ

うとする科学や経済に対して強烈な批判を投げかけながら、同時に

人間への愛情を優しく語っています。

環境を壊していくのは人間です。でも、私たち人間が地球のために

出来ることもたくさんあるはずです。


「ウォールデン 森の生活」 ヘンリー・D・ソロー著


純粋に言うと、環境問題について語っている本ではありませんが、

著者が都会から森の中へ行き、湖のほとりで自活の生活を哲学的に

書いた本です。

森の生活を冷静に深く見つめることで、自分自身や世の中のしくみ

について解き明かしていきます。

難しい本ですが、時間をかけて繰り返し読んでいきたい本です。

 

 

 

2008年1月30日

COW BOOKS

 

今日は会社の帰りに中目黒のCOW BOOKSへ行ってきました。

ここは、暮しの手帖の編集長で文筆家の松浦弥太郎氏の本屋さんです。

古本屋なのですが、その本のセレクトや並びに店主の思いが伝わってくる

ような本屋さんです。

ロゴには「EVERYTHING FOR THE FREEDOM」と書かれていますが、

並んでいる本の背表紙を見ているだけで、自由を感じてわくわくしてきます。




最近、前に紹介したBOOK246や、メジャーなところだとヴィレッジ

ヴァンガードなど新しい視点で本を売るお店が増えていますね。

本ってやっぱり、人の生き方や価値観に大きな影響を与えるものですし、

私自身も本で救われたり、勇気をもらったことがたくさんあります。

玉石混淆の出版物のなかで、素敵な本との出会いの機会を分かりやすく

与えてくれる本屋が増えるのは嬉しい事です。

 

 

 

お店で牛のロゴマークのスタンプを押すことができます。

使い始めたばかりの今年のダイアリーの扉に押しました。 

2008年1月31日

TRAVELER'S books 放蕩の旅人


前にも書きましたけど、「男はつらいよ」を見て育った私は、寅さんの

ような生活に憧れて、小学生の頃は、将来寅さんみたいな仕事をしたい

と思っていました。

あんな風に、日本中を旅しながら仕事をし、いろいろな女性と恋をした

りして気楽に暮らしている姿は、やはり今でも憧れます。

放蕩という言葉の意味を調べると「ほしいままにふるまうこと」とあり

ます。人様に迷惑をかけなければ、まさに自由な旅人の原点なのかもし

れません。

しかし、その裏には、最後には振られてしまう寅さんのように辛い局面

があるのも世の常です。

それを分かっていながら放蕩の旅に出る達人たちの本を紹介します。



「火宅の人」檀一雄著


檀一雄の自伝的な小説です。

家族を顧みず、愛人との生活をしながら自由奔放に一つの場所に腰を落

ち着けることなく生きていく姿は、まさに放蕩の旅人です。

「いつの日にも自分に吹き募ってくる天然の旅情にだけは、忠実でありたい」

女と酒と旅に溺れながら破滅に向かう生活は、やがて孤独や寂寥感をよ

り深める結果になります。それでも、そんな結果を自嘲的に受け入れる。

ひとり旅が好きな人は、きっとこの寂寥感に共感できると思います。

(沢木耕太郎著の「檀」は火宅の人の生活を檀夫人の視点で描かれています。)

 


 

「町でいちばんの美女」チャールズ・ブコウスキー著


トム・ウェイツやU2のボノが敬愛する酔いどれ詩人ブコウスキーもまた、

放蕩旅人です。

彼の魅力は、彼独特のリアルな視点で世の中の不正や疑問をえぐっていき

ながら、同時に、彼自身のコンプレックスや心の弱さを無防備にさらけ出

しているところです。

アメリカの底辺の暮らしに安住する人たち、ブコウスキーはそれを否定も

肯定もせず、自らもそこに一緒に溺れ、その生活を優しく描きます。

彼自身50代で作家として成功するまでは、その底辺の生活にどっぷりと

つかっていましたし、作家として有名になってからもその姿勢を変える事

がなかったからこそリアルにそれが伝わります。

とにかく、そんな姿勢がたまらなくかっこいい!


 

「カラマーゾフの兄弟」ドストエフスキー著


新訳が出てベストセラーになっています。私もむかし読んで途中で挫折

したくちで、新訳で最後まで読み切ることが出来ました。

とても長い小説ですが、物語の大半が、放蕩家族カラマーゾフ家の周辺

でおこる3日間の出来事を綴っています。

どろどろした男女関係と純粋な恋愛、放蕩生活をする人たちと慎み深い

人々、神の存在を否定する人と肯定する人、あらゆる人間のテーマを深

く高密度な筆致で語ってきます。

読了後、ロシアのカラマーゾフ家の放蕩生活の中を数日間、旅してきた

かのような疲労感と新鮮な清々しさを感じました。

まさしく人生は旅であると実感。



「男はつらいよ 寅さんの人生語録」山田洋次、浅間義隆著


日本で一番有名な放蕩の旅人といえば、やっぱり車寅次郎ですよね。

だらしなく女性にうつつを抜かし、定職につかずテキ屋家業で旅の生

活をおくる。でも、女性に対してはプラトニックに徹し、ヤクザ稼業

といえども犯罪や仁義に反することには手を染めない、いつもお金に

は困っているけど借金に手を出している様子もないし、実はすごくま

っとうな人だったりもします。

それがみんなに愛されている理由でしょうし、作り話だからと言って

しまえば、「それを言っちゃあおしめいよ」と身も蓋もありません。

とにかく、そんな人だからこそ寅さんの言葉は含蓄があり、心に響く

のでしょうね。

別れ際、人差し指を立てて

「行き先?まあ風にでも相談して決めるよ。」

言ってみたいなあ。



 

2008年2月20日

TRAVELER'S books 家を出る少年

 

少年の頃は、誰でも家とか両親に居心地の悪さを感じて、家出に憧れを

抱く事があると思います。自分もそうでした。

実際に家出をすることはありませんでしたが、会社に入ったときに地方

営業所への配属を希望したのは、家を出たかったというのが一番の理由

でした。

家を出るというのは、誰にとっても大事な通過儀礼なのかもしれません。

夢を抱いていたり、今の現状を打破したかったり、風来坊に憧れたり、

若い頃のそんな気持ちは旅への大きな原動力になります。

そんな気持ちを思い出させてくれる本を選んでみました。

 

 

「ライ麦畑でつかまえて」サリンジャー著

 

高校時代に産休の先生の代わりにやってきた先生は、いきなり最初の

授業で本のリストのコピーをくばり、この中から1冊読んで感想文を

書きなさいと言いました。私はその中から、この風変わりな題名の本

を選びました。

全寮制の学校を抜け出して、ニューヨークの街をさまよう主人公は、

世の中の欺瞞に嫌悪感を抱き、逆に純粋なものに愛情と憧れを持ちな

がらも、それに対してうまく対処できず、うろたえて苦しみます。 

高校時代、輝いて楽しい毎日というより、不器用に不安をやり過ごす

生活を送っていた自分にとって、この本が大きな救いになりました。

主人公と同年代の頃に、この本を紹介してくれた先生にはとても感謝

しています。その本のリストに載っている本はその後すべて読みまし

た。

そういえば、昔付き合っていた女の子に、この本をプレゼントしたら

すっかりこの主人公のことを好きになってしまい複雑な思いをした、

なんていう青臭い思い出もあります。 

また、村上春樹氏が「キャッチャー イン ザ ライ」という題名で

同作を訳しています。

 

 

「スタンドバイミー 恐怖の四季秋冬篇」スティーブン・キング著

 

小説を忠実に映像化した映画も良いですが、小説だとより感情移入して

あの世界に浸ることができると思います。

内容は、ご存知だと思いますが、複雑な家庭事情をもつ4人の少年が

死体探しの旅に出る話です。それと同時に、それぞれのどうしようも

ない現実と夢が4人を引き裂いていくのを予感させます。

旅は少年の心の中を素直にさらけ出します。そんな少年達の心の動き

が、とても美しく描かれています。

スタンドバイミーは、恐怖の四季という4つの連作の中の1作ですが、

春秋篇に掲載されている「刑務所のリタ・ヘイワース」は、名作映画

「ショーシャンクの空に」の原作です。

 

 

「家出のすすめ」寺山修司著

 

本の題名からして挑発的です。

天井桟敷というアングラ劇団を率いていた作者の世界観は、保守的な

価値観への嫌悪と挑発に満ちあふれています。

ここで言う家出とは、自由や自立、創造や反骨の象徴なのかもしれませ

ん。彼の母親や故郷青森を語る口調は、非難や嫌悪に満ちていますが、

その裏には隠す事のできない深い愛情が見えるので、とても味わい深く

伝わってきます。

この本に描かれている70年代の時代の雰囲気を感じ取れるのも、魅力

です。

 

 

「最低で最高の本屋」松浦弥太郎著

 

前に紹介したCOWBOOKSの創始者、松浦弥太郎氏の自伝的な内容を

含んだ本です。高校を中退して、アメリカへと旅するなかで仕事とし

て本を扱うようになっていく経緯が書かれています。

自分の好きな事を追求し、誠実に地に足がついた形で、強い思いをも

ってやっていけば、いつか何かを成し遂げられる。そんな希望に満ち

あふれた本です。

彼の文章は優しく暖かく読者の心を勇気づけます。

 

 

「ロッキン・ホース・バレリーナ」大槻ケンジ著

 

ロックと旅が好きならきっと楽しく読める小説です。

メジャーデビューを目指すバンドが、マネージャーの屈折した元バンド

マンのおじさんと地方ライブハウスを巡る旅に出るお話。途中、家出少

女がその旅に加わり、話は展開していきます。

くだらない部分もありますが、著者の実体験に基づいたバンド絡みの話

が全体にリアリティーを加え、本の世界に引き込まれていきます。

なにより著者の深いロックへの愛情が、ぐっと胸をうちます。

やっぱり、ロックっていいなあ。

 

 

 

2008年3月 5日

All My Life For Sale

 

この前の休みにブックオフを覗いてみたら、面白い本を見つけました。

 

「僕の人生全て売ります」ジョン・フレイヤー著

 

自分の人生をリセットして新しい生活を始めるため、自分の持ちモノ

全てをインターネットオークションに出店して、売ってしまうという

企画物の本です。

そうやって売られたモノは、ガレージセールで見つけたイスや着古し

たTシャツ、さらに自分で編集したカセットテープや食べかけのタコス

など、ほとんどが駄モノ。

でも著者にとってはそれぞれ思い出深いモノばかりで、ひとつひとつ

のモノにまつわる歴史を思い入れたっぷりに語りながらオークション

で販売していきます。

さらに買った人たちとの間にコミュニケーションが生まれ、売られた

モノのその後の姿も追っていきます。

そうすると、駄モノだと思っていた品々がとても魅力的に見えてくる

のです。

モノにストーリーが刻まれた瞬間に、輝きを放ち始める。あらためて

そんなことを気付かせてくれる本です。

 

日本人の私たちにとっては、売っているモノの写真や説明は、アメリ

カの一般的な学生の生活を覗き見る楽しさもあります。

 

本と同タイトルのサイトを見る事もできます。 

http://www.allmylifeforsale.com/

 

 

 

2008年3月 7日

100冊のリスト


「トラベラーズノートが選ぶ旅を感じる本100冊」


本とノートは、一人旅の必需品です。

本は、誰かの話を聞きたくなったときの寂しさを埋めてくれます。

ノートは、誰かに話しかけたくなったときの気持ちを書き留めること

が出来ます。

そうやって自分と向き合う時間を持てるのが、一人旅の良いところな

のかもしれません。


そんな時間は、旅に出ていない日常の中にも必要です。

本やノートに向き合い、じっくり自分と話をする時間を持つことは、

一人旅に似ています。

トラベラーズノートとここで選んだ本を手にして、旅するように毎日

を過ごしていただければ幸いです。


 

 

 

2008年4月22日

北回帰線


学生時代に一度読んで途中で挫折し、そのままになっていたヘンリ・

ミラーの「北回帰線」。あるきっかけで再度読んでみました。

 

ストーリー展開もなく、詩的で抽象的な文章が延々と続く話で、何度

か本を閉じたまま、別の本を読んだりしながらも、やっと読み終わり

ました。

やはり、すべてを理解するにはほど遠いですが、理解できなくても、

彼の自由への姿勢を少しだけ感じることが出来ました。

 
久しぶりにリフィル画用紙に・・・。
 
 

 

2008年4月28日

ゴルゴ13


 

金曜日の夜中、そろそろ寝ようと思いながら何気なしにテレビのチャン

ネルをいじっていると、「ゴルゴ13」のアニーメションをやっている

を見つけ、最後まで見てしまいました。

ゴルゴ13といえば、40年近く連載している超ロングランの名作マンガ

ですね。私も10年前の一人暮らしの頃には、近くの良く行く食堂に全巻

置いてあり、100巻くらいまでは読破しました。

今でもたまに読む大好きなマンガです。

 

ゴルゴ13は、世界を舞台に活躍するプロフェッショナルのスナイパー

です。

感情や状況に流されることなく、困難に立ち向かい淡々と仕事をこなし

ていく姿は、男として憧れます。

まさに、揺るがずとらわれない理想的な精神状態を常にキープしていま

す。

 

ゴルゴ13は、世界を旅するビジネストラベラーでもあるということで、

トラベラーズノートを使っている姿を想像したのですが頭に浮かびませ

ん。

そういえば、すべての情報は頭の中にインプットし、証拠に残るような

メモやノートは残さなかったような・・・。

 
 
 

2008年5月15日

Lonely Planet


Lonely Planet というガイドブックをご存知でしょうか?

欧米人バックパッカーのガイドブックとして圧倒的なシェアを誇り、

旅先でも、このガイドブックを手に街を歩く人をよくみかけます。

主要都市の日本語版も出ていますが、英語版には各都市ごとのガイド

だけではなく外国語会話集や旅写真の撮影法など旅に関したたくさん

の本があります。


先週の出張で、トラベラーズノートのプロフェッショナルユーザーの

Patrickさんのもとを訪ねたときに、こんな小さなLonely Planetを見

せていただきました。

 

 

 

高さ5cmほどで手のひらにすっぽり入るサイズ。

マレーシア・シンガポールのガイドになっています。もちろんLonely

Planetが誇る豊富な情報量を望むことは出来ませんが、こんな可愛ら

しいガイドブックならポケットに忍ばせたくなりますね。


こういう遊び心、好きだな~。 
 
 
 
 

ところで、中国四川省の地震ですが、時間が経つにつれて、その被害の

大きさが明らかになっていきます。

ミャンマーのサイクロン被害でも数万を超える人々が命を亡くしていま

す。ご冥福を祈るととも、被災地の早期の回復を願うばかりです。

 

2008年5月21日

岡本太郎とパンク

 
「今日の芸術」岡本太郎 著
 

岡本太郎がとても分かりやすい言葉で、論理的に「芸術」の意味を語っ

ている本。

「今日の芸術は、うまくあってはならい、きれいであってはならない、

ここちよくあってはならない。」

なぜなら、それらはすでに過去の模倣であり、芸術はそれらを否定し、

覆すところにあるという。

岡本太郎はパンクだった。

とても勇気づけられ、心を揺さぶられた本です。

 

 

 

ノートに描いた一節は、「きれい」と「美しい」についての説明です。

これらは、混同されがちで、きれいなものが価値が高く、本当に美しさ

が理解されにくいために軽んじられることが多いことを感じていたので、

すごく納得しました。

例えば、朽ち果てた建物の時代を感じさせる美しい情景が、のっぺりと

したきれいなだけの建物が並ぶ街に変わってしまうことが多いのは、悲

しいことです。


ブルーハーツの歌を思い出しました。

「どぶねずみみたいに美しくなりたい・・・」

やっぱり、岡本太郎はパンクなのです。

久しぶりにブルーハーツでも聴いてみよっと。


個人的な話ですが、今日(20日)は30代最後の1年の初日。

あと1年で不惑の年。

でも、きっと1年後もいろいろ迷って悩んでいるんだろうなあ。

パンクロックとトラベラーズノートから元気をもらいながら、がんばり

ます!

 

 

2008年6月17日

Travels with Charley


既に人気作家になっていた58歳のスタインベックが完全装備のキャンピ

ングカー・ロシナンテ号で、愛犬チャーリーとともにアメリカを旅するお

話です。

 


 

ノートに書いた冒頭の文章が、旅への衝動を簡潔に言い当てています。

若い頃は、旅への衝動は、大人になったら消えると言われ、大人になった

ら中年になったら治ると言われたが、58歳になっても依然熱は冷めない。

そんな彼が、旅への若々しい情熱と文学者の冷静な視点を持ってアメリカ

を旅した記録です。

1960年当時のアメリカの保守性や人種差別など、現在にまで引き継が

れている問題点を描いています。

 

ジャック・ケルアックの「路上」で描かれたヒッチハイクの旅とは対局に

ありますが、どちらも旅人の視点で見る事で、リアルなアメリカが見えて

きます。


いつか、こんな旅をしてみたいですね。

 

 

2008年7月 8日

植草甚一スタイル


前に、古本屋でその著作を見つけ気になっていましたが、そのときは

けっこうな値段がして結局買わずに店を出ました。

その後、別の古本屋で彼の本を見つけ、思わず買ってしまったのが、

「植草甚一 スクラップ・ブック 10 J・J氏の男子専科」。

 

モノや服装へのこだわり、古本屋で手に入れたアメリカの雑誌や小説の

こと、散歩中に飲む喫茶店のコーヒーの味まで、さまざまことが軽妙な

文章で書かれていて、ぐいぐいその世界に惹き付けられました。

 

さらに「植草甚一スタイル」を開くと、彼の集めた妖しい雑貨やセンス

良い小物、丁寧にスクラップされた資料や日記帳などが写真付きでみる

事ができます。

レシートや名刺、チラシの切り抜きが貼られ、丁寧に書き込まれている

日記帳や雑誌からの切り抜きで作られたコラージュ作品。

 

かっこいい!

どれも、トラベラーズノートの使い方の素敵なお手本になるものばかり

です。

 


 

植草甚一は、1960年代~70年代に活躍したジャズ/映画評論家。

ジャズや映画に留まらず、雑貨、古本、サブカルチャー、ファッション、

雑学、ロックや散歩まで、幅広いコラムが残されています。

 

その集大成が「植草甚一 スクラップブック」で、全40巻あります。

1976年から1980年にかけて刊行されました。

2004年に復刊していますが、ここはやはり、古本屋で少しずつ買い

そろえていきたいな。

 

2008年7月16日

The Road by Jack London


「白い牙」や「野生の呼び声」などの動物文学で知られる

ジャック・ロンドンが、ホーボー(放浪者)としてアメリカを旅した

時のことを綴った本。

 


 

映画などで良く見られる貨物列車にただ乗りをしながら、アメリカを

放浪する人たちをホーボーと言います。その実際の体験に基づいた

記録として、とても興味深く読む事ができました。


家も定職も持たずに自由に放浪するその生活は、旅が好きな人は憧れ

ますが、実際には、寒さに震えたり、牢獄に入れられたり、権力者か

ら迫害を受けたり、厳しく辛いものであることが分かります。

 

その上で、ホーボーであることに誇りを持ち、放浪を続ける著者の姿

は、旅人であれば、必ず敬意を感じると思います。


1890年代のアメリカのホーボーの文化を分かりやすく解説してく

れるのもこの本の魅力です。


ロバート・ジョンソンも、ウディ・ガスリーもこうやって旅をしたん

でしょうね。

 
 

2008年8月 4日

食人国旅行記


最近発見した渋谷駅近くの古本屋、Flying booksはいい感じの品揃え。

それほど大きくない店内にもかかわらず1時間近くも本棚を巡ってしま

いました。


欲しい本はたくさんあったのですが、結局買ったのはサドの

「食人国旅行記」とスタジオ・ヴォイスのバックナンバーを2冊。

 

澁澤龍彦やサドは学生時代に何冊か読みましたが、その社会的反逆性

や知的な世界観は、ロックに浸かっていた当時の心情にぴったりとは

まったのを覚えています。

もちろん中世の色っぽさや倒錯した性、妖しげな世界も読む大きな動機

になってました。


そのサド&澁澤龍彦の作品で、まだ読んだことのない「食人国旅行記」

をFlying booksを見つけ、いかにも妖しい題名と旅行記という部分に惹

かれ買ってしまいました。

 



さらわれてしまった新妻をさがして、冒険の旅をする主人公が奇怪な国

を訪ねるお話。

 

サドの本としてちょっと異色な感じであまりドロドロしていなく、ガリ

ヴァー旅行記を思わせる風刺のきいたお話。

当時のサドが考える反ユートピアとユートピアの国への旅を疑似体験で

きます。


2008年9月 5日

空翔ぶ不良

 

タイ在住の日本人Tさん(男性)は、レストランやお店のスタッフ(主に

女性)と仲良くなってしまうのが得意。

 

タイに行ったとき、例えばレストランやカフェで待ち合わせをして、会い

にいくと必ずお店の女の子と楽しげに話をしたりしています。

 

「こういうお店では、顔が利くスタッフをつくっておかないと、オーダー

を忘れられたりするからさ~」とか言い訳がましく言ったりしますが、そ

んな風にふるまえるTさんがちょっと羨ましかったりもします。

 

 

百瀬博教著「空翔ぶ不良」は、トラベラーズカフェ・みんなのトラベラー

ズストーリーのHideさんの話「訪れた証1」で紹介されているのを読んで

以来、ずっと探していた本。

古本屋さんで見つけたときは、心の中で思わずガッツポーズをしてしまい

ました。しかも値段がたったの¥300!

 


 

画用紙リフィルに書いた引用文は、著者が飛行機に乗った際にスチュワー

デスに言った言葉。

 

初めて会った女性にこういう言葉をさらり言う、そのセンスと人柄がとて

も素敵。下心なく自然に思ったことを言ってしまう正直さと、相手に対す

る思いやりや気遣い、そして大人の知性とセンスがあって初めて言えるセ

リフですね。

 

この本には、そんな著者の人柄がにじみでた旅のエピソードが満載です。

これから年を重ねていくにあたって、素敵な人生の教科書になりそうな1

冊です。

 

ちなみに、「紅いコーリャン」の主演女優はコン・リー。

あどけなさと色気、儚さと強さを併せ持つとても魅力的な女性として描か

れています。「菊豆」もおすすめ。


2008年9月29日

京都の素敵な本屋さん

 

京都の話の続きです。


京都に着いて宿にチェックインしてから、最初に向かったのは本屋さん、

恵文社一乗寺店

ある本で紹介されたのを読んで、行ってみたいと思っていた本屋です。


路面電車のような叡山電車に乗っていき、降りた街は繁華街というよりは

学生が多そうな住宅街。小さな商店街を歩いていくと、ノスタルジックな

手描き看板が見つかりました。


本が好きな人なら、きっと何時間いても飽きない本屋さんです。

それぞれの書棚の本の並びに、お店の方の思い入れをひしひしと感じます。


北欧インテリアやエアラインのデザイン本から、都市をテーマにした本が

並び、その流れでバックパーカー向けの旅の本、さらに、ジャックロンド

ン~ヘンリーソロー~ビート文学~マルキドサドなどの幻想文学・・・。


例えば、作者のあいうえお順や出版社別にならんでいる本屋では決して見

つける事のできない素敵な本との出会いを与えてくれる並べ方。

世界観別の並べ方と呼べばいいのでしょうか、その世界観が繋がって新た

な世界へと誘い導いてくれます。


さらにお店には、素敵な雑貨やCDが並んでいます。これもちゃんと必然

的で、例えばスローライフの雑誌の先に作家ものの陶器やバッグが置いて

あったりします。


ちょっと中心地から離れていますが、本が好きな方は京都に行った際には

寄ってみる価値があると思います。

 

 

 

 

さらに京都ではいくつか本屋さんにより、こんな本を買ってきました。

わざわざ京都で買うみやげではないのかもしれませんが・・・。

 

 

 

2008年10月 7日

暮らしのリ・デザイン

 

本を探すときは、いろいろなパターンがあると思います。

誰かのおすすめだったり、本で紹介されていたを見つけたり、お気に入り

の作家の新しい本だったり・・・。

本屋で何気なしに手にとった本で、特別期待もしていない本が思いのほか

面白かったりするのは、本が好きな人にとっては嬉しいものです。

 

 

 

こちらの本は、前に京都に行ったときに購入した本。

作者も本のタイトルも知らなかったのですが、感じの良い陶磁器やお椀と

並んでこの本が売っていて、自然にレジに持っていってしまっていました。

お店の思惑通りに身を任せてしまって購入した本です。


しかもレジに持っていき、その本が古本で定価よりも高い価格が付いてい

たのに気付いたのでした。

 

で、後悔したかというとその逆です。


前置きが長くなってしまいましたが、秋岡芳夫著「暮らしのリ・デザイン」

私たちが普段使う箸や茶碗やお椀などの道具には、どれも日本人の暮らし

のなかで培われた最適な重さや寸法があり、職人は巧みな技と技術で作ら

れるモノにはきちんと訳があるということを教えてくれます。


例えば、日本人のように手に持って使う汁を入れるお椀は、100グラム

がちょうど持ちやすいサイズ。さらに、プラスチックのお椀はまっぷたつ

に割ると厚みが均一になっているが、職人が作ったお椀は底のほうが少し

厚くなっている。これは、重心が下にきて手に持ったときに持ちやすいよ

うにそうなっている。


大量生産の一見似たような安物と、長年の歴史の中で受け継がれた職人の

技によって出来た良いものとの違いをとても分かりやすく解説してくれま

す。

きちんと作られたものを大切に長く使い続けるライフスタイルをロハスと

いう言葉が生まれるずっと前から推奨しています。


28年前に書かれた本ですが、今この時代だからこそ必要なモノ作りやモ

ノを使うためのヒントをたくさん見つけることができます。

 

2008年10月21日

Wouldn't it be nice /素敵じゃないか


これは発売時に本屋で見かけたときには、スルーしてしまった本。

帯に書かれたキャッチコピーは「村上春樹Xブライアン・ウィルソン」と

あって著者よりも訳者名を全面に出した売り方にちょっと嫌悪感を感じた

からかもしれません。

 

でも、ビーチボーイズも村上春樹も大好きだし、ペットサウンズは何度も

聴いてるフェイバリットアルバム。数ヶ月後に見かけたときには迷わずレ

ジに持っていきました。

 

 

 

ペットサウンズがロック史上屈指の名盤として位置づけられている理由と

して、その音楽的な美しさや革新性、そのコンセプトメイキングの完成度

の高さなどがあるのはもちろんですが、あわせてブライアン・ウィルソン

が、孤独や不安、居心地の悪さなど不安定で憂鬱な心情をを隠すことなく

表現し、それにより同じようなことに悩まされている人達を救ってきたこ

とがあるのだと思います。

 

少年時代に誰もが感じる不安感や孤独感は、純粋に人や物事に向かい合お

うとしたときに相対的にあわられる感情で、新しいモノや美しい作品、素

晴らしい何かを生み出そうとするときには、それが大きなパワーにもなり

ます。ブライアン・ウィルソンは、それを「ペットサウンズ」という圧倒

的な輝きをもつ美しい作品によって証明することで、そんな負の感情に前

向きに立ち向かう勇気を与えてくれました。

 

この本はペットサウンズを聴いたことがなくて、今後聴こうという意思の

ない人にはきっと意味がない本だと思います。

でも、ちょっとでも聴こうかなと思っていた人が読んだら、深く何度も聴

かずにはいられなくなる本です。

 

著者の思い入れたっぷりの情緒的な評論と、あわせて深い洞察力に基づい

た音楽的な解説は、もう一度ペットサウンズにきちんと向かい合うきっか

けを与えてくれました。

 

それぞれの章のタイトルが、歌詞の一節を引用したものになっているので

すが、それを読むだけでグっときます。村上春樹氏の訳す歌詞が読めるの

も魅力ですね。最後にその目次を引用しておきます。

 

プロローグ

「僕にはちゃんとわかっているんだ。自分が間違った場所にいるってことが」

第1章 「ときにはとても悲しくなる」

第2章 「僕らが二人で口にできる言葉がいくつかある」

第3章 「キスがどれも終わることがなければいいのに」

第4章 「ひとりでそれができることを僕は証明しなくちゃならなかった」

第5章 「しばらくどこかに消えたいね」

第6章 「自分にぴったりの場所を僕は探している」

第7章 「でも僕はときどきしくじってしまうんだ」

第8章 「答えがあることはわかっているんだ」

第9章 「この世界が僕に示せるものなど何ひとつない」

第10章「美しいものが死んでいくのを見るのはとてもつらい」

エピローグ

「もし僕らが真剣に考え、望み、祈るなら、それは実現するかもしれないよ」

 

2008年12月 9日

バイコフの森

 
 
 

この本は、ここのパブオーナーより教えてもらいました。

前に私が旅の本を紹介したチラシを読んでくれていて、それらを知った上

で、旅の本として、この本を紹介してくれました。


この本は、第二次大戦前、シベリアとの国境に近い北満州の密林に生活し

た男の記録です。日本では北海道、アメリカではアラスカなどの北の大地

は、男が孤独に旅をする姿が似合います。

この本で読むことができるのは、ソローの「森の生活」、星野道夫や野田

知佑の本などで描かれているような男がひとり北の荒野を旅する姿です。

 

パソコンやビジネス用語ではなく、ナイフや銃の扱い方を知ることで、

自力で生きていく世界。そんな世界に憧れる気持ちは、男だったら誰でも

あるはずです。


著者、バイコフも厳しい密林で猟をしながら生きていく姿を淡々と描いて

います。

 

例えば、森の中で野営して夜を過ごすと聞こえてくる虎の鳴き声を壮大な

音楽と例えて聞き惚れる話。また、チャオルという鳥は、密林で道に迷い

離ればなれになってしまった兄弟が鳥になったから、とても悲しい鳴き声

で鳴くという話。著者の視点は自然やそこに暮らす動物に対する深い愛情

に満ちています。


また、街を追われ森で暮らさなくてはならなくなった貧しい人や、脱獄し

森の中に身を潜めている人、さらに孤独を愛するがゆえに森にこもり暮ら

している人など、森で暮らす人達との交流は、人間の本質的な生きる意味

を考えさせてくれます。

 

森の中では、人間も他の動物と同じように日常的に死があり、銃を手にす

ることで、やっと他の動物と対等に渡り合えることができる弱い存在なの

です。


ノートに書いた一節は、人食い虎と対峙し、銃を向けている瞬間です。


こういう本が好きな男は、ちょっと信用できるような気がする。

そんな本です。

2008年12月19日

HOW TO 大冒険

 

 

 

 

この本は、中学生の頃手に入れて何度も読み返した本。

エジプト考古学者として有名な吉村作治教授が、まだ有名になる前の

1974年に書いた本。自らエジプトの調査発掘の体験を交えながら、

冒険への心構えやノウハウを綴っています。


吉村氏は異国で冒険をしたいという欲求を持ちながら学生時代をすごし

ていました。そんな中で、エジプトで調査をするという学術的な目的を

見つけることで、まわりの了承を得て冒険へと旅立つことができました。

つまり、エジプトの調査は口実で、異国で冒険することが目的だったの

です。


ただし、エジプトに行ってからは、カイロ大学へ留学し考古学を学び、

さらにエジプト人の女性と結婚をするためイスラム教に改宗するほど、

その国の生活に身をひたしていました。

(現在はその女性とも別れ、無宗教を公言しています)


さらに、アラブゲリラに参加したり、クーデターに遭遇した時はその

将校にインタビューをしたり、強い行動力による冒険譚は、その時代性

を感じさせてくれるとともに、とてもわくわくさせてくれます。


この本が出版された時代は、今ほど海外旅行が一般的ではなく、若い人

が目的もなく、海外に旅立つことは少なかった時代です。

それゆえに、海外に出ることにたいして、気負いや過度の力みが感じら

れたりもしますが、その分、情報も少なく旅先での驚きや感動も大きか

ったのかもしれません。


知らない家にタダで泊まる方法、安いメシ屋を探す方法から、ラクダに

乗る方法や、肉と粘土で干し肉を作る方法まで、これらのノウハウは当時

の若者にとっては数少ない海外への冒険のための情報だったのかもしれま

せん。


もちろん今読んでも役に立つ冒険術もたくさん書かれています。

でも、今読んでなにより共感できるのは、その冒険に対する姿勢。


冒険がロマンであるなら、なにも日本を脱出し、海外を放浪するばかりが

冒険ではない、ということだ。

きみがもし、ある女性が好きになったとき、なんとかして彼女から関心を

持ってもらいたいと祈るだろう。その第一歩として、どういう形でその

女性に近づくか考えるだろう。そのとききみにとっては、それは大冒険に

なるだろうし、その行動に踏み切ることが、

この本に書かれた冒険のテーマと一致するのではないのだろうか。

               

              吉村作治著「How To  大冒険」より


決して、名作とか大作ではありませんが、中学生の頃に出会ったことで、

その後の私の価値観に少なからず影響を与えている本です。

古本屋で見つけたら、手にとってみる価値がある本だと思います。

 

2009年1月23日

輝ける碧き空の下で

 



最近の自動車産業での厳しい雇用状況は、ブラジルなど南米から

「デカセギ」としてやってきている日系ブラジル人たちの職をも

奪っています。


あまりニュースになっていませんでしたが、

昨年2008年は日本からのブラジル移民100周年でした。


第一回日本移民791名を乗せた笠戸丸がブラジルに着いたのが、

明治41年のこと。

しかし移民といっても、ほとんどの人達は、ブラジルを永住する場所

とは考えていませんでした。

金のなる木コーヒー農家で何年か働くことでまとまったお金を稼ぎ、

いずれは日本に帰り、錦を飾ることを考えていました。

 

しかし、奴隷扱いのような過酷な労働、マラリア、さらに稼げるお金も

日本で聞いた金額からはほど遠く、彼らの生活は予想以上に厳しいもの

だったようです。


ノートに書いたのは、日本人移民が土地を得て、初めて大規模な農園を

開拓を始めようとしている喜びに満ちた場面。


しかし、その後、この農園はマラリアで多くの人が命を落とし、

さらに大量のバッタの来襲、霜の被害で農作物を失い、

最後にはスペイン風邪で立ち上げのリーダーは命を落としてしまいます。


厳しいなか、移民として生きてきた日本人の姿を描いているこの小説は、

旅に生きることの意味を私たちに教えてくれます。


コーヒー好きには、もうひとつ。

コーヒー豆がこんな風に作られているんだということ、それを少しだけ

知ることができます。

たくさんの人達の思いと苦労があって、美味しいコーヒーを飲むことが

できるんです。

コーヒーを飲むときに、コーヒー農園の碧い空と収穫する人々の苦労を

想像してみてください。

 


2009年2月 6日

The Americans


会社から歩いて5分のところに、素敵な本屋さんが

あります。


その本屋さん「ナディッフアパート」は、

デザイン系の本を中心に、輸入物の写真集や画集、

アーティストのリトルプレスなどがセンス良く

揃えられています。


お昼休みにちょっと覗ける場所に、そんな本屋が

あるのは、なかなか嬉しいものです。


普段は本屋で手に取ることもない写真集も

そこでは自然と開いてしまいます。


ロバート・フランクの「The Americans」は、

手に取って開いた瞬間、胸にグッとくるのを

感じた写真集でした。


そう感じたのは、

その作者をどこかで聞いたことがあったり、

序文を「路上」のジャック・ケルアックが

書いていたりしたからだけではないはず。

 

1950年代のアメリカ、

市井の人の生活を写しとった写真は、まるで

その時代のアメリカを旅したような気持ちにさせてくれます。


でも、その旅は明るく楽しい旅ではなく、

そこで暮らす人達の緊張や不安、絶望を

目をそらさずに直視していくヘビーな旅。


ジュークボックスの前で所在なく佇む男。

蒸気が漂う工場で、黙々と仕事をしている男達。

車のウインドウから、厳しい目つきで何かを

眺めている母と娘らしき2人。


モノトーンで写されたノイズが入った写真は

飾らないリアルな生活や風景を切り取っているが故

に圧倒的な美しさを見せてくれます。


ここに写されたアメリカを探す旅に出たくなる、

そんな写真集です。

 
 
 

2009年2月16日

旅の詩集

 

 

30代後半より上の人には懐かしいKAPPA BOOKSの1冊。

昭和48年発行のこの本は、昔買ったものではなく、

最近古本屋で見つけたものです。


当時も今もアングラカルチャーのヒーロー、

寺山修司氏が編集した旅の詩を集めた本です。


各章ごと放浪、望郷などのテーマがつけられて、詩が集められています。

まさに旅をテーマにした珠玉のコトバたちが詰まった本。

その各章の冒頭には、寺山氏による序文がつけられています。


青森出身の氏は、少年時代にはそこを出ることを夢見て過ごしてきました。

「家出のすすめ」や「書を捨てよ、町に出よう」などの著書で、

若者たちに家を出ることを煽り、

自らを故郷を捨てた漂泊者と認めていた氏にとって

旅は、一時的な行為ではなく人生そのものであったのです。

 

また、 

古本として買ったこの本の裏表紙の見返しページに、

最初の持ち主だった方によるものと思われる日付とサインがあります。


昭和四十八年十月三十一日(水)晴

XX川 XX子(25才)


と万年筆で丁寧に書かれています。

それを見ると、計算すると今60歳になるその女性が、

当時この本を読んでどんな風に思ったのか?

そして、その後、この本が私の手に届くまでどんな旅をしてきたのか?

と、想像してしまいます。


例えば、寺山修司的に想像すると...

東京、工場のある町の小さな喫茶店でウエイトレスをしているXX子。

田舎から家出同然で飛び出してきたが、夢である女優になることを諦めて、

望郷の念を感じながら、惰性で時を過ごしている。

そんな時、常連の工場で働く青年が忘れた1冊の本を見つける。

そして、返しそびれて最後まで読んでしまう。

青年がまた喫茶店にきた時に、その本のことを思い出し話しかける。

彼もまた、小説家になることを夢見ながら工場で働いていることを知る。

そして、意気投合し、2人で共に夢を追いかけていく... なんてね。

 


2009年4月13日

Bruce Chatwin / The Songlines

 

 

雑誌などで旅本の特集になるとよくセレクトされるのが

ブルース・チャトウィンの本。

でも、そのすべての本が絶版で手に入らない状態が続いていて、

古本屋に入るたびにチェックをしていました。


そんなブルース・チャトウィンの代表作2作を

偶然ほぼ同時期に手に入れることが出来ました。

「パタゴニア」は古本屋、「ソングライン」は、

最近やっと復刊されることになり、新刊本を購入。

今回は手に入りやすい「ソングライン」の方を紹介します。


ソングラインとは、オーストラリアの先住民

アボリジニの間に古くから受け継がれてきた歌。

その歌は先祖が歩いて来た足跡を示し、

その道は彼らにとって聖地となっています。


アボリジニは、オーストラリア中

無数に張りめぐらされているソングラインを

歌をたよりに歩き、目的地までたどり着くことが

できたと言います。


この本は、ソングラインを巡る紀行文に、

ノートに断片的に書かれた旅をテーマにした考察

が挿入されるという構成になっています。


そこで作者が描くのは、「人はなぜ旅するのか」

という壮大なテーマ。

その洞察は、人類の祖先がアフリカで誕生する時

までにおよびます。


本の最後に描かれた、死を迎えるアボリジニが

落ち着いた表情で死という最後の目的地へ

向かうことを受け入れている姿は、

厳しい自然の中で生きていた人々は

人生の旅の目的地をきちんと知っていたことを

示唆します。


良質の紀行文は、旅先の情報というよりは、

旅に向き合う姿勢やモノの見方を教えてくれます。

そして、それは人が生きていくことの意味でも

あるのです。

 

 


2009年4月21日

The Art of Travel


もう10年以上前、東北で営業の仕事をしていた頃。

その頃は、まだ秋田から仙台まで高速道路が

つながってはいませんでした。

担当していた秋田から家のある仙台に帰るには、

一度横手で高速を降りて、山道を走り峠を越えて、

岩手の北上で再び高速にのらなければなりませんでした。


秋田からの帰り道、ちょうど夕食の時間にそこを

走ることが多く、峠に入ると食堂もなくなるので、

峠の手前にある「でめきん食堂」というところに

よく立ち寄りました。


そこは、トラックがとめられる大きな駐車場が

ある昔ながらの地方によくあるドライブイン。

店員やお客さんの数に不釣り合いな広い店内には

不揃いのテーブルやイス、ぼろぼろになった

スポーツ新聞やマンガ雑誌が雑然と置いてある

そんな食堂でした。


夜の8時頃、薄暗い店内でそれぞれ離れた席に座る

2、3人の客が黙々とカツ丼やしょうが焼き定食を

食べている姿は、旅の孤独を感じさせるのに十分でした。


峠の途中にあるため、周りに人が住む気配が

いっさい感じられず、

そのことも孤独な雰囲気をさらに強めていました。




「旅する哲学」は、さまざまな文学者や画家、詩人

の視点を借りて、旅で見えることの意味を語ってくれます。


私にとっては今まで考えてきた、旅の意味を明確に

分かりやすく説明してくれる本でした。

例えば、9章ある中の2章目では、画家エドワード

ホッパーと詩人ボードレールの視点から旅の意味を

教えてくれます。


エドワードホッパーは、車でアメリカ中を旅し、

そこで出会ったガソリンスタンドやモーテル、

自動販売食堂に漂う孤独な風景の中に詩情を見つけ

描いてきました。


孤独は心を空白にし、自分にとって大切な感情や

考えに接触するところまで引き返してくれると

この本に書かれています。

ホッパーの絵は旅の孤独を客観的に提示することで

そのことを教えてくれます。


もう一度ここで書かれている旅人の視点で

でめきん食堂のことを思い返してみると、

そういえば、ひとりカツ丼を食べている時間は、

うら寂しい気分ではありましたが、

そこでしみじみといろいろなことを考えている

のは嫌いではなかったことを思い出します。


今では高速道路も秋田から仙台まで繋がって

降りずに行くことができます。

でめきん食堂は、まだあるのかなあ?

 

2009年6月 1日

見よ、旅人よ

 

  

 

ひとり旅には、必ず本とiPod、そして

トラベラーズノートを持っていきます。


一人っきりの宿の部屋、iPodにつないだ小さい

スピーカーから静かに流れる音楽を聴きながら

本を読んだり、ノートに何かを書いたり貼ったり

する時間はひとり旅ならではの楽しい時間の

過ごし方。


自由なひとり旅では、自分のペースで時間を過ごす

ことができるのがなによりの楽しみです。

だから、出来る限りテレビとか新聞を見たりしない。

それより、ゆっくり本を読んでいたいもの。


松本へ旅した時に読んだ本は、旅の宿から

世界中へ連れて行ってくれました。


長田弘著「見よ、旅人よ」は、詩人である著者が

1970年代にモスクワ~ワルシャワ、アメリカ、

ヨーロッパ、東南アジアなど世界を歩いた紀行文。


冷戦時代のソ連や、フランコ政権下のスペインの

重苦しい様子、独立間もないシンガポール人の

国家に対する考えなど、その時代の空気をリアルに

感じさせてくれるのは、詩人の鋭い視線と、

旅で見たことを前向きに受け入れ、伝えようとする

気持ちがあるからなのでしょうか。


ところどころに彼の旅に対する姿勢についての

記述があります。いくつか引用させて頂きます。


「分厚い地図帳をバサリと助手席に抛りこみ、

いつものようにエンジンのキーをカチリとまわす。

そんなふうになにげなくはじめる旅が好きだ。

予約する思想がきらいである。予めなにをするか

決めて身体を動かすということが、きらいだ」


「そのほうが楽だと知った道をゆくのは、わたしの

好みではない。旅から未知への緊張を引いたら何も

残りはしないという思いが、タイヤ・チェーンの

用意がないという不安を消した。」


ちなみに、楽でない道を進んだ後、雪道に車を

滑らせて進めなくなり、引き返した先で、

作者は誰も客の居ないが気持ちの良いホテルを

見付けました。


「明日は、いったいどこにわたしは泊まることに

なるのか。しかしいまは、ともかくも一杯の熱い

コーヒーがあれば、それでよかった。」


素敵な文章です。

 

2009年6月15日

Coyote 植村直己が向かった旅の先

 

 

 

雑誌Coyoteの最新号は、植村直己特集。

彼がずっと夢見、果たすことが出来なかったのが、

南極単独横断。その夢の第一歩として、

アルゼンチン南極基地へ取材に行っているのですが、

その時の日記が掲載されています。


植村直己氏がマッキンリーで消息を断ったのは、

1984年、私が15歳の時でした。

そのニュースで、この冒険家のことを詳しく知り、

その直後に「青春を山に賭けて」を読みました。


氷河をこの目で見ようと、大学卒業後にわずか

110ドルを手に世界に旅立ち、冒険を求めて、

ひょうひょうと世界各地を放浪していく。

そんな姿を描いているこの本は、旅に憧れる

多感な高校生の心を振るわせるのに充分でした。


その植村氏が、五大陸の最高峰登頂後ずっと目標

にしていたのが、南極横断でした。

南極を最後の夢と位置づけ、北極圏一万二千キロ

も北極点グリーンランド単独行も、そのための

準備でした。


Coyoteに掲載されている日記は、

南極大陸犬橇単独横断に向けて、その偵察のために

アルゼンチン軍の輸送船に同行し、実際に南極大陸

の地に足を踏み入れた時の様子を記しています。


そこに書かれている言葉は、南極に来た喜びと

冒険への決意にあふれています。

夢を追いかけて、その夢に向かって実行している

人の言葉は、熱く勇気を与えてくれます。


「生まれて初めてみる南極大陸だ。

いま俺はやってきた、遂にやってきた。

神は私に南極の道を開けてくれたのだ。<中略>

マッキンリー登頂以来、この南極に賭けてきたのだ。

何一つ疑う心なくして。」


「わずか一ヶ月たらずの南極旅であったが、

今終わらんとしている。今回の南極偵察で

私の進めている南極横断が可能であるということを

この体で肌で感じとった。」


紙面いっぱいに細かい文字で丁寧に書かれている

日記の写真を見ることが出来ます。

単独行にこだわった植村氏にとって、日記や手紙

を書くことは、自分、そして見えない他者と向き合う

大事な時間だったのだと思います。



植村直己氏の特集とあわせて、今回のCoyoteには

トラベラーズノートが掲載されています。

作家、謝孝浩氏が旅でノートを書くことについて

語っていますが、そこに実際に氏によって実際に

トラベラーズノートに描かれた内容の写真も

載っています。こちらも、もちろん要チェック!

 


2009年6月30日

場所はいつも旅先だった。


一人旅の醍醐味は、人との出会いのきっかけが

多いことだと思います。

例えば、ずっと前の話ですが、北海道を一人

バイクでツーリングしていた時のこと...


富良野で泊まったのは、丘のふもとにある

レストランが経営する小さなゲストハウスでした。

レストランの2階のロフトのような場所に、

一人ずつ寝るスペースが仕切られただけの安い宿です。


夕食をとるため、2階からレストランに降りると、

その日一人で泊まるのは、私ともう一人だけだった

ため、一つのテーブルで相席となりました。


失礼しますと声をかけてきたのは、同じ年頃の女性。

一人旅の食事の時間が一気に楽しいものになりました。


食事が終わりかけた頃、店主が近くに温泉がある

ことを教えてくれました。話の流れで、一緒に

行こうということになりました。


私はバイクで、その女性は車で旅をしていたので

必然的に彼女の車の助手席に乗せてもらいました。


釧路で小学校の先生をしているということを

少し照れながら教えてくれました。先生という

のは、なかなか気が抜けない仕事なんですよ、

なんてことを話しながら、ドライブを楽しみました。


富良野の来る多くの旅人がそうであるように

どちらも「北の国から」のファン。

温泉の帰りには、新富良野プリンスホテル内の

ニングルテラスに行きました。

夜はライトアップされたログハウスが点在する

とてもお洒落な場所です。

(竹下景子演じる雪子おばさんが働いていた

ローソク屋さんがある場所ですね)


一人旅の途中、思いがけず訪れた楽しいひととき

は、旅をとても印象深いものにしてくれました。


 

 

こんな風に文章を書きたいな。

この本を読んで最初に思ったのはそんなことでした。


Cow Books代表で、暮しの手帖の編集長の

松浦弥太郎氏による旅をテーマにした文章を

集めた本です。


この本のなかでの著者は、軽快に淡々と

自由な旅をすることで、様々な出会いを

オープンに受け入れてきます。

旅先で素敵なカフェや本屋さんを見つけたら

まるで近所の行きつけの店のように通ってしまう。

そこでスタッフと交わされるさり気ない触れ合いや

会話を大切にすることで、旅と人生の奥行きが

広がっていくことを教えてくれます。


旅先での人との出会いを大切にしながら、

ひとりぼっちの孤独も尊重する。

素敵な女性、気持ちの通じ合える友人、

尊敬できる人生の先輩達との触れ合い。

そして、ひとり自分と向かい合う時間。

それぞれが良いバランスで、旅を彩っていく。

そんな旅/人生が理想であるのは、誰にとっても

同じだと思います。


18歳の時に、一人でアメリカに旅立って以来、

彼の旅のスタイルは、そこで暮らすように過ごす

ことなのかもしれません。


彼の文章も旅のスタイルと同じように軽快で

オープン。日曜日の午後、オープンカフェで

カフェオレを飲みながら、足を思いっきり

投げ出して読むのにうってつけの本です。


ちなみに冒頭の話、その後何事もなく別れました。

そんな一瞬のときめきもまた、一人旅ならではの楽しみ。

最近はそんなこともなくなりましたが...

 

 

2009年7月15日

Mix Tape : the art of cassette culture

 

 

 

毎年、ISOT(国際文具・紙製品展)とあわせて

東京国際ブックフェアが開催されます。

期間中はISOTの会場を抜けて、このブックフェア

を覗きに行くのも楽しみ。


この展示会は、出版業界のためのものなのですが、

出版社の各ブースでは本が20%オフで販売されて

いたりします。

さらに、洋書の特設ブースがあって、そこでは

傷モノの写真集などが結構安く売られています。


今年も荷物になるにも関わらず、重い写真集など

を購入してきました。


その中の1冊、

Mix Tape : The Art of Cassette Cultureは、

いろいろな人のオリジナルのミックステープを

紹介している本。


自分の好きな曲を録音したカセットテープ。

そのインデックスシートに雑誌から切り抜いた

写真を貼ったり、レタリングシールで文字を

貼付けたり・・・。

カセットテープを使っていた世代は、そんな

ことをした記憶があると思います。

私はけっこう好きでした。

 

好きな曲をたくさん詰め込んだテープを

付き合ってた女の子にプレゼントしたり。 

自分のバンドのオリジナル曲を入れたテープ

なんて歌詞まで手書きでびっしり書き込んだり

して、友達に配ったり。

今思うとちょっと恥ずかしいですが・・・ 

 

この本はそんな他人のミックステープを

覗き見る楽しさがあります。


今だと、デジタルファイルにしてメールで

転送とかで簡単に出来ちゃうんだけど、

それはそれで便利なのですが、

ちょっとつまらないような気がします

 
 
 

2009年7月21日

BOOKS & CO.

 

 

 

ニューヨークにあった小さな書店、

Books & Company(本と仲間たち)の物語。

本を愛して止まないオーナーとその想いに共感し

集まって来たスタッフ、そして、そんなお店を

愛するお客さんや作家達との交流を綴っています。


本が好きなだけの素人の女性が、本とそれに

かかわる人々への想いだけを頼りに本屋を作り

上げていく。そして、多くの人々から愛される

お店にしていく。その過程は、これから何かを

初めようとしている人達には、とても勇気を

与えてくれます。


90年代に入り、大手ブックチェーン店の台頭や、

店舗賃料の高騰などによって、20年の歴史に

幕を閉じてしまいます。しかし、その時に

ウディ・アレンから発せられたメッセージが、

この書店が人々にとって、とても大切な存在

であったことを伝えてくれます。


私は、ブックスアンドカンパニーのような本屋

さんで本を買いたいです。


仕事柄もあるのかもしれないけど、お店を見て

歩くのはとても好き。そんななかで、自分の

感性にぐっとくるお店を見つけたときは、本当

に胸がワクワクし、嬉しくなります。


どんなお店にぐっと来るかと考えると、

その全体をまとめる強い世界観とあわせて

売り手の想いと作り手の想いが伝わってくる

ようなお店です。


大抵のそんなお店は大手チェーンよりも、

独立系の店舗だったり、個人やチームの個性が

色濃く出た店舗のことが多いです。

その魅力は、資本力に基づいた計算された

マーケティング力や巨大な販売力による仕入れ

パワーなど簡単に飛び越えてしまうのです。


例えば、文具業界で言うと、店舗の立地が

まったく販売力に影響を及ぼさないネット通販

で成功しているお店の多くが、地方の独立系の

お店であることも、同じ理由だと思います。


昨今の不況によって、価格訴求力が求められる

割合が高くなると、必然的に販売ボリュームが

大きい大手チェーン店のシェアが高くなっていく

傾向があります。


もちろん価格訴求力やさまざまな利便性は、

小売業にとってとても大切な要素であるし、

わくわくさせてくれるチェーン店もたくさん

あります。


こんな時だからこそ、私はきちんと想いを表現し、

こちらの感性を揺さぶり、文化的な発信をしている

お店で買うようにしていきたいと思います。

すべての商品は無理でも、長く大切に使いたい

感性を刺激する商品は、好きと言えるお店で

購入していくようにします。


だって、いつまでもお店は私たちをわくわく

させる場所であってほしいですよね?

 

2009年8月 3日

Cloud Collector

 

小さい頃は大抵の人がそうだと思いますが、

私も想像の世界に浸るのが好きな少年でした。


友達と近所の街を自転車に乗って走り回る時も、

頭の中は宇宙空間や、ジャングルを走っている

気分で疾走していました。


さらにそうやって見付けた秘密の場所は秘密基地

として、冒険の拠点になりました。

当時の東京の下町は、在木置き場や放置されて

雑草に覆われた空き地が多く、子供達の隠れ家に

なるような場所を見付けることは、それほど

難しくありませんでした。


図工が得意だった私は、仲間のメンバーカードや

バッジなどを作ったり、架空の国の地図を描いたり

しながら、その空想の世界の遊びに色を添えていました。


当時の私は、この空想の国作り遊びにどんどん

はまっていき、地図だけでなく、お金や国旗、

さらに国歌まで作ったりしました。

 

 

 

この本はブログを読んでくれている友人から紹介

していただきました。

クラフト・エヴィング商会三代目である語り手が

先代の祖父の古い手帳を見つけるところから話が

始まります。

その手帳には、「アゾット」という不思議な国を

旅した旅行記が書かれていました。

謎にあふれたアゾットへの旅の記録を、三代目

が読み解いていくことで、話が進んでいきます。


「ガリバー旅行記」や「銀河鉄道の夜」のように、

その旅先で起こる幻想的で不思議な現象は、

さまざまな示唆に富んだメッセージに満ちています。


ところどころに挿入されているアゾットのお酒の

ラベルやタロットカードを描いた挿絵。

さらに手帳からの引用と語り手の文章の刷色を

変えていたりする装丁。

摩訶不思議な空想の世界をリアルに作り込んでいく

ことで、独特の世界観が生まれています。


夏の夜、この本とともに、不思議な世界への旅に

行ってみてはいかがでしょうか?


そう言えば、トラベラーズエアーのスノードーム、

さらにはチケットケースやらタグなどを作ったり、

世界各地のトラベラーズカフェのステッカーを

作ったりするのは、昔やった空想の国作り遊びと

同じようなことですね。

やっぱり、好きなんですよね。

 

2009年9月 7日

百年の孤独 G・ガルシア・マルケス

 

 


冒頭のシーン。

年代は明らかにされていませんが、きっと200年

くらい前、南米の奥地に静かに佇む村マコンド。

開拓されたばかりの小さな村に、毎年3月になると

ジプシーの一団がやってきます。


彼らは村のはずれにテントを建てると、

笛や太鼓をにぎやかに鳴らし、持ち込んできた

珍しい物を村人たちに見せてお金をとる。

初めて見る磁石、望遠鏡、氷。

ジプシーは、それらで摩訶不思議な演出をし、

村人達は、驚き魅せられていく。

そして、村の代表的な人物はそれらに取り憑かれ

高いお金を支払って手に入れ、家の中で妖しい

実験を繰り広げていく。

そんな過程が緻密な描写とともに綴られています。


ここで、私は幻想的で混沌とした不思議な村

マコンドに迷い込んだ旅人のような気分になり、

同時にその世界観に引き込まれてしまいました。


この感じは、インドのヒンドゥー教聖地、

バラナシを歩いた時の記憶を思い出させてくれます。


入り組んだ迷路のような狭い路地。

道の真ん中で、人々の通行の邪魔をする牛。

スパイスや穀物を売る店から漂う匂い。

生地屋に並ぶサリー用の派手な色の生地。

笛や太鼓を鳴らしながら売り歩く人。

大きなヴォリュームで流れるインド映画音楽。

さまざまな場所から手を差し伸べる物乞い。

白く顔を塗ったヒンドゥー教の修行僧サドゥー。


歩いた瞬間、その妖しく混沌とした街の

圧倒的な迫力にすっかり魅せられました。

今までの自分の日常とはかけ離れた幻想的で

非現実的な世界を目の当たりにしたような

気分になりました。


でも、それは紛れもなく現実の世界なのです。

そこには、たくさんの人々が生き、私たちと

同じように日々悩んだり、喜んだり、悲しんだり

しながら毎日の生活を送っている。

ずっと昔から、そして、これからも。


「百年の孤独」は、マコンドという物語上の村に

生きたブエンディア家の盛衰を百年にわたって

描かれた小説です。

非現実的で神話のような奇怪なエピソードととも

伝えられる一族の放蕩と混乱の日々。

エキゾチックで情熱的な南米のイメージもあって、

ファンタジックなストーリーが不思議とリアリティ

を持って迫ってきます。


この物語のなかで、生まれ、そして死んでいった

ブエンディア家の人々。彼らと同じように、

私たちもまた、日々悩み、喜び、悲しんでいる。

世界中に住む68億の人々と同じように。


なんだか、そんな壮大なことに気付かされてくれる

不思議な魅力に満ちた本です。

 

2009年9月25日

1Q84

 

 

 

村上春樹氏の小説を初めて読んだのは大学生の頃。

当時、ノルウェイの森が大ベストセラーで、

正直言うと、そのあまりの人気と、おしゃれな

イメージに食わず嫌いをしていました。

しかし、大学のゼミでその小説をテーマに

ディベートをすることになって、読み始めると

とても面白く、それまで書かれた小説をすべて

読み終わるまでそれほど時間がかかりませんでした。


初期の作品に漂う空虚で乾いたライフスタイル、

クールに悲劇や不条理に立ち向かい、それを

受け入れていく姿は、そこに暗示された意味を

理解していなくても、ただ単純に物語として

面白く読むことができました。


しかし、彼が僕たちの世代に教えてくれたのは、

アルデンテに茹でたスパゲティの美味しさや、

ビル・エヴァンスのワルツ・フォー・デビイが

月夜に似合うことだけでなく、

物事の表面的な見え方を疑い、自らの価値観を

形成していくことの大切さでした。

(もちろんアルデンテもビル・エヴァンスも

大切なことですが... )


ちなみに、ビートルズのノルウェーの森ですが、

中学時代、Nowhere Man(ひとりぼっちのあいつ)

の方をノルウェーの森だと思っていました。

どちらの曲も、ラバーソウルに入っているのですが、

Nowhere Man, don't worryというフレーズが

ノルウェーのも~り~って聴こえるんですよね。


今更ですが、1Q84です。

なんとなく発売してすぐに手に取る気にはならず、

手元にある未読の本を片付けてから読もうと

思っていたのですが、未読の本は増えるばかりで

いっこうに片付きません。

ブックオフでBOOK1を見付けたのを機に、

いっきに読んでしまいました。


もちろん、とても面白く読むことができました。

権力、宗教や世の中の風評、さらに自らの弱さなど

知らず知らずに僕達を束縛しようとしている

様々な事に立ち向かっていく宣言のような小説です。


私達は自由を求めていくと、それを妨げるものと

対峙したとき、新たな不自由に縛られてしまう。

その時に、不自由を受け入れてでも、自ら求める

自由を選んでいく強い意志を持つこと。


きっと読む人によってこの小説から感じ取れる

メッセージは違うのだと思いますが、私は

そんなメッセージを感じました。

 

 


2009年10月22日

暮らしのヒント

 

 

 

 

トルコのサフランブルという小さな街を訪れた時。

ぶらぶらと一人で歩いていると、ふと出会った

少年が手招きするので、付いて行きました。

すると着いた場所は、街が一望出来る

見晴らしのよい丘。きっとその場所を見せたくて

連れて来てくれたのです。

さらに翌日は、小さな女の子が

観光客に解放している旧家を案内してくれました。

短い滞在中に、2度もそんなことがあったので、

きっと偶然というより、この街には子供たちが

旅人を自分が好きな場所に案内するという習慣が

あるのだと思います。

旅に出ると、この時のように旅人の心を

和ませてくれる素敵な習慣に出会うことがあります。

 

例えば、タイでお店に入るとスタッフの方が

ちょっと控えめな感じの笑顔を見せながら

手をあわせて「サワディーカー(こんにちは)」

と言ってくれるのも気持ちのよい習慣です。

 

山ですれ違う時に知らない人同士でも挨拶をしたり、

北海道では、バイクですれ違う旅人同士が、

ピースサインをしたりするのも素敵な習慣。

 

旅先でそんな習慣に出合い、快い気分になると、

自分やまわりの人達を気持ちよくするようなことを

意識して生活したいと思ったりします。

しかし日々の忙しい生活の中で、そんなことも

すっかり忘れ、思い返すこともなくなってしまいます。

 

 

この「暮らしのヒント集」は、日々の生活を

豊かで気持ちよいものにしてくれるアイデアが

箇条書きでたくさん綴られている本です。

 

「きちんと作られたものを大切にする暮らし

をしましょう。衣食住すべてに言えることです。」

 

「昨日会った人に手紙を書いてみましょう。

言葉は少なくても、次に会ったときに誰よりも

親しくなれるはずです。」

 

「星を見ることを忘れてはいけません。

寝る前のほんのひとときでも、星を

見つめていると心がやすらぎます。」

 

決して新しいびっくりするようなヒントではなく

昔誰かに聞いたり、本で読んだことがあるような、

もしかしたら当たり前のことかもしれないことが

綴られています。

 

でも、最初に書いた旅先で出会った素敵な習慣も、

旅人を喜ばせる、笑顔で人と接する、

人とすれ違ったら挨拶をするなど、

実に当たり前でシンプルな気持ちから

はじまっている習慣だということに気付きます。

そんな事をあらためて教えてくれる本です。

 

普通に読むと1~2時間で読み終わってしまう

のですが、そのあと少しずつ何度も読み返して

みたくなるような本です。

この中のヒントを、ゆっくりとひとつずつ

毎日の生活に丁寧に取り入れ、習慣にすることで、

きっと人生がより豊かなものになるはずです。

 

最後に私が、一番ぐっときたフレーズを。

「腹をくくれば、たいていの物事は動きます。

腹をくくるとは、勇気で支えた強い決意です。」 

 

2009年11月 9日

たましいの場所

 

 

 

よくよく考えてみると、子供の頃から本気で何かに

なりたいと思ったことがないのかもしれません。

幼少時はパイロットになりたいと言っていたけど、

それは本気でそう思っていたのではなく、

何かそういうものを用意しておかないと、

大人に聞かれた時に面倒だから、そういうことに

しておいたような気がします。


思春期になって、なんとなく文章や絵で

何かを表現するような仕事ができればなんて

考えていたけれど、ちゃんと作品を作っていたり

そのための勉強をなにもしていなかったので、

本気ではなかったのだと思います。

学生時代に仲間とバンドをやるようになり、

曲を作ったり、演奏したりすることで表現を

することの楽しさを知りましたが、

歌も楽器もあまり上手くない方だったので、

最初からプロになんてなれないと考えていました。


そして、会社に入って仕事を始めましたが、

いつもどこかで何かを表現するようなことが

したいと思っていたような気がします。



「たましいの場所」の著者早川義夫氏は、

元ジャックスのボーカリスト。

18歳から21歳までミュージシャンとして

活動をしていましたが、突然音楽業界から退き

本屋さんを開きます。

24年間普通の本屋さんとして、音楽とは離れた

暮らしをした後、45歳に再び歌手を始めます。

この本は著者が再び歌を作り、人前で歌い始めた時

のことを中心に書かれた日記のようなエッセー。


「恋をしたいから恋をするのではない。

写真を撮りたいから写真を撮るのではない。

写したいものがあるから撮るのだ。

写したいという気持ちを撮るのだ。

歌いたいから歌うのではない。

歌いたいことがあるのから歌うのだ。

自分を歌うのだ。」

こんな風に再び歌い始めたときの心情を

綴っています。


体の中から湧いて出てくる事、

言葉だけではうまく表現できないほんとうの事、

自分のなかの不完全で欠けている事。

そんな歌う事を見つけて、いざ人前歌う時

うまく歌えるかどうか不安で震えて

逃げ出したくなる。

そして、技術とか才能、上手い下手ではなく、

その人の本質から生まれた美しいものが感動を

与える事ができるんだと納得して、やり遂げる。

不安に揺れ動きながらも純粋に表現をすることに

向かう彼の姿勢は、そのまま生きていく姿勢

としても読み取ることができます。


彼が指圧師のマッサージに感動した時、

その訳を考えてこう書いています。

「先生は僕の足を踏みながら、

歌を歌っていたのかもしれない。

芸術は感動するものである。

感動しないものは芸術ではない。

それは、音楽も、仕事も、人間も、恋愛も、

何でもそうだ。人を感動させて、

はじめてそのものになれるのだ。

感動しないものは、なにものでもない。」


歌うように書かれた文章の中には、

心に響いて感動する歌が溢れています。


きっとどんな仕事や生活をしていても、

表現をすることで人に感動を与えることが

できるのだと思います。

でも、それは自分の本質の中を飾らずに

さらけ出すことでしか出来ないことを

この本は教えてくれます。

 

2009年11月10日

写真集が教えてくれること


 

 

香港に行った時に買った写真集がなかなか

良い感じなのです。正直ちょっと高かったので

買おうかどうか悩んだのですが...


旅先では、多少無理しても悩んだら買った方が

良いのかもしれないですね。買って後悔するより、

買わなくて後悔する方が多いような気がします。

その分くだらないものも買ったりするのですが、

それはそれで旅の思い出になったりします。


で、その香港の写真集。

香港の日常の風景でよく見かける街に佇む人、

古いビル、郵便ポストなどページごとにテーマが

設けられて、ページいっぱいにその写真が

並んでいるという構成になっています。

それだけでどこにでもある古ぼけた風景が

新鮮に見えてくるのです。

 

 

(写真集 MY HK / Douglas Young )

 

長い歴史のなかで受け継がれてきた、

市井の人々の飾らないリアルな生活から

切り取られた風景だからこそ愛おしく美しい。

そんなことにあらためて気付かせてくれます。


優れた写真集は何気ない風景から美しさを

見つけ出す視点を教えてくれます。


どこか旅に出ている時やめずらしいものに

出会った時には、よく写真を撮ったりしますが、

自宅の周りや通勤途中など日常の風景は

わざわざ写真を撮ろうと思いません。

でもこの写真集を見たことで、日常の風景の中に

ある美しさを残しておきたいと思いました。

例えば10年、20年経って自分が見たいと思うのは

そんな写真かもしれないですね。


休日にいつも行く銭湯をテーマに切り取ってみました。

なんでもない銭湯が愛おしく見えてきませんか? 

 

 

 

 

 

 

2009年11月18日

モーテル・クロニクルズ

 

 

 

自分自身の古い記憶をたどっていく行為は、

ひとり旅の時によくしてしまうことのひとつ。


例えば、夜の東北道をひとり車で移動中。

安っぽいドライブインで簡単に夕食を済ませ、

空いている高速道路を走っている。

ずっと流していた音楽が途切れ、なんとなく

聴くことに疲れたので、そのまま無音の状態で

走り続けることにする。

 

車のエンジン音を聞きながら、

高速道路の両脇に光るオレンジ色の道路灯が

連続して流れていくのを眺める。

そんな時、ふと頭に浮かんでくるのは過去の

古い記憶だったりします。

少年時代の記憶、学校からの通学路の風景、

大切なオモチャをなくしてしまったこと、

友達と喧嘩してしまった時のくだらない理由、

さらに記憶は、思春期から学生時代、

仕事を始めた時へと断片的に繋がっていく。

もう何年も会っていない友人との会話、

傷付けてしまった言葉や傷付けられた言葉、

あいまいな夢や小さな絶望...


「モーテル・クロニクルズ」は、アメリカの

俳優兼劇作家であるサム・シェパードによる

自叙伝のような散文と詩によって編まれている本。


最も好きな映画のひとつ「パリ・テキサス」は、

ヴィム・ヴェンダース監督がこの本を読んで

映画の着想を得て、サム・シェパードに脚本を

依頼することから生まれました。


無造作にばらまかれた記憶の断片のような文章は

まるでロードムービーのワンシーンのような映像

を読者の頭の中に浮かび上がらせてくれます。


モーテルの一室で知らず眠ってしまった時の夢。

初めて学校を抜け出し、有刺鉄線を飛び越えて

未知の世界へ向かったこと。

女性を殺しに行くためバイクを走らせるという

映画のシーンを撮影時のこと。

少年時代の夢遊病だったときの記憶。


さまざまなシーンが描かれた文章の末尾に

記された日付と場所が、まるでノートの走り書き

された日記のようなリアリティーを与えています。

まるで著者がひとり旅をしているときの

心の動きを覗き込んだようなストーリーに

あふれた本です。


遠い記憶を呼び起こし、その時の自分の未熟で

純粋な心の動きを思い出す。そして、その意味

をもう一度かみしめてみる。


一人で自分自身に向き合う時間を持つことは、

忙しい毎日の中では、忘れてしまうことです。

ひとり旅は、そんな時間を作るのに最適な方法

であることは間違いありません。

 

2010年1月25日

FLAT HOUSE LIFE

 

 

 

トラベラーズノートホームページの

プロフェッショナルユーザーに掲載させて

もらっているイラストレーターの

アラタ・クールハンドさん。


前にそのお宅にお邪魔させて頂いたのですが、

古い平屋を素敵に住みこなしているのに、

とても感銘を受けたのを覚えています。

その後、もう少し広い平屋に引っ越したとのこと

でお誘いを受け、先日お邪魔しました。


アラタさんが住んでいる平屋は、「米軍ハウス」

と呼ばれる、戦後、進駐軍のアメリカ兵の住居

として建てられ、その後ベトナム戦争終結後の

引き上げにより、日本人に貸し出されるように

なった築40以上の住居です。


玄関の先にはフローリング床の広いリビング、

そこにゆったりと置かれたソファー。

車が停められるガレージ、開放感のある庭など、

住居に対する意識が高い欧米人のために作られた

建物は、まさに古いアメリカ映画の中のセット

のような佇まい。


築40年~50年の古い建物のため、機能的で

なかったり、老朽化による汚れや傷、ヒビなど

があるのですが、それを味わいとして楽しむ

ことで、むしろメリットに変えています。

そして、その家賃もその築年数と少し不便な

場所にあるというだけで、床面積が同じ広さの

都内のマンションと比べるとかなり安価で

借りる事ができるのです。


都内の画一的な坪効率やコスト重視の

マンションや建売一軒家と比べると、不便な

点も多いのでしょうが、何より住むことを

楽しむという気分を喚起してくれます。


ミッドセンチュリーのフロアライトの優しい

光の中、1961年製のBraunの真空管プレイヤー

でモダンジャズを聴き、アラタさんお手製の

パスタを頂きました。当然、話は盛り上がり、

楽しい時間を過ごすことができました。


そんな暮らしは映画やアルバムのジャケットの

中だけの世界でなく、さらに夢みたいなことでも

なく、ほんの少し考え方を変えて、ちょっとの

不便さを受け入れて、本気で暮らしを大切に

することで実現できるのです。

これは目からウロコの体験でした。


そのアラタさんが、様々な人の古い平屋の素敵な

暮らしを綴った本が「FLAT HOUSE LIFE」。


何度もペンキを塗り替えられた壁を

ジャスパージョーンズの絵のようだと表現したり、

壁に打ち付けられている錆びた釘と老朽化で現れた

クラックの不思議な配列をアブストラクトアート

(抽象芸術)と感じる感性。

そして、その感性を持って、本当に自分らしい

豊かな暮らしを楽しむこと。


この本にはそんな夢を現実に変える方法が

詰まっています。

 

 

 

 

 

2010年2月22日

TRAVELER'S BOOKS


 

 

2月ももうすぐ終わり。

3月の新商品発売とイベント開催がいよいよ

迫って来て、その準備に追われた日々が続いて

います。


イベント情報をトラベラーズノート

ホームページにアップしましたが、イベントでは

商品の展示・販売に加えていくつか新しい試みを

します。


トラベラーズノートを立ち上げてから、ずっと

やりたいと思っている夢が、トラベラーズを

テーマに「カフェ」と「本」をつくること。

そして、そのカフェには私たちがセレクトした本

が並ぶ。今度のイベントで、オリジナルブレンド

のコーヒー豆の販売、「トラベラーズプレス」

の発刊、そして書籍の販売というカタチで、

その夢を少しだけカタチにします。


その中で、先日販売する書籍のセレクトして

発注しました。本を選ぶのは本好きとしては、

とても楽しい仕事。廃刊や欠品の多い世界なので

どこまで届くのは分かりませんが、この本たちが

トラベラーズノートたちと一緒に並ぶ空間が

できるのは、自分でも今から楽しみでなりません。


本を選びながら思ったのは、これらの本が多かれ

少なかれ自分の価値観とか考え方に影響を与えて、

自分というものを作って来たんだな~ということ。

それは、同時にトラベラーズノートの世界を作る

大きな要素にもなっているはず。


本はその出会いの場やそのタイミングによって

与える感動や影響が変わります。今回選んだ本が

トラベラーズノートを通じて誰かに出会えて、

その人に感動を与える。

そんな場を演出できることに誇りと責任、そして

大きな喜びを感じています。


今回、本を販売するにあたって、仕入れルートが

ない私たちに、Hさんが本の手配をしてくれました。

面倒な細かい仕事を快く引き受けてくれて、送った

本のリストに、いいですね~とあたたかい言葉を

かけてくれたHさんには大感謝です。

トラベラーズは、そんな仲間たちのご協力によって

支えられています。


本とノートは一人でいる時間をより深いものに

してくれて、明日へ向かっていく勇気を与えて

くれます。

トラベラーズノートと今回私たちが選んだ本が

そんな存在になれれば幸いです。

 

2010年2月23日

Uncommon Places

 

 

 

アマゾンで注文していた写真集が届きました。

60~70年代のアメリカのモーテルやダイナーを

写した写真が見たいと思って探していたら、

この写真集、スティーブン・ショアーの

「Uncommon Places」に辿り着きました。


淡い色彩のアメリカの路上の乾いた空気感、

夕暮れ時のモーテルのネオンサイン、

ダイアル式の電話や白黒のブラウン管テレビが

置かれたモーテルの部屋、

建物の壁一面にペンキで書かれた広告、

広い駐車場に雑然と並ぶフォードやGM、

見た事がない風景なのに、どこか懐かしく

旅情を誘います。


クリアで無機質な目線でシャープにピントを

あわせて切り取られた写真は、30年前のシーン

なのに、まるで今もそこにあるかのように

感じさせます。その風景を眺めていると、どこか

切ない旅の孤独を思い出せてくれました。


アメリカの中西部、カーラジオから流れる

ライ・クーダーやニール・ヤングを聴きながら、

土埃の舞うハイウェイを走る。途中、ダイナーに

車を停めて、コーヒーとパンケーキのランチ。

さらに車を走らせ、夕暮れ時になりモーテルや

レストランのネオンサインを眺め少し切なくなる...


あ~あ、そんな旅に出たいな。

 

 

 

 

 

2010年4月19日

夏への扉

 

 

 

ずっと昔から、自分自身に言い聞かせている

ことがあります。それは過去より現在の方が

良くなっているということ。

 

今思い出しても少年時代は決して気楽で

楽しいだけのものではなかったし、それよりも、

小さなことで不安になったり、うまく自分を表現

できなくて悩むことが多かったような気がします。

大人になるに従って、自分が少しずつ確立される

ことで、自分を認められるようになりました。


大学時代、楽しい思い出はたくさんあります。

でも反面、それを突き詰めることで見えてくる

何かを確実に捉えることが出来ず、悶々と

していた日々も多かったような気がします。


仕事を始めてからも同じ。

自分が成長していくことで、できることの範囲

が増えて、より自由に自分がやりたいことが

できるようになってくるのだと思います。


もちろん、その過程で浮き沈みはあるのですが、

でも大きな流れで考えてみると、昨日よりも

今日の方がいい日である。そう考えるように

しています。


最近新訳が出たロバート・A・ハインラインの

「夏への扉」を再読してみました。

タイムトラベルもののSFですので、旅の本として

読む事もできるかもしれません。


SFで書かれる近未来は、「すばらしい新世界」

や「1984年」のような、全体主義的で抑圧された

どちらかというと居心地の悪い世界が多いのですが、

この小説には、未来への希望が書かれています。


でも、それは、その時代が希望に溢れた未来だ、

ということではなく、希望を持って前向きに

生きて行くことで、未来はより良いものになる

という力強いメッセージ。


1956年に発表されたこの小説で、未来として

描かれているのは、2000年のアメリカ。

2010年の今でも、この小説の2000年のように

風邪が一掃されていないし、重力消去機も

ロング・スリープも実現していません。


それでも、この主人公だったら、私たちが

生きている2010年にやってきたとしても、

きっと大きな希望に溢れた時代として捉えて、

インターネットや携帯電話に触れていると

思います。 

 

今日は、昨日よりずっといい日になる。

もちろん、そう思えないような時もあります。

昨日の喜びが、今日には悲しみでしかない時も

あります。

でも、その喜びも悲しみも全部受け入れて、

未来への糧にして、希望を持って生きることで

きっともっと良い明日がやってくる。

凍てついた世界から、明るい光が差し込む

世界へ通じる「夏への扉」を見つけることが

できる。


この本は、そんな未来への希望を持つことの

大切さを教えてくれます。

 

 

 

2010年5月13日

FLAT HOUSE STYLE

 

 

 

自分のやりたいことを追求していくために、

新しい一歩を踏み出して行く。

そんな姿を見せつけられると、やっぱり

気持ちを奮い立たせられます。

トラベラーズがお付き合いさせていただいて

いるイラストレーターのアラタクールハンドさん

は、その一歩として、自費出版で雑誌を作ること

を始めました。


FLAT  HOUSE STYE がその雑誌です。

前著のFLAT HOUSE LIFEに収まらなかった

平屋暮らしの魅力をより深く伝えるため、

雑誌を作ってしまったのです。


今まで何の疑問も持たず当たり前だと思って

受け入れていたことが、突然覆されるような

経験、それもポジティブな方向に覆されること。

それが人を大きく変えていくパワーになるような

気がします。


アラタ・クールハンドさんがこだわっている

平屋暮らしのライフスタイルも、多くの人に

そんな経験を与えてくれるはずです。


築40年以上の古い家を、自分の手で

リノベーションしながら、かっこいいカフェの

ようなリビングスペースを作ってしまう。

お金持ちでなくても、庭とガレージのついた

家に住み、暮らしを楽しむことができる。

そんなことを提案しています。


アラタさんの提案するライフスタイルの根底に

あるのは、世の中の当たり前だと思われている

常識、例えば新しい高層マンションの暮らしが

素敵だとか、スクラップ&ビルドで次々新しい

モノを作ることが豊さをもたらすなど、そんな

世の中の常識に疑問を持ち、主流ではないもの

にも価値を見いだしていこうと考えです。


その目線で見ていくと、古き良きフラット

ハウスが、経済的な理由で画一的なマンション

にどんどん建て替えられていく状況は許しがたい

ことなのかもしれません。


雑誌「FLAT HOUSE STYLE」はそんな熱い

想いが溢れています。

この雑誌を作る際に、想いを共感できるものと

して、トラベラーズノートの広告出稿の依頼

を受けた時には、そこに関われることに素直に

嬉しくなりました。

アラタさん渾身の本、手にする機会がありましたら

ぜひ、じっくりと手に取ってほしいと思います。


まずは、創刊のお披露目として渋谷パルコの

ロゴスギャラリーにて行われている

FLAT HOUSE LIFE展でお披露目されています。

アラタさんの原画やオリジナルグッズなども

ありますので、お近くに行かれた際には、

足を運んでみてはいかがでしょうか?

 

イベントの詳細などはアラタさんのブログで確認できます。 

http://arata-coolhand.cocolog-nifty.com/coolhand/

 

 

 

 

2010年5月17日

たんぽぽのお酒

 

 

 

12歳の夏、やっと手に入れることができた

スポーツタイプの自転車とラジカセが夏を

輝かしいものにしてくれました。


その年の夏休みの早朝、毎日のように友達と

2人で自転車の荷台にラジカセをのせて、

近くの空き地まで自転車を走らせていました。


今は美術館がある大きな公園は、その当時は

整地する途中で放置された空き地になっていて、

草が生い茂る場所と土の見える場所が混在する

ちょっとしたラリーコースのような場所だった

のです。


誰もいない早朝の空き地、当時憧れていた

パリ・ダカールラリーで砂漠を走るバイクを

イメージし、でこぼこの土の上を必死に

なって走りました。

雨が降った翌日は、土がどろんこになって、

その上を泥まみれになりながら走るのが

とても気持ちよかったのです。


水飲み場の蛇口から直接水をかけて、

泥でよごれた足を洗うと、ベンチに座って

はだしの足を夏の太陽にさらして乾かしながら、

ラジカセから流れる佐野元春やYMOを

聴いていました。


夏が終わると、本格的に工事が始まり

その空き地は完全に入ることが出来なく

なってしまいました。

夏は永遠に続くような気がしていましたが、

空き地がなくなるとともに、夏にも終わりが

あることに気付かされました。

 

 

「たんぽぽのお酒」はアメリカ、イリノイ州の

グリーンタウンという小さな街に住む12歳の

少年ダグラスの一夏の体験とそこで感じた事が、

街で暮らす人々の生活とともに美しくもほろ苦く

描かれています。


たんぽぽのお酒を作ることから始まったその夏、

様々な事が少年に、そしてその周りで起こります。

幸福マシンを作ることで幸せを失いそうなる男、

若い新聞記者と老いたヘレンの切ない恋、

父の転勤で突然街を出て行くことになった親友

との別れ...。

夏はさまざまな経験を少年にもたらし、

切なく儚い、大切な思い出となって記憶に

刻まれます。

そして、読者はともに同じ夏を経験することで

それぞれの少年の日の夏の切なさと美しさに

気付きます。

物語の最後、少年は夏が終わっても、

たんぽぽのお酒を口にすれば夏の日の記憶を

思い出させてくれることを知ります。


間もなく、また新しい夏が始まります。

この本を読んで、もう一つ気付いたのは、

今年の夏もまた二度と来ないということ。

夏は、靴を脱いではだしで草の上を走ること

ができる季節なのです。

だから新しい発見や体験がいっぱいあって、

輝かしかったり、ほろ苦かったりする思い出を

作る季節。それは、少年だけの特権では

ありません。


たんぽぽのお酒を作るように、ノートに

たくさんの記憶を刻むことができるのが夏

なのです。

 
 

2010年6月17日

たぶん彼女は豆を挽く

 

 

 

ここで何度も紹介しているaalto coffeeの

庄野さんが本を出版しました。

タイトルは「たぶん彼女は豆を挽く」です。

ずいぶん思わせぶりなタイトルですが、

コーヒーへの愛情にあふれた本です。


私も昔からコーヒーは大好きでした。

だから、カフェも好きだし、豆を挽いて

いれたりもします。

庄野さんも同じようにコーヒーが大好き

だったようです。でも、豆を挽いたり

カフェで飲んだりするだけではなく、

その先をきちんと追求しました。


その想いのカタチが、aalto coffeeという

カフェであり、彼の焙煎するコーヒー豆

なのです。

だからこそ、彼のコーヒーの淹れ方から

焙煎へのこだわりも、彼の生き方そのもの。

まっすぐで正直で熱くて、ロマンチック。

そんなコーヒーです。


そして、大好きなコーヒーをもっと気軽に

たくさんの人に味わってほしいという

想いで、この本が出来上がったのです。


この本は、大きく分けるとレコードのA面

とB面のように2部構成になっています。

(今となっては死語なのかもしれませんが)


A面は、コーヒーの淹れ方。

道具や豆の説明から始まり、料理研究家の

堀井和子さんとの対談形式でコーヒーの

淹れ方が綴られています。

B面は、アアルトコーヒーができるまで。

コーヒー好きの素人だった庄野さんが脱サラを

して、プロフェッショナルのロースターに

なるまでのストーリーがin-kyoの中川ちえさん

との対談を交えながら綴られています。


庄野さんは、話をするとほんとうに熱くて

ロマンチックなことや純粋な夢を恥ずかしげ

なく自信を持って語ってくれます。

でも、それは自分の好きな事を自分だけの

責任において追求して、きちんとカタチに

できているからこそ言えることでもあるん

ですよね。だから、自信があっても謙虚で

愛にあふれています。


そんな彼の言葉は眩しくて、向き合うのに

ちょっとだけこちらの気持ちを高ぶらせる

必要があります。

でも、そうやって受け止めると、自分も

がんばろうという気になるのです。


きっと庄野さんに会ったことがない人も

この本を読むと同じような気持ちになるん

じゃないかなと思います。


遠い徳島から届いたアアルトコーヒーを飲み、

自然と庄野さんのことが思い浮かぶ。

そして、がんばろうって思う。

そんなコーヒーが飲める幸せを教えてくれる

本なのです。

 

2010年6月24日

モジャ公

 

 

 

ディズニーランドが中学生の頃に出来た私に

とって、子供の頃に一番影響を受けたのは

ミッキーマウスやディズニー映画よりも

藤子不二雄の漫画でした。


ドラえもんやパーマン、オバケのQ太郎は、

自分と同じような普通の少年がひとつの

出会いをきっかけに、冒険のような日常生活を

送るようになった話。


藤子不二雄漫画の良いところは、

あり得ないんだけどぎりぎりのあり得そうな

感じを残しておいてくれるところ。

ドラえもんだって、どこにでもにある机の

引き出しからやって来たし、その後も人生が

大きく変わってしまう訳ではなく、普通の

日常生活を維持しながら、普通の少年が味わう

ことのできない冒険を楽しんでいます。

そこが、もしかしたら自分にもっていう気持ちを

抱かせてくれました。


漫画のなかに思いっきり感情移入する子供にとって

この要素はとても重要なことだったのでしょうね。


そんな藤子不二雄作品のなかで、小学生の時

好きだったのが「モジャ公」。古本屋で見つけて

何度も何度も読み返した漫画です。


ふとそのことを思い出し、ネットで購入し、

何十年かぶりに再読をしてみました。

普通の少年が、宇宙からやって来た異星人と

ロボットに出会い、彼らと一緒に家出をして、

宇宙への旅に出てしまうストーリーです。

この漫画が、他の藤子不二雄漫画とちょっと

違うのは、ドラえもんやパーマンのように、

日常生活をキープしながら冒険を味わうので

はなく、完全に日常生活を離れた旅先の

世界で物語が進んでいくというところ。


さらに、その冒険も自殺をショーにしようする星、

不治の伝染病のため破壊される星、マインド

コントロールされた霊が住む星などが舞台で、

仇討ちや詐欺師なども登場し、

子供向けにしては重く、死や人のエゴ、残虐性を

題材にしたギャグも散りばめられています。


ただし、そんなテーマの重さが宇宙旅行という

非現実な冒険をリアリティーを与えてくれて

います。


また、主人公が気負いなく淡々と旅を楽しむ

感じが、まるで日常生活を送るように冒険の

旅をしているように見えて、小学生だった私は、

その生活に憧れを抱いたのを覚えています。


スピルバーグやルーカスがネタにしているの

ではないかと思うようなSFネタもたくさん。

子供の頃に本当に面白いと思っていたことは

大人になっても面白いんですね。

 

 

 

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2010年7月 5日

多摩川な人々

 
 
 

トラベラーズプレスでお世話になった

写真家キッチンミノル氏の個展に行って来ました。


タイトルは「多摩川な人々」。

氏が夕暮れ時の多摩川を歩き、そこで出会った

見知らぬ人々に声をかけて撮り続けた写真が

展示されています。


学校帰りの高校生、散歩をしている親子、

作業中の警備員、釣りや野球をする人、

仕事中のサラリーマンなど、さまざまな人達

が、気をつけをして斜め上を向く独特の

ポーズをとって写されています。


夕暮れ時の河原の穏やかでどこか寂しげな風景。

一風変わったポーズが際立たせる人柄が

にじみ出た味わい深い表情。


優れた写真は、今まで気付かなかった人や

モノを見る視点を教えてくれます。

ここに写っている人達は、どこにでもいそうで、

誰もがそうであるように、そこにしかいない

唯一無二の存在。みんなそれぞれ希望と絶望を

抱えながら、前を向いて生きている。

彼らのストーリーを想像してみると、温かい

気持ちになったり、ちょっと切なくなったり

します。そして最後には、みんな素敵で

愛おしく思えてしまうのです。


そんなことを感じさせてくれるのは、キッチン

ミノル氏の視点が、温かく真っすぐで優しさに

満ちているからだと思います。


今回の個展にあわせて、この「多摩川な人々」

が写真集として出版されています。会場で購入

できますが、7月7日の七夕には書店でも

発売されます。

素敵な写真集ですので、ぜひ見つけたらお手に

とってみてください。


キッチミノル個展「多摩川な人々」

写真集「多摩川な人々」

  

 

 

 

2010年7月23日

Pictures from the surface of the earth

 

 

 

だいぶ日が経ってしまいましたが

ISOT(国際文具紙製品展)とあわせて開催

された東京国際ブックフェアに今年も行って

来ました。出版社のブースは、どうも今ひとつ

盛り上がりに欠けていたのですが、変わって

人が集っていたのは電子書籍のブース。


アマゾンのキンドルに続き、iPadの出現で

一気に電子書籍が盛り上がっているようで、

ポータルサイトや新サービスをアピールする

会社のブースをたくさん見つけることが

できました。同時に、その直前にHMV渋谷店

が閉店するなんてニュースもあって、書店や

出版社の危機感をあおっているようです。


いずれにしてもiPadなどの端末が普及する

につれて、出版のデジタル化が加速していく

のは間違いないと思います。


でも、やっぱり音楽と違い、手で直接触れて

五感を使って向き合う本は、すべてがデジタル

に変わってしまうことはないような気がします。


デジタルカメラの出現によって、トイカメラ

などの味のあるアナログカメラが逆に注目

されたように、活版印刷やシルク印刷、

箔押しなどの古くからある質感のある

印刷加工が、ますます注目されるように

なるのでしょうね。


デジタル化の加速によって、アナログが

その価値を見つめ直し、より研ぎすまされて

いくことは悪いことでないような気もします。


毎回、このブックフェアで楽しみなのは、

洋書セール。今回ゲットしたのは、写真集

「Pictures from the surface of the earth 」


「パリ、テキサス」「ベルリン・天使の詩」

「ブエナ・ビスタ・ソシアルクラブ」などで

知られるヴィム・ヴェンダース監督の写真集。


アメリカ南部の乾いた風景に停まる色鮮やかな

バスが写っている写真はパリ・テキサスを、

ハバナの古い建物が路地裏で子供がバットを

振る写真は、ブエナ・ビスタのワンシーンを

切り取ったかのようです。

美しく哀愁をおびた物語を予感させてくれる、

とても素晴らしい写真集です。


はじめて見たのに、とても懐かしく切ない

気持ちになるのは、ずっと会いたかった

風景だからなのかもしれません。

この風景を自分の目で見るために旅に

出たくなる。そんな写真集です。


どんなにデジタルやバーチャルの世界が

進んでも、リアルにその場所に向き合って

体感することでしか分からないことは

まだまだたくさんあるから私たちには旅が

必要なのでしょうね。

 

 

 

 

2010年8月30日

濹東綺譚

 

 

 

雑誌BRUTUS最新号の特集は「東京の東へ」。

スカイツリーの建設で話題の隅田川流域エリア

が、あらたなカルチャーを発信する場として

特集されています。


今までファッションやカルチャー系の雑誌では

まったく無視されてきたこのエリアで生まれ育ち

現在も住んでいる私としては、思わず熱くなって

しまう特集なのです。


クリエイターたちや小規模のブランドがこの

エリアに移っている背景には、賃料の安さや

職人や町工場が周囲に集中していること

など様々な理由があると思いますが、面白い

ところは、大手資本による誘導ではなく、

インディーズの自発的な動きによって、この

エリアが少しずつ変わっていること。


だから、その変化も実は地味で、例えば、

シャッター商店街のなかの古い建物を使った

個人経営のショップや古い長屋を改築した

カフェがぽつんとあるようなレベルだったり

します。


でも、その街のコミュニティーや歴史と密接に

関わりながら、新しい文化を作ろうとしている姿は

資本投下型のスクラップ・アンド・ビルドによる

大量消費社会以降の、新しいサスティナブルな

消費文化を作り上げる可能性を感じさせてくれます。


スカイツリーは、その動きとはあまり関係ない

ところで、象徴的にそびえ立っています。


永井荷風の「濹東綺譚」は、スカイツリーに

ほど近い向島玉の井を舞台にした小説です。

この小説が書かれた昭和11年頃、このあたりは

私娼街となっていて、狭い路地にその手の店が

たくさんあったそうです。

今でもこのあたりを歩くと、曲がりくねった

細い路地がたくさん残っていて、そこに下町

風情を感じる長屋を見つけることもできます。


小説の主人公は、隣の家から聴こえてくる

ラジオの音を嫌悪し、震災前の東京の風情が

残る玉の井に通うようになります。そこで、

娼婦のお雪と出会い、そして、別れるまでを

玉の井の情緒的な風情とともに美しくも

哀しく描いています。


ここで描かれている玉の井の魅力は、懐かしさや

親しみを感じる素朴で古い町並み、そこに住む人

の飾らない純朴な人柄、そして、荷風がラビラント

(迷宮)と呼んだ下町特有の並ぶ込み入った路地と

そこにある盛り場が醸し出す妖しさ。


実は、この魅力はBRUTUSが今の東京の東の

魅力として伝えていると部分と重なるところが

多いのです。

この小説を読むことで、このエリアの本質的な

魅力を見つけるヒントがたくさん見つけること

ができます。


これからは、東側が面白くなってきますよ!

 

 

 

 

2010年8月31日

CDショップへ行こう!

 

 

 

ちょっと日が経ってしまいましたが、

渋谷のHMVが8月22日で閉店しました。

ここはブックファーストとともに会社帰りに

たまに寄っていたお店。個人的にも残念です。


ちょうど同じ時期にTSUTAYAが音楽CD売り場

面積を4割縮小するという記事があったりで、

HMVに限らず、携帯の音楽配信やiTunesの影響で

モノとしてCDをお店で売るビジネスがどんどん

厳しくなっていることは間違いないようです。


確かに、ネット配信で音楽を買うのは手軽だし、

モノとしてCDが欲しければAmazonも便利。

どちらも試聴だってできるし、買うものが

はっきりしていればネットに勝ち目があるのは

間違いありません。


でも、目的もなくCDショップに足を運び、

試聴コーナーや新譜コーナーをチェックしたり、

店員のお薦めコメントを読んだりするの楽しいし、

音楽好きとしてはたくさんのCDに囲まれている

あの雰囲気がたまらなく心地よいのです。

ショップでBGMとして流れていると、

良く聴こえるんですよね。いいなあと思って

買ってから、家で聴いてがっかりしたCDは

たくさんあります。


ネットでCDを買う時は、ついAmazonの

カスタマーレビューをチェックしたりして、

それはそれで便利なんだけど、予想もして

いなかったところで、好みの音楽に出会う

機会がなくなってしまったような気がします。


先日のBookman's marketのユトレヒトさんの

ブースで面白い写真集を見付けて購入しました。

NEW AND USEDという題名の写真集は、

アメリカのCDショップや本屋さんの写真が

集められています。


CDがそのオーナーの好みによってセレクト

されて並んでいる売り場の写真を見ていると、

一枚ずつ手に取ってジャケットをチェック

したくなってしまいます。さらに、そこでどんな

BGMが流れているのか想像するのも楽しいです。

 

古い色あせたミニコミ誌がずらりとならぶ壁、

ぎっしりとカセットテープが詰まった棚、

ミュージシャンや作家の写真が貼付けられた柱、

それらが醸し出す佇まいが、新しい音楽や文学に

出会う最高の場を演出してくれています。


そんな場は、ネットではなくやはりリアルな

空間で感じてみたいもの。

音楽と本を愛するすべての人達のために、

これからもCDショップと本屋が残っていく

ことを切に願います。

 

 

 

 

 

2010年10月13日

日常で歌うことが何よりもステキ


 

 

もう過ぎてしまいましたが、先月の9月でこの

トラベラーズ日記をはじめて3年が過ぎました。


正直に白状してしまうと、日記帳を長年

作っている会社にいながら、このブログを

書くまでちゃんと日記を書いたりしたことは

ありませんでした。


小学校の夏休みの宿題や旅に出た時に書いたり

したことはありますが、日常的に日記を書くのは

何度かトライしたけど続いたことがありません。


そんな私がなんとか日記を続けられているのは、

ミュージシャン早川義夫氏がそのブログで

書いている理由と同じです。

「きっと誰かがこのホームページを開いてくれて

いるだろうという思いがあるからである。」


「日常で歌うことが何よりステキ」は、

その早川氏のブログを本にしたものです。

それにしても、この日記は切なくて滑稽なほどに

純粋でリアル、そして、自由で美しい。


「ただのスケベおやじに過ぎないけれど、毎日恋

をしている。昨日も恵比寿に向かう湘南新宿ライン

の中で、検札に来たNさんに一目惚れした。」


「一月、女の子と仲良くなる。二月、島めぐり、

温泉めぐり。三月、一緒に部屋を探す。

四月、頑張っちゃう。五月、曲が生まれる。

六月、新婚旅行。十一月、赤ちゃん『いつもくん』

産まれる。十二月、六十歳の誕生日を迎える。

そんな夢を見る。」


この日記を読むことで、早川氏の6年の月日を

少しだけ体感することができますが、その中で

ひとつのクライマックスとなるのが、ともにライブ

をおこなっていたミュージシャンHONZIさんの死。

著者の優しさに満ちた彼女への愛情とその死に

対する喪失感。HONZIさんを全く知らない私も、

思わず涙を流してしまいました。


その時書かれた日記が、彼女の音楽のことを

語りながら、同時に自分自身の音楽や文章への

思いを語っています。


「HONZIの音は、テクニックを披露するような

音楽とは違う。やさしい音なのに初めて聴く音だった。

意外な音なのに奇をてらうわけではない。

かすかな音もよく聴こえ、激しい音もうるさくない。

常に歌を生かし、自分を主張するというより、

降りてくる音を受け止め、奏でているだけの

ようだった。悲しみと優しさに包まれている、

たましいそのものだった。」


彼の日記もその音楽と同じように悲しみと優しさ

に包まれている。こんな風に優しく美しく、

正直に飾らずに自分の思いを綴ったり、話したり

することが出来たらいいなあと思います。


早川氏のHPで、現在進行形の日記を読む事が

できます。そのHPのプロフィールに、氏の著書

「たましいの場所」について書いた当日記への

リンクが貼られているのを発見。

彼がそれを読んでくれたんだと思うとそれだけで

嬉しいなあ~。

 

 

2010年11月15日

父と息子の物語

 

 


チャールズ・ブコウスキーの小説が好き。

そのほとんどは、主人公が酒やギャンブル好きで

まともな仕事ができず破滅的な生活をしていく

姿を描いた自伝的な小説です。


彼の小説のすごいところは、自分の心の奥底を

包み隠さず、いやらしさもコンプレックスも

卑屈さもすべてさらけ出してしまう正直さと

それゆえに、見える人に対する優しさ。

そして、だらしなくて気分屋、怠け者のアル中

なんだけど、そんな中で自らの視点を見失うこと

なく、50代で世に出る前の長い不遇の時に

書くことをやめなかった、強い意志。


大阪のスタンダードブックストアに行ったとき、

私の好きなチャールズ・ブコウスキーの本に

並んで置いてあった2冊の本が気になって手に

とってみました。


1冊は、ジョン・フォンテの「塵に訊け!」。

作家になるために、LAにやってきた主人公が

裏町のさびれた安ホテルに暮らし、社会の片隅に

住む人達との屈折した交流をしながら、不安と憤り

の生活を送る姿を描いた小説。

この作品は、1939年に発表されたが、そのまま

注目をされることなく忘れ去られていました。

それをブコウスキーが好きな作品にあげたことで

1980年に再出版されました。


そしてもう1冊は、ダン・フォンテの

「天使はポケットに何も持っていない」。

こちらの作者ダンは、ジョン・フォンテの息子で、

ブコウスキーのフォロワー的な存在として認めら

れています。

この小説もまた自堕落なメチャクチャな主人公が

生活を捨てて無計画なまま旅に出る。欲望に

おもむくまま酒と女に手を出し、自虐的で

破滅的な行動を続けて行く。自伝的な小説で、

古本屋でひっそりと並んでいる父親の小説を

手に取る姿が描かれています。

また、作者が様々な職を転々とし、この小説で

デビューを飾ったのは50歳を過ぎてからのこと。


この父親と息子のどちらの小説も、主人公は

ろくでなしで、無防備なままさまざまなものに

攻撃をしかけ、そしてぼろぼろにされてしまう、

そんな救いのない話が続きます。

しかし、どちらも最後にはささやかな希望を

感じることができるのです。

希望を与えてくれるのは、人に対する不器用

だけど深い愛情、そして、夢をあきらめない

強い意志。

辛い事も悲しい事もたくさんあるけど、でも

やっぱり人生って捨てたもんじゃないって

思える、そんな小説です。

 

 

 

 

2010年12月20日

最後の冒険家

 

 

 

少年の頃は、日々の生活のなかにたくさんの

冒険があった。

自転車で知らない街に行ったり、近所の倉庫に

忍び込んでみたり、放置された空き地の中に

基地を作ってみたり・・・。

大人に怒られたり、道に迷ったりするという

リスクがあったけど、胸のときめきを感じながら、

新しい発見を求めて未知の世界に足を踏み入れる。


その頃は、世界は未知で未踏の場所に溢れて

いたし、自分の意志で開拓していくべき冒険の

場所は無限にあった。さらに一緒に冒険をする

仲間もいた。


石川直樹氏の「最後の冒険家」は、熱気球による

ヒマラヤ越えや高度・距離・滞空時間の世界記録

を達成した神田道夫氏の冒険の記録を記した本です。


著者自身も神田氏に同行し、熱気球に太平洋横断に

挑戦し、失敗。そのときの九死に一生を得た体験が

リアルに描かれています。

その失敗後、神田氏は単独行で再度太平洋横断に

挑戦。そして・・・。


不屈の精神を持って冒険の世界に向かっていく

彼は普段は町役場に勤める普通の公務員。

趣味で熱気球の世界に足を踏み入れて、富士山

越えや日本アルプス越えをするうちに、どんどん

その世界にはまっていき、完全なアマチュアで

ありながら、世界記録を達成し世界的な冒険を

実行していきます。


現代では昔ながらの地理的な冒険が限界となって

いる中で、世界初の熱気球太平洋横断遠征に

挑戦した神田氏を最後の冒険家とよび、敬意を

込めて冷静に熱くその足跡を綴っています。


現在では、冒険とはその行為の主体性が大切で

あると著者は語っています。地理的な冒険が

消滅してしまった現代、冒険的な行為とは、

ハードな辺境での移動だけではなく(それ自体

をお膳立てしてくれる旅行会社がある今では)

主体的な意志を持って、自分なりのテーマで

生きていくことそのものなのです。


自分の中にわきおこる衝動を抑え込まず

全力で自分の生き方を貫いた神田氏はまさに

本物の冒険家であり、そして、今、普通に

生きている私たちにも冒険家になるチャンスが

あるのです。

きっと子供の頃は誰でもそうであったように。


新しいことを始めようと思う人に勇気を

与えてくれる本です。

 

 

 

2011年1月13日

みすぼらしくて美しいもの

 

 

 

香港の裏通りを歩いていて、つげ義春氏の漫画

「近所の景色」に引用されている梶井基次郎氏の

「檸檬」の一節を思い出しました。


「何故だかその頃私は見すぼらしくて美しい

ものに強くひきつけられたのを覚えている。」


つげ義春氏の漫画は、まさにその”みすぼらしく

美しい風景”を切り取った作品が多く、活気に

満ちた華やかな表通りよりも、裏通りの古い

長屋が並び、その脇には薄汚れた洗濯物が

物干し竿にかかっているような場所を散策する

シーンがよく見られます。

さらに、そこで出会う人々とのリアルな生活感

漂う切ないやりとりが胸に響くのです。


新しい物と古い物、高い物と安い物など、

それぞれが小さなスペースのなかで渾然一体と

なって入り交じっているのが香港の魅力ですが、

私は、表通りよりも裏通り、ラグジュアリー

ブランドが集まるショッピングモールよりも

夜店の屋台、高級レストランよりもローカルの

軽食屋・茶餐庁の方が好き。


特に路地裏の古くからある少し朽ち果てたビルが

建ち並ぶ風景に惹かれます。そこを歩いていると、

どこか儚くも温かい居心地の良さを感じるのは

きっと、そこに長年暮らして来た人々の歴史を

感じることができるからなのかもしれません。

 

 

 

 

 

2011年1月24日

北極海へ

 
 


寒い日が続きます。

寒いのが苦手なので、つい外に出るのを

ためらって家でダラダラしている時間が

多くなってしまいます。

せめて、頭の中だけでも旅気分を味わおうと

古本屋で見つけた野田知佑氏の本を手の取り

ました。


野田知佑氏は、日本のツーリングカヌーの

第一人者で、カヌーの旅を題材にした本を

たくさん書いています。学生時代に氏の本

を読んで、独自の美学に基づいた自由な旅の

スタイルにとても憧れました。


バイクを手に入れた当初、キャンプ道具一式

を積んで、よく一人でふらりとツーリングに

行ったのは、彼の本の影響も大きかった

ような気がします。


もともと日本でカヌーは、競技スポーツとして

発展してきたため、それで旅をするというのは

当時はまだ異端でした。

しかもカヌーに犬をのせたり、ビールを飲み

ながら川を下って行くようなスタイルは、

スポーツとしてカヌーを捉えている人からは、

かなり批判を浴びたようです。

でも、彼の提案するカヌーの旅は、自由で

自分のスタイルを貫き通す大人の男の遊びの

楽しさを教えてくれました。


「北極海へ」は、カナダの北部マッケンジー川

を下っていくカヌーの旅の記録です。

誰もいない荒野の川を何日も誰にも会わずに

漂って行く時の寂寥感。人恋しくなれば流れ着いた

小さなインディアンの集落で、彼らの家に入り込み

何日も居着いてしまう。

そして、また一人船を出し、孤独を楽しむ。

食べ物がなくなれば、川に釣り糸をたらし魚を

得たり、銃で鳥を打ち、食べる。

自分のことは全部自分で決める。

100パーセント自分の運命や人生の主人公である。

すべての幸福も不幸も自分のせい。

そんな旅に憧れます。

 

 


2011年1月28日

鱒釣り

 

 

体調がすぐれない日の会社帰り、ふと久しぶりに
中目黒のカウブックスに行こうと思い立ちました。
iPhoneで閉店時間を調べると夜9時までやって

います。時計を見たら8時を少し過ぎたところ。
充分間に合う時間です。

 

冬のウィークデー、夜8時30分の目黒川沿いは
人もまばらでとても静か。寒いなか薄暗い道を
歩いていると、お店がまだ開いているのか少し
不安になります。
ほとんどの店はシャッターが閉まっていて、
もう通り過ぎてしまったのかと思い始めた頃、
優しく光る牛のロゴを見つけました。

 

ちりひとつない空間に、整然と並べられた古い本。
小説、詩集、評論から写真集や漫画まで、ジャンル
はさまざまですが、心に優しくあたたかい灯を
ともしてくれそうな本ばかり。目にとまった本を
手にとり、ぱらぱらめっくているだけで、気持ちが
落ち着き清々しい気分になってきました。

 

ふと、数日前にリチャード・ブローティガンの
小説「アメリカの鱒釣り」の文庫本をジーパンの
ポケットに入れたまま洗濯してしまったのを
思い出しました。

洗濯物は細かい紙くずにまみれ、読みはじめた
ばかりなのに、本は背をわずかに残してボロボロ
になってしまいました。

実は「アメリカの鱒釣り」は、3年前にも旅先で
読みはじめたばかりの時になくしてしまったこと
があります。

どちらも自分の不注意で大切な本を無駄にして
しまったのですが、まだその本を読むべき
タイミングではないんだろうなと、都合良く
解釈をしていました。

 

リチャード・ブローティガンはここのオーナー
のフェイバリットな作家のひとり。早速、探して
みました。

 

「アメリカの鱒釣り」はありませんでしたが、
ブローティガンの作品は数冊棚に並んでいました。
そして、ずっと読みたいと思っていた小説
「東京モンタナ急行」を見つけました。

 

奇妙な旅を予感させるコスモポリタンなタイトル、
表紙に描かれた颯爽と走るどこか懐かしい黄色い
電車のイラスト。
手に取ってその中身を想像するだけで、胸が
高鳴ってくる、そんな佇まいを持った本でした。
しかし、価格を見てすぐ買うのを諦めました。
希少な本のようで、定価の何倍もの値段がついて
いたのです。
きっとこの本も今はまだ読むべきタイミングでは
ないのでしょう。

 

その後、さらに棚を眺めていると「モンタナ急行
の乗客」という本を見つけました。

こちらはブローティガンの小説ではなく、笠智衆、
沢木耕太郎、サム・シェパード、スプリング
スティーンらについて書かれた雑誌編集長による
ノンフィクション。この本を手に取って、レジへ
持って行きました。

 

まったく予期していなかった新しい本との
出会いに満足しながら店を出ると、閉店時間を
過ぎていたようで、お店の方が店じまいを
始めました。

 

また人通りの少ない寒い夜の道を歩いて
駅まで帰りましたが、帰り道では冬の夜の
冷たい空気がなんだか心地よく感じました。
そして、誰かを温めてあげたくなりました。

 

最後までなくさずに読めたブローティガンの
「芝生の復讐」からの引用で締めたいと思います。

 

”本を棚に返して、彼は書店を去った。
出て行く彼はとても落ち着いているように見えた。
わたしがそこに行ってみると、床の上に彼の
ためらいが落ちているのを発見した。”

 

 

2011年4月 4日

シェイクスピア&カンパニー書店の優しき日々

 

 

 

最近、本に向かう時間が多くなりました。

テレビのスイッチをオフにして、ニール・ヤング

やニック・ドレイク、ティム・バックリィなどの

アコースティックな曲を小さな音でかける。

そして、コーヒーを飲みながら、ゆっくりと本の

ページをめくる。


こんな時に読むのは、気持ちを前向きにさせて

くれるような物語がいい。重々しくなくて、

人と人の繋がりや夢を見ることの素晴らしさを

教えてくれるような本がいい。例えば最近読んだ

「シェイクスピア&カンパニー書店の優しき日々」

もそんな本でした。


題名にあるシェイクスピア&カンパニー書店は、

アメリカ人のジョン・ホィットマン氏によって

営まれているパリに実在する書店です。

英語書籍の専門店で、ウィリアム・バロウズや

アレン・ギンズバーグ、ヘンリー・ミラーも

通った伝説的な書店ですが、この本屋の大きな

特徴は、書棚のあいだに狭苦しくて汚いベッド

がいくつかあること。

そして、世界中からパリを目指してやって来て、

無一文になり行き場のなくなった若い書き手に

店の手伝いをさせるかわりにそのベッドと

最低限の食を提供しているのです。


「シェイクスピア&カンパニー書店の優しき日々」

は、仕事を辞めて逃げるようにカナダからパリに

やってきた著者が、この書店に居候をして暮らす

日々を綴ったノンフィクションです。


ちょっと偏屈で子供っぽいところもあるけど

文学を愛し、人間愛に満ちたオーナー。

彼は80歳を越えてまだなお、この書店を

ユートピアにして、そこから世界を変えていく

と本気で信じています。さらに、20歳の女性

に恋をしてしまうほどのロマンチスト。

そして、彼の魅力と寝床に惹かれて集まって

きた個性的な仲間たち。みんな必死にもがき

ながら、何かをつかもうとしている。

たくさんの本と夢がつまった奇跡のような場所。


ページをめくり読み進めていくと、どんどん

あたらしい夢が膨らんでくる、そんな本です。

  

 

2011年4月18日

古本探索


 

 

暖かな土曜日。

ふらりと自転車に乗って、久しぶりに根津まで

行く。旅ベーグルを食べながらへび道を歩き、

お気に入りの古本屋へ。このお店は地震でお店

の中がぐちゃぐちゃになって大変だったようです。

でも、たくさんの古いガラクタと古本にあふれた

店内は、以前と同じように混沌とした佇まい。

無造作に積み重なった本や雑誌からお気に入り

のモノを探すのが宝探しのようで楽しいのです。

狭い店なのにたっぷり一時間ほど滞在し、数冊

面白そうな本を手に入れることが出来ました。


そして、谷中銀座の先にある古本屋へ。

たくさんある写真集をパラパラめくっていたら、

思わず目に留まったページがあって、それが上

の写真。

アメリカ・サウスダコタ州のガソリンスタンド、

デスクに積み重なった書類や工具。そこに座って、

カメラに向かって振り向く男の自然な表情。

けっしてきれいではないんだけど、まさに

男の仕事場っていう感じで、かっこいい。

こんな感じの場所で仕事をしたいなあ~なんて

思いながらレジへ持って行く。


最後に買った本を手に、カフェで一休み。

コーヒーを飲みながら、本のページをゆっくり

開いてみるのが、また楽しいのです。

 

 

2011年5月23日

1001話をつくった人

 

 

 

そうだ、星新一の本が好きだったんだ。

先日お邪魔した手紙舎の本棚に氏の本が並ぶ

のを見て、ふと思い出した。


星新一氏の本を読むようになったのは、まだ

小学生の頃。ショートショートと呼ばれる

彼の小説は、ひとつひとつの話が短い上に、

文章が平易でオチもはっきりしていて小学生

でも楽しく読めるような話ばかりでした。


自分の小遣いでマンガではなく、大人が読む

ような文庫本を買うことで、ちょっと大人に

なった気分を味わっていたのを思い出します。

きっと同世代の人には同じような経験をお持ち

の方も多いと思いますが、彼の本からSFという

ジャンル、さらには本を読むことの楽しさを

教えてもらいました。


彼の本は単に読みやすいだけでなくて、洗練

された皮肉や文明批判、さらには生きる意味を

問いかける話も多く、そこからいろいろ人生に

必要なことを学びました。まだ幼い頃に

出会えたのは、とても幸運だったと思います。


しかし、中学生になると筒井康隆や小松左京

などのSF、さらに太宰治など他の文学作品に

興味の対象が変わっていきました。そして、

氏の本を手にする機会もなくなりました。


その星新一氏の生涯を描いた本、最相葉月氏著

「星新一1001話を作った人」を読んでみました。


星新一氏の父親は、戦前には誰もが知っている

大企業だった製薬会社の社長。しかし、晩年は

官僚による理不尽な仕打ちや運の悪さによって、

会社は倒産寸前までに追い込まれてしまいます。


長男の新一氏は父親の死後、若くしてゴタゴタの

状態の会社を引き継ぎました。もともと経営の

才能も興味もなかった彼は、アメリカから伝わった

ばかりのSFに没頭し、自らもSF小説を書きはじめ

るようになります。そして、同時に会社経営から

は身を引きました。


その後、日本のSF第一人者として、その確立に

大きく貢献をします。さらにショートショートと

いう新しいスタイルを作りました。


エフ氏のように登場人物の名前をあえて記号化し、

感情描写を排除した独特の文章は、私小説が

主流の当時の日本文学とは相反するスタイル。

それゆえに人気がありながらも文学的評価は全く

与えられませんでした。


この本を読み、彼の生涯を知ると、その洒脱な

物語とは裏腹にたくさんの苦悶と戦いがあった

ことがわかります。


借金まみれのなか会社の存続のために戦い、

裏切りや挫折を味わう。

小説家になってからもまだ異端だったSFの地位

向上のために戦う。SFの地位が確立されてからは、

後輩の評価が高まるなかで、自分自身は文学的

評価がまったく得られないことに嫉妬や焦りを

感じる。


しかし、最も辛く苦しかったのは、無から宝石の

ような輝きを持った1001話のショートショート

を生み出すための自分自身との戦い。

一人部屋閉じこもり、身を削るような苦しみから

生み出していたことがわかります。


悩んだり、いらいらしながら試行錯誤を繰り返す。

うまくいかず焦ったり、怒ったり、悲しんだり、

つまらないことでいがみあったり・・・。

戦わなければならないこともあるし、不安になる

こともあるけど、自分たちのやり方を追求する。

でも、それを乗り越えてイメージが形になった

瞬間にすべて報われて、最高の喜びが待っている。


新しい何かを生み出すということは、そういう

ことなんですよね。


もう一度少しずつ氏のショートショートを読み

返してみようと思います。初めて読んでから

30年以上経つ今、また新しい感動を与えて

くれそうな気がします。


 


2011年7月25日

一杯の珈琲から

 
 
 
旅先で飲むコーヒーが好き。
旅の途中、感じの良いカフェでコーヒーを
飲んでいると、旅気分で浮き足立つ心を
落ち着かせてくれる。
そして、旅のなかにゆっくりと過ごす時間を
持つことでもっと旅が充実するということを
教えてくれる。

そこが異国なら、カフェに出入りしたり、
前の道を歩く人々を眺めているのも楽しい。
ちょっとしたことをきっかけに、見知らぬ
異国の人とのコミュニケーションが生まれたり
することもあります。

ずっと前に、題名に惹かれて購入してそのままに
なっていたケストナーの「一杯の珈琲から」を
本棚からひっぱり出して読んでみたのは、
カフェについて考えていたから。

時は1937年。夏の休暇を過ごすため、
オーストリアのザルツブルグを旅したドイツ人
のお話です。
主人公は、お金持ちなのに為替管理の制約から、
オーストリア通貨を充分手に入れることができず、
ザルツブルグに隣接したドイツの街に宿をとり、
そこから毎日国境を越えて通い、金銭的には
オーストリア側に住む友人を頼りに旅をする
という方法を選びます。
この小説は、その旅行中に書かれた日記という
形式で綴られています。

あるとき、カフェで珈琲を飲みながら友人を
待っていましたが、いっこうに友人は現れず
珈琲の支払いに困った末に、居合わせた女性
に助けを求める・・・。
それをきっかけに恋が始まります。

正直に言うと、予定調和の他愛ない
ストーリー展開なのですが、著者の軽妙洒脱な
文章で描かれた当時のザルツブルグの様子と、
ほのぼのとする恋愛模様がとてもステキで、
そこを旅しているような気分に浸れます。

確かに、旅先のカフェには、そんな何かが
起こりそうな予感を感じをさせてる魅力が
あるのかもしれません。
 
 

2011年8月 1日

The Times They Are a-Changin'


 
 
雑誌「ぴあ」がついに廃刊になりました。
インターネットや携帯、スマートフォンの普及で
情報誌としての必要性がなくなってしまったのが
廃刊の理由のようですが、かつてお世話になった
雑誌がなくなるのはちょっと寂しいです。

映画に行くときは、必ず「ぴあ」で時間を
チェックしていたし、ミニシアターやマイナーな
ライブハウスの地図やタイムテーブルもきちんと
掲載されていて、インターネットが普及する前は
とても貴重な情報源でした。

バンドをやっていた学生時代、下北沢にある
ライブハウス「屋根裏」でライブをやることが
決まると、わくわくしながら「ぴあ」を買いに
行きました。スケジュール欄に、出演バンド名が
掲載されるのです。
小さな文字ですが、自分たちのバンド名が
印刷されているのを見て、とても感動したのを
覚えています。

「ぴあ」はマス雑誌でありながらメジャーとか
マイナーに関わらず、少数の人たちにしか必要が
ない情報もきちんと掲載していて、その姿勢が
革新的でした。

インターネットの普及で、もっと幅広く簡単に
ニッチな情報を発信できるようになりましたが、
素人のバンドがはじめて「ぴあ」で自分たちの
名前を見たときのような感動はないんだろうな、
と思います。

情報の検索性や量はデジタルの方が圧倒的に
便利ですが、情報に向かう時の質感や感覚には、
アナログにしかできない表現がたくさんあります。

例えば、ノートに向かい合って紙の触感や匂いを
感じながら何かを書くこともアナログならではの
味わい。
さらに、アナログにアウトプットされた情報は、
時代とともに変化していきます。黄ばんだ雑誌や
ノート、色あせた写真を見て、その時代の移り
変わりを感じることは、デジタルにはできません。

PCの中に記録された画像は、何十年たっても
何も変わらないけれど、アナログの写真は、
空気、湿気や光、匂い、触ったときの手の脂、
環境によって変化し、あらたな情報がそこに
加わっていきます。
人間の記憶と同じように、時を経るごとに
変化していくのです。

もちろん、それは欠点でもあるのですが、
そんなアナログの特徴が最近とても愛おしく
感じたりします。

写真は、ブックフェアで手に入れた60年代に
製作された地図や雑誌。紙の質感、活字や
印刷の風合いがその時代の息づかいを感じ
させてくれます。
 
 

2011年8月 3日

William Eggleston's Guide

 
 
 
ある古本屋さんで、ショーケースのなかに
飾られた1冊の写真集をしばらく眺めていたら、
店員さんが中から取り出して見せてくれました。
価格を見るとびっくり。
トラベラーズノートが15冊ほど買える値段です。
聞くと、サイン入りの貴重本とのことで、
少し緊張しながらゆっくりとページをめくり
拝見させていただきました。

その写真集「William Eggleston's Guide」は、
1976年に作者がニューヨーク近代美術館で史上初
のカラー写真の個展を行った際の作品集。
当時のアメリカの日常風景がリアルに映し出された
淡い色合いの写真は、その時代を知らない私にも
郷愁と憧れを感じさせてくれました。

1969年生まれの私にとって、少し上の世代とは
違って、アメリカは単純に憧れの存在ではあり
ませんでした。
自我が目覚めた10代初めのころは、アメリカと
日本の貿易不均衡が取り沙汰された時代。
アメリカ製品をもっと買いましょうという
キャンペーンが繰り広げられるなかで、
買うものなんてないよな〜と言っていた大人たち
の言葉が印象的でした。

音楽では、ブルース・スプリングスティーンの
ボーン・イン・ザ・U.S.Aやビリー・ジョエルの
ナイロン・カーテンがヒットしていて、工業都市
の衰退やベトナム戦争の傷が歌われていました。
(ボーン・イン・ザ・U.S.A.はアメリカ賛美の
曲ではなく、ベトナム帰還兵の帰国後の困難と
彼らのアメリカに対する複雑なやるせない気持
をうたった歌です。)

日本は平和で豊か、技術も世界で最も優れていて、
アメリカのシェアを奪いながらまだまだ経済発展
が進んでいく。そんなトーンに包まれながらバブル
へ向かっていった時代です。

もちろんアメリカの映画や音楽で好きなモノは
たくさんあったし、いつか行きたい憧れの国では
あったけど、ヨーロッパやアジアの他の国と比べて
特別強い憧れがあったわけではありません。

あれから世界はさらに変わりました。
日本の技術力は、アジア各国によって脅かされ、
私たちの身の回りには、当時よりもずっと多くの
アメリカブランドのモノが溢れています。

そんな時代に、1970年代のアメリカの日常風景の
写真を眺め、その世界に憧れている自分がいます。
きっと、そこにフロンティアスピリットと自由を
感じるからなのかもしれません。
そしてそれこそ、いつの時代も変わらないアメリカ
の最大の魅力であり、今の私たちに必要なことなの
だと気付きました。
 
 

2011年8月10日

I was born in Tokyo.


 
ほんとうのこと言ってしまうと、僕はあまり
東京が好きじゃなかった。

地方出身の友人が、子供時代に野山や川で遊んだ
記憶を話されると、ちょっとした劣等感を感じたし
帰るべき故郷があるというのは、羨ましかったり
した。自然に囲まれた暮らしに憧れ、森や潮の
匂いがすると思い出すような故郷が欲しかった。

働くようになって、しばらく仙台に住んでから
東京に戻ると、少し狭いアパートが倍の値段。
ラッシュの電車や街の人ごみにも今まで以上に
ストレスを感じるようになって、ますます東京
はいやだなあと思ったりした。

でも、最近以前よりも少し東京が好きになった
ような気がする。

例えば、スクラップ&ビルドの流れに逆らい、
古き良き東京を再生しようと奮闘している人たち
がいる。それは、単なるノスタルジーではなく、
サスティナブルで心地よい東京の暮らしを教えて
くれる。

人口が多いということは、マイノリティでも、
存在感を示すことができるし、ニッチな層に
向けたビジネスや手作りのスローな情報発信も
質さえ伴っていれば成立するチャンスがある。
リーマンショック以降の不景気が地価の低下を招き
余計にその流れを助長しているような気がする。

また、海外の人たちの視点が今まで気づかなかった
東京の美しさを教えてくれる。
ソフィア・コッポラ監督の映画「ロスト・イン・
トランスレーション」で描かれた夜の渋谷の風景。
台湾の侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の映画
「珈琲時光」に映し出される下町の住宅が密集する
中を路面電車が走る姿。
そこで描かれる東京は、見慣れた風景をどこか異国
のような新鮮なものに変えてくれる。

リチャード・ブローティガンが、1976年5月から
6月に滞在した東京で、日記を付けるように
書かれた詩集「東京日記」も、今まで気付かな
かった東京の視点を教えてくれる。

新宿の路地にある中華料理店前で寝ている猫。
日曜日の夕方の静かな銀座のバーが並ぶ裏通り。
夜明け前に塀を乗り越えて忍び込んだ明治神宮。
テレビにうつる着物を着た女性。
暗い通りを飛ばすタクシー。

彼が描く東京は、どれも儚く切なく孤独で、
そして美しく、愛にあふれている。
目の前に飛んできたハエさえ、愛おしく美しい
存在に見えてしまう。

旅する詩人の視点を通して、もう一度東京を
眺めると、もっともっと東京が好きになれるような
気分になった。
 

2011年11月28日

ぼくのしょうらいのゆめ

 
 
 
正直に言ってしまうと、人生において何かを
選択するために、大きな決断をしなければならない
ということに直面したことはなくて、興味の赴く
ままだったり、単なる偶然だったり、または
そうせざるを得なかったりで、自然と今の状態が
出来上がっているような気がします。

今だから言えることですが、会社を選ぶときも、
家から近い会社なのでちょっと説明会に行ってみて、
なんだか感じが良さそうだから、受けてみて、一番
最初に内定がもらえたので、決めてしまいました。
そういえば、高校も大学も1校しか受からなかった
ので、悩む余地がなかったし。

トラベラーズノートが生まれて、イベントを
やったり、仲間ができたり、トラベラーズ
ファクトリーをはじめたり・・・といったことも、
どうすべきか悩んで決めたことではなくて、
自然と次にはそうしたいとみんなで話していたこと
に手をつけていった結果生まれたことでした。
そのための手段や方法を考えるときには、頭を
悩ませることがたくさんあったけど、大きな道筋は
悩む余地がない必然としてあったような気がします。

「ぼくのしょうらいのゆめ」は、内田裕也氏、
大竹伸郎氏、田中泯氏、谷川俊太郎氏、吉本隆明氏、
和田誠氏など、各界で活躍するそうそうたる著名人
が、少年時代から今の自分までの道筋を語っている
本です。
そのタイトルか察すると、一線で活躍する方々の
視点で、夢を抱くことの大切さを伝えようという
意図で作られた本のように思えます。

でも、そこに登場する方々の多くは、大きな夢に
向かって努力をすることや、夢をあきらめないこと
の大切を語ってはくれません。

「僕はなんとなく自分の意志で、『こうなろう』
って思って『なった』ことは、どうも無いような気
がします。もう『仕方がないからそうなっちゃった
んだ』っていうすごく受け身の生き方をしてきた
気がします。」

思想家の吉本隆明氏は、こんな風に語っています。
下の画家の大竹伸郎氏の言葉と照らしあわせると、
なんとなくその意味がしっくり入ってくるような
気がする。

「『次を作る』という気持ちが消えないまま、
どこまで行けるのかってことじゃないかな。
それはもう『意志』の話じゃない。『描きたくて
しょうがない』っていうのは『状態』で、それは
『意志』とは違う。」

彼らが教えてくれることは、無理して大げさな夢を
持つことではなく、日々向かい合うことを大切にし、
自分の興味に忠実に本気で取り組んでいくこと。
自然に生きて行った結果が、彼らの仕事への結果に
繋がっていると語っています。

そういえば少年時代は、夢を持つとかたいそうなコト
を考えず、興味の赴くままに目の前のことに向かって
いたんだよなあ。
少年の頃の気分を思い出させ、やさしく勇気を
与えてくれる本です。
 
 
 

2012年2月20日

ひとり歩けば

 
 
 
イベント明けの何も予定がない休日。
日々の疲れがたまっているのと、寒さで何もする
気にならず、本を読んだり、音楽を聴きながら
だらだらと過ごす。

冬の冷気を遮断した暖かいマンションの部屋で、
読んでいるのは辻まこと氏著の「ひとり歩けば」。
山の暮らしや情景が、美しく詩的でちょっとだけ
シニカルな文章で綴られています。

「山の中のどこかで帽子をとって、
あまり激しくない風の流れに会ったとき、
君はどんな感じがしますか。
私はいつも山の風の中に、彼らの経験してきた
旅の話を聴きます。
谷間の陽かげにわく小さな泉の話、
そのそばの苔の香り、乗越しの荒れた石屑の話、
しばらく運んだ渡り鳥の群のこと、
話を聴くばかりでなく、ときには頼んで
私の心を乗せてもらいます。」

こんな文章に出会うと、冬の山に流れる
冷たい風が恋しくなってきました。
例えば、一面雪で覆われた山道を車で走り、
ふと雲が切れて青い空が現れてくる。
車をとめて外に出ると、おだやかだけど
きんと冷えた風を感じる。
そんな瞬間が、たまらなく気持ちよかったの
を思い出しました。

きっと辻まこと氏が言うように、風が
たどってきた旅を感じて、気持ちよくなって
いたのかもしれません。
今度はゆっくり風の話を聴いて、ぼくの心も
どこかへ乗せていってもらいたいなあ。
そう思うと、自然のなかを流れる風に出会い
たくなります。
 
今度の休みは、どこかに出かけよう。
 
 
 

2012年4月 5日

Book of Days

 
 
 
個性的な書店などで本棚を眺めていて、まるで
美しい一遍の詩を読んだときのような清々しい
高揚感に包まれることがあります。

厚い本、薄い本、大きい本、小さい本、軽快な本、
どっしりした本、カラフルな本、そっけない本、
美しい本、古い本、新しい本。
それらが出版社や通り一遍のジャンル分けでは
なく、一貫した物語性を持って、バランス良く
美しく配置されている。

そんな本棚に出合うと、色とりどりの背表紙に
書かれたタイトルと作者名を何度もゆっくりと
目で追ってしまいます。
ほのかにインキの匂いがする重ねられた紙の束に
閉じ込められた、宝石のような言葉や胸が高まる
物語、そして、その奥の作者の想い。
タイトルとなる言葉や著者の名前、装丁やその
佇まいから、さまざまな想像をかきたてられます。
好きな本の間に挟まれた、まだ読んだことがない
本たちは、新しい冒険の旅へいざなっているかの
ような気分にさせてくれるのです。

紙の本が並ぶ空間が感じさせる胸のときめきは、
デジタル書籍やオンライン書店では、決して
味わえないアナログならではのもの。
そういえば、使い終わったノートが何冊も重なった
佇まいもまた、同じようにワクワクさせてくれます。
コンピューターのデスクトップに並んだエクセルや
jpegファイルを見ても胸がときめくことはないです
もんね。

お気に入り本棚を、できあがったばかりの
大陸ゾウ
ノート
のサンプルに描いてみました。
厚くて味のある紙も想像をかきたててくれます。
描いたらロールシールでナンバーと日付を記録して
みました。さて、次のページには何を描こうかな。 
 
 

2012年4月18日

Brooklyn Neighborhood

 
 
 
さしあたって行くあてもないのに、ふと手に
取ったニューヨーク・ブルックリンのガイド本を
パラパラめくると、そこで紹介されているカフェ
や本屋、雑貨店の写真にぐっと魅せられてしまい、
そのまま購入してしまいました。

たった1度だけのニューヨークに行ったのは
7年前。その時も少しだけブルックリンを歩いた
のですが、五番街にソーホー、チェルシー、
セントラルパークにMoMAなど派手な場所の
印象が強く、ブルックリンは、どこか閑散とした
倉庫街という印象でした。
ただ、ブルックリン橋のたもとにあったピザ屋で
食べたピザがとても美味しかったことはよく
覚えています。

購入したガイド本を見ていると、ジャンクな香りの
するアンティークショップ、壁に歴代の常連の
写真が並ぶ老舗ダイナー、壁中の本棚に色とりどり
の本が詰まった古本屋、さらに活版印刷やシルクy
印刷の工房など、魅惑的なお店がたくさんあるのが
分かります。どうも最近の文化の潮流はこの街から
流れてきているようです。

朝食はこのカフェでTwo eggs any styleを目玉焼き
で、カリカリに焼いたベーコンを添えてもらう。
コーヒーを飲みながら、街行く人を眺めてゆっくり
朝食を取り、そのあとは、この本屋と雑貨屋を歩き
昼食はNYで一番美味しいと言われているハンバーガー
を食べる。午後はレタープレスのワークショップを
体験し・・・。本を読みながら妄想は膨らみます。

トラベラーズノート片手に本当にこの街を歩くこと
を想像しながら、まずは、空想の旅をする。
その時点で、本当の旅は始まっているのかもしれ
ません。
 
 
 

2012年5月14日

旅する木

 
  
場所は大昔のアラスカのどこか。
早春のある日、一羽の鳥がトウヒの木に止まり、
木の実をついばみながら、その実の一つを地面に
落としてしまいます。
その木の実は、風や雨、小動物によって、
フェアバンクスの森まで運ばれ根付き、何十年
という時を経て大木へと成長しました。

さらに長い年月を経て、雪解けの季節を迎える
たびに川が森をすこしずつ削りながらその道筋を
変えていき、ついに森の中心にあったトウヒの
木の側まで迫りました。そして、その頃には
巨木となったトウヒの木は、川の沿岸にそびえ
立つようになります。

ある春の雪解けの大洪水でトウヒの木は、
倒されて川に流されてしまいます。いくつもの
川を伝い、ユーコン川からベーリング海まで
運ばれます。さらに北極海流の流れにのって、
アラスカ内陸部の森で生まれたトウヒの木は、
遠い北のツンドラ地帯の海岸にたどり着きます。

木のないツンドラ地帯の海岸に流れ着いた流木
は、長いあいだ水の中を流されたことで削られて
丸みを帯びた独特の存在感のある風貌へと変化し、
荒涼とした原野でランドマークのように静かに
横たわっていました。

また月日が経ち、一匹のキツネが、すっかり
カラカラに乾いた流木を自分の住処としました。
ある日、キツネを追って流木までやってきた
一人のエスキモーが、そこに罠をしかけ捉え
ようとしますが逃がしてしまい、しょうがなく
その流木を原野の家まで持ち帰ります。
家の薪ストーブに放り込まれて、トウヒの木の
何百年も続いた長い旅はついに終わりを迎え
ますが、燃えてしまった木は、煙へと姿を変えて
大気のなかへまた新たな旅を続けていく・・・。

星野道夫氏の「ノーザンライツ」のなかで語られ
ていた旅する木の話です。
こんな壮大な旅の話を読むと、私たちの存在や
日々の悩みは、太古の昔から綿々と続いている
大自然の壮大な旅の中のちっぽけな一部でしかない
のかもしれないと思ったりします。
そういえばノートに使われている紙も、長い旅を
経てやってきた木が原材料なんですよね。

ぼくらは、大自然の壮大な旅に憧れ想いを馳せ、
畏敬の念を抱きながら、正直に真摯にちっぽけな
旅を続けていくだけなのかもしれません。

話かわって、現在中目黒のトラベラーズ
ファクトリーでは、アルバイトスタッフを募集
しています。ご興味のある方、ぜひこちら
チェックしてください!
  
 

2012年5月30日

Hemisphere


 
 
「本と音楽とコーヒーがあればいい。
言葉にすると陳腐な感じだけど実際そうなの
だから仕方がない。毎日は案外大変で生きて
いくのは結構くだびれる。だからこその本と
音楽とコーヒーなのだ。」

aalto coffee and the roosterの庄野さんが
本を作ったということで、早速トラベラーズ
ファクトリーに送っていただきました。
「Hemisphere」というタイトルで、冒頭の
文章は、その本からの抜粋です。

庄野さんが言うように、毎日は案外大変です。
テレビを見たり新聞を読んだりすれば、気が
滅入ったり、腹がたったりすることが多い。
仕事をしていれば、大小さまざまなトラブルが
降りかかるし、自分達の考えを通そうとすると、
軋轢が生まれたりもします。
やりたいことをやっているつもりだし、何かを
成し遂げたことで仲間と喜びを分かち合う瞬間
もたくさんあります。でも、その分誰かに
裏切られたり、踏みにじられたりすると些細な
ことでもけっこうこたえるのです。

そのせいかどうかわかりませんが、健康診断で
胃の再検査を宣告され、胃カメラを飲むことに
なってしまいました。とりあえず大きな問題は
なさそうですが、荒れてますねーと軽く注意を
されました。そろそろ体にもいろいろ問題が
出てくる年頃なのかもしれません。
毎日生きていくのは結構くたびれるのです。


先日、久しぶりに庄野さんやオカズデザインさん
をはじめ、いつもお世話になっている方々と
一堂に会する機会に恵まれました。
オカズデザインさんの料理をいただきながら、
お酒やレモネード、庄野さんのコーヒーを飲んで、
みんなでお話しをするという贅沢で幸せなひと時。
エッセイスト、雑貨店主、おやつ屋さん、
ミュージシャン、パン屋さん、デザイナー、
ショップオーナー、クラフト作家など、
集まった人たちは、みんなお金儲けよりも、
自分たちの想いや信念に対して忠実に、楽しく
仕事している人たちばかりです。
さらに、楽しいベーグル屋さんや、素敵な農家の
方とも知り合うことが出会うことができました。
話をしながら、こんな人たちと仕事をして
いきたいと、あらためて思いました。

確かに毎日は大変でけっこうくたびれます。
だからこそ、美味しい料理と素敵な人との出会い
が大切なのです。
本、音楽、コーヒー、料理、道具、ノート。
そして、想いを込めてそれらを作る人がいる。
仕事でなくても本気で、素敵な文章を書いたり、
絵を描いたり、写真を撮ったりする人だっている。
うん。なんだかワクワクしてきます。
そんなことを考えると、日々の暮らしもけっこう
素晴らしいんじゃなかって思えてきます。

「Hemisphere」、David Markの5曲入りCD-R
[Hope ep]付きでトラベラーズファクトリー
でも販売中です。表紙の写真はトラベラーズ
ファクトリー2階で撮影!
 
 
 
 

2012年7月17日

パリにはシェイクスピア&カンパニーがある

 
 
 
パリにある小さな本屋です。
 
1951年アメリカ人ジョージ・ウィットマンに
開かれたこの書店は、ウィリアム・バロウズや
ヘンリー・ミラーなどパリに暮らしたボヘミアン
作家たちが通っていたことでも有名ですが、
この場所をもうひとつ特徴付けているのは、
世界中からパリを目指してやってきた無一文の
若い作家に店の手伝いをさせるかわりに、寝床を
提供していること。
この書店のことを綴った本を読んで以来、パリに
行ったらぜひ訪れてみたい場所のひとつでした。

さて、シェイクスピア・アンド・カンパニー
書店を目指してセーヌ川左岸沿いを歩くと、
川沿いには古書を販売する露店がいくつも
あります。
観光客向けの絵葉書やヴィンテージポスターの
模造品から、フランス文学、雑誌、絵本などの
専門書など、露店によって得意分野が異なり、
一軒ずつゆっくり見て回るのも楽しい。

ノートルダム寺院を横目に通り過ぎたころ、
お目当ての場所に着きました。
店の前には、本が詰まった木箱が置かれ、
たくさんの人が本を手に取ったり、ぼんやり
眺めたりしています。
高まる胸を抑えながら店内に入ると、壁中の
本棚に天井までぎっしりと高い密度で積み上げ
られた本に囲まれた空間が広がっていました。
それぞれの本が発する物語やメッセージを想像
しながら、そこに身を浸すと自然と満たされた
気持ちになります。

狭い店内を奥まで進み、2階へと足を運ぶと
さらにその空間は混沌としてきます。
無造作に取り付けられた荒っぽい造りの本棚、
そこにぎっしりと並ぶ本、壁に貼られている
黄ばんだ古いチラシやポスター、さらに壁に
描かれた本への愛に満ちたメッセージ。
それらを眺めていると、本や文学が本来持つ
自由を追求する精神を思い出させてくれます。
「やっぱり、本って素晴らしい」
そんな当たり前のことを思わずつぶやいて
しまうのです。

部屋の所々に置かれた椅子には、世界中から
やってきた本が好きな旅人たちが座り本を
読んでいます。神妙な顔をしていたり、
微笑んだり、本に向かう表情はさまざまですが、
みんな幸せそう。

奥の部屋にはピアノが置かれていて、自由に
弾けるようになっています。
すると、ここの住民らしき若者がおもむろに
エリック・サティを弾き始めました。
「音楽界の異端児」と称されていたサティの
音楽は、まさにこの空間にぴったり。
ぼくは、この場所に立ち合えたことを心から
喜びました。

パリには、シェイクスピア&カンパニーがある。
ここでとっておきの1冊の本を見つけた感動は、
ネット通販や電子書籍では絶対に味わうことが
できないし、チェーン展開で他の場所へコピー
することもできない、本への愛に満ちた
唯一無二の場所。
ここに来なければ感じることができない何かを
求めて世界中から旅人が訪れる場所なのです。

現在この書店の運営は、創業者の娘、
シルヴィアによって受け継がれています。
今も若い作家に寝床を与え、精力的に朗読会
などのイベントが開かれているそうです。
この場所が醸し出す人を魅了する磁力は、
本とこの場所、そしてここに集まる人達への
彼女とその仲間たちの限りない愛情によって
生まれているのだと感じました。
 
 
 

2012年8月 6日

TRUCK NEST

 
 
 
大阪の家具屋さん、TRUCK FURNITURE
はじめて訪れたのは3年前。
その時は、今のお店は出来ていなかったけれど、
木や革の無骨な素材感を活かしたかっこいい家具、
その家具が理想的な形で置かれている空間に
すっかり魅せられてしまい、それ以来、私たちは
熱烈なTRUCKファンとなりました。

その後、あたらしいお店が完成し。早速見に
行こうというときに、私たちの中で一番最初に
TRUCKに熱をあげていた141がコンタクトを取り、
TRUCKのオーナー夫妻黄瀬さん・唐津さんと
直接お会いすることができました。
お話させていただくと、やはり想像通りの人達。
モノ造りが大好きで、妥協せず自分たちの理想を
目指している姿に、ますます憧れと共感がうまれ
ました。
そのなかで、私たちが作るプロダクトにも興味を
抱いていただき、TRUCKのお店で、スパイラル
リングノートを扱っていただくようになりました。

その後、再びTRUCKのお店を訪れたとき、お店
の奥にあるTRUCKの雑貨ブランド、シロクマ舎
のアトリエを見せていただきました。
無垢の木の壁にならぶ使い込んだ工具、味わい
深く錆びた鉄のテーブルの置かれたミシン、床に
寝転ぶラブラドール。これこそTRUCKワールド
という工房で、そのモノ造りの生まれる場所を
垣間見れた喜びに、とても興奮したのを覚えて
います。

さらに興奮したのは、テーブルに置かれた
シロクマ舎の革小物の試作を見た時。
その中にスパイラルリングノートの革カバー
があったのです。
ソファで使う革の切れ端を使って手縫いで
作ったカバーの革は、深いシワがあるざっくり
とした風合いで、トラベラーズノートの革とは
また違った魅力がありました。
ペンホルダーに付いているブラスボールペンも
ぴったり似合っていて、私たちにとっては、
トラベラーズとTRUCKの夢のコラボレーション
プロダクトでした。

そのTRUCKの黄瀬さん・唐津さんが、2年の
歳月をかけてじっくりと作られた本、
TRUCK NESTが間もなくリリースされます。
まだ、目を通している訳ではありませんが、
あのお二人が想いを込めて作り上げた本です。
素晴らしいに決まっています。
トラベラーズファクトリーでも本の発売日に
あわせて、販売させていただきます。
本には、TRUCKより送っていただくポスト
カードとステッカーも付きます。 
 
そして、同時にシロクマ舎に作っていただいた
スパイラルリングノート用カバーも販売です。

ここはやはり、私たちも発売と同時に手に
入れて、トラベラーズファクトリー2階の
TRUCKソファに座りながら、本を読みたい!
 
 
 
 
 
 
 

2012年8月27日

「スティーブ・ジョブズ」

 
 
 
ぼくが初めて手に入れたコンピューターは、
東芝のダイナブックというA5サイズのノート
パソコンで、1996年に友人から安く譲って
もらったもの。ウィンドウズ3.1だったOSを
発売直後の95にアップデートし使っていました。
その頃は、ウィンドウズが圧倒的な時代で、
仕事でデザインをする人でない限り、マックを
買うという選択肢はあまりなかったと思います。

当時のマイクロソフトは、これからはハード
ではなくソフトウェアが重要な役割を示すという
新しい時代の幕開けを感じさてくれる象徴的な
存在で、ウィンドウズ95発売時にCMで何度も
流れたローリング・ストーンズのStart me upの
イントロとともに、あたらしい何かが始まる
期待を高めてくれました。コンピューターを
立ち上げてブライアン・イーノによる印象的な
起動音が流れた時は、本当にワクワクしました。

その後、1998年にiMacが発売され、アップル
という存在を意識するようになりました。
iMacは、他のパソコンとはまったく違った視点
で作られた今までの常識を打ち破るモノに
見えました。カラフルなiMacがコロコロ転がる
CMには、今度はローリング・ストーンズの
She's a rainbowが流れていて、ロック世代が
あたらしい時代を作っているのを実感して
嬉しかったのを覚えています。

でも次に買ったのは、当時はまだ革新的な
ヒットを連発していたソニーのVAIO。
iMacはモノとしてはすごいとは思いましたが、
あの丸いデザインは好みではなかったし、正直
マックの少しスノッブなイメージには若干反感
を持っていました。ウィンドウズは完璧ではない
けど開かれたオープンなイメージで、フリーの
画像や音楽などの加工ソフトはたくさんあったし、
それらで今まで出来なかった新しいことが無限に
広がりそうな予感はあったのです。

昔録音したバンドの音源にエフェクトかけたり
ミックスしたりして、CDに焼いてみたり、
写真を加工して遊んだり、MP3の音源を保存し
ランダムに再生したり、パソコンは面白いことが
たくさんできるオモチャのようでした。

はじめてマックを買ったのは2007年。
その前にiPodを使って、アップル製品の哲学に
感動したことと、さらにコンピューターはそれ
自体に何かおもしろいことを期待するものではなく、
目的を持って何かをするための道具であることに
気付いたときに、マックは実に洗練された使い
やすいマシンのような気がしたのです。
そして、使ってみるとまさにそうで、それ以来
アップルのファンとなりました。

今更ですが、本人公認の伝記と言われ昨年
ベストセラーになった「スティーブ・ジョブズ」
を読みながら、アップルの歴史とともに自分の
コンピューターの歴史を思い出してしまいました。

革新的なモノを生み出す力は、熱い想いと
執拗なまでの細部へのこだわりなんですね。
彼の場合、それが行き過ぎて、容赦なく他人を
傷付けたり、自分も何度も失敗していますが、
でも、作り手たちの自らの哲学に従った限りない
情熱こそが、人を感動させる何かを生み出す力で
あることをこの本と彼らの作った製品は教えて
くれます。

2012年9月10日

あたらしいものにワクワクする


 
 
最近よく聴いているのがブルックリン出身の
バンド、Dirty Projectorsの夏に出たばかりの新譜。
アコースティック楽器にフォークを基調とする
男女混成の牧歌的な雰囲気のコーラスという
トラディショナルな編成ながら、フォークから
R&B、プログレ、パンク、ポストロックまでの
影響をしっかりと受け継ぎ、今しか奏でられない
オリジナルな音を鳴らしているのです。

同時代に生まれている革新的なものに触れると、
やっぱり嬉しくなります。ロックの原点は、
時代の影響を受けながら、既成概念をひっくり
返すようなあたらしい音を奏でること。
そんな音とともに、リアルで美しい言葉による
詩が歌われた時に、感動的な音楽が生まれます。

時代を経るなかで残り続け既にスタンダード
となった音楽もいいですが、それらも生まれた
時は革新的であたらしいものだったのです。
これからスタンダードになるのかどうかは
歴史が判断するとして、やはり今この時代に
生まれているあたらしいものにワクワクする
感動は忘れたくないですね。

ワクワクと言えば、TRUCKのあたらしい本、
「NEST」にも感動させてもらいました。
どっしりとした海外の図鑑のような装丁、
コントラストの強い味わい深い写真、
英語と日本語のバイリンガルの構成など
手に取るだけで、TRUCKのこの本に対する
想いの深さと心意気を感じます。
そして、内容は黄瀬・唐津夫妻がTRUCKを
立ち上げて、今のショップとカフェを作り上げ
ていくまでのことが詳細に彼らの言葉で書かれて
います。

この本のページをめくると、TRUCKがTRUCK
のスタンダードを作り上げていく行為は、
自分達が信じることへの飽くなき追求と、
それを遮ろうとする既成概念との戦いである
ことが分かります。
だからこそ、この本に書かれた言葉はリアルで
感動を与えてくれます。
そして、ぼくらが前に進んでいくための勇気を
与えてくれるのです。
 
でも扱っています。
 
 

2012年9月24日

すべてのロマンチックに生きようとする人達に捧ぐ

 
 
 
そろそろ2013年ダイアリーとともに
TRAVELER'S TIMES Vol.7をご覧頂いた方も
多いと思います。
その唯一の連載ページ、How do you use?では、
料理やデザイン、イラストレーター、作家など、
各界で活躍するトラベラーズノート愛用者の方々
に、それぞれの視点でトラベラーズノートに
ついて語っていただいています。
僕らが気付かなかった新たな魅力を引き出して
くれたり、思わずうっとりするような素敵な
使い方を紹介してくれたり、毎回僕ら自身も
楽しみながら編集をさせていただいています。

今回は、aalto coffee & the roosterの庄野雄治
さんに登場していただきました。
これが、実に詩的で素敵な文章で僕らがそう
ありたいノートの魅力を代弁してくれています。
詳細は誌面を読んでいただくのが一番ですが、
日々の生活に寄り添いちょっとだけ気分を前向き
でロマンチックにさせてくれる、彼の焙煎する
コーヒーのような魅力が発見できます。

その庄野さんが発行するリトルプレス
Hemisphere Vol.2」が届きました。
前号に続き、今回も庄野さんとその仲間たちに
よる手作りの熱い想いの詰まった1冊です。
今回はその仲間たちの数も増え、トラベラーズ
ファクトリーでお世話になっているtico moon
影山さんや旅ベーグルの松村さん、mille books
の藤原さんをはじめ、恵文社一乗寺店店長
堀部さん、in-kyo店主でエッセイストの中川
ちえさん、イラストレーターの落合恵さんに、
映画監督井口奈巳さんなどなど、幅広い顔ぶれ。
そして、僭越ながらトラベラーズノートチーム
も執筆に参加させていただいているのです!

今回のテーマは映画。
執筆陣の個性溢れる映画に関する文章は、
メジャー雑誌にはできない一癖も二癖もある
ものばかり。でも、自由にそれぞれの映画へ
の想いを綴った文章が並ぶ誌面は、雑誌が
本来持っていた自分たちの手で文化を造り
発信していくという心意気に満ちています。
 
「すべてのロマンチックに生きようとする
人達に捧ぐ。」
 
表紙に書かれた庄野さんによるこのコピーに
びびっときたら、ぜひ手に取って読んでみて
ください。
 
徳島aalto coffee and the rooster、京都の
恵文社一乗寺店他、もちろん、トラベラーズ
ファクトリーでも販売中です。
One day diaryの6曲入CD−R [for your new 
surroundings/あなたの新しい環境のために]
も付いています。

2013年1月15日

The Call of The Wild

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2013年の成人式の日、東京では久しぶりの雪と
なりました。雪によって交通機関に影響がでたり
して、大変な思いをされた方も多いと思います。

そんな雪の日、ぼくは前日に鍵をなくしてしまい
駅に置きっ放しにしていた自転車を持ち帰るため、
雪のなかを駅まで歩き、さらに自転車を手で押し
ながら帰ってきました。

傘は風で飛ばされてひっくり返り、体中に雪を
浴び、凍えるように歩きながらも、なぜか気分が
高揚していくのを感じました。

ちょうどその時読んでいたのが、動物文学の傑作
ジャック・ロンドンの「野生の呼び声」だった
のも影響していたのかもしれません。

この小説は、アメリカ南部の裕福な家庭で優雅に
暮らしていた大型犬バックが、その家の庭師に
よって連れ去られ、売られてしまうところから
始まります。その後、ゴールドラッシュに湧く
時代のアラスカで橇犬となり、厳しい自然や力が
支配する世界で闘いながら生き延び、やがて
野生としての血を呼び覚ましていきます。

極寒の厳しいアラスカの大自然と、少し雪が
降っただけの東京を比べるのは、おこがましい
のですが、雪が人の気分を高揚させるのは、
その冷たさや静けさが、人がまだ野生の中に
生きていた太古の頃の記憶を思い出させて
くれるからなのかもしれません。

凍える手で自転車を押して、降り積もった雪を
掻き分けて歩いていく。すると、ちょっとだけ
小説の主人公バックのような気分になりました。

そういえば、最近の自分の生活にはワイルドな
ことが足りないような気がします。


2013年8月19日

「路上」の旅

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僕がジャック・ケルアックの小説
「路上/オン・ザ・ロード」をはじめて
読んだのは、タイを一人で旅していた時。
大学生の頃のことです。

ひとり旅の時には、気軽にさらりと読める本と、
読むのにちょっとしんどい本の両方を持って
行きますが、「路上」はしんどい方。

旅の間、何度か読んでみたけど没頭できず、
つい途中で他の本を手に取ってしまったりして
手付かずでしたが、いよいよ未読の本が
これだけになってから、やっと本格的に読み
はじめました。

ストーリーらしいストーリーもなく、ただ
アメリカ中を旅して、人と出会い、別れて、
また出会うことをだらだらと繰り返す。
新鮮な事柄に溢れていた現実の旅の途中で
読む本としてはちょっと退屈で、何度も途中で
読むのを止めそうになったのを覚えています。

でも、ゲストハウスのカフェで読んでいたら
旅慣れた様子のアメリカ人バックパッカーの
女の子がその本に気付いて、日本語に訳された
「On The Road」を手に取り、興味深そうに
眺めた後に、「I love this book」と言って、
同じ価値観を持つ仲間に見せるような笑顔を
見せてくれました。そんなことが最後まで
読み切る動機だったような気もします。

そのまま本棚で眠っていた小説を再び読もう
と思ったのは、今から8年前のトラベラーズ
ノート発売前のこと。
発売にあわせて開設するホームページを企画
しているとき、ノートと本が一緒に写っている
写真が欲しいと思って、その本に「路上」が
思い浮かんだのです。

で、もう一度読んでみることにしました。
すると、前に読んだ時には退屈だと思っていた
旅の物語から、疾走感や自由、移動を求める
焦燥感を感じ取り、その面白さを少しだけ
理解できたような気になりました。

その後はふと思い立つと手に取るような本に
なり、さらに新訳が出ると、また最初から読み、
作者の路上の旅を追体験しました。
そして読む度に、ぼくに旅の意味や面白さを
教えてくれました。

そんな本だったので、映画になると聞いた時
には、どんな風に映像化されるのかとても
興味があったし、映画配給会社からポスターと
チラシをお店に置いてほしいという電話が
あった時には、それだけじゃなくてノートも
作らせてください、とこちらからお願いし、
今回のコラボレーションが実現しました。

映画は原作への愛情が感じられ、とても丁寧
に作られた作品で、またあらたな路上の旅を
追体験することができました。

印象的だったのが、旅のなかで主人公サルが
鉛筆で小さなメモ帳に、必死に「路上での旅」
を書き留める場面。
これは、映画だからこそ描くことができた
シーンで、何度も出てくるこのシーンこそが
ケルアックの表現者としての真摯な姿勢を
物語っているような気がしました。
そして、同時にぼくらが作っている旅を
書き留めるためのノートの存在価値を力強く
示し、ぼくらに確信を与えてくれている
ような気がしました。


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2013年8月26日

あの日、僕は旅に出た

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今考えると、ぼくがはじめての海外旅行として
インドを旅した1990年は、旅をはじめるのに
とても幸せな時代だったのかもしれません。

ちょうどバブルの末期で、日本円のパワーが
高まり、ぼくのような普通の学生でも、少し
まとまったバイトをすれば、特別な覚悟なしで
簡単にバックパッカーの旅に行けるように
なった頃。

同時にまだインターネットは普及しておらず、
テレビや雑誌であまり取り扱われることのない、
アジアの国々の日常や貧乏個人旅行するために
必要な情報は「地球の歩き方」くらいしかなく、
それゆえに旅先で得られる体験は、すべて新鮮
に感じることができたような気がします。

当時インドの情報も、歴史や宗教を扱った本は
たくさんあったけど、リアルなインドを感じ
させてくれるものはあまりありませんでした。

実際に行ってみてまず驚くのは、タクシーの
運転手のしつこさだったり、そこら中にいる
物乞いだったり、人がたくさんいる路上で
堂々と糞をする牛なのです。
そんななかで右往左往しながら、だんだんと
土地に馴染んでいき、少しずつ余裕を持てる
ようになると、気負いがなくなって、自由に
軽快に旅が楽しめるようになる。

そんなインドの旅の視点を教えてくれた本が、
本屋の旅のコーナーで出発前に見つけた
蔵前仁一氏の「ゴーゴー・インド」という
ちょっとふざけたタイトルの本でした。
この本のなかで著者は、哲学者や歴史家では
ない、普通の人が感じるフラットな視点で
インドを眺め、旺盛な好奇心で軽快に旅を
してインドの面白さ、旅の面白さを語って
くれました。

旅の動機は、自分探しとか文化的探究心など
大それたものではなく、まだ見たことがない
世界を歩いてみたいという単純なもので、
それでも充分旅は楽しくて、有意義である
ことを教えてくれました。

その後、ぼくが旅に魅せられていくのに
あわせて、蔵前仁一氏の著書を読み、彼が
立ち上げて間もない「旅行人」という
ミニコミ誌の定期購読登録をしました。
さらに、就職をして自由に旅に出られなく
なっても、「旅行人」に掲載されている行く
予定もない辺境の土地の情報を読んでいる
だけで、ささやかな旅気分に浸っていました。

彼が推奨しているバックパッカーの旅は、
日本人があまりいかないような場所を
お金をかけずに旅をするスタイルで、その
情報はマスメディアにとっては、ビジネスに
なりにくい領域。
それを膨大な手間と時間をかけて発信して
いくには、単純に旅が好きで、そんな旅を
したい人たちに情報を与えたいとか、旅先で
出会った才能ある人たちに文章を書く場を
与えたいという動機がないとできません。
「旅行人」はそんな作り手の"好き"が起点と
なったパワーに溢れるとても魅力的な雑誌
でした。最初は2色刷りの表紙に白黒の誌面
だったのが、何年かするとカラーになり書店
でも見かけるようになりました。

しかし、いつしかぼくも「旅行人」の定期
購読をやめてしまい、2年前その休刊を
知りました。

「あの日、僕は旅に出た」には、蔵前氏が
旅に魅せられ「旅行人」を立ち上げ、そして
休刊するまでの半生が描かれています。
休刊した動機も彼らしく、楽しく自分の作り
たいものを作れないのなら止めてみようと
いうこと。
その決断とモノ作りに対する姿勢は、とても
潔く、旅好きのみならず、何かを表現したり
モノを作っている方にも読んでほしい本です。

この本を読んで、再びぼくは、バックパックの
旅をはじめた時に、蔵前仁一氏の本に出会えて
ほんとうに良かったと思いました。

8月28日よりトラベラーズファクトリーで
読書月間」がはじまるということで、
久しぶりに本の絵をトラベラーズノートに
描いてみました。
今年もweekend booksさんが素晴らしい
セレクトでたくさんの本を持って来てくれ
ました。とっておきの1冊を探しにぜひ、
遊びに来てください。

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2013年9月17日

旅と本

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3連休は台風が日本を縦断し、各地で洪水や
突風などの被害を与えて去っていきました。
被害にあわれた方々には心よりお見舞い申し
上げます。

まだ台風がやってくる前の晴れ渡った土曜日。
読書月間中のトラベラーズファクトリーでは、
沼津の素敵な古書店weekend books店主、
高松さんがやって来てくれました。この日は、
お話をしたり、ソファーで読んだりしながら、
ゆっくり本を選んでほしいと思い、高松さんが
トラベラーズファクトリーのためにセレクトして
くれた古本を2階のテーブルの上にを並べました。
どーんと積まれた本を眺めていると、本好きは
それだけで嬉しくなってしまいます。
高松さんの人柄もあって、終始和やかで心地よい
時間が流れる本にぴったりの空間になりました。
weekend booksさんセレクトの古書は場所を
1階に移し、9月23日まで展開しています。

また、この日よりトラベラーズファクトリー
2階では、企画展「TRAVELER'S BOOKS 24人
が薦める旅の本
」を開催。
トラベラーズファクトリーがお付き合いさせて
いただいている、料理やコーヒーにお菓子、
シャツやバッグに家具、お店や出版、音楽など
モノ作りや表現をすることを仕事にしている
24人が選んだ旅の本とそのコメントを展示して
います。

weekend bookさんの展示からヒントを得て
この企画展のことを思い付いたのが7月末。
それからすぐに、本のセレクトとそのコメント
となる原稿を依頼しました。締切が8月末頃
だったため、夏休みの宿題の読書感想文を
思い出しながら原稿を書いてくれた方も
多かったようです。

そんな苦労に感謝しながら、次々と届く原稿を
読ませていただくのは、とても楽しくわくわく
する時間でした。
書き方のスタイルも詩や手紙のようだったり、
書評やコラムのようだったり様々。
興味深いブックガイドであると同時に、書き手
の旅に対する想い、その人柄やモノ作りへの
考えたかの一端も見ることができる素晴らしい
原稿が集まりました。

この展示では、皆さんから実際に読んでいた
本をお借りして、展示をしています。
そのうちの何冊かは黄ばんでいたり、表紙が
破れていたりして、ずっと昔から大切にして、
何度も手にしたりしたんだろうなということを
想像させてくれます。
もともとの装丁とあわせて読み手の歴史が
刻まれることによって変化した本の佇まいも
美しく魅力的。

ひとつずつゆっくり丁寧にご覧いただきたい
展示です。こちらは10月11日までの開催です。
本と旅が好きな方はぜひ。

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2013年11月11日

TRAVELER'S PRESS 02

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いやいや、やっと出来ました。
完成直前にちょっとしたトラブルがあったりして
もう最後までヒヤヒヤだったんだけど、なんとか
無事に出来上がりました。
ここでも書いてあるように、ぼくらにとって
トラベラーズファクトリーは紛れもなくノート屋
なんだけど、トラベラーズプレスには並々ならぬ
思い入れがあります。

トラベラーズノートが導いてくれた新しい世界や
仲間たちのことを伝えたい。そんな想いで2010年
にトラベラーズプレス01を作ってから、伝えたい
ことはさらに増え、ずっと作りたかったのに、
なかなか手を付けられないまま3年半が過ぎて
しまいました。

ノート屋であるぼくらが自分たちで編集やデザイン
をして、わざわざ本を作る理由は、作りたいという
欲求があるからに他ならず、なので作りたいけど
作れない状態は、ちょっとしたストレスでもあり
ました。こうやって02完成のお知らせをできるのが
嬉しくてしょうがありません。

さて、02の特集は「24人が薦める旅の本」。
トラベラーズファクトリーがお付き合いさせて
いただいている21人の方々とトラベラーズチーム
の3人が旅の本を選び、それぞれが書いたその本に
まつわる文章を掲載しました。
21人が薦める旅の本とその文章は、その人柄や
生き方さえも伝えてくれるのが今回の最大の魅力。
ここに登場いただいた21人は、皆さん様々な経験を
経た上で、今は何かを作ることを仕事にしています。
そして、同時に自分たちがほんとうにやりたいこと
を仕事にしています。

やりたいことを仕事にするということは、
自分たちで決断し、自分たちに妥協や言い訳が
できないことでもあり、その分大変なことや辛い
ことも多かったりします。
だからこそ、楽しみながらも、とても真摯に熱い
想いで仕事に取り組んでいます。
そんな彼らの言葉は、今までもぼくらに多くの刺激
と勇気を与えてくれて、それがぼくらのものづくり
の活力となってきました。
今回は、旅の本というテーマで綴っていただき
ましたが、そこからもそれは強く伝わってきます。

この本を読むことによって、たとえ小さくても
何か一歩踏み出すきっかけを与えることができたら
嬉しいです。トラベラーズチーム3人も同じ想いで
書き綴っています。
もちろんそれ以前に、旅の本のブックガイドとして
も活用いただけます。とっておきの1冊を見つける
ためのヒントになれば嬉しいです。

21人との出会いのストーリーや、一緒に作った
コラボレーションプロダクトについても掲載して
いますので、ぜひぜひ少しでも多くの方々に手に
取ってほしい1冊です。

トラベラーズプレス02

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2014年1月 6日

街を変える小さなお店

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年末の休み、久しぶりに伊豆へ行って来ました。
温泉宿に泊まった翌日は、下田まで足を伸ばし、
趣きのある風情の古い港町を歩きつつ、その場所へ
行くといつも訪ねる喫茶店、邪宗門に立ち寄り
コーヒーをいただきました。

蔵のような店内に入ると、羅針盤や舵などの
アンティークの船具が所々に置かれ、BGMは
古いシャンソンが流れています。
古き良き異国情緒を感じさせてくれる雰囲気が
下田らしくて好きで、そこでコーヒーを飲む
時間は旅の幸せを感じさせてくれるのです。

ここはぼくにとっては、那須のSHOZO CAFE、
京都のエレファントファクトリーコーヒー、
香港の美都餐室などと同じように、旅した時に
安心して訪ねることができるカフェで、勝手
ながら、これからもそこにあって欲しいと
願ってやまない場所のひとつ。

その土地ならではの文化や運営する人のセンスが
反映された個性的なお店で、地元の人々の日常に
しっかりと根付きながら、同時に旅人たちも
あたたく受け入れてくれる。地元の人の日常と
旅人たちの非日常の両方が心地よく混ざり合う
ことで、独特の雰囲気が生まれる。
徹底的にコスト追求されたチェーン店よりすこし
割高かもしれませんが、マニュアルには記すこと
ができない人のあたたかさと、そこにしかない
「らしさ」を感じることができる。

それはカフェだけでなく、食堂や本屋、雑貨屋
なども一緒で、旅に出たときにも、日常でも
そんなお店に立ち寄るのが好き。

同じようなお店が好きな方におすすめなのが
京都の恵文社一乗寺店店長、堀部さんの著書、
「街を変える小さなお店」。
ぼくらの憧れの本屋さん、恵文社が今のような
形になるまでの話を中心に、京都の個性的な
喫茶店や本屋、居酒屋などを商いのやり方、
その考え方を紹介しつつ、その魅力と個人店
のこれからを考えさせてくれる本です。

大型チェーンやアマゾンなどの巨大ネット
ショップの影響がありながらも、独自の道を
歩みながら人々に必要とされ、商いを続けて
いるお店。そんなお店を愛するユーザーとして、
さらにトラベラーズファクトリーという小さな
お店を運営するものとしても、とても共感と
勇気をもらうことができる本でした。

「生活の一部である嗜好品、街の延長としての
場は、合理性とは相容れない部分もある。同じ
ことは、本屋や出版業界にもあてはまるのでは
ないだろうか。本は商品だけど、文化でもある。
論理的には説明出来ない『なにか』があるから
こそ、文化は継続されるのだ。」

これからの時代この「なにか」が今まで以上
に大切になってくるような気がします。
トラベラーズノートにもそんな「なにか」が
存在し、使い手たちがそれぞれの「なにか」
を書き留めるノートだと思っています。

1月17日と18日には、著者の恵文社店長
堀部さんと、アアルトコーヒーの庄野さんが
ファクトリーにやってきてくれて、トーク
イベント
を行います。
本とコーヒーが好きな方はもちろん、なにか
をはじめようとしている方もぜひ遊びに来て
ください。こちらで予約受付中です。

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2014年11月17日

語るに足る、ささやかな人生

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中学生の頃、地理の授業で学んだ日本の
人口密度に、かなり窮屈さを感じたのを覚えて
いるけど、今思うと日本は山間部も多く、人の
気配がまったくない場所もけっこうあります。

例えば、夕暮れ時に車で街を出て、山道を登って
いくと、だんだんと建物が少なくなり、さらに
道路灯もなくなり、車のヘッドライトの明かり
以外に何も見えない寂しい風景が広がっている、
なんてことは珍しいことではありません。

そんな夜の山間部の道を抜け、少しだけ平地が
広がると、細い道に学校、酒屋やよろず屋の
ような食料品店などが数軒並ぶ小さな街に
遭遇することがあります。

ぼんやりと明かりを灯す家の窓からは、テレビを
見ながら夕食を食べる姿が見え、それが夏の夜
だったりすると、軒先で老人と子供が花火をして
いたりして、そんな風景を眺めると、住んだこと
もないくせに、寂寥とした孤独と温かな郷愁を
感じます。

地図で眺めると、1本の線が繋がっているだけの
道路ですが、その周りには、人々が暮らし、
それぞれの生活があるだなあと、感慨深い気持ち
になります。

アメリカの小さな街、スモールタウンを巡り、
その旅を綴った『語るに足る、ささやかな人生』
という本を手に入れたのは、9月にトラベラーズ
ファクトリーで行ったweekend booksの本の
イベントでした。店主の高松さんが届けてくれた
古書を店頭に並べていて、エドワード・ホッパー
の絵の印象的な表紙に目が止まり、1週間残って
いたら、買おうと決めました。

広大な国土があるアメリカでは、ひとつの街から
街まで膨大な距離があり、その間を繋ぐ細い糸の
結び目のようにスモールタウンが点在しています。
著者は、車を走らせ、モーテルに泊まりながら、
人口3000人程度のスモールタウンを巡り、
そこで出会った人たちと言葉を交わしていきます。
強い意思を持ちながらそこで暮らす人、いつか
そこを出ることを夢見る人、惰性で暮らす人、
スモールタウンに住む理由はさまざまですが。
それぞれの「語るに足る、ささやかな人生」が
その場所にあることがわかります。

読者は、名も知らぬアメリカのスモールタウンの
住民の人生を垣間見ることで、世界中のいたる
ところに、たくさんの語るに足るささやかな物語
があることを想像することができます。

そんなささやかな物語を探しに行くこともまた、
ぼくらが旅をする理由なのかもしれません。
世界は物語に満ちあふれています。


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2015年4月27日

街からはじめて、旅へ

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トラベラーズファクトリーで販売するための
本を注文すると、たいていそのうちの何冊かは
品切れや絶版で、だいたい一割くらいは入って
きません。
前に絶版ですと言われているものは避けて注文
しているんだけど、それでも前にはあった本が
次に頼むとなくなってしまうことも多い。

自分もノートやシールなど印刷物を作って売る
ことをなりわいにしているので、ロットや在庫
などの関係で、作ることができない理由はよく
分かるけど、すばらしい本がそのまま埋もれて
しまうのは、なんだかもったいないし、
寂しいなあと思ったりもします。
電子書籍はその解決策として有効ではありますが、
やっぱり、お気に入りの本は一枚ずつめくって
読みたいし、本棚にも入れておきたい。
まあ、でもそんな本を探して古本屋巡りをする
のも楽しかったりもします。

先日、恵文社一乗寺店に行った時に見つけたのは
その多くが既に絶版になっている片岡義男氏著の
初期エッセイ集の復刻版。
1974年に刊行された本を、装丁はもちろん、
ちょと読みにくそうな小さい活字のフォントも
そのままで復刻していて、新しい本なのに当時の
空気を感じ、思わず手に取ってしまいました。
独特の軽快な文体で語られる、オールドアメリカ
の文化への憧憬を感じさせるエピソードは、まさに
今の時代に再び見直されてるようなことでもあり、
だからこそ復刻をしたんだと思いますが、とても
興味深く読むことができました。

「もっともアメリカ的な場所、
ないしは光景をいくつかあげるとするならば、
ソーダ・ファウンテンは必ずそのなかに入る。
ソーダ・ファウンテンのストゥールにすわって、
ドーナッツにコーヒーやコークをたのんだりすると、
うわぁ、アメリカに来たなぁ、異国へ来たなぁ、
という感動にも似た独特の気分が、きっと
味わえるはずだ。」

こんな文章を読めば、そのソーダ・ファウンテン
とやらに行って、コークを頼んでみたくなります。
まして情報が今よりも少なくて、インターネット
なんてない70年代の日本人にとってはなおさら
ですよね。

ここで語られているオールドアメリカのライフ
スタイルに道具や音楽への考察には単なる
ノスタルジックな感傷だけでなく、今を生きる
ぼくらにとって大切なアイデアがたくさん
詰まっているような気がします。
そしてなにより、今のぼくらにも旅を喚起させて
くれる魅力的な言葉に満ちあふれているのです。

そんなわけで、トラベラーズファクトリーにも
並べてみようと、復刊した片岡義男氏の初期の
作品3冊を注文してみたら無事届きました。
評論集『10セントの意識革命』なんて、今では
あまり見ることがないビニール製のカバーが
掛かっていて、文字の大きさも前述の本より
さらに小さく、びっしり詰まったいてとても
読みずらそうなんだけど、そんな甘やかさない
感じが当時の本らしくていいなと思ったりも
します。


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2015年6月 1日

東海道中膝栗毛

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たまたま古本屋で見つけた十返舎一九の生涯を
描いた歴史小説『そろそろ旅に』を読んだら
これがとても面白くて、ならばとその代表作の
『東海道中膝栗毛』を手にとってみました。
ご存知、やじさん、きたさんの旅を記した滑稽本
の代表作です。

江戸時代に書かれた旧仮名遣いの文章は、
すらすらと読み進めるのは難しいけど、注釈が
丁寧に記され、さらに文章の多くはやじさん、
きたさんの掛け合いの話言葉なので、慣れると
古典落語を聞いているようで、なんとなく意味
も分かり頭に入っていきます。

旅籠で寝ているうちに有り金を全部取られたり、
金がなくて泊まった木賃宿で夜這いをしようと
して失敗したり、金が入れば遊郭で豪遊したり、
騙そうとして騙され、粋がってぼったくられ、
古典ではありますが、内容は駄洒落に下ネタ、
くだらない冗談たっぷりのドタバタの喜劇。
さらに、江戸時代の旅の模様や旅先の風景、
庶民の生活を覗くのも楽しくて、ページが進む
につれて、どんどんその世界に引き込まれて
いきます。

ちなみに膝栗毛とは、膝を栗毛の馬の代わりに
することで、徒歩で旅をすることを意味します。
新幹線を使えば数時間でたどり着いてしまう
道程を何日もかけてゆっくり歩きながら進み、
途中で土地の酒や肴を食し(これがまた美味し
そう)おもしろおかしく旅をする姿は、現代の
旅よりもよっぽど自由で豊か。
江戸時代の旅人がうらやましくなります。

『そろそろ旅に』によると十返舎一九は、
静岡の生家を出て、慕っていた武家を訪ねて
大阪まで旅をし、その後、材木問屋に婿入りし、
離縁して江戸に流れて洒落本や浮世絵の版元に
居候しながら手伝いをするうちに、作家に
なったそうです。
文筆のみならず自ら挿絵を描き、版下の清書も
できたため、版元から重宝され、多くの本を出版
し、日本で、副業をせずに生活したはじめての
作家となりました。
興味のおもむくままに様々な土地で暮らし、
多くの作品を残し、最終的には4人の妻を娶った
彼の生き方もまた、自由でクリエイティブな生粋
のトラベラーであったようです。

『東海道中膝栗毛』は、今はまだ上巻の途中で、
旅は江戸を出て静岡の大井川を過ぎたあたりなの
ですが、当時の旅のようにゆっくりと読み進めて
いきたいと思います。
旅に出たいなあ。


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2015年12月24日

クリスマスの苦い思い出

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もう四半世紀以上前のずっと昔のクリスマス。
翌年高校を卒業することは決まっているのに、
何をしていいか分からないで悩んでいる彼女に
サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」を
プレゼントした。

ライ麦畑は、その数年前に読んだ僕の大好きな
小説のひとつだった。
自分の居場所を見つけることができず、
毒付いたり、傷ついたりする主人公の姿に
とても共感したのを思い出し、かつての自分が
そうだったように、読むことでちょっとした
救いになればいいなと思った。
それに舞台がクリスマス時期のニューヨーク
ということもあって、クリスマスプレゼントに
うってつけだと思った。

何か表現をしたいのに、その才能に自信がなくて
何をしていくべきか分からない。
そして、もうすぐ卒業なのに何も決まらず
不安ばかりがつのっていく彼女。
一方の僕は大学生になったばかりで、安穏とした
日々を過ごしている。
そんな状態だから、その頃はデートをしていても、
どんよりした空気が流れ、お互い辛くなっていく
ことが多かった。僕はそんな空気を変えたいとも
思っていた。

ライ麦畑は、僕と同じように彼女の心も掴んだ
ようで、「よかったよ」と言ってくれた。
だけど、その内容についてあまり多くのことを
語らなかった。
それでも少ない言葉からも、主人公にすっかり
心を奪われいる様子が分かり、僕は嫉妬に似た
感情を抱いた。

「いい作品というのはそこに表されている
心の動きや人間関係というものが、俺だけにしか
分からない、と思わせる作品」と思想家の
吉本隆明氏が言っている。
ライ麦畑は、まさにそういった作品で、彼女が
それについてあまり話をしないのは、自分だけに
しか分からない作品だと思っているようなところ
があった。

それは僕がプレゼントしたんだけどなあと
思ったりしたけど、つまり、その頃の僕には
彼女のその共感を受け止められるだけの
懐の深さや優しさがなかったということだった
のかもしれない。
結局、それからもお互いのすれ違いを修正する
ことはできなかった。

その後、彼女は卒業と同時に地方の山小屋に
働きに行くことを決めて、それにあわせて
付き合いも終わってしまった。

そんな苦い思い出があるけど、大人になった
今でもライ麦畑は好きな小説。
でも、経験上、クリスマスプレゼントに
うってつけとは言えないかもしれません。
やっぱりクリスマスプレゼントには、これから
その人の物語を書いていくことができるノート
の方がいいのかもしれません。なんてね。

それでは、皆様、よいクリスマスを。



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(株)デザインフィルでトラベラーズノートの企画を担当している飯島です。